抜きゲーみたいな島に住んでいる狂犬はどうすればいいんだ? 作:神剣狩刃
その姿を認識した私は正に駆け寄って肩を揺すった。
糺川
「精!? 何があったんだ!? 橘は!? 文乃は!?」
私の呼びかけに土口は泣きじゃくりながら、ただその名を繰り返していた。
精
「ひっく……じゅん、のすけくんが……じゅんの、ひっく、すけくんが……」
考えろ。橘、反交尾勢力、精の惨状────────まさか。
糺川
「橘が……反交尾勢力と一緒に文乃を連れて行ったのか……!?」
私の言葉を聞いて精が泣き出す。
精
「うわああああん!!! なんでだよおおお!!!
これはかなりよくない。文乃の奪還に失敗したこともそうだが、精の一人称が『僕』になっている。よほど追い詰められた時でないとこうはならない。下手をすればあの時のように命を絶ちかねない。
糺川
「…………大丈夫だ。きっと橘にも事情があって────」
精
「れいせんぱいもじゅんのすけくんのみかたなんだあああ!!! うわああああん!!!」
しまった逆効果だった。今は精を肯定して宥めないと。
糺川
「そ、そんなわけないだろう!? だ、大体どんな事情があっても『仲間』を裏切るのはよくないだろ!? 精にこんな酷いことをした奴なんか……私が倒してやる!」
私は特撮のヒーローのように笑いながら握りこぶしを握った。精が正義で橘が悪──────割り切らないと笑顔なんか作れない。
精
「……ほんとう? れいせんぱい、たおしてくれる?」
糺川
「……ああ。私はいつでも精の味方だぞ。だから……まずは私の部屋に帰ろう」
精を私の部屋に匿い、SHO本社で報告を済ませる。
SHO幹部
「では、"琴寄文乃"をみすみす取り逃したと────そういうことで間違いないな?」
糺川
「はい、相違ありません。……すべて私の責任です」
橘が反交尾勢力と未だに通じている可能性があったのに、精に任せてしまったのだ。私が責任を負わなければならない。
SHO幹部
「ふん……大隊長と『金色の狂犬』が聞いて呆れる。作戦行動中、『金色の狂犬』が立っていたそうだが……奴から何か聞いたか?」
糺川
「いえ……彼は任務失敗の失意に駆られ、まともに喋れる状態ではありませんでした」
報告を終わらせ、部屋から出る。精から一件のメッセージが届いていた。
精
『迷惑かけてすみません。少し落ち着きました。でも、しばらく学校には行きたくないし、家にも帰りたくないです。しばらく礼先輩の部屋にお邪魔させてください』
まともな考えができるぐらいには落ち着いたようだ。早速メッセージを返す。
糺川
『いつまでもいていいですよ。一生いてくれても構いません』
これぐらいのことは言っても大丈夫だろう。実際に精と一緒に生活するのも悪くないはずだ。
精
『もしかしたらそうなるかもしれません』
あのメッセージを見て不安を覚えた私は急いで家に帰った。あいつが人を頼るのは滅多なことではありえない。まして、私を頼るとなると────
糺川
「精! 大丈夫か!?」
精
「いっけー! 1919人切りだ、デカスマター!」
実に楽しそうにデカチンジャーを見ていた。
糺川
「よかった……私の杞憂で──────」
テレビが付いていなかった。しかも、その目元は涙で濡れていた。つまり──────
糺川
「……無理に振舞うな。しばらくはお前の面倒は私が見てやる。だから今は……来い、精」
両手を広げて精を受け入れる。精は勢いよく抱き着いて泣き出した。
精
「礼先輩……! 俺……何を信じたらいいのか分かんないんです……! 淳之介君が裏切って……もしかしたら礼先輩まで裏切るんじゃないかって……!」
私以上に信じていた存在に裏切られた────それによって精が心に負った傷は想像できない。何も信じられないというのは本当だろう。
糺川
「大丈夫だ……私だけはお前を裏切らない……だから、私は信じていいぞ」
精を優しく抱きしめながら頭を撫でる。子供をあやすように──────かつて私がヒナミからそうされたように。
精
「礼先輩……俺……」
翌朝、持ち場を離れた郁子を探していた時だった。
淳之介
「あ────────」
渡会
「礼、ちゃん……」
もっとも会いたくない人物に会ってしまった。いや、私まで目を逸らしてどうする。少なくとも真相を知らねばならない。
糺川
「橘…………こっちにこい」
淳之介
「…………はい」
渡会
「わ、私も────」
女部田
「はーい、小さな子はこっちだよ~?────これでいいよね、レイちゃん?」
郁子がヒナミを遠ざけてくれた。流石に郁子にもバレているか。言わないのは精への配慮か、それとも私を案じてか。橘を人気のない裏山に連れ出す。
糺川
「……精を裏切ったというのは本当か?」
淳之介
「…………はい。裏切り──────」
