※この作品はR-18です。

読まれる日常   作:昼間寝音

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【第11頁:不器用なわたしたち】

空がないこの地底にも、朝という名のぬくもりは確かに存在する。

けれど窓から差し込む光の下で、私はまだ眠っていなかった。

 

机の上に、ひとつのカチューシャがある。

それには、拙い毛糸の塊——左右一対の、ネコ耳が取り付けられていた。

紫陽花のような淡い紫色。

何度も何度もほどいては編み直したものだった。

 

部屋の隅には、編みかけの毛糸の残骸や、歪んだ“耳”たちが転がっている。

書斎の隅にあった編み物の本を読みながら、私は夜を越えた。

糸がうまく引けず、形も左右で揃わず、それでも手を止めることはできなかった。

 

「読まれる」だけでは、伝えきれないものがある。

だから、手で編んだ。言葉ではなく、心で贈るために。

 

ネコ耳は、不格好だった。

角度も揃っていない。よく見れば、耳というより、ただの三角の毛玉に近い。

でも、きっと彼女なら——この形の不器用さごと、読んでくれると思った。

 

ノックの音がしたのは、そんなときだった。

 

「入っていいかしら?」

 

扉の向こうから現れたのは、いつものさとり。

 

「おはよう。ずいぶん早起きなのね。……それとも、寝てない?」

 

私は答えず、机の上に置かれたカチューシャを手に取った。

 

「……これを、試してもらってもいいですか?」

 

彼女の眉が、わずかに動く。

受け取ったカチューシャを眺め——そして、ネコ耳に気づいたその瞬間、言葉を失った。

 

「……これは、なに?」

 

「……贈り物です」

 

数秒の沈黙。

彼女の第三の目が、きゅっと、縮こまる。

 

「……変じゃ、ないですかね?」

 

「変よ」

 

即答だった。けれどその声には、優しさが滲んでいた。

 

「し、仕方ないわね……ミオが作ったんだから。つけてあげないと、失礼でしょう?」

 

さとりは、カチューシャをかぶる。

紫陽花色の耳がふたつ、ぴょこり。

 

私は、黙って見つめていた。

可愛いと思った。でも、それを口にするにはまだ、勇気が足りなかった。

 

「……っ!な、何よ、その“可愛い”って……!」

 

突然、肩をびくりと震わせた。

言葉にしたわけではない。

けれど、彼女の第三の目が、それを余さず拾い上げていた。

 

「そ、それはあなたが、徹夜までして作ったから……ええ、そういう補正がかかってるだけで……っ!」

 

わずかに声が上ずっていた。

言えば言うほど、言い訳が言い訳になっていないことに、本人も気づいているのだろう。

それでも止まらない。頬がみるみるうちに赤くなっていく。

 

「可愛いとか思わないで!その、思うなら……もっと、何か別の……!うぅ……」

 

さとりは、ネコ耳に触れようとしていた手を慌てて下げる。

まるでそこに“可愛い”という言葉が残っているのが恥ずかしいかのように。

 

第三の目が、かすかに震えながら、ぱちぱちとまばたきを繰り返していた。

 

「……これをつけていれば、少しくらい……猫みたいに、なれるかしら」

 

さとりがもごもごと呟いたその言葉は、まるで祈りのように聞こえた。

 

私は何も言わなかった。

ただ、笑った。

心の奥が、じんわりと熱くなるのを感じながら。

 

彼女もまた、私の笑みに気づいたのだろう。

ふいに視線を逸らし、小さく咳払いをする。

 

「……あなたって、本当に不思議な人」

 

その声に、私はまた笑ってしまいそうになる。

 

読まれることは、嬉しかった。

でも、読まれる前に“贈る”ことが、こんなにも温かいなんて——

私は、知らなかった。

 

そのとき——

 

「かわい〜いっ♡」

 

突然、部屋の入口から弾けるような声が飛んできた。

 

「ひっ!?」

 

さとりがビクリと肩を跳ねさせて振り返る。

そこには、いつからいたのかも分からないこいしが、両手を頬に当てて、きらきらと瞳を輝かせて立っていた。

 

「お姉ちゃん、めっちゃ似合ってる〜!もう、どっから見てもネコちゃんっ!」

 

さとりは狼狽したまま、カチューシャを手で隠す。

 

「こ、こいしっ、部屋に入るときはノックなさい!」

 

「したよ? さっき、ミオくんにだけ聞こえるくらい小さく♡」

 

さとりがぐっと言葉に詰まるのを見て、こいしはくるりと半回転した。

 

「で、ミオくんはどうなの〜?可愛いって思ってたんでしょ〜?ねぇねぇ、ねぇってば〜?」

 

返答に詰まり、視線を逸らす。

 

こいしはすかさず、どや顔で指差した。

 

「うわ〜〜〜〜、両想い〜〜〜〜っ!!」

 

「ち、ちがっ……!」

 

「なになに? 言い訳タイム? 言い訳もかわい〜い♡」

 

言いたい放題のこいしに、さとりはもう顔を真っ赤にしたまま、声も出せずにぷるぷると震えている。

 

こいしはぽん、と手を打った。

 

「そうだ!」

 

その声に反応する間もなく、彼女は両手を頭の上に添えて、

ぴょん、と一回、大きく跳ねた。

 

「わたしにも作ってよ、ネコ耳! にゃんっ!」

 

猫のように軽やかに、真正面から私に飛び込む勢いで距離を詰めてきて、思わずのけぞる。

その様子を横で見ていたさとりの第三の目が、びくんと跳ねた。

 

「っ……!」

 

が——

 

「……そ、そうね。作ってあげるといいわ」

 

わずかに咳払いして、さとりはすぐに冷静な声色を取り戻す。

 

私がちらりと視線を送ると、彼女はわざとらしく視線を逸らして、袖を一度払った。

 

第三の目だけが、どこか“負けた”ように、そっと伏せられている。

 

それを満足そうに眺めていたこいしは、ふと手を振った。

 

「んじゃ、ふたりでラブラブしてね〜」

 

そして次の瞬間には、こいしの姿は消えていた。

音も、何もなかった。

まるで最初から“いなかった”かのように。

 

残された私たちは、顔を見合わせることもできず、ただ——

同じ空気の中で、そっと目を伏せた。

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