抜きゲーみたいな島に住んでいる狂犬はどうすればいいんだ? 作:神剣狩刃
精が家にある中華鍋を取ってきてほしいと言ったから精の家に行っている途中だった。
渡会
「そんなの、橘くんが傷ついていい理由にならないよ!!」
ヒナミが橘に向かって泣き叫んでいた。あの一件で精が、橘が、ヒナミが、そして──────私も傷ついていた。
渡会
「好きな人とじゃなきゃやだよ……好きな人のそばにいたいよ……好きな人がつらそうだったら……力になってあげたいよ……! 私は……橘くんのことが大好きだからぁ……!」
ヒナミの言葉で思い返す。私は精のために何をしていただろうか? 『何かあったら頼ってほしい』と言うだけで、これと言ったことはしていなかった。頭を撫でてやることも、抱き寄せることも、手を差し伸べることもしていなかった。精に『君のやりたいようにやれ』というだけで、やりたいことを完全に理解していなかった。
精
『礼先輩のおかげです。その恩に報いるためにも────』
精
『今は淳之介君を立派なSSに育て上げるために特別見ているだけです……! 礼先輩のことはいつでも頼りにしていますよ……!』
精
『ま、『金色の獄番犬』がいる以上パパっと解決するって。もっと鍛えてもっと強くなろうな!』
精ががやりたかったこと────
糺川
「……私もまだまだ未熟だな。精が何をしたいかなんてわかり切ってることじゃないか」
一つ呼吸をして、二人に声をかける。
糺川
「二人共、少しいいか?」
予定よりだいぶ遅れて帰ってきてしまったが精は大丈夫だろうか?
精
「しゃおらぁ! 投げ技だけで勝ってやったぜ! 悪いなアサちゃん!」
楽しそうに格闘ゲームをやっていた。少しは休まっているだろうか。
糺川
「……精、話がある。ちょっと手を止めれるか?」
精
「ちょうど2先取ったところなのでいいですよ。なんです?」
糺川
「……もう一度『金色の獄番犬』を結成したい」
その言葉に精の顔が固まる。若干の沈黙の後、精が口を動かす。
精
「……淳之介君に頼まれました?」
糺川
「いや……
精
「……俺が『金色の獄番犬』を望んでいる証拠は?」
私は精のカバンからタブレットを取り出す。そこには金色の犬のストラップが付いていた。
糺川
「……いつでも外せたはずだぞ?」
精が諦めたように笑う。
精
「……未練タラタラですよね。あんな目に遭ってなお、『仲間』だと思いたいんですから」
裏切られてあそこまで傷つくほど信じていたのだ。精自身もその希望を持っているし、何かきっかけがあれば戻るかもしれない。
糺川
「……信じることができない……問題はそこだな?」
精
「あんな事されたのに信じろっていう方が無理な話です……何かいい方法ありますかね?」
糺川
「……橘がお前のために動いているとしたらどうだ?」
精
「……まあ、少しは……何をしているんですか?」
私はニヤリと笑って先ほど橘とヒナミとした話を精に話す。
糺川
「二人共、少しいいか?」
淳之介
「礼先輩……」
渡会
「礼ちゃん……」
二人はなんともばつの悪そうな顔をしていた。だから私は開口一番に言い放った。
糺川
「橘、貴様が精に対してやったことは一生悔やんで反省し続けろ」
淳之介
「……そのつもりです」
糺川
「……なら許そう」
淳之介
「え……」
橘はヒナミのためにこの手段を取ったのだ。誰かのために何かをしたら、それが悪事であっても許してもらいたいのが人というものだ。だから私は許すべきだ。私がヒナミのために色々裏で手回ししていたことを精が許してくれたように。
糺川
「……お前がヒナミのために粉骨砕身で動いているのは分かった。ヒナミに免じて許してやろう」
淳之介
「……ありがとうございます」
糺川
「勘違いするな。精がお前を許しているかどうかはまだ分からない。事と次第によっては────分かっているな?」
橘は首を縦に振った。
渡会
「礼ちゃん……ありがと」
糺川
「そしてヒナミ……これをお前に渡そう」
鞄から白い犬のストラップを取り出しヒナミに渡す。
渡会
「これって……礼ちゃんが付けてる犬のストラップの……」
糺川
「ああ。『金色の獄番犬』のストラップだ。ヒナミのための特別仕様だ」
私はタブレットを取り出し二つのストラップを見せる。ヒナミからもらったウサギのストラップ。そして────『金色の獄番犬』の金色の犬のストラップ。
糺川
「……もう一度『金色の獄番犬』を結成したいんだ。力を貸してくれないか?」
二人は顔を見合わせて頷いた。
淳之介
「もう一度、精の『仲間』になれるなら……喜んで」
渡会
「橘くんや土口くん、そして礼ちゃんのためなら頑張るよ!」
