抜きゲーみたいな島に住んでいる狂犬はどうすればいいんだ? 作:神剣狩刃
ママがボートに立っている────水引から信じられない報告が入って来た。その直後に海から6発の銃声が響く。
一成
「クックック……ハーッハッハッハ! 流石美蘭だ! 余が惚れた女性だ!」
パパがうまくいったと言わんばかりに高笑いをする。
美蘭?
「流石一成さんですね……! 気付かないふりがお上手でしたよ……!」
ママもくつくつと笑っている。バカな。ママが2人もいるわけがない。2人いるのは光姫さんの方で────まさか。
美蘭?
「やっと気付いたようね卵ちゃん! 美蘭さんが私になれるなら……私も美蘭さんになれる!」
ママが自分の髪を掴んで取り払う。緑髪のウィッグが飛び────その下からは桃色に近い紫の髪が現れた。そして目から鳶色のものが取れて────紫の瞳が現れた。
卵
「手前は……仙波、光姫ィィィ!!!」
一成
「やっぱり油断していたみたいね! ここに来る途中にお花摘みに行ってその時に入れ替わったのさ! 服も着ていたものをそのまま着たから匂いだけではわからなかったはずだ!」
完全に油断していた。あーしの所に人数を割かないと思っていたが、この人数であーしを出し抜いてきやがった。としたら────すぐにスマホで配備していたアーマードハメドリくんを3体起動する。
一成
「あれ!? 麻沙音ちゃんが起動できないようにしたんじゃ!?」
卵
「アイツのパスロックのクセは分かってんだよ! 数体起動させるぐらいはわけねえ!」
それを見たパパと光姫が森に逃げていく。
一成
「あとは美蘭に任せて余たちは逃避行と洒落こもう!」
光姫
「ええ!? 精くんと礼ちゃんの逃走のアシストはしないんですか!?」
一成
「余たちが捕まって美蘭の枷になる方がまずい! それに……美蘭は土口一族の女で精や卵の母親だ! 簡単に負けやしないさ!」
無理に追う必要はない。後の一斉襲撃でどうにでもできる。それよりも水引のアシストだ。水引のアーマーの情報からママのボートの場所も分かる。そこにアーマードハメドリくんを向かわせる。
卵
「終わりだ! 一斉掃射、フォイアァァァ!!!」
何発ものミサイルがボートに向かう。そして炸裂音が響き、ボートの辺りが煙に包まれる間違いなく沈むだろう。さあ、海の藻屑となってあーしを満足させ────
水引
「っ!? バカな!?」
水引が明らかに動揺している声をあげた。
卵
「何を見たんだ水引!?」
水引
「た、立っている……!」
卵
「何が立っているんだよ!?」
水引
「せ、精さんが……立っている……!」
もう何が何だか分からなかった。かつては俺をビンタした女が俺を助け、母を名乗る女が俺を助け、ボートに乗せられる。死ぬ前に変な夢でも見ているのか?
???
「大丈夫だ精! また私がお前を守ってやる!」
また? 俺はこの女に殴られた記憶はあれど守られた記憶などない。
精
「何言ってんだあんた……頭おかしいのか……?」
???
「ああ、おかしいさ! 愛のために狂ったさ! そうでもなければお前を助けられない!」
助ける? この女に俺を助ける理由があるのか? この女は一体何なんだ。
精
「何なんだよ……何なんだよ……!? 何で俺を死なせてくれないんだよ!? もう俺には何もないんだぞ!?」
???
「いやある! 私を幸せにするという約束がある!」
幸せ? 今の俺に誰を幸せにできるというのだ? 死んで卵を幸せにするしかないはずなのに。はず、なの、に────なぜか、涙が、溢れて、くる。
精
「……俺はあんたが誰なのか分からない……誰か分からないのに……何で涙が出るんだ……?」
???
