※この作品はR-18です。

水滸伝艶義   作:ドン・ドナシアン

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58  三裸女、衣を奪われ捕縛隊と死闘す

「おかしいよ……なにもない──。服も、武器も、全部消えてるよ、朱武美(しゅぶび)──」

 

 李姫(りき)の震えた声が湯場に落ちた。

 史春(ししゅん)は唖然とした。

 

「屋敷は完全に包囲している。少華山の悪女どもといえど、素っ裸ではなにもできまい。大人しく投降しろ──」

 

 外から男の声が響き、重なるように大勢の哄笑が巻き起こった。

 

「ど、どういうこと──?」

 

「なに、なんなの──?」

 

 史春と朱武美は、湯船を蹴って脱衣所へ走り込んだ。

 しかし、籠に入れてあった衣類も武器も影も形もない。空になった床だけが白く残っている。

 布一枚さえ、残されてない。

 

 胸が冷え切った。

 さきほど湯加減を訊ねに来た新入りの下女の花芳(かほう)の顔が浮かぶ。

 

 しまった──。

 あれが手引きだったのだ。

 少華山の女頭領を密告して役人を導き、衣類と武器を運び出したに違いない。ほかに考えようがなかった。

 

 そのとき、湯場の外から、史春の女執事の陳二女(りんじじょ)の呻き声が転がり込んできた。

 

「ちょっと待っていて、朱武美、李姫」

 

 史春は素裸のまま戸を押し開けた。

 

「陳二女、大丈夫──」

 

 言葉は喉で潰れた。

 すると、闇に沈んでいた湯場の周囲が、一斉に灯かりで照らし出された。

 城郭兵らしき捕物たちが幾重にも輪を作っている。

 十や二十ではない。

 百人を超えている。

 光の中で、自分の裸体が無数の視線に晒されているのがわかった。

 

「あっ」

 

 史春は反射的に身体の前を両腕で覆った。

 

 だが、一瞬のあいだに見えた。

 兵の列の中に、隣村から来た新しい家人が五人混じっている。

 そして陳二女が胸を刺され、血に沈んで倒れている。

 

「ああ、陳二女──」

 

 声が割れた。息をしていないのは、誰の目にも明らかだった。

 

「なによ、これ……」

 

「ちっ、こんな数……」

 

 朱武美と李姫も湯場の外へ出てくる。

 李姫は身体を隠すことも忘れて立ち尽くし、朱武美だけが腕で必死に胸と局部を隠している。

 

「観念して出てこい。男頭領がいないのは惜しいが、女頭領だけでも十分だ。史春、お前も賊徒に与した罪で捕える。裸を隠す衣もなく、武器もなし。立ち回ることなどできまい」

 

 指揮官の笑いが夜に広がった。

 合図とともに、兵の背後から数本の竿が突き上げられる。

 布切れが幾重にも揺れていた。見覚えのある色と形。史春たちの衣類だった。

 女の胸巻きも股布までも、晒し物のように掲げられている。

 

「あいつら……」

 

 奥歯が軋んだ。

 

「史春、とにかく中へ戻ろう」

 

 朱武美が腕を掴み、湯場へ引き戻す。三人で戸を閉め、内鍵を落とした。

 

「素っ裸で武器もなし。これだけの兵に抗えると思うか。大人しく捕縛されろ──」

 

 外から嘲る声が叩きつけられる。

 無視して、ふたりに向き直る。

 

「……あなたたちに謝るわ。どうやら城郭兵を史華村に入れられたみたいね。手引きしたのは新しく雇った下女よ。あたしの失敗よ……」

 

 史春は歯を噛み締めながら、ふたりを見た。

 

「そんなことはいいわよ……。それよりも、どうやって逃げるかね……。山にいる林冲(りんちゅう)に異変を報せられればいいんだけど……」

 

 朱武美の声には焦りが滲んでいた。

 頭を巡らせ、出口を探しているのが史春にもわかる。

 だが、史春の肚はすでに定まっていた。

 史華村も屋敷も捨てる。

 それ以外に生き延びる道はない。

 

「屋敷の勝手口側に油を入れている小屋があるわ。それを屋敷にかけて火をつければいい……。燃えあがれば、少華山の砦からも必ず見えるでしょう」

 

