抜きゲーみたいな島に住んでいる狂犬はどうすればいいんだ? 作:神剣狩刃
イベント当日の朝、卵から衝撃的な話をされた。
卵
「あーしは今日トリ公として活動する」
危うく朝食のホットケーキをこぼす所だった。ふわふわに仕上げるために炭酸水を入れていたから溢したらもったいない。
卵
「兄貴が警備に加わっている以上、兄貴の足止めをする必要がある」
卵は常日頃の素行の悪さからサボってもお咎めなしとのことだ。SSも卵に頼っているようじゃ卵に殺されると思っているらしく、卵が出動するのはトリ公のリーダーが出てきた時だけだという。
卵
「つまり今夜は……あーしと兄貴が戦うことになる。勿論手加減は出来ねえ。死なないように気を付けてくれよ」
精
「もちろんだ。たまには盛大な兄弟喧嘩と洒落込もうぜ?」
卵
「…………あーし相手だから戦えないんじゃねえかと心配して損したぜ。じゃあ、イベントが終わるまでは仲良くしようぜ」
精
「ああ。まずはホットケーキを楽しむとしようか」
卵との通話を終え両手で頬を叩──ゴンと重い音を立ててボウルが地面に落ちる。生地がこぼれなかったのでセーフとさせてもらおう。ということもあって昼、俺はボルダチングの警備にあたっていた。水引ちゃんとスス子ちゃんに一瞥し様子を聞く。
精
「状況は?」
秋野
「特に異常なしです。このまま警備をお願いします」
スス子
「お二人とも固いっすよ。ほら、ランチャーがおちんちんとおまんこをぶっ壊す勢いで登っているっすよ」
スス子がスッと指を指した先では卵が野性的な動きで壁を昇っている。
卵
「オラオラ! ちんこおっ勃てろ! まんこ濡らすな! あーしが登ってんだぞ!?」
茅津野アナ
『早い早い! まるで卵子を目指す精子のような激しさです! 流石SSの『反逆の緑髪』です!』
光姫
『頑張って! 卵ちゃーん!』
アナウンサーがあんな贔屓をしていいのだろうか。まあ、光姫姉さんだしいいか。
卵
「どいつもこいつも軟弱だな! あーしの手ぐらいたえ────」
卵が次のおちんちんに手をかける寸前、その体がぬるりと落ちて行った。足場にしていたおちんちんが卵の圧に屈して萎えてしまったのだ。下のマットにどさりと卵が落ちる。卵の顔がみるみる鬼の形相になっていく。
卵
「っだあああ!! 玉無しふにゃちん共が!! もうボルダチングなんてどうでもいい!! 手前等ひっこめてろ!!」
卵の咆哮におちんちんが一斉に引っ込む。そして、おちんちんを出す穴に指をひっかけてぬるぬると登って行った。そしてあっという間に登頂に成功する。
茅津野アナ
『な、なんと! あのわずかな穴に指を入れて登り切ってしまいました!』
光姫
『流石よ卵ちゃん! でも、そういうプレイは人を選ぶから誰それ構わずやっちゃダメよ!』
既存のステージを使って昇っているからルール違反にはならないらしいが、後続のやりにくさは異常だと思う。しかし、次は片桐だと判明した途端おちんちんが穴からボンジュールマドモアゼルする。何故卵でそうならない。
秋野
「流石だなあ卵ちゃん……惚れ惚れしちゃう動きだったなあ……」
精
「だよな。俺の自慢の妹だ。人生の伴侶にしたいと思わないか?」
スス子
「いやあのランチャーと付き合う度胸ないっすよ……」
その後スス子ちゃんが淳之介君に嫌な顔をしながらパンツを見せるという事態もあったが、無事ボルダチングが終わり会長の宣言を持ってイベントが終了した。
しかし、俺からしてみればここからが本番だ。卵との死闘が待ち構えている。この震えは武者震いなのか、建前上とはいえ卵と戦う事への恐れか。
糺川
「大丈夫か、精?」
礼先輩が俺に声をかけてきた。
精
「礼先輩……ええ、大丈夫ですよ。こう見えても治安管理委員会特殊戦闘部リーダーですから」
糺川
「確かに大丈夫そうだな。あとはトリ公の出現を待つだけ────」
SS女学生A
『こちらSS5番隊電子戦担当、敵影をキャッチ、ポイントE-3よりボギーを捕捉────"トリ公"です!』
俺は1人でそのポイントに駆け出した。俺の目的は卵であり、卵の目的は俺だ。つまり一番最初に出てくるのは────
???
