抜きゲーみたいな島に住んでいる狂犬はどうすればいいんだ? 作:神剣狩刃
夢を見る。俺は荒らされた自分の家のリビングルームにいる。その部屋の隅で振るえて怯える卵に駆け寄った。
精
「卵! 大丈夫か!?」
卵
「お兄ちゃん…………」
クソ県知事との一件の直後なのだろう。俺は震える卵を抱きしめて励ましの言葉をかけ────
卵
「もう……条例変えられないの……?」
そうだ。俺はクソ県知事に屈して条例に手を出さないと約束した。電話越しに卵も聞いていたはずだ。
精
「…………ごめん……俺にはもう……条例を変えることはできない……」
だから、何とか言葉を絞り出す。あれだけ約束しておいて、最悪な形で裏切ることになってしまった。その直後、俺の視界が揺れ天井を向いていた。そして卵が馬乗りになって俺の胸ぐらを掴んできた。
卵
「なんで……!? どうして……!? 私、お兄ちゃんが条例を変えてくれるっていうから頑張ってこれたんだよ……!? 頑張って生きていけたんだよ……!? なのに、なんで!?」
家族を失い、唯一の希望も奪われたのだから錯乱するのも無理はないだろう。だから俺は抵抗しなかった。
精
「ごめん……卵……」
譫言のように呟き、許される訳もないのに、ただひたすら謝り続けた。そんな俺を見て卵はついに俺を殴った。これも仕方がないことだ。
卵
「……手前なんか……手前なんか────」
卵が怒りに満ちた顔で何かを言いかけたが、そこで夢が終わって目が覚める。俺は一体卵に何を言ったのだろう。
卵
「……目が覚めたか兄貴」
卵が心配そうに俺の顔を覗き込んでいる。問題ないと言って体を起こす。どこかの部屋のようだ。なんかものが多く、片付けができていない人物の部屋のようだ。
卵
「ここはSSの寮の一室だ。兄貴は機械の鳥の化け物にやられたんだ、覚えているか?」
軽く思い出してみる。確かイベントが終わってトリ公の出現を聞いて、卵と戦っている最中に機械の鳥の化け物と戦って、すぐにやられて卵が────
精
「お前は大丈夫か!? 確か頭をやられて────」
卵
「寸前で回避したよ。あーしを舐めるな」
ならよかった。その辺りから記憶がないからそれからずっと気絶していたのだろう。
卵
「あーしが軽く体を調べて異常が無かったら……色々話がしたい。一緒に浴場に来てくれないか?」
卵からの頼みだ。断るつもりはない。
精
「何だったら体洗ってやろうか? たまには兄妹で仲良く入浴っていうのも────」
卵
「多分、そんな余裕はねえ。早速調べるぞ」
卵によるほぼ脅しのような勢いで浴場を貸切ることができた。ハメドリくんに襲われながらも特に問題の無かった橘を始め、桐香様や郁子もいる。
淳之介
「あの、糺川先輩、大丈夫ですか? 心ここにあらずですが……」
糺川
「……分からない、いや、分かっているんだが、分かりたくないんだ……」
女部田
「レイちゃん…………辛かったらイクに当たってもいいんだよ?」
糺川
「待ってくれ……まだ、まだ…………まだ分からないだろ……」
冷泉院
「────っ、来ました」
ガラリと浴場の扉が開く。
卵
「……とりあえず、兄貴の身体には異常はなかった」
露骨に私と目を合わせようとしない卵と。
精
「お前が話をしたいって言ったから来たら……なんでBIG4がいるんだ?」
あからさまに状況が分かっていない精がいた。
2人が湯船に入って早々卵が話を切り出してきた。
卵
「兄貴、単刀直入に言う。兄貴のせいであーしが死ぬかもしれねえ」
何一つ包み隠さない身も蓋もない言い方だった。
精
「……説明してくれ。いくら卵の話でもそれは納得できねえ」
そして卵は今この世界で起きていることを精に一から説明した。平行世界の事、私達BIG4の事、その影響のせいで卵が死にかけている事────そして今の精がほとんどこの世界の精になってしまっている事。
精
「俺が俺じゃない? 何を言うかと思えばバカげているな。卵、お前の初潮は10歳の時のバレンタインだ。俺と一緒にチョコクッキーを焼いている時に来たな。そしてお前の初めてのオナニーは俺のシャツを使った。その際に袖を噛みちぎって俺に謝ったのは今でも覚えている」
卵の顔を見る。卵が気まずそうに頷く。全部本当のようだ。
精
「それに俺が誰であろうと卵を守ろうとしているのに変わりはないだろう? それの何が問題だって言うんだ?」
卵
「それは……そうだが……でも、今の兄貴はおかしい。あーしの知っている優しい兄貴じゃない」
今の精は明らかに正常じゃない。瞳が揺れ、歯も微かに鳴っていて、呼吸も荒い。
精
「大丈夫だ卵……今度こそお前を守ってやる……! あのクソ県知事の手も及ばないように……力を手に入れるから……! 治安管理委員会特殊戦闘部の全てを使っても……! 例え悪魔に魂を売っても……! 例えお前以外の全てを失っても……!」
精が卵の肩を掴んで言い聞かせるように言葉を吐き出す。
糺川
「本気で言っているのか、精!?」
止めないとマズい。そう思って体の肩を掴んで叫んでしまった。
精
「あ……?」
精が首を傾けて殺すような視線を向けてきた。
糺川