 史春は迷いなく言った。

 

「……いいの?」

 

 朱武美がじっと顔を見据える。

 

「いえ、お願い。屋敷に火をかけて。あたしはここで捕物たちを引きつける。その隙に包囲を抜けて、小屋に走って」

 

 身体を洗うための手ぬぐいがあることを思いだし、史春は湯場に戻り、残されていた手ぬぐいを掴んだ。三枚だけ残っていた布を三人で一枚ずつ分ける。

 

「李姫、お前が行きなさい。お前なら屋敷まで辿り着ける。着いたらすぐ火をつけるのよ」

 

「あい、朱武美」

 

 李姫は頷くと、手ぬぐいの端を結び、大きな結び瘤を作って湯桶に沈めた。

 即席の武器のようだ。

 朱武美は腰に布を巻き、きつく結んでいる。

 

「この戸を突き破れ。中の女どもを引きずり出せ」

 

 外から怒号が飛ぶ。

 史春は手ぬぐいを胸に巻きつけ、前で縛った。乳房は収まりきらないが、揺れを抑えるにはそれで足りる。

 木戸が棍棒や槍の柄で打ち据えられ、震えだした。

 

「史春、最初は一緒に戦うわ。李姫もよ。隙を見てひとりで走りなさい」

 

「わかっているよ、朱武美」

 

 轟音とともに戸の上半分が破れ、隙間から兵の腕が伸びて鍵を探る。

 史春はその腕を掴み、力任せに引きずり込んだ。

 男の身体ごと戸が開き、三人は一気に湯場を飛び出した。

 

 目の前は兵で埋め尽くされていた。

 素裸の女三人が飛び出してくるとは思っていなかったのだろう。

 突入しかけていた兵たちが一瞬たじろぐ。

 史春は倒れた兵から槍を奪った。

 

「近寄るんじゃないよ……。史華村の史春を甘く見ると痛い目を見るわよ──」

 

 一斉に飛び出してきた兵たちを目掛けて、槍を横一文字に振るう。

 柄に打たれた兵が次々と吹き飛ぶ。

 

 さらに踏み込む。

 届く範囲を薙ぎ払う。

 前列が崩れ、史春の前が一気に空いた。

 

 その隙に視線を走らせる。

 指揮官の姿は兵の塊に紛れて消えていた。

 湯場を囲むだけでも百人近い。屋敷の外壁の向こうは見えない。

 

「きゃああ──」

 

 背後で朱武美の声が裂けた。

 振り向くと、素手の朱武美がふたりの兵に掴みかかられている。

 腰に巻いていた手ぬぐいはすでに奪われ、身体は完全に晒されていた。

 

「朱武美──」

 

 史春は掴まれている男のひとりの肩へ槍先を突き立てた。刃が肉に沈み、男が血を噴き出せながら崩れる。

 遮二無二、朱武美のいる方向に向かおうとするが、次々に武器を手にした兵に前に後ろにを群がられてしまう。

 

「触るな──」

 

 朱武美の怒号が響く。

 槍を振るって周囲の兵を追い払いながら、朱武美を見る。

 自由になった朱武美の腕がしなり、もうひとりの顔面へ肘が叩き込まれていた。

 朱武美がその足元に転がった剣へ飛びついた。

 だが、さらに三人の兵が朱武美に上から覆いかぶさろうとする。

 朱武美の動きが早かった。

 剣を手にした朱武美が身を沈め、脛を横一文字に斬り裂く。

 三人がまとめて崩れ落ちる。

 

 一方で、史春には、長い棒を構えた兵たちが背後から迫ってきていた。

 突き出される柄を槍で弾くが、ふたりが懐へ入り込んでくる。

 

 舌打ちする。

 史春の裸身へ具足をつけた兵たちの身体がぶつかった。

 

「こなくそっ」

 

 史春は迷わず兵たちの睾丸を続けざまに蹴り上げる。兵たちが白目を剥いて沈んだ。

 

「距離を取れ──。投げ物を用意しろ──」

 

 どこかで指示が飛ぶ。

 兵たちが一斉に下がり、史春と朱武美を円で囲む陣へ変わった。

 

「朱武美、大丈夫──?」

 

