※この作品はR-18です。

水滸伝艶義   作:ドン・ドナシアン

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56  史春は子女を雇い、天文明は奸計す

「よろしくお願いします、名主様」

 

 五人の少女が、声を揃えて頭を垂れた。

 昨夜、史華村(しかそん)に到着した新たな下女たちである。

 史春は、夜に挨拶を受けることはしなかった。

 彼女たちは“客人”ではない──。それを明確にするためだった。

 

 そして、いま、朝の光の中で五人は中庭に並び、挨拶をしている。

 史春は屋敷の縁台に立ったまま、彼女たちを見下ろしていた。

 身なりは普段着。化粧もしていない。

 それが、答えだ。

 

「名主じゃないわ」

 

 史春は口を開いた。

 

「あたしの家の下女として働くのだから、“お館様”とか“史春様”と呼びなさい。言葉遣いも、態度も、けじめをつけること。わからないことがあれば、執事の陳二女(ちんじじょ)、あるいは先輩の下女に訊きなさい」

 

 五人の目が、一瞬揺れた。だが、すぐに真剣な表情で頷いた。

 

「言っておくけど──」

 

 史春は声をわずかに低くした。

 

「あたしは、あなたたちを使用人としてしか見ない。そのつもりで働きなさい」

 

 沈黙が一瞬落ちた。

 その静寂の中、五人は深く頭を下げた。

 礼に滲んだ緊張と、わずかな怯え──。

 それを、史春は見逃さなかった。

 

 だが、それでいい。

 それが、始まりだ。

 

「……もしも、ほかの者に対して驕った態度が垣間見られるようなら、容赦なく追い出すわよ。それが条件ですからね。ただ追い出されるとは思わないこと。追い出す先は、奴隷商よ。それが嫌なら、ほかの者と仲良くしなさい。以前からの下女よりも、余計に働きなさい」

 

 五人の顔色が、目に見えて変わった。

 十七から十二まで──年若い少女たちだった。

 だが、最初が肝心だ。

 情をかけるわけにはいかなかった。

 この五人は、いずれも隣村の名主の親族にあたる娘たちである。

 生まれたときから、仕える者に囲まれ、なにひとつ不自由のない暮らしをしてきた。

 本来ならば、奉公などとは無縁の家柄だった。

 

 だが──、状況が変わった。

 隣村は今年、大きな凶作に見舞われた。

 しかし、税は待ってくれない。

 村は、まるごと借金を背負うことになった。

 史春は、それを個人の資産から肩代わりしている。

 その借金の“質”が、いま目の前に立っている五人だ。

 

 ──来年の収穫で、借金を返す。

 返済されれば、五人は村に戻る。

 されなければ、奴隷として売る。

 それが、条件だった。

 国の法では、男の奴隷は認められてない。

 正式に“奴隷の首輪”を嵌められ、売買が許されるのは女だけである。

 

 だからこそ、史春は女だけを受け入れた。

 女を“質”に出せる家であったからこそ、金を貸した。

 恩義でも情けでもない。

 そこにあるのは、理と秩序だ。

 それが、いま目の前にいる五人の運命だった。

 

 残酷だとは思う。

 だが、仕方がない。

 すべての者を助けることなど、できはしないのだ。

 すべてを救えぬのなら──、現実に対しては、冷酷であるしかない。

 その覚悟がなければ、人の上には立てない。

 それに、彼女たちの境遇は、まだ恵まれている。

 

 今年の秋──。

 史華村を除けば、どこの村も、ひどい有り様だった。

 隣村も例外ではない。

 収穫は足らず、税を納めるだけの米がなかった。

 いや、米だけではない。

 周辺の農村は、皆、娘を売った。

 税を払うためにだ。奴隷商に──。

 

 隣村の名主も同じだ。

 払えぬ家には、娘か、あるいは妻を売るよう命じたという。

 自らの家も例外ではなかった。

 五人の子のうち、下の二人の娘を奴隷商に売った──。

 

 だから、誰も逆らえない。

 名主自身が、そうしているのだ。

 