「待っていたぜ、リーダーサマ」
頭上から1人の女が下りてきた。水乃月学園の制服を着ており、黒いマスクで鼻や口元を隠しており、二振りの刀を腰に佩き、緑髪と同じ黒い瞳でこちらをギョロリと見つめている。────間違いなく卵だ。
精
「……多くを語る必要はないな」
卵
「ああ。俺も手前を手早くブッ倒さなきゃなんねえ」
変装の腕は中の上ぐらいだが、発せられる殺気や太刀の構えから見て取れる実力は上の上と言った所か。本気でやらなければ死ぬかもしれない。
精
「だからこそ、口上は必要だよな────精卵交わりて生まれる命の限りを尽くせ。俺は土口精、『金色の狂犬』だ」
卵
「秋は千回巡れど望み能わず野に散る
卵の口上を聞き太刀筋を見る。技術もさることながら本能的や直感を由来とする速さが尋常じゃない。これと敵対するSSに同情を覚える。
精
「だが……見えれば十分!」
俺も戦闘部の逆刃刀を抜き、卵の太刀を弾く。その隙を文字通り突いたが卵は軽く飛んで避ける。女性の持つ柔らかな筋肉と柔軟さを活かしたヒットアンドアウェイが卵の基本らしい。
卵
「成程……名は飾りじゃねえと。なら────
卵の太刀からパチリという音が響く。その名前から察するにスタンガンのようなものが仕込まれているのだろう。迂闊に喰らったらその段階で負けが確定する。
精
「分かりやすい説明ありがとう。サービスかな?」
卵
「いや……これが俺のやり方だ」
卵が一気踏み込んで来る。太刀を持つ手てから横薙ぎ────違う。これはブラフだ。横に動いて蹴り上げを避ける。
卵
「俺の誘導に引っかからないとはな……風紀委員長サマとは大違いだ」
精
「スピードと柔軟さと武器を囮にした誘導……俺には通じないね」
身内だから分かったようなもので初見だったらまず引っかかる。そして、ブラフと読めてしまったこともマズい。真と虚を織り交ぜる戦いの真骨頂は心理的な疲労を生み出せることだ。一つの行動から二手三手と予測をしなければならず、しかも太刀の選択肢は必ず読まなければいけない。瞬時に思考と判断をし、反射的に行動に移さなければ負ける。
精
「だからと言ってはいそうですかと負けるつもりはないんでね!」
分かりやすく太刀を横薙ぎの構えにする。卵はそれを見て横に回避した。そのまま横薙ぎを放つ。卵はかろうじて太刀で受け止めた。
精
「策士策に溺れるだな!」
卵
「ぐっ……! 読み違えた……!」
卵も俺と同じくかなり考えて戦っているはずだ。なのに多彩な動きができるのは本能や直感で戦っている部分があるからだ。思考を放棄すればそれだけ行動に脳を動かせる。故に、分かりやすい行動をブラフと決めつける瞬間がある。そこを突けば攻撃を当てることもできる。
卵
「……まどろっこしいのはなしだ。俺の本気を見せてやる!」
卵が俺に向かって突進してくる。太刀も蹴りもそれ以外もどうやって避けるか。単純だ。
精
「戦いは立体的に考えるべきだよね」
卵を飛び越えて避ける。常人離れした反応速度があれば、防御に回って受け身になれば余裕ができる。これならば何が来ても────-卵はそのまま進行方向にあった木を蹴って俺より高く跳んだ。
卵
「俺はさらにその上を行く」
空中戦においてはより高度を持った方が有利だ。つまり俺は今卵に不利を背負っている。卵が俺より格上だったらここで敗北している。同格であるならほぼ敗北である。格下なら凌げばまだ仕切り直しに出来る。息を止めて集中する。卵も同じく息を止めて集中している。
精・卵
「「────ここだ」」
空中で激しい金属音が連なって鳴り響く。一撃でも喰らえばそこで負け、一撃でも当てればそこで勝ち。その極限状態が互いの限界に導く。着地するまでに1秒ともかからなかったが、受けた太刀筋は数えきれないほどに感じた。俺は受け身を取れず卵に体勢の有利を与えたが、卵の着地はまだ勢いがあり距離が離れた。
精
「まさか凌ぎ切れるとは思わなかった……負けたと思っ────」
どこからか、機械音が聞こえる。プロペラ音にジェットターボのような音。何かが飛んできている。
卵
「……タイムオーバーだ」
卵がマスクを外し、カラコンを外し、SSの一員に戻った。つまりあの音はトリ公のリーダーということだ。
卵
「こっからは共闘だ。反交尾勢力のリーダーを何とかする」
精
「随分とボヤっとした言い方だな。何かマズい都合があるか?」
卵としては身内だから捕まえたくないのは分かるが、その表情からはそれ以外の苦悶が窺える。
卵
「……あーし達2人がかりでもリーダーには勝てねえ。だから他のSSが撤退するまでの時間を稼いで、あーしと兄貴とリーダーだけの場を作って見逃してもらう」
精
「……そんな顔するわけだ」
この際、俺のSHOでの立場はどうなってもいい。俺としても卵を受け入れてくれた反交尾勢力のリーダーを捕らえることはしたくない。だが、その実力だけは知っておきたい。
音のする方に向かうとそこには────
ハメドリくん
『────────……ハァ、メェ────…………」