「ああ、史春──」

 

 剣を握った朱武美が寄り添い、裸の背と尻をぴたりと合わせた。

 背中の朱武美は、すでに肩で息をしている。もう余裕はなさそうだ。

 

「……李姫は?」

 

 小声でささやく。

 

「……行ったわ。もう包囲の外ね……」

 

 その瞬間だった。

 

「あっ、網よ──」

 

 頭上から影が落ちてきた。

 史春は叫び、朱武美を突き飛ばした。

 網が地面へ叩きつけられる。

 だがふたりのあいだへ兵が雪崩れ込んだ。

 再び、分断された──。

 

 朱武美の姿が見えなくなる。

 喧噪の中で悲鳴が混じる。

 兵の声と朱武美の声──。それが次第に遠くなる。

 

「朱武美──」

 

 史春は立ちはだかる兵を突き飛ばし、叩き倒していく。

 正面に立てる者などいない。

 すると、視界が開けてきて屋敷の外壁が近くまできたことがわかった。

 だが、朱武美はどこだ──?

 

 そのとき、大きな悲鳴が裂けた。

 史春は槍先で兵を威嚇して間合いを開け、悲鳴がした方向へ身を翻した。

 

「いまだ、囲め──」

 

 梯子が正面から押し出される。

 両端を持つ兵たちが身体ごと挟みにくる。

 左右からも梯子が迫っていた。

 

「どきな──」

 

 史春は正面へ突進した。

 肩で受けて、そのまま押し返す。

 腕のひとりが耐えきれず手を離し、梯子が地へ転がる。

 

「朱武美、どこよ──」

 

 その向こうに、網の中で裸身をよじらせる朱武美が見えた。

 剣を握ったまま、必死に内側から切り裂こうとしている。

 

「どけえっ──」

 

 史春は突進した。

 朱武美を囲む兵たちが、史春の突進に怯んで後退していく。

 

 史春は駆け寄り、槍先を網へ差し込んだ。

 力を込めて、刃先で引き裂こうとした。

 

「ぐっ……」

 

 手応えが違った。

 史春は槍を引き、網へ駆け寄った。

 一本一本を見て、はっきりと悟る。

 網の縄に、細い金属の糸が巻き付けられている。

 

 金属の糸が編み込まれている──。

 これは、切れない。

 

 そのときだった。

 屋敷の奥で、いきなり火が噴き上がった。炎が夜を染める。

 

 李姫がやったのだ。

 史春の胸がわずかに熱くなる。

 

「朱武美、待ってて……。いま出すから、少し我慢して……」

 

 史春はしゃがみ込み、朱武美ごと網を横に倒した。

 締め上げられている箇所を探り当て、両手で無理やり広げる。

 

「いまだ、かかれ──」

 

 声が飛ぶ。

 

 史春はすぐに身体を起こした。

 構え直して、正面の男の腹を横薙ぎに払う。

 突きは深く入るが、刃を取られる。だから斬る。

 

 槍は突くんじゃなくて、横に払え──。

 

 ふと、そんな言葉を思い出した。

 槍の遣い方としては、正道ではない。

 だが、かつて史華村を訪れた旅人が、武芸に縁のない者でも戦えるやり方だと、そう教えていた。

 

 名は……李忠(りちゅう)だ。

 なぜか、不意にそんなことを思い出す。

 

「裸の女ごときに、なにを手間どっておる──」

 

 指揮官の怒声が響く。

 

「近づいたら殺す──。死にたけりゃ、おいで──」

 

 史春は槍を構えて叫ぶ。

 近づいてきた兵が怯み、また距離を取った。

 朱武美は、さきほど開いた隙間から必死に抜け出そうとしている。だが、まだ狭い。

 史春は再びしゃがみ込もうとした。

 

「なんでもいい。投げろ──」

 

 一斉に石が飛んできた。

 

「うっ……」

 

 全身に石が叩きつけられる。

 顔を守ろうと腕で覆うが、横腹、腰、腿、乳房に容赦なく当たる。

 朱武美の悲鳴も重なった。

 

「土だ。土をかけろ──」

 

 砂と石が降り注ぎ、視界が奪われる。

 横から強烈な体当たりを受けた。

 

「うわっ……」

 