「……それはな、お前が大切な物を忘れているからだ」
女も泣きながら話している。本当に何なんだ、コイツの泣き顔を見ると胸がざわついてしょうがない。俺は何を忘れたんだ。
精
「教えてくれよ……俺、どうしたらいいか分かんねえよ……」
俺は涙に濡れながらその女に答えを求めた。ほとんど見ず知らずの女に頼るなんてどうかしていると思ったが、そうするしかなかった。俺の絞り出した言葉を聞いて、女は俺を優しく抱きしめた。
???
「────『君のやりたいようにやれ』ばいいと思うよ。私もそうするから」
『やりたいようにやれ』。その言葉を聞いて、何かが心の奥で燃え始めた。まるで、この言葉が俺の全ての始まりであるかのように。
精
「その、言葉は、父さんの……」
?川?
「違う。私があの崖で言った言葉だ。この言葉が私とお前の始まりだったんだ」
女が指さす崖を見る。あの崖はどこかで見た覚えがある。俺はあそこに立ったことがある。
精
「あの崖……俺は……あの崖で……誰かに出会って……」
?川?
「そう。私と出会って……お前は決心したんじゃないか。『死んだ卵があの世で誇れる兄になる』って」
そうだ。俺は卵が死んで、全てに絶望して、あの崖に立った。そこで女の子に出会って、俺は救われたんだ。
精
「あの時に出会った女の子は……あんたに似ている……いや、あんたなのか……?」
糺川?
「ああ、少しずつ思い出してきたじゃないか。そして水乃月学園のSSで出会って……一緒に頑張ったじゃないか」
「君は────……そうか、一緒に頑張ろう」
「……一同の気を引き締めるためとはいえ、こんなことをしてすまない。大丈夫か、精? 立てるか?」
そうだ。俺はこの人と一緒に苦楽を共にしてきた。
精
「……俺は、あんたと約束した……確か、ベッドの上で……」
糺川?
「ああ、どんな約束だったかな。違反したら泣くと言った気がするが……」
「…………だ、大隊長命令だ。『私を幸せにしろ』……違反したらまた泣くぞ」
「ありがとうございます。
そうだ。俺はこの人を幸せにすると約束した。
精
「……ああ。そうか。俺は──────」
美蘭
「2人とも伏せて!!!」
俺は咄嗟に立ち上がり、目の前の人を庇った。
精
「────愛する者を守れないで何が『やりたいようにやれ』だ」
全身に力を入れる。ミサイルが炸裂し直撃したが、傷一つ付かない。流石淳之介君が教えてくれた技だ。そして振り返り────泣いている礼に言葉をかける。
精
「────ただいま、礼」
糺川礼
「────おかえり、精」
礼が泣きながらニコッと笑った。相変わらず美しくて可愛くて、ずっと守っていきたいと思える、アザレアのような笑顔だった。
秋野
「精さんが……立っている……!」
水引ちゃんの声に振り返りボートに積まれていた機関銃を構える。
精
「『金色の狂犬』復活の祝砲だ! 文字通り飛ぶ鳥を落とす勢いで行くぜえええ!」
糺川
「私にも撃たせろ! 青い鳥に頼らなくとも幸せは手に入れられるからな!」
精・糺川
「「一斉掃射、フォイア!!!」」
復帰早々完璧な連携によって水引ちゃんを退け、飛んでいたアーマードハメドリくんを全て撃墜する。
精
「っしゃあ! ブランクなし! 思いっきり飛ばしてくれ母さん!」
美蘭
「っ! ええ! 一気に行くわよ!」
さて、今宵再びリターン・フロム・リンボだ。やらなきゃいけないことが多すぎるな。
精
「ほんっっっとうに申し訳ありませんでしたああああああ!!!!!!」
拠点に帰って早々土下座する。仲間を見捨て、牙を向け、命の危機に晒した。何をしていたのかの記憶が全てあるからもう謝るしかない。
精