後ろ姿でも分かる。鋼のハメドリくんがいた。だから"トリ公"なのか。いや、変な納得をしている場合ではない。不意打ち上等で二丁拳銃からライオット弾を全弾射出する。カンカンキンキンとその装甲に弾がたやすく弾かれる。ハメドリくんはこちらを向いて赤い瞳を見せつけてきた。
精
「相変わらずキモいデザインで────」
ハメドリくんの口が開き、何かを飛ばしてきた。流星形をした何かなのは分かったが、分かったところで体はその速さに反応しきれない。俺の体に着弾してから刀が空を切る。そして体が吹っ飛ばされ、卵がハメドリくんに殴り飛ばされ背中から木にぶつかった。
卵
「がっ……」
卵が短く息を吐き出し地面にうつぶせに倒れた。
精
「らあああん!!! にげろおおお!!!」
俺の叫びは空しく、卵は立ち上がることができない。そんな卵にハメドリくんが近づき、その鉄腕を振り上げる。
精
「まて!!! やめろ!!! 卵に手を出すなあああ!!!」
卵
「なんで……話がちが────」
卵の頭にめがけてその拳を振るう。凄まじい衝撃と鈍い音が響く。ハメドリくんの手には赤い液体が付いていて────
突如飛来してきたハメドリくんの怪人に橘が倒されて私たちは騒然としていた。あれは一体何なのか。一瞬思考を奪われたが、カンカンキンキン響く金属音が現実に引き戻す。精と卵がハメドリくんの注意を引いてくれたようだ。その隙に橘を撤退させ────精と卵がハメドリくんに吹っ飛ばされる。
────最悪の場合、命の危険があるかもしれません────
桐香様の言葉が脳裏によぎる。もし卵の身に何かあったら、そうなったら精は────
精
「まて!!! やめろ!!! 卵に手を出すなあああ!!!」
ハメドリくんの拳が卵に振り下ろされる。凄まじい衝撃と鈍い音が響く。ハメドリくんの手には赤い液体が付いていた。まさか卵が死────
精
「おおおあああぁぁぁ!!!!!!」
精の雄たけびが響く。木々や大地、空までを揺るがすような凄まじい音だ。それを見て私たちはすぐにピンときた。
女部田
「あれって『不俱戴天』じゃない!?」
だというなら私にしか止められない。
冷泉院
「卵さんに手を出されて怒りを抑えられなくなったのでしょう……一刻も早く逃げなければ──」
だから私がやるんだ。
糺川
「2人は……橘を頼みます」
私は精に向かって駆けだした。
精
「うるるるぅぅぅあ!!!!!!」
精は狂ったような雄叫びを上げながらハメドリくんに攻撃している。目に見えぬ速さで太刀を振るっているが、ハメドリくんの装甲に全て弾かれている。それでもハメドリくんは防戦一方になっている。これなら頃合いを見て私が止めれば────ハメドリくんが精の太刀を左手で受け止め握り砕いた。そして右手で精にボディーブローを入れて吹っ飛ばした。
精
「ぅばっしゃああああ!!!!!!」
それでも精は立ち上がってハメドリくんに向かう。ダメだ、このまま戦ったら精が死んでしまう。とにかく止めないと。
糺川
「お前は『金色の狂犬』だ!!!」
この声を聞けば精は止まる。精はぴたりと止まって私の方を見────そして瞬く間に地面に押し倒された。
糺川
「……なんで? 精? お前は『金色の狂犬』────」
精
「あああいいいぃぃぃ!!!!!!」
そのまま私に向かって拳を振り上げ────
卵
「やめろ兄貴! そいつは敵じゃない!」
卵の声に反応し精は拳を止めた。そして卵の方を見る。
精
「ら……ん……」
卵
「そうだ! あーしだ! ちっと体は痛えが大丈夫だ!」
卵が慌てて精に駆け寄って抱きしめる。
卵
「だから! そいつに手を出すな!」
精
「そう……か……大丈夫……か……」
そう呟いて精は力なく卵に体を預けた。何が起きたのかは分かっている。でも、何でそうなったのかは考えたくなかった。だから、卵と会話することにした。
糺川
「……大丈夫なのか、卵? さっき血が……」
卵
「何とか寸前で避けてな……その際に木の実が潰れたらしい。ほら、あーしの頬についているだろ」
確かに卵の頬に赤い液体がついている。精はこれと血を見間違えて暴走したのだろう。ハメドリくんがその鉄騎を揺らし歩み寄って来る。ガシャンガシャンとわざとらしく音を立て余裕を露にする。桐香様も郁子も撤退していない。私にハメドリくんを倒せる実力はない。どうにもならない。
卵
「待ってくれリーダー! こいつらは見逃してくれ!」
卵が頭地面につけて懇願する。卵は反交尾勢力と通じている。ならば交渉の余地もあると判断したのかもしれない。
卵
「あーしの兄貴とそれを命がけで止めようとしたんだ! だから見逃してやってくれ!」
ハメドリくんは飛び去っていった。卵とトリ公のリーダーの仲はかなりのものらしい。しかし、私にとって状況は何一つ良くなっていない。
卵
「…………風呂に入りてえ。風紀委員長サマ権限で入れねえか?」
糺川
「明日が休日だから……多分、大丈夫だと思う……」
自分でもよく分からない返答をしてしまった。