 史春は横倒しにされ、次の瞬間、兵が雪崩れ込んできた。

 四肢が押さえつけられ、うつ伏せにされる。

 槍が引き剥がされた。

 

「ああ、史春……」

 

 朱武美の声が聞こえた。

 彼女もまた、兵に押し倒され、網を掛け直されている。

 

「腕を縛れ。脚もだ」

 

 史春はうつ伏せのまま両腕を背へ捻じ上げられた。縄が食い込む。

 

「畜生……」

 

 膝の上にも縄が回り、強く締められた。

 

「散々暴れやがって。大人しくしろ──」

 

 勝ち誇った声が落ちてくる。

 顔を上げた瞬間、横腹に革靴の先がめり込んだ。

 

「ぐ……」

 

 胃の奥がせり上がる。

 さらにもう一撃──。

 

 視界が暗く沈み、力が抜けていく。

 

 そのとき、夜を裂くような金属音が響いた。

 史春を蹴ろうとしていた兵が、眉間から血を噴き、後ろへ倒れた。

 周囲がざわめく。

 

「なんだ?」

 

「どうした?」

 

「伏せろ──。銃だ。三人目の女だ。女どもを連れて下がれ」

 

 離れた場所から、指揮官の声が飛んだ。

 

 銃……。

 

 史春の耳には、そう聞こえた。

 火薬と鉛玉を使う武器だ。だが、禁制品である。帝都の国軍以外が持つはずのないものだ。

 

「……李姫ね……。あの娘、この屋敷のどこかに隠していたのよ……」

 

 網に包まれたままの朱武美が、縛られた史春に低く囁いた。

 

 李姫が……銃を?

 

 驚きが胸を突き抜けた、その瞬間──二発目の銃声が、夜を震わせた。

 

 史春と朱武美の近くにいた兵が、またひとり倒れた。

 一発目とは違う方角から撃たれたように見える。

 

「銃は一発撃てば、次の射撃までに間ができる。そのあいだに、もうひとりを見つけて引きずり出せ──」

 

 指揮官の怒鳴り声が夜に走った。

 

「李姫のことだから、闇の中を動き回りながら撃つ準備をしているはずよ……。あの子はすばしっこい。簡単には捕まらないわ……」

 

 朱武美が、史春にだけ届く声で言った。

 

「動きながら発射準備を?」

 

「名人なの。こっちは明かりに照らされている。闇にいる李姫からは狙いやすい……。少しは時間が稼げると思うわ……」

 

「時間ね……」

 

 史春は呟いた。

 林冲が、燃える屋敷に気づいてくれる。

 朱武美は、そこに望みを託しているのだろう。

 そのとき、縛られた身体がいきなり地面を引きずられた。

 

「こっちへ来い」

 

 史春は寝かされたまま、ふたりの男に引き摺られ、樹木の陰へ運ばれた。

 そこに指揮官が立っていた。

 

「もうひとりの女、出てこい──。さもなければ、この女の鼻を削ぐ──」

 

 剣の刃が、史春の鼻の下に触れる。

 

「あんた、どこまで卑怯になれるんだい。女の着物を奪って襲ってきて、挙句に人質かい」

 

 史春は縛られたまま声を張った。

 

「うるさい。鼻がなくなっても、罪人としての値打ちは変わらねえ。だが、鼻を削げば、その美貌は終わりだ。それが嫌なら、お前も降伏を呼びかけろ」

 

「李姫、出てくるんじゃないよ──。あたしは平気だ」

 

 史春は叫んだ。

 

「この女……。こうなったら本当に削いでやる。鼻でも、耳でも、指でも、乳首でも、斬る場所はいくらでもあるんだ」

 

 剣を握る手に、はっきりとした殺気が籠もる。

 史春は歯を食いしばり、目を閉じた。

 

「この卑怯者──」

 

 闇の中から、李姫の声が響いた。

 

「いたぞ──」

 

 兵たちの声が重なる。

 燃えあがる屋敷を背に、李姫の裸身が浮かびあがった。両手を高く上げ、その手には黒い銃が握られている。

 

「捕まえろ──」

 

 指揮官が叫ぶのと同時に、十人を超える兵が一斉に李姫へ飛びかかった。

 李姫は抵抗しなかった。

 銃はすぐに奪われ、身体は地面に押さえつけられる。

 

