※この作品はR-18です。

読まれる日常   作:昼間寝音

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【第19頁:あたいを、見てよ】

本のページをめくるたびに、指先が紙の質感を思い出していく。

 

夕刻。

地霊殿の客室、いや、もはや“私の部屋”と呼んでいい空間には、静かな時間が流れていた。

天井近くの灯が妖力の揺らぎでふわりと明るさを変えるたびに、文字の影が微かに踊る。

 

さとりは今日は書斎に籠っていた。

だからこの時間は、久しぶりに“読まれない”——静謐なひととき。

 

私は、目の前の行の意味よりも、ただその流れに身を置いていた。

紙の匂い、寝台の温もり、自分の鼓動。

 

カチャ。

 

扉のノブが、音もなく回った。

 

ノックはなかった。

 

そちらに顔を向けるより早く、気配が部屋に入ってきているのがわかる。

 

お燐だった。

 

「……どうした?」

 

声をかけても返事はなかった。

 

彼女は部屋の入り口に立ったまま、じっとこちらを見ていた。

 

その顔は、いつものいたずらっぽさも、朗らかな笑みもなかった。

まっすぐに——それでいて、どこか熱を帯びた目。

 

いつも真紅だったはずの瞳が、暗い緑色に染まっていた。

 

その色に、心臓が一拍遅れて跳ねる。

 

「……お燐?」

 

ベッドの上から体を起こしかけた、その瞬間——

お燐の影が滑るように間合いを詰めてきた。

 

気づけば、肩が押されていた。

 

重くはない。けれど、拒めなかった。

 

背がベッドに沈み、身体が傾く。

 

本がぱさりと落ち、表紙を伏せた。

 

視界には、お燐の朱い髪と、見慣れない色の瞳だけが映っていた。

 

「お、おい……?」

 

その問いかけは、返ってこなかった。

 

彼女の瞳は、何かを探すように、あるいは——測るように、私を覗き込んでいた。

 

空気が、妙に熱い。

 

何かが始まる、という直感だけが、胸の奥をじりじりと焼いていた。

 

距離ではない——熱と、空気の密度。

それが、あまりに“異質”。

 

普段の軽やかさも、甘えた仕草も消えていた。

 

代わりにそこにあるのは、何か、強くて、痛いもの。

 

「……や、やめろ、お燐。何して——」

 

言い終える前に、唇が塞がれた。

 

柔らかく、けれど一方的で、舌が押し込まれてくる。

私は呆然としたまま、それを受け入れてしまった。

 

腰がずるりとずらされ、脚が開かされる。

 

「まって……本当に、どうしたんだ……?」

 

服の裾をまさぐる指先は、震えていなかった。

むしろ、熱に浮かされたように迷いがない。

 

上着のボタンが、はじける音を立てて外される。

素肌に触れた手は冷たくなかった。

火照っていた。私と同じ、いや、それ以上に。

 

「さとり様ばっかり……ずるい……」

 

その囁きは、まるで吐き捨てるように、私の胸元に零れ落ちた。

 

「読んで読まれて、抱かれて、あんなふうに……幸せそうな顔して……!」

 

お燐の声が震えた。

だが、その手は止まらなかった。

まるで、それ以外の方法をもう知らないかのように。

 

私は、手首を掴もうとした。

けれど、その前に腰を押さえられ、背中がマットに沈む。

 

「お燐、やめろ、ほんとに……っ」

 

「……やめたら、あたい、壊れちゃう……」

 

その言葉は、あまりにも正直すぎて、抵抗の力を失わせた。

 

下半身の衣服が剥かれ、露わになった腹筋に、彼女の髪が触れる。

そして、何の前触れもなく——

 

ぬるりと、舌が這った。

 

「っ……!」

 

思わず声が漏れた。

さとり以外、何人たりとも触れてはいけないと、どこかで思っていた場所。

でも、お燐はそこをなぞり、吸い、食むように味わっていく。

 

喉が熱い。

叫びたいのに、声にならない。

 

私は、読まれずにいる。

さとりではない者に。

ただ、欲望だけで貪られている。

 

それが、どうしようもなく、怖くて、でも——快楽だった。

 

「……あたい、だって……見てたんだ……全部……」

 

お燐の声は涙ぐんでいた。

けれど、舌の動きは止まらない。

 

私は、抵抗をやめてしまった。

 

感情と身体が乖離していく。

その狭間で、お燐の嫉妬が、私の中へと刻まれていく。

 

「……壊して、やる……あたいを……あたいを、見てよ……!」

 

そんなふうに叫ぶ彼女の声が、震える腰の奥に直接届くようで——

私は、何も返せないまま、目を閉じた。

 

部屋の空気が、突然変わった。

 

それは扉が開く音よりも早く、第三の目が“脈打った”気配によって、私の全身に走った。

 

そして——

 

「……なにをしているの、あなたたち」

 

低く、確実に怒気を孕んだ声。

さとりだった。

 

——反射的に、私は剥かれていた下着を引き上げていた。

下半身を晒したまま、さとりに見られていることが、

恐ろしくて、恥ずかしくて、何よりも見苦しいと感じたからだ。

 

けれど、布の下、その遥か下まで、第三の目はすべてを読んでいる。

そう思った瞬間、指先の動きが止まり、私は目を伏せた。

……意味なんて、なかったのだ。

 

お燐の身体は私の上にあるまま、固まっている。

振り返ったその顔に、はじめて“我に返った”という色が浮かんでいた。

 

「さ、とり……様……」

 

お燐の声が、震える。

 

さとりは無言のまま、部屋に足を踏み入れた。

 

その第三の目が、ふたつぶん跳ねた。

 

“読む”。

 

その一言を誰も口にしなかったが、

その場にいた全員が、心の中を覗かれていると理解した。

 

恥も、恐れも、欲望も。

この部屋に渦巻いていたもののすべてが——

瞬時に、彼女の中へ流れ込んでいた。

 

「……呆れたわ」

 

さとりは、ゆっくりと目を伏せた。

 

「読まなくても、わかってた。

でも、あなたがそこまで追い詰められてるとは思わなかった……お燐」

 

「あたい……ごめ、なさい……! あたい……っ……!」

 

お燐は私の上から転げ落ちるようにして降り、床に手をつく。

猫のように耳を伏せ、尾を丸めて、ただ震えていた。

 

さとりは、数歩近づいて——

 

私とお燐を、交互に見た。

 

そして、ほんの一拍の間を置いて。

 

「……仕方ないわね」

 

そう言ったその声には、呆れと……どこか、諦めにも似た優しさが滲んでいた。

そのまま、静かにさとりはベッドに腰を下ろし、お燐の肩に手を添える。

 

「……お燐。あなたの中の嫉妬は、今夜ここで溶かしてあげる」

 

夜の空気が、また違った熱を帯びてゆく。

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