朝の空気は、昨夜の熱をすっかり冷ましていた。
けれど、それはあくまで外気の話だ。
このベッドの中には、まだ肌の温もりと、甘い匂いが残っていた。
私はぼんやりと、天井を見上げていた。
その隣で、寝台の端に腰をかけていたお燐が、
ゆっくりと尾を伸ばしながら、髪を整えている。
「……そろそろ、行くね。
朝ごはん、またあたいが作るにゃ。さとり様、まだ寝てると思うし」
振り向いたお燐が、昨夜と同じく、やわらかく笑った。
けれどその目元には、どこか“終わった”ことを悟っている静けさがあった。
私は何も言えずに、ただうなずく。
お燐は立ち上がり、そっと手を伸ばして、私の頬に指を添える。
「またね、ミオ」
その言葉とともに、扉が閉じた——
——はずだった。
カチリ、と再びドアノブが回る音。
「……お見送り、ごくろうさま」
現れたのは、さとりだった。
まっすぐにこちらを見ていた。
その口元には、かすかに笑みのようなものが浮かんでいて——
しかし、どこにも“温度”がなかった。
私は視線を逸らすこともできずに、ただ見つめ返すしかなかった。
「“また”は、無いわよ」
私は、一瞬、何のことを言われたのか分からなかった。
けれど——すぐに理解する。
「またね」と言って出ていったお燐に。
それを、受け入れた私に。
そして、お燐を煽ったという妖怪に。
さとりは、釘を刺したのだ。
「……さとり」
呼びかける声に、自分の喉が思ったより乾いているのがわかった。
彼女は何も言わず、部屋の中へと静かに足を踏み入れる。
乱れた寝具、昨晩の情事の痕跡が、とても気まずいものに思えてきた。
さとりが、裸のままの私の隣に、座る。
第三の目がこちらを見ているのに、彼女自身の視線は天井の方を向いている。
「怒ってる?」
「怒ってなど、いないわ。ほんとうに」
……その言い回しが、一番こわい。
「でも相手がお燐だったから、許しただけ」
視線は逸らしたまま、唇だけが言葉を紡ぐ。
「もし——他の誰かと、あんなことしてたら。
……わたし、あなたを壊してたと思う」
背中に、ぞわりと冷たいものが這った。
けれど、奇妙なことに、嫌悪ではなかった。
むしろそれは安堵に似ていた。
妖怪たるさとりが、ちゃんと嫉妬してくれていることに、どこかで私は安心していた。
だから私は、問いかけた。
「……じゃあ、どうすればいい?」
彼女の視線が、ようやくこちらに戻る。
第三の目が静かに脈動し、私の心に直接触れてくる。
「ミオが、わたしだけのものだってこと。
——証明しなさい」