※この作品はR-18です。

水滸伝艶義   作:ドン・ドナシアン

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6   林沖、李姫と少華山の賊徒を弄ぶ

 林冲(りんちゅう)は、遠く山裾に立つのろしを目にした。

 朱武美(しゅぶび)が率いた荷駄隊が、峠を無事に越えたという合図だ。

 李姫(りき)が斥候として探っていた通り、少華山(しょうかざん)には盗賊団が潜んでいた。

 だが、前を進んだ荷馬車隊が何事もなく通過したということは──やはり、狙われているのは後続のこの一台。銀を積んだこの荷馬車だった。

 

 朱武美の読みが、当たったということだ。

 林冲にとっては、むしろ当然とも思えた。

 戦と智略において、朱武美の読みは常に鋭く深い。

 北辺の騎馬民族と渡り合った頃、彼女は国境軍で“神機軍師”とまで呼ばれていた。

 

「林冲、もうすぐだよ……」

 

 馭者台にいる李姫の声が、荷馬車の横を並走する林冲に届いた。

 

「ああ」

 

 林冲は、頷いた。

 幌の下に積まれているのは食料──という建前の銀。

 三百人の盗賊団であっても、これだけあれば十年は遊んで暮らせるだろう。

 先行する隊列を無視して、この一台に狙いを絞ったということは、朱武美の懸念した通り、情報が漏れていたと考えるべきだった。

 

 つまり、隊商の中に内通者がいる。

 そう考えておくのが自然だった。

 

 予定通りなら、朱武美はすでに千玄に隊商本隊を任せ、護衛兵三十を率いてこの銀馬車に戻ってきているはずだった。

 

 三百の盗賊相手に三十騎──。

 だが、馬と歩兵とでは力が違う。

 騎馬の突撃力は、一瞬で戦の趨勢を覆す。

 

 敵は、こちらが兵を割っていることも知っていた。

 先手を打って、少人数の先制部隊で油断を誘い、そこに主力を落として囲む。

 そういう算段なのだろう。

 

 だが──。

 

 林冲は、道の先にある草むらに、嫌な気配を感じた。

 

「李姫、荷馬車を停めろ」

 

「あい」

 

 李姫は即座に荷馬車を止め、そのまま幌の中へ。

 手筈通りの動きだ。

 

 茂みの奥には、緊張が走っている。

 もっと近づいてから奇襲をかける予定だったのだろう。

 だが、先に止まられてしまい、焦りが生まれている。

 

 それに、まさか銀を守っているのがたったひとりとは思うまい。

 その意外性が、盗賊の思考を鈍らせている。

 

「ごろつきども、なにか用か──?」

 

 林冲は、茂みに向けて声を張り上げた。

 馬の側に装備していた得物──点鋼鎌(てんこうれん)を外す。

 鉄の柄に、大鎌の刃。

 片手で構え、闘志がそのまま刃先に乗った。

 

 次の瞬間、材木で組んだ馬止めが道を塞いだ。

 後退はできない。

 賊どもが、わらわらと姿を見せる。二十──いや、それ以上。

 

 得物も、甲冑も、統一されていない。

 だが、槍を前列に出して、突撃に備える構えはしている。

 それなりの訓練は受けているらしい。

 

「どうやら、こっちにはお前ひとりしか──」

 

 言葉の終わりまで聞く気はなかった。

 林冲の馬が地を蹴り、跳ねるようにして前線に飛び込んだ。

 

「うわっ」

「ひいっ」

「ひいいい──!」

 

 怒気と殺気に満ちた一騎が、槍の列を乱す。

 先頭の賊が退がり、槍の壁が崩れる。

 

「ば、馬鹿──退がるな──!」

 

 叫んだ男の首が、次の瞬間、林冲の点鋼鎌で吹き飛んだ。

 さらに、三人。

 一振りごとに、血が舞い、首が落ちる。

 

 その凄まじさに、残った賊どもが蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。

 

「……他愛のない」

 

 林冲はひとりごちた。

 斬った首の数を数えるより早く、逃げ足の速い雑兵たちが森へ消えていった。

 

