乙女と野蛮な冷鱗 作:モニター
街娘、タマラは部屋のドアを緊張した面持ちで横目に眺めている。額には汗が浮かんでいる。
ふと、遠くからズン、ズン、ズンと、重々しい足音が近づいてくる。その足音が止まった時、ドアが開かれた。頭を屈めて入ってきたのは、人間である彼女には怪物としか表現しようのない、悪魔のような存在だった。
身長はゆうに2メートルを超えており、筋肉の盛り上がった体をしているが肌は爬虫類のように硬く、頭はトカゲそのものだ。トカゲと人間が合わさったような種族、リザードマンだ。骨のマスクを被り、裸体の上から金属の胸当て、手首ガード、足首ガード、褌を身につけている。腰ベルトには剣にも見えるほど大きいナイフと、何に使うのかもわからない「L」字型の骨か石のような素材で作られた物、その他タマラには全く理解できないような道具がぶら下がっている。
「お、おかえり……なさい……」
タマラは絞り出すように言う。リザードマンはチラリとタマラを横目に見て「ああ」と言うと、テーブルの上に無表情のまま重たい袋を置く。すると袋の中身、何枚もの金貨や銀貨がジャラリと音を立てた。このリザードマンは所謂冒険者という仕事をしており、この家に帰って来るとその日の稼ぎのほとんどをタマラに渡して来るのだ。
リザードマンは自身の体から武具を外して勝手に決めた道具の置き場に、一つ一つ決めた位置に几帳面に配置する。タマラにはその場所が怪しげなカルト教団の祭壇に見えて、恐ろしかった。
リザードマンは腰巻以外、ほぼ裸の状態になると、ゆっくりとタマラに近寄り、その肩を撫でる。タマラの全身が緊張で硬直する。次にリザードマンは「食事は?」と、喉の奥から響く低い、地鳴りのような声で問うてきた。
「す、すぐに」
タマラは震えながら頷き、急いで立ち上がり支度をする。今日の夕食は簡単な野菜スープと焼いた魚、それにパン。目の前に並べられたそれをリザードマンは無言で手をつける。スープはスプーンなど使わずに器を持ち上げて水のように飲み干し、魚は骨も気にせずに丸ごと口の中に放り込んでムシャムシャと食べる。そしてパンも次々に口の中に消えていく。
タマラは目を合わさぬように自分の食事を摂る。スプーンを持つ手、パンをつかむ手、魚の味を刺すフォークを持つ手が震える。先に食事を終えたリザードマンは何を考えているのかわからない無表情でタマラを見つめていた。
このリザードマンはイグレ・ゴレと名乗り、ある日突然現れた。海を渡った先にあると言う、争いの絶えない群島から来たらしい。彼はタマラの家に勝手に上がり込んできて、当たり前のように食卓に付き、そのまま勝手に居着いた。タマラはイグレが恐ろしくて何も言えなかった。孤児院出身の花屋で働く娘で、家族のいない彼女には彼を追い出すような事は出来なかった。家賃や食事代のつもりなのだろうか、彼はかなり多めのお金をタマラに渡す。しかし、ほとんど口を効かないので何を考えているのか、さっぱりわからないのだ。
そして、ある日の夜に………。
「終わったか?」
イグレの声にタマラはハッとなる。なるべく長引かせるつもりの食事が、いつの間にか終わっていた。心臓が高鳴り、呼吸が速くなるのを感じる。汗も出てきているかもしれない。
イグレはタマラの食器を下げ、洗い場に置くと彼女にゆっくりと近づき、その身体を抱き上げた。タマラは悲鳴を飲み込み、イグレの冷たい身体に身を委ねる。彼の腕は岩のように硬く、力強い。逃れる事は不可能だ。寝室へ続く道が永遠に続くかのように感じる。
今夜も、眠れない夜になるのだろう。タマラは自分の運命を受け入れるようにイグレの顔を見上げる。その瞳は恐怖と興奮が入り混じった色をしていた。イグレは頭を屈めて寝室に入り、ベッドの上にタマラをそっと横たえ、頬を撫でる。そして、古の戦士が儀式を執り行うような丁寧な手つきでゆっくりと、その服を脱がしていく。
タマラの心臓はハッキリと聞こえるほど、大きくなった。