抜きゲーみたいな島に住んでいる狂犬はどうすればいいんだ? 作:神剣狩刃
ついにその日がやってきた。私と精は仁浦様を守るという建前で屋鋪にいる。精は仁浦様と最終確認をすると仁浦様のいる部屋に行った。私はタブレットにつけた二つのストラップを見つめる。ヒナミがくれたウサギのストラップと精がくれた金色の犬のストラップ────二人を不幸にする結末にさせてたまるか。
精
「お待たせしました……まずはゆっくり待ちましょう」
部屋から出てきた精は妙に息を乱していた。
精
「ふー……いざ淳之介君と対峙するとなると……緊張して緊張して……」
糺川
「大丈夫だ。お前ならできる────『君のやりたいようにやれ』、大隊長命令だ」
精を優しく抱きしめ頭を撫でる。これで少しは精の緊張を解きほぐせるだろうか。
精
「天使がいるとしたら……礼先輩がそうなんでしょうね」
糺川
「こんな……いや、そうかもしれないな」
今はここまでにしよう。精を離す。
精
「そうだ、礼先輩……長丁場になりそうですからこれどうぞ。出来立てじゃないのでおいしくないかもしれませんが……」
精が小さなペットボトルに入れたココアを差し出してくれた。どこかで冷やしていたのだろうか、表面が結露している。
糺川
「むっ、気が利くな……ありがとう……」
フタを開け、ココアを口の中に流す。キリッと冷たい中で濃厚な甘みと香りが広がる。時間をかけてゆっくりと楽しみたいところだが、そうも言っていられない。一気に飲み干す。
精
「おしっこしたくなったらおもらしする前にその中に────」
糺川
「殺すぞ?」
冗談の質は最悪だったが言えるあたり、精は見た目よりは緊張していないのだろう。
しばらくして屋敷に足音が一つ入ってきた。訓練中によく聞いた足の運び方────間違いない。土口も力強く頷いた。そして通路から橘が現れた。
淳之介
「精……礼先輩……!」
精
「待ちかねたぜ? こっから先は俺と君の勝負────」
糺川
「まて、精……」
私は橘に歩み寄る。
淳之介
「まずは……あなたからというわけで────」
糺川
「いや、違う……裏風俗摘発の時、私は精を止められなかった。精のことを想っていながら、精が一線を超えることを止められなかったんだ」
愛、同情、諦め……色々な感情があの時の私の動きを止めた。
糺川
「もしもこの先精が間違ったことをしようとした時に、私が止められないのは問題だろう。だから……私はお前を止めれる存在だと証明してみせるぞ、精!」
私は精に向けてSQCの構えを取る。精は少し驚いたような顔をしたが、すぐに笑った。
精
「それだったら安心できますね。良いですよ。淳之介君だけじゃ間違いなく楽勝でしたから」
淳之介
「……始まる前から勝った気でいると足元を掬われるぞ?」
精
「……言うねえ。それじゃあお言葉に甘えて────本気で行きますよ」
精から恐ろしい殺気が放たれる。怯むな。動きをよく見て──
淳之介
「礼先輩、伏せてください!」
淳之介の指示に従って伏せる。卵型の何かを投げ──
精
「遅いね」
精がそれを空中で掴み壁に叩きつける。その隙を見逃さず一気に近づく。
糺川
「だぁ! せいやぁ!」
最小限の動きで精の腹部に拳を振るう。気を抜くな。何が来る。拳か。脚か。
精
「ふっ!」
精は何もせず受け止めた。まるで鋼鉄の壁を殴ったような痛みが走る。怯むな。次の一手を打て。そのまま右の脚で足払いを仕掛ける。
精
「甘い」
精が私の反対の脚に向けて何かを投げる。足払いが決まり精が後ろに受け身を取る。そのまま近づいて組────左足が動かない。左足に粘着質の何かがまとわりついている。
精
「トリモチなのは壁に叩きつけた段階で分かりました────それが無くてもチェックメイトでしたけどね」
糺川
「何を言って────」
刹那、体に熱が走る。動機と眩暈がして蹲る。
精
「────君が教えてくれたんだぜ、淳之介君。信頼してる人間からの差し入れはためらいなく口にする……
まさかさっきのココアに仕込んであったのか。
精
「……すみません礼先輩。謝って許してもらえるとは思っていませんが……どうしても淳之介君と一対一でやりたいんです。……ああ、この心の痛みが淳之介君が負った心の痛みなのか。でも、礼先輩がたった今負った心の痛みはこれ以上ですよね」
確かに精に信頼を利用されたという心の痛みはある。だが、精も同じ痛みを味わって立ち直った。これぐらいで挫けていたら、精が私を頼ることなどできないだろう。何より、そして精は心の底から橘とぶつかることを望んでいる。私がそれから目を逸らす訳にはいかない。
糺川
「……今度からはお前に毒見させてから飲むようにするよ。こうなってしまった以上……私は見届け人になろう──思いっきりやれ、二人共」
私からの激励を受け精は橘と再び対峙する。
精
「さぁ、第二ラウンド開幕だ!」
淳之介
「いや、こうなった以上俺に勝ち目はない……俺とお前では実力の差がありすぎる……」
橘は金色の犬のストラップのついた赤紫の拳銃『コスリス』を取り出した。
精
「なんだあ? まさか情に訴えるとでもいうつもりか?」
淳之介
「そのまさかだ」
そしてコリウスの銃口を自分の頭に突きつけた。
精
「……は?」
淳之介
「降参しろ。でなければ、俺は撃つ」
精
「……言っている意味が分からねえな? 自分に突きつけて言う言葉じゃ──」
橘が自分の右足を撃った。
淳之介
「っぐううう……!」
精
「何やってんだ!?」
淳之介
「も、もう一度言う……降参しなかったら……俺は自分の頭を撃つ……!」
いかれている。橘は自分にどれだけの価値があると思っているんだ。精が負けを認めなければならないほどの価値があると言うのか?