 だが──。

 名主は、実際には自らの“親族”だけは、助けようとした。

 隠していたつもりなのだろう。

 密かに、史春に話を持ちかけてきた。

 断れなかった。

 隣村の名主と父は、昵懇の仲だった。

 それに、史春のなかにも、どこかで割り切れぬ思いがあった。

 親族二軒の借金を、史春が肩代わりした。

 その質として、五人の娘が奉公に来た。

 それが、今回の背景だ。

 

「わたしたちは奴隷になるのだと、父に言われました。一年はここで働くが、その後で奴隷商に売られるだろうと……。それを覚悟しろ、と」

 

 最年長の花芳(かほう)が言った。

 十七。ほかは十五以下。

 口調には、わずかに棘があった。

 あどけなさの残る顔に、捨て鉢な色がにじむ。

 

「確かに、親が借金を返せなければ、奴隷に売る。それが約束よ」

 

 史春は、声を押さえて言った。

 

「でも、それまでは奴隷じゃない。働いたぶんの給金は、きちんと渡すわ。ただし──。なにもできないあなたたちの給金は、いままでの者よりも最低。だけど、それは働きしだいで上がっていく」

 

 花芳が、小さく唇を噛んだ。

 

「それに──」

 

 史春は、言葉を継いだ。

 

「一年の期限で、もし親が返済できなくても……。お前たちのうち、ひとり、ふたりくらいは、この家に残すかもしれない。奴隷商に売った金より、お前たちを雇った方が、得だと思えばね」

 

 史春の声が冷たくなった。

 

「とにかく、頑張りなさい。生き残るために」

 

 風が吹いた。

 中庭の木の葉がわずかに揺れた。

 五人が、それぞれに頭を下げた。

 

 執事の陳二女が、控えていた下女を呼び、五人を連れて行かせる。

 史春の屋敷に仕えている女たちは、ほとんどが、放っておけば奴隷になるしかなかった貧農の出身者だ。

 奴隷商に売られるよりは──と、史春の父が引き取った者たちだった。

 

 まともな家に育ち、字を読み書きし、算も心得る女など、陳二女くらいのものだ。

 あとは、皆、教えなければ、なにもできぬ者ばかり。

 うまくやってくれればいいが──。

 史春は、静かに息を吐いた。

 

「史春様。昨夜の夜半、少華山(しょうかさん)からお手紙が届いております」

 

 陳二女が言った。

 齢は四十を過ぎている。

 嫁いだことはない。

 先代名主の時代から、この家に仕え、古くは執事見習いとして屋敷の台所にも出入りしていた。

 先代の執事が、父の死にともなって屋敷を去り、親族の待つ奥州へ戻ったとき、史春は陳二女を執事役とした。

 

 少華山の三人と、この家の関係を知っているのも、陳二女ただひとりだった。

 ほかの下女には、何度か訪れる三人の素性は伝えていない。

 

 封を開け、手紙に目を落とす。

 筆跡は朱武美(しゅぶび)。だが、名は書かれていない。

 用件以外、なにもない。

 万が一、他人の手に渡ってもいいように、慎重に書かれている。

 

 ──五日後、訪れる。

 以前から誘っていた戦勝の祝いを、この屋敷で受けたい──。

 ただそれだけ。

 

 彼らが訪れるのは、いつも陽が落ちてからだった。

 村人に見られることは避けねばならないからだ。

 それは、林冲(りんちゅう)たちも承知している。

 日が落ちてから来て、泊まり、朝が来る前に戻る。

 それが決まりだった。

 来客の多い屋敷である。

 女たちも、深くは気にしない。

 

 だが、史春には意味がある。

 彼らに会える。

 そう思った瞬間、胸の奥が熱を帯びた。

 気づけば、頬がわずかに緩んでいた。

 

「嬉しそうですね、史春様……。例の客人がお見えになるのですね」

 

 陳二女が、ふと笑った。

 だが、声に棘はなかった。

 

「な、なにを言っているのよ、陳二女」

 

 史春はわずかに頬を赤らめて言い返した。

 