「乱暴しないで──」

 

 網の中の朱武美が声を上げた。

 だが、縄を掛けようとする兵たちは容赦なく、李姫を蹴りつけていた。

 

「やめなさいよ──」

 

 史春も叫んだ。

 

「全員、屋敷の外へ連れ出せ」

 

 指揮官が言い放つ。

 屋敷はすでに手の施しようもなく燃え盛っている。

 史春、朱武美、李姫は、寄ってたかって身体を掴まれ、燃える外壁の土盛りを越えて外へ引き出された。

 

 敷地の外には、屋敷敷地内から出てきた捕物兵たちが集まり、三人を完全に囲んでいる。

 さらにその外側には、夜の騒ぎに驚いて家々から出てきた村人たちの姿が見えた。だが、城郭兵の列を恐れ、誰ひとり近づこうとはしなかった。

 

「さて……。大暴れのうえに、何人もの兵を殺しやがったな……。それに、史春──。有名な女名主のお前だって、少華山の者と同様に死罪は免れんぞ──」

 

 指揮官が睨みつけた。

 史春と李姫は兵たちに縄尻を取られて、指揮官の前に素っ裸のまま縛られた状態で立たされた。

 網に入れられていた朱武美も、網から出されて改めて縄掛けをされている。

 

「それにしても、どの女も美人じゃねえか。それに三人とも鍛えあげた見事な身体だぜ。肌も白い──。このまま軍営に連れ帰って、裁判で処刑にするには惜しい気もするな」

 

 指揮官が裸の女たちを見ながら満足げに笑った。

 

「勝手なことを言ってなさいよ──。命があるうちにね」

 

 引き立てられてきた朱武美だ。

 

「命があるうち?」

 

 指揮官が不審な表情で顔をしかめたのがわかった。

 

「女三人の裸を眼の色変えて追い回しているうちに、忘れたちゃったようね……。ここをどこだと思っているの?」

 

「ここが、どこかだと?」

 

 指揮官が訝しむ声を出す。

 

「ここはわたしたちの縄張りである少華山の庭のような場所よ。いつまで、のんびりと捕り物なんてできると思っていたのよ?」

 

 朱武美がにやりと笑ったのがわかった。

 そのときには、史春にもわかっていた。

 

 地面がかすかに揺れているのだ。

 足の下の地面から沸き起こるその振動がだんだんと大きくなっていく……。

 

「な、なにか来るぞ──」

 

「黒い騎兵だ──」

 

「少華山の騎馬隊だ──」

 

 史春たちを取り囲む兵たちの外側の兵たちが騒ぎ出した。

 そして、一斉に逃げ出し始める。

 兵の輪が消えて、史春の視線にも、闇を斬り裂いてくる騎馬の集団が小さく見えた。

 

 林冲(りんちゅう)──?

 間違いない──。

 

 十騎ほどだと思うが林冲を先頭にした真っ黒い騎馬が疾走してくる。

 闇夜に大きな黒い旗も付いてきておる。あれは郁保四(いくほし)だ──。

 

 そして、あっという間に、得物の点鋼鎌(てんこうれん)を抱える林冲が目の前になった。

 兵たちが悲鳴をあげて逃げ惑い出す。

 

「逃げるな、お前たち──、隊を組め──」

 

 史春たちの前に、ぽつりと残るかたちになった指揮官が金切声をあげた。

 だが、史春たちを押さえていた兵たちまで、その場から逃げ出し始める。

 

「ば、馬鹿な──。早すぎる──。なんでこんなにすぐに連中がやってくるんだ──」

 

 指揮官が狼狽えた声をあげた、

 確かに、こんなにも早く少華山から史華村に駆けつけてこられるなど異常だ。

 

「そうだ──。こうなったら、またこの女たちを人質に……」

 

 史春たちの前の指揮官が慌てて叫んだ。

 だが、それが指揮官の最期の言葉になった。

 次の瞬間には、もう林冲が目の前にいて、指揮官の胴体を大鎌で真っ二つにした。

 

「お前たち、無事か──? 無事なんだな──?」

 

 馬上の林冲が血相変えた口調で史春たちを見た。

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