「死んで詫びることはできませんので!!! 礼を一生かけて幸せにするという形で償わせてくださいいいい!!!!!!」
片桐
「すごい勢いで謝りながら惚気てきたのだわ……」
琴寄
「ですが、心の底からそう思っていらっしゃるようです」
女部田
「だろうね~。普段の精くんだったら絶対しないことをいっぱいしていたからね~」
渡会
「礼ちゃんがすごく怖い顔してる……とっても大切な人なんだねえ」
冷泉院
「大切な人という言葉では済まないでしょうね。運命の人……では少々軽すぎますね」
畔
「関係を表すときに運命以上に重い言葉があるんですか……?」
一成
「うーん……金の糸で結ばれているとか?」
美蘭
「私はそれで納得しましたけど、物理的に重くすればいいものではないと思いますよ?」
光姫
「納得したんですね……やっぱり私、一成さんのセンスがよく分からないみたい……」
淳之介
「なあアサちゃん、金ってそんなに重いのか?」
麻沙音
「うーん……文字面的にアルゴンの方が重そうじゃない? ゴンって音してるじゃん?」
だったらラドンにしろよゴンよりドンの方が重そうだろ、というツッコミは飲み込む。礼の反応がまだ来ていない。ハァ、という小さな溜息が聞こえる。
糺川
「……死んだ妹にもう一度会えた喜び、もう一度失ってしまう恐怖、そして裏切られた絶望……どれも私には分からない。だから、卵のために行動したという点を責めるつもりはない」
精
「じゃあ────」
糺川
「ただし! 私を滅茶苦茶悲しませて、滅茶苦茶辛くさせたことに関しては滅茶苦茶怒っている! 元の世界に戻ったら丸々1日は絞るからな! 覚悟しろ!」
精
「喜んで!」
糺川
「ならよし! 頭を上げて作戦会議に参加しろ!」
精
「サー・イエス・サー!!!」
こうして再び『仲間』と共に行動できるようになった。やはり俺には礼が必要だ。
精
「水引ちゃんの所にいたから相手方の武装は分かる。アーマードハメドリくんの群や水引ちゃんもヤバいが……飛びぬけて卵がヤバい」
一成
「身体能力に加えて麻沙音ちゃんと同等の電子戦能力……何より、精に対する狂気の執念……並の人間じゃ渡り合うことすら不可能だね」
精
「それに加えて……卵専用のアーマーがあった」
卵と水引ちゃんの体格はそこまで変わらない。水引ちゃん用のアーマードハメドリくんを作る過程で、卵の全身武装が出来てもおかしくない。むしろ、2人で進める反逆のプランなのだからあって当然だ。
淳之介
「としたら最優先で卵ちゃんを倒して────」
精
「それじゃダメだ。卵の復讐は……卵が俺への憎しみが尽きるまで終わらねえ」
卵の憎しみを一身に受けたから分かる。あれは目的を果たすか命が尽きるまで止まらない、暴走機関車のようなものだ。
美蘭
「それじゃあ……精か卵のどちらかを選ばなきゃいけないの……!?」
精
「それもダメだ。俺が死んだら礼や皆が悲しむし、卵が死んだら俺が悲しむ」
誰かが死ねばいい、そんな決着では何も変わらない。それは誰かを殺せば問題を解決できる、と言っているようなものだ。
冷泉院
「それでは……卵さんをどうするというのですか?」
会長がエメラルドのような瞳でこちらを見つめる。その瞳に映る俺は妹を想う、紛れもない一人の兄であった。
精
「────────俺が卵の憎しみを全部受け止めます」
女部田
「全部受け止めるって……具体的にはどうするの?」
精
「文字通りです。武装した卵の攻撃をただ受けるだけです」
淳之介
「無茶だ! あの攻撃を全部受けたら死ぬぞ!?」
焦っている淳之介君に向けてチッチと舌と指を鳴らす。
精