何か思う前に橘を殴り飛ばしていた。橘は受け身も取らずに倒れていた。その胸ぐらを掴んで立ち上がらせる。
糺川
「貴様は自分が精に何をしたのか分かっているのか!?」
淳之介
「……あいつを利用して裏切って──────」
糺川
「それが精にとってどんな事なのか分かっているのか!?」
淳之介
「……信じていた『仲間』に利用されて──────」
糺川
「違う! 信じていたなんて生易しいものじゃない! あいつは貴様に全てを打ち明け、頼りにして、背中すら預けたんだ! 私がSSで長くあいつを指導しても出来なかったことを、貴様は半年もたたないうちに成し遂げたんだ!」
淳之介
「……すみません……」
糺川
「私に謝って何になる!? 精が元通りになるのか!? 貴様が何のために裏切ったかは知らないが……あいつは……精は私のために……私に幸せになってほしくて本気で頑張ってたんだぞ!!!」
橘が驚いたような顔をしている。
淳之介
「何で……あなたがそれを……」
糺川
「好きな奴が何のために頑張ってるのかぐらいわかるだろ!!!」
私はSSで風紀委員としてかなり非人道的なことをした。ドスケベ条例という歪んだ正義の下、心を鬼にして断罪していった。その辛労に耐えかねて精に愚痴をこぼしたことがある。
糺川
「正直辛いよ……自分はヒナミの幸せを願っているのに、誰かの幸せは簡単に踏みにじっているんだから……」
精
「……ちょっと待っていてください。条例を変えるつもりなので」
糺川
「え……?」
精
「卵のために条例を変えるんです。その途中で礼先輩にとっても都合のいい条例にしますよ」
糺川
「……どうしてだ?」
精
「だって俺、礼先輩に救われましたから。助けてくれた人のためになりたい……普通じゃありませんか?」
精の悲惨な過去を知って同情していたのもあるが、その純粋で真っ直ぐに燃える瞳は────私の心を動かした。
糺川
「あいつはいつも『妹のため』と言っていたが……『私のため』にも条例を変えたかったんだよ……!」
ある日の祝賀会、あいつが酔いつぶれて家まで送った時だった。
精
「おれ、れいえしぇんぱいのころが……すきなんれふよ……」
糺川
「えっ……?」
精
「らって、かっこよくて、えろいからだひてて、おれをらすけてくれたじゃないれすかぁ……」
糺川
「……何で今まで言わなかったんだ?」
精
「れいしぇんぱい、えっちなことすきじゃあないれしょ? あんなあえぎかたじゃあばればれですってえ……」
私は妹や弟を助けるためにこの体を青藍島に売った。所謂裏風俗で働かされ、食い物にされた。だから今でも情のない性行為には抵抗感を覚える。それを悟らせないために完璧に振舞ってきたつもりだったが、精にはバレていた。
精
「だからあ、おれがじょおれいをかえてえ、れいしぇんぱいがきもひよく、こころのそこからきもちよくえっちできるようにじょおれいをかえてえ……そしてこくはくするんれす……」
糺川
「精……お前……」
望まぬ性行為の苦しみを誰よりも知っている私が、自分を同じ目に遭えばいいと望まない行為を強いてきた。私がやってきた過去は消えない。それでも、精は私の心が少しでも軽くなるように頑張ろうとしていた。ただでさえ妹の件で追い詰められているはずなのに、私の件でもさらに自分を追い詰めている。
精
「でもでもぉ、れいしぇんぱいいろいろいろたいへんれしょお? だかられいしぇんぱいにはたよらないでえ、おれのちからでじょおれいをかえてやるんれすう……むにゃむにゃ……」
精はどこまで一人で背負い込むつもりだろうか。その支えになることができれば、どれだけ幸せなことか。でも、悪人が心を入れ替えて善行を重ねたとしても、犯した罪が帳消しになるわけではない。だから────私が幸せになる権利はない。
糺川
「私への想いを封じて……だれにも頼らず全てを一人で抱えて……そんな中で精は貴様を頼りにしたんだぞ!!!」
淳之介
「────────っ!」
糺川
「なのに! なのに貴様は精を裏切った! だから精は深く傷ついたんだ! 私でもどうしたらいいかわからないほどにな!」
喚き散らすように橘を怒鳴りつける。こうしたところで精の為になるわけでもないのに。
糺川
「…………もし精が貴様を捕まえたいと言ったら────その時は覚悟しておけ」
精をこんな目に合わせた手前、すぐにでも捕まえたかった。だが、ヒナミのことが不安だった。なにより──────
精
「礼先輩……俺、どうしたらいいか分からないんです……」
精がどうしたいのかをまだ聞いていない。いつかあいつに言った『やりたいようにやればいい』という言葉はかけられなかった。だから──────
糺川
「今は何も考えなくていい。ゆっくり休め」
問題を先延ばしにしてしまった。先延ばしにしたって、解決することはないというのに。