「それより、五日後よ。いつものように、ほかの下女たちには彼らの素性が知られないように気を配って。客室の準備も──寝室二部屋の支度を。最上級の部屋を林冲と朱武美に。もう一部屋は、李姫(りき)にね」

 

「承知いたしました」

 

「それと……前回は肉料理だったでしょう。今度は魚にしようかしら。そうそう、湯場の支度も忘れずにね。うちの名物の湯船を喜んでくださったから、また入っていただきたいの。まずは、湯でくつろいでいただいて、それから料理と酒を」

 

 言いながら、史春の声が少しずつ弾んでいった。

 

「湯場のあとに着る軽装も用意しておいて。あとは……そうね……」

 

「わかっております。万事、この陳二女にお任せください」

 

 そして、ひと息おいて、陳二女が言葉を継いだ。

 

「ところで──。あのお三方のお部屋の件ですが、二部屋でよろしいのですか? 三部屋、準備いたしましょうか?」

 

「三部屋?」

 

 史春は眉をひそめた。

 

「はい。林冲様と朱武美様には、別々の部屋を。そして……もしよろしければ、朱武美様と李姫様に、眠り薬を……。それから、史春様が夜這いでもなされば……」

 

「陳二女───」

 

 史春は、思わず声を荒らげた。

 その声に、陳二女が「ひいっ」とわざとらしく悲鳴をあげ、数歩、後ずさる。

 肩をすくめ、目をぎょろつかせながら、笑衣をこらえている。

 史春もわざとらしく、肩を竦めた。

 

「……でも、それも、いいわね。お願いしようかしら」

 

 ふと、史春は呟いた。

 

「えっ?」

 

 今度は、陳二女が目を丸くする。

 

「馬鹿ねえ……冗談よ───」

 

 史春は笑った。

 久しぶりに、声を立てて……。

 陳二女が、おかしそうに口元を歪める。

 春の陽は、まだ遠い季節だった。

 

 


 

 

「──二日後です」

 

 史華村に間者として潜り込ませている花芳が言った。

 震える声だった。

 目の前にいるのは、豊城の警尉官。

 その背後に控える三人の部下たちの中に、天文明(てんぶんめい)はいる。

 

 変装はしていた。

 表に出るのは、久しぶりだった。

 だが、やらねばならなかった。

 少華山の賊どもが、自分の首に賞金を懸けている。

 表に顔を出すということは、命を賭けることと同じだった。

 それでも、これだけは自分でやらねばならない。

 失敗は、許されなかった。

 

 ──任せられる者はいない。

 信用はあっても、信頼はできぬ。

 命を賭けて動かせるだけの部下は、とうにいなくなった。

 優秀な者ほど、天文明を見限り、姿を消していった。

 だから、今回は自分が動いた。

 

「間違いないか……?」

 

 警尉官の声が低く響いた。

 

「は、はい……」

 

 花芳の顔は、蒼白だった。

 それでも、答えた。

 恐怖を抑え込むように、唇を噛みながら。

 

 ここは、史華村の郊外──。

 史春の屋敷からは目と鼻の先だ。

 そこで天文明は、手勢を連れていた警尉官とともに、花芳と落ち合っていた。

 

 花芳は、史春の屋敷に潜り込ませた間者だ。

 年若い娘として、下女の一人に紛れさせることに成功していた。

 それも、ひとりではない。

 五人。

 すべて、天文明の手配で、史春の屋敷へと送り込まれていた。

 

 秋の凶作は、まさに天の采配だった。

 どの村も悲鳴を上げ、税を払うために娘を売った。

 分限者といえども、娘や妻を奴隷商に出すしかなかった。

 

 北州全体に課せられた特別税──。

 名目なき賦課。

 噂では、州知事が宰相の誕生日に贈り物をするための金だという。

 真偽はどうでもよい。

 事実として、農民たちは家族を売った。

 税を払わねば、すべてを失う。

 それが、この国の掟だった。

 