「林冲、上──!」

 

 幌の中から、李姫の声。

 林冲が顔をあげると、山の斜面に黒い塊が見えた。

 

 三百──か。

 敵の本隊が、山道を駆け下りてくる。

 

 ──来い。

 

 林冲は、点鋼鎌を構え直した。

 だが、敵は途中で足を止めた。

 そのまま、林の中に散っていく。

 弓矢の構え。

 林の影に、射手が潜む。

 

「ちっ」

 

 舌打ちをした。

 こちらの動きを見ていたのだろう。

 接近戦では敵わないと見て、矢で削る気だ。

 

 間もなく、無数の矢が林冲に向けて放たれた。

 点鋼鎌を振り、飛来する矢をはたき落とす。

 地面に突き刺さる矢が十、十五本──。

 

 どうする──?

 

 飛び込むか──?

 

 そのとき、林冲の目に映った。

 木陰に、金の甲冑を纏った巨躯の男。

 あれが──岳竜(がくりゅう)か。

 

「李姫、当たるか──?」

 

 林冲の声が、幌へと届いた。

 次の瞬間、銃声が森を裂いた。

 巨漢の眉間に、赤い穴が開き、重い音とともに崩れ落ちた。

 

「当たったよ──」

 

 李姫の得意げな声。

 帝国でも滅多に見ない銃を、李姫は自在に使う。

 この距離で外すことなど、まずない。

 

 頭を撃ち抜かれた男は、明らかに岳竜(がくりゅう)だった。

 賊たちが騒ぎ始める。

 矢も止まり、隊に動揺が広がった。

 

 そのとき、山の上から雄叫びが響いた。

 上から──斜面を駆け下る騎馬の列。

 朱武美(しゅぶび)の率いる護衛隊だ。

 馬を捨て、斜面を利用して徒士として一気に斬り込んでいく。

 

 不意を突かれた賊徒たちが、慌てて四散する。

 構えもない。戦う意思すら消えていた。

 

 林冲は馬を進める。

 逃げ惑う敵を、静かに、淡々と斬った。

 三人、四人──だが、やがて剣を止めた。

 

 もう、敵は完全に壊走していた。

 

「林冲、無事ね?」

 

 朱武美の声。

 剣に血が滴る。

 幾人かはその手で屠ったのだろう。

 

「他愛もないな……。これじゃあ、運動にもなりやしねえ」

 

 林冲が笑う。

 

「本当だよ。あたしなんて、一発、撃っただけで終わりだったもん──」

 

 李姫が幌から顔を出す。

 肩を竦め、短剣を腰に戻した。

 今日は、出番はなかったようだ。

 

 朱武美が手をあげ、護衛隊を集める。

 軽傷者はいるが、死者はいない。

 一方で、賊の死体は三十を超えていた。

 

「いやあ、皆さん、お強いですねえ……」

 

 息を切らしながら、千玄(せんげん)が山上から降りてきた。

 

「千玄、なんでここにいるんだ? お前は隊商と一緒に先へ行ったはずだろう」

 

 林冲の問いに、朱武美が代わって答える。

 

「わたしも言ったんだけど、どうしてもってきかなくてね。銀を積んだ荷馬車が主力だってさ」

 

「本隊は問題ありません。華陰の城郭まではもう目と鼻の先。賊徒の心配はありません。隊商は山を下りたところで待たせていますよ。それにしても、お見事。こんな短時間で少華山の盗賊を撃退してしまうとは……いやはや、本当にお強い」

 

 千玄が感嘆したように口を継ぐ。

 

「ならば、華陰まで凱旋といくか。山を下りちまえば、襲ってくる奴はいない。明後日には、屋根の下で、寝台の上で眠れるな」

 

 林冲は笑い、言った。

 帝都を出て以来、野宿続き。

 慣れているとはいえ、やはり床のぬくもりは違う。

 

「でも、簡単には寝かさないわよ、林冲」

 

 朱武美が、林冲の腕にしがみつく。

 野営の間は、彼女もずっと我慢していたはずだ。

 林冲は、その重みを腕に感じながら、ふと笑った。

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