「この世界の俺が卵を見捨てたことがキッカケです。なら────痛みはこの世界の俺に引き受けてもらいましょう」
淳之介
「そんなことでき──────はっ!?」
淳之介君は気付いたようだ。元の世界で使って散々な目に遭ったあの奥儀だ。
精
「"漢勃ち"……アレが効いている間は何を喰らっても死なない。幸いこの体は元の世界よりも鍛えられているから、効果時間は長いはずだ。その間に卵の憎しみを受け切って、後はこの世界の俺に押し付ける────これなら問題ないはずだ」
淳之介
「待て……お前の"漢勃ち"は愛する者が近くに居ないと使えないだろ? "鋼鉄の7人作戦"でSHO本部にいるのはNLNSとお前だけだ。糺川先輩はドスケベ遊園地にいて────はっ!?」
股も淳之介君が気付いたようだ。俺が愛する人間は礼だけではない。
精
「────俺には卵がいる。全てを投げ出してでも守りたいと思った存在なんて、愛している以外の何があるんだ? 何されようと、例え殺されようとも、命の尽きる瞬間まで愛せるさ」
俺は愛に狂える存在だ。それが親愛であっても、家族愛であっても、愛に変わりなければ狂える。
精
「だから────愛する妹のためにプレゼントを用意させて欲しい。ちょっと実家まで取りに行ってくるぜ」
ということで駆け足で実家に戻り、台所からあるものを取り出す。ここ一番の時に使う高級品だ。惜しげもなく使ってやろう。そして俺の部屋に行きクローゼットを開ける。やはり肥やしになっていたようで、ハンガーに掛けられてゆらゆらしていた。それも持って拠点に戻る。
糺川
「────その服は……!」
精
「やっぱ『金色の狂犬』つったらこの服でしょ……!」
特殊戦闘部の制服を脱ぎ捨てその服に袖を通す。水乃月学園の男子制服なのだが────施されている線が全て金色になっている、俺のオーダーメイドの制服だ。
精
「……さて! これでNSNS再結成だな! ここはひとつアレで行きましょう!」
一同
「「「アレ?」」」
皆様お分かりでないようなので、俺はわざとらしく咳払いをして発言する。
精
「一つ! 非道なアクメを憎み!」
淳之介
「っ! 二つ! 不思議なアクメを追って!」
畔
「……?」
糺川
「精……こちらの世界のNLNSメンバーはこちらの世界の記憶しかない。あの口上は────」
一成
「三つ! 淫らなアクメでオホるか!」
糺川
「っ!? よ、四つ! 良からぬズチュウ♡のアクメを!」
女部田
「五つ! 一気にスペルマアクメ!」
琴寄
「六つ……むべりむべむべむべむべる……」
美蘭
「七つ! ならばこれを聞いてみよ!」
冷泉院
「ゼロ……ゼロ……ゼロ……♡」
精・淳之介・糺川・女部田・冷泉院
「「「「「"NSNS"!!! ──No Sex No Seiran!!!」」」」」
精
「総員、盛りの準備をせよ!!!」
父さんと母さんと文乃ちゃんのアドリブによって見事口上が決まった。
精
「やっぱこれがないと締まらないよなあ!」
淳之介
「流石精だな! 皆で考えた口上だもんな!」
女部田
「いや、考えてない人が言ってるんだけどいいの?」
美蘭
「精や一成さんはこういうかっこいい口上を考えるのが好きですから……」
糺川
「なんというか……親子だなあ……」
一成
「流石余が息子! 余もよもやよもやの大好評だ!」
冷泉院
「しかし、文乃さん。なぜ自分が六番目だと分かったのですか?」
文乃
「おそらく言葉遊びの一種で、『む』べが『六』になるのではないかと……合っていたようで何よりです」
光姫
「……やっぱり土口家のセンスは理解できそうもないわ……」
雨降って地固まる、一致団結して再び青藍島の危機に立ち向かう。さあ、史上最大の兄弟喧嘩の始まりだ。