「お前が何をしようとお前の勝手だが、お前が無茶をしたら悲しむ人だっているんだぞ!? 卵だって────」
精
「手前に俺と卵の何が分かるって言うんだよ?」
肩の手を乱雑に振り払われた。
精
「卵はこの島に否定された……そして俺は卵を守り切れなかった……だから今度は守んなきゃいけねえんだよ……! どこの馬の骨かも知らねえ風紀委員長風情が俺達に口を出せるってのか?」
淳之介
「待て、精……!」
精
「お山の大将の性帝如きに何が分かる!? そこの会長も! 水色も! 何も知らねえくせに俺の邪魔をするんじゃねえよ!」
嘘だ。
女部田
「待ってよ精くん! 落ち着いて冷静になって! それ以上言ったら────」
精
「黙れっつってるのが分からねえのか!? 言葉でわからねえなら暴力で分からせてやろうか!?」
嘘だ嘘だ。
冷泉院
「…………本気で仰っているのですね、精さん?」
精
「俺が本気じゃねえように見えるのか!? だとしたらとんだ節穴だな会長! トップがこれじゃSSの質が透けて見えるぜ!」
噓だ噓だ噓だ。
糺川
「……なあ、精、嘘、だよな?」
肩に手を────払いのけられて、乱暴に髪を掴まれて詰め寄られる。
精
「鬱陶しいんだよ! 手前は俺の何なんだよ!? どの面下げて俺に意見してんだよ!? これ以上邪魔したら────殺すぞ?」
淳之介
「っ、それは言いすぎだ! 糺川先輩に────」
糺川
「精のばかああああああ!!!!!!」
精の頬を思い切りビンタする。精が湯船に沈んでいる隙に逃げ出す。何も着ず、体も拭かず、浴場を、寮を飛び出す。寒いとか痛いとかどうでもいい。もう、何をしたらいいか分からない。何が何だか分からない。ただ走るしかなかった。
どこをどう走ったのかは分からない。いつの間にか足が止まって崖の上にいた。見覚えのある崖だ。
糺川
「……初めて……精と出会った場所だ……」
あの時の精が何でここに立っていたのかが分かる。人は絶望しきると生きるのが嫌になるのだ。精が私を忘れる。分かり切っていたことだ。いつか来ると分かっていても、覚悟していても、いざそれが現実になるとどうしようもなく私の心を打ち砕いた。
糺川
「……いろんなことがあったよな。お前とここで出会って、一緒にSSで頑張って、橘たちと出会って、橘たちと戦って、お前と付き合い始めて、青藍島が滅茶苦茶になって、青藍島を取り戻して、やっとみんなで幸せになれるってなって……」
全ての思い出が色褪せていく。楽しくて、嬉しくて、幸せだった日々の数々が私の背中を後押しする。
糺川
「ああ…………あの時のお前は私が止めたよな……でも……今の私を止めるは……」
ここで死ねば精は私を思い出してくれるだろうか。この苦しみから楽になれるなら死んだって良い。
???
「────い」
それを天国から見守るのも悪くない。いや、私は罪を重ね過ぎた。行くとしたら地獄だろう。
???
「────い!」
精もそれなりに罪を重ねているから地獄で待っているほうがいいか。
ニノマエ
「おーい!!! 待ってくれよ!!!」
糺川
「うわあ!?」
振り向い眼先に突如現れた金のバタフライマスクの変質者、もといニノマエさんに驚いて足がもつれる。そしてそのまま背中から────
ニノマエ
「させるか!!!」
右腕を掴まれる。しかし濡れた腕ではその手から滑り落ち────
ニノマエ
「させるかっての!!!」
済んでの所で両腕で掴まれて崖から宙吊りになる。落ちたら間違いなく死ぬだろう。だったら────
ニノマエ
「悪いけど礼ちゃんを死なさせる訳にはいかないね!!!」
何でだ? 何でニノマエさんは私を死なせたくないんだ?
ニノマエ
「良く夢を見るんだ!!! 余が女の子を助ける夢を!!! 余は過去に一度女の子を助けているから!!! もう一度助けたいんだ!!! だから!!! 余は!!! 余のために!!! 『やりたいようにやらせてもらう』!!!」
糺川
「────っ」
その言葉は私が精に向けて言った言葉だ。良くある言葉かもしれないが、何故ニノマエさんが知っているんだ?
ニノマエ
「うだらああああああ!!!!!!」
ニノマエさんの雄叫びと共に私は崖から引き上げられた。呆然とニノマエさんを見る。ニノマエさんはうつぶせの状態から私を引き上げていた。なんという力だろう。
ニノマエ
「はあ、はあ、はあ……40代のおじさんに……こういう力仕事はダメだよ……腰が痛い……そうだ……ミルクティー飲む……?」
ニノマエさんが何処からともなくミルクティーの缶を私に差し出す。私はよく分からないまま受けと────
糺川
「熱っ!?」
あまりの熱さにミルクティーの缶を崖から落としてしまった。
ニノマエ
「あはは……大した……演技力でしょ……でも……アレは拾えないから……河岸を変えよう……余も疲れたからアチアチのミルクティーが飲みたい……」
先程迄私を助けていたとは思えない飄々さになっている。この人は一体何者だろう。まったく分からないが、少しだけ感じたことがある。
糺川
「精と……似ている……」
無茶苦茶なのにやりたいことをやってしまうその姿に、在りし日の精の姿が見えた。