精
「だったら……お望み通り俺が撃ち抜いてやるよ!」
精は橘に二丁拳銃を突きつける。
淳之介
「……お前は俺を撃てない」
精
「何を証拠にそんなことを!」
淳之介
「だって……お前は『仲間』を撃つような奴じゃない」
『仲間』──その言葉に精の銃の構えがぶれる。
淳之介
「お前はこの銃を見て『情に訴える』と言った……つまり、この銃にはお前が情だと思う何かがあるということだ」
精
「くっ……!」
淳之介
「お前の『コスリス』であること……そしてこの『金色の獄番犬』のストラップ……お前は……また『仲間』になりたいんじゃないのか……!」
精
「君が言う資格はないだろう……!」
淳之介
「俺はまたお前の『仲間』に……! お前の全てを受け止めれる存在になりたい……! だってお前は……! 俺にできたたった一人の『友達』だからだ!」
精
「黙れえええ!!!」
精は銃の引き金を引いた。その弾は『コスリス』を撃ち抜いた。
精
「……確かに君は俺を裏切ったが、死んでほしいと思ったことはない……命まで賭けられたら信じるしかないだろうよ」
精は唖然としている橘に歩み寄る。
精
「……『仲間』から銃を向けられる感覚はどうだった?」
淳之介
「────っ! 精……! ……ああ、辛かったよ……!」
精
「次やったら……なんだかんだまた許しちまうんだろうなぁ……でも、しないでくれよ? 滅茶苦茶傷ついたんだから」
淳之介
「ああ……!」
橘が精に右手を差し伸べる。精が笑って右手で掴み返す。
精
「『金色の獄番犬』再結成だ」
淳之介
「礼先輩も忘れるなよ」
精
「もちろんだ、ですよね礼先輩」
精と橘が私の方を見る。少し震える手でタブレットを取り出す。そして三人で『金色の獄番犬』のストラップを見せ合う。
渡会
「ちょっとちょっと! 私を仲間外れにしないでよ!」
どこからともなくヒナミが駆けてきて白い犬のストラップを見せつける。
精
「四つ首じゃケルベロスっぽくないけど……」
糺川
「いいじゃないか。ちょっと歪なぐらいが私達らしいだろ?」
淳之介
「そうですね。歪でもみんなで補い合っていく……それが頼っていくってことだと思います」
渡会
「うんうん……皆元通りに仲直りできて、ううん、もっと仲良くなれてよかったね」
ヒナミが優しく笑う。その笑顔につられて全員の頬が緩む。
橘と精にトリモチを外してもらったが、媚薬の影響でまだ思ったように体が動かない。私はヒナミが出してきた椅子に座る。
精
「んじゃ、俺と淳之介君でかたを付けてきますので……渡会先輩、礼先輩のことをお願いします」
渡会
「うん! 二人とも、頑張ってきてね!」
二人が奥の部屋に消えていく。何故か急に疲れがどっときてしまい、体を椅子とヒナミに預けてしまった。
渡会
「礼ちゃんは、ずっとひとりでがんばってきたんだね……」
糺川
「ああ……私も一人で頑張りすぎていたんだな……精には誰かを頼れと言っていたくせに、私も一人で頑張っていた……」
渡会
「うん……」
糺川
「ヒナミを守りたくて……精にも頼ってもらいたくて……」
渡会
「うん……」
糺川
「でも……もう少し……ヒナミや精を頼ってもよかったんだな……」
渡会
「礼ちゃん……ありがとう……」
糺川
「ヒナミから礼を言われる筋合いは──いや、私からもありがとう、ヒナミ」
渡会
「今の私がここにいるのは……淳くんや土口くんと一緒にいられるのは礼ちゃんのおかげだから……今度は礼ちゃんが幸せになる番だよ」
糺川
「……ああ。精と一緒に幸せになるよ。でも……たまにはヒナミに甘えさせてくれないか?」
渡会
「うん! 礼ちゃんだったらいつでも大歓迎だよ!」
ヒナミが私の頭を撫でる。青藍島に来たばかりの私を助けてくれた時のようなぬくもりが伝わる。私は守れたのだ。大切なヒナミを。そして、大好きな精を。そんな幸せに包まれながら、少し眠ることにした。
次回、このルートの最終回です。