 花芳たちの親も、例外ではなかった。

 今年の税で、財を失い、家族さえ手放さねばならなくなった。

 天文明は、それを利用した。

 史華村の隣村の名主が、かつて史春の父と昵懇であったことを思い出した。

 そこに工作を仕掛けたのだ。

 

 税を肩代わりする──という名目で、名主に圧力をかけた。

 代償は、史春の屋敷に娘たちを送り込むこと。

 拒めば、子を奴隷にするしかない。

 実際、名主の下の二人の娘は、すでに天文明が押さえている奴隷商に預けさせてある。

 この工作が成功すれば、娘は解放される。

 だが、失敗すれば、そのまま首輪を嵌められるだけだ。

 

 花芳たち五人の親も、同じだった。

 形式上は「一年の奉公」。

 史春が税を肩代わりしたという話になっている。

 だが、実情は違う。

 

 名主も、その親族たちも、すでに数年前から天文明の貸しの中で首が回らなくなっている。

 高利を重ねに重ね、いまや村ひとつが手駒だった。

 その借金を帳消しにする代わりに、子供を差し出させた。

 史春の屋敷に、女の間者を潜り込ませるために……。

 

 工作は、周到だった。

 天文明は、史春の屋敷に少華山の頭領が来訪する可能性があると睨んでいた。

 

 合図の手段も定めていた。

 郊外の銀杏の古木。

 そこに印を残せ──。

 情報があれば、それで知らせろと命じていた。

 

 そして──。

 案外早く、機が巡ってきた。

 

 昨日──。

 花芳が、銀杏の幹に伝言を残した。

 

「明日の夕、ここで会いたい」

 

 それだけの言葉が、すべてを意味していた。

 天文明は、息のかかった警尉官と部下を連れて、ここに来た。

 狙いはただひとつ。

 史春と少華山。

 その接点を、この手で断つことだ。

 

「お館様が、二日後に客人が来るので魚を準備するように、という指示をなさいました。それと、客室三部屋……。湯場の支度もです。湯場はあたしが掃除しました。客人は陽が落ちてからやってくるそうです……。あたしらみたいな行き場のない者以外は、当日は非番を命じられています」

 

 花芳の声は、どこか震えていた。

 

「客が来るのに、非番だと?」

 

 警尉官が眉をひそめた。

 花芳は、史春の女執事──陳二女が下女たちに与えた指示を、ひとつひとつ語った。

 声はかすれていたが、内容は明確だった。

 

 話によれば、その夜。

 屋敷には、ほとんど人が残らないという。

 数か月に一度、同じような日があるらしい。

 客のための支度は、昼までにすべて終える。

 それが済めば、古くから仕えていた下女たちは外出を許される。

 実家のある者は村に帰る。

 そうでない者は、手渡された小遣いで城郭へ遊びに行く。

 

「残るのは、あたしたち新参者と、陳二女様くらいです」

 

 花芳がうつむきながら言った。

 

「妙な話だ……。下女のいない屋敷で、どうやって客をもてなす?」

 

 警尉官の言葉に、花芳が小さく応じる。

 

「陳二女様が、お世話なさると……。史春様ご自身ももてなすつもりだと……」

 

 その瞬間、天文明が口を開いた。

 

「間違いない。少華山の連中が来る。史春は、それを隠すために下女たちを追い出しているのだ。こいつら五人が残るのは、単に借金の質だから返せないだけだ。だが──好都合だな」

 

 天文明の目が、鋭く細められた。

 警尉官が、大きく頷いた。

 

「二日後の夜。兵を出す。史華村は自警団もある。下手に動けば、騒ぎになって奴らが逃げる可能性もある。史春だけ捕らえて、少華山の者を取り逃がしては意味がない」

 

 警尉官が続けた。

 

「百人の精鋭だけを、村の郊外に伏せる。屋敷に連中が入ったのを確認したら、即座に囲む。屋敷だけを夜陰に紛れて包囲するのだ」

 

 天文明が頷いた。

 

「それがいい。及ばずながら、この天文明も手を貸そう」

 

 そして、花芳に目を向けた。

 