そして二人は今後の方針を話してくれた。今は裏風俗を取り仕切るヤクザを捕まえる事を優先しており、その作戦を考えているとのことだった。
渡会
「それと────礼ちゃんは礼ちゃんのやりたいことをやりたいようになってね!」
私のやりたいこと──精の想いに答え、支えになること。まずは私が幸せにならないとな。
糺川
「……橘はお前の『仲間』にもう一度なりたいそうだ。……信じることは出来なくても、許してやることはできるか?」
精
「最初から許していますよ。俺だって淳之介君のためにSSを裏切っていたのを礼先輩に見逃してもらってたんですから」
自分がしてほしくないことは相手にもせず、自分がそうしてほしいと思ったら相手にもそうする。精は道徳に忠実な奴だった。
糺川
「具体的な案が出たら伝える。それまでは……特別休暇だと思って羽を伸ば────」
精
「いえ、そろそろ復帰しますよ。学業も訓練も休んでましたからその分を取り戻さないと」
精は笑って答えていたがいつもより頼りない笑顔だった。
精
「いつまでも礼先輩におんぶにだっこじゃめいわ────」
私は精をぎゅっと抱きしめた。優しく、包みこむように。精の体の温かさと心の冷たさが鼓動と共に伝わってくる。
糺川
「大隊長命令だ────私を頼って、休め」
精
「……礼先輩の命令とあれば」
精が抱きしめ返す。その力は意外と強く、私を頼りにしているのが現れていた。
こういうと不謹慎でしかないだろうが、精と二人の生活は良いものだった。
精
「おはようございます礼先輩。朝ごはんは何にしますか?」
糺川
「んー……パンがいい……」
精
「分かりました。まずは目覚めの一杯にココアをどうぞ」
朝はココアの香りと共に目覚めておいしい朝ごはんを作ってくれる。
精
『いつもお疲れ様です。お弁当を食べて頑張ってください』
昼は会えないがお弁当を作ってくれて私の腹と心を満たしてくれる。
女部田
「あれ、レイちゃんのそのお弁当って……」
礼
「ああ、精が作ってくれたものだ。卵焼き一つ食べるか?」
女部田
「ちょうだいちょうだーい! ……なにこれすっごくおいしい!?」
礼
「あいつ家事全般できるんだよなあ……さらに文武両道で床上手……」
女部田
「超優良物件だね。あたしが寝取っていい?」
礼
「絶対にやらん。精は私の物だ────ハッ!?」
しまった、うっかりしていた。郁子がものすごくニヤニヤしている。これはどれだけ揶揄われるか────
女部田
「────レイちゃんも言えるようになったね。大隊長命令でSSクビにされるのやだから手を引くよ」
訓練が終わって帰ってくれば、日に日にきれいになっていく部屋が待っている。
精
「おかえりなさい礼先輩。ご飯にしますか? お風呂にしますか? それとも……勉強しますか?」
糺川
「風呂にしよう……お前と一緒にな」
風呂に入れば丁寧に体を洗ってくれる。まるで芸術品を取り扱うかのように丁寧で、しっかり洗ってくれるのはいいがくすぐったいぐらいだ。
精
「それじゃあ……今度は礼先輩が洗ってください」
そう言って精は私に背中を向ける。私は精の背中を洗う。鍛えられて筋肉質で大きい。なのにどこか優しさが出ていて思わず体を預けたくなる。でも、今は私がこの背中を預かる番だ。
精
「今日の晩御飯は何にしましょうか?」
糺川
「ハンバーグがいいな」
精
「いいですよ。一緒に作ってくれますか?」
糺川
「もちろんだ。何だったら私だけで作っても────」
精
「任せたら盛大に破裂させて焦がしましたよね?」
糺川
「────精に任せよう」
おいしい夕食を済ませたら後は寝るだけ────
精
「勉強がまだですよ?」
……勉強が終わったらあとは寝るだけで、一緒にベッドに入ってお互いを見つめる。
精
「俺は礼先輩のことが好きです」
糺川
「私も精のことが好きだ」
想いを隠す必要は無くなった。想いを伝えあい抱き合う。────私は幸せになっていいのか? いくらヒナミからやりたいようにやっていいと言われても、まだ不安に駆られる。
糺川
「……精、私は幸せになっていいのか?」
精
「なって良いに決まっているじゃないですか。だって……俺がなって良いって言っていますから」
どこからその自信が来るのか分からないが、精はそう言って私を安心させてくれる。思いを打ち明け、頼り頼られる。ああ、これが精の求めていたものなのか。好きな人が求めてるものが理解出来てすごく嬉しい。
糺川
「だったら……言葉だけでなく行動で────」
精が私の唇を唇で塞ぐ。私はそれを何一つ抗うことなく受け入れる。精は私を求めている。それを実感できるのがすごく嬉しかった。そうして幸せな気分のまま眠りにつく。この日々を心の底から笑って過ごせるようにしなければならない。