「おい、花芳」

 

「は、はい、天文明様……」

 

 少女が、肩をすくめながら返事をする。

 

「おまえ、さっき言っていたな。連中は湯場にまず浸かるのが習慣だと」

 

「……はい」

 

「ならば、そのときだ。こっそり武器を隠せ。浴場に刀を持って入る馬鹿はいない。いいな? いや、服もだ。素っ裸じゃあ、逃げられまい」

 

 花芳が、こくりと頷いた。

 その首の動きには、微かな震えがあった。

 

 湯場というのは、貴人の家にしかない。

 裸で湯に入り、身体を清めるための施設だ。

 湯船と呼ばれる大きな桶に湯を張り、その中に身を沈める。

 農村の屋敷にあることは珍しい。

 だが、史春の屋敷にはあった。

 あれは、父が名主だったころ、娘の好みを知って造らせたものだという。

 いまや、あの家の“自慢”のひとつだ。

 なにかにつけて客を湯場に通し、もてなしをしている。

 それが、今回の罠に使える。

 天文明は、そう読んでいた。

 

 警尉官と花芳を交え、さらに打ち合わせは進んだ。

 屋敷に少華山の客が現れたとき、郊外に潜む捕物兵へ合図を送るための方法──。

 光による符号──。

 距離と位置──。

 遮蔽物の有無まで、綿密に確認を済ませた。

 すべての段取りが終わったあと、天文明は、花芳に向き直った。

 

「すべて成功すれば、お前たち五人は元の暮らしに戻れる」

 

 花芳がはっと顔を上げた。

 

「それだけじゃない。賞金も入る。もっと楽になる。お前も、お前の家族もだ」

 

 その言葉に、怯えていた少女の顔に、かすかな光が差した。

 唇がわずかに動き、目元にぬくもりが戻る。

 それを確認すると、天文明はうなずいた。

 花芳は、何度も頭を下げ、史春の屋敷へ戻っていった。

 役人が肩をすくめ、天文明に向き直る。

 

「天文明。今回のお前の働きには、感謝する。少華山の頭領をこの手で捕らえられたなら──。恩賞も望めるだろう。この俺が、直接口を利いてやる」

 

 天文明は、役人の言葉に無言で一礼した。

 風が銀杏の枝を鳴らしていた。

 その音が、罠の始まりを告げているように思えた。

 

 口をきいてやる──。

 そう言った役人の言葉の意味は、明白だった。

 つまり、賄賂を寄越せ、ということだ。

 ここまで協力させておいて、さらに金を要求するのか──。

 鼻白む思いはあった。

 だが、天文明は、それを顔に出さなかった。

 

 代わりに、口にしたのはただ一言。

 

「そのときは、よろしくお願いします」

 

 それだけだった。

 ──よく喋る下っ端だ。

 だが、使い道はまだある。

 

 いずれにせよ、少華山の頭領たちと一緒に史春が捕まれば、史華村は空白になる。

 ならば、新たな名主が必要だ。

 それも──天文明が差し出す人間でなければならない。

 準備は、すでに終わっていた。

 

 史春の父の“遠縁”だという男。

 実際には、なんの血の繋がりもない。

 だが、そう書かれた文書はすでに出来ている。

 それを審査する役人も、とうに買収済みだった。

 

 史春がいなくなったその翌日──。

 その男が、偶然を装って村に姿を現す。

 驚いたふりをして、村人の前に立ち、事情を聞き、あっという間に名主に推挙される。

 

 あとは、形式だけだ。

 裁可は通る。

 通らぬようには、なっていない。

 

 かかった費用はすべて、その村から回収する。

 名主となったその男が、天文明の代わりに、村を搾る。

 もともと、金を持っている村だ。

 回収はたやすい。

 

 少華山の頭領と史春の捕縛──。

 この警尉官にやってもらうのは、それだけでいい。

 それ以上のことなど求めていない

 

 いや、任せるつもりもない。

 二日後──。

 少華山の残党どもが、史春の屋敷を訪れる。

 その日が、運命の日となる。

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