抜きゲーみたいな島に住んでいる狂犬はどうすればいいんだ? 作:神剣狩刃
ぼんやりと目を開ける。クリーム色の壁や天井に、蛍光灯の光が視覚情報として入ってくる。
精
「としたら……ここは病院?」
糺川
「……目を覚ましたか。まったく、増援は何時でも送れると桐香様が言っていたのに一人で突っ込みやがって……」
一人で? 淳之介君はどうし──
精
「いっつう……!?」
尋ねようとしたときに激しい頭痛が走る。
糺川
「まだ安静にしていろ、撃たれてから1時間ぐらいなんだ。3時間後再検査して以上がなかったら一度予後観察で退院だ。翌日にも検査をしてもらえ。無論、学業は休んでもいいしSSの訓練も今日から特別休暇だ」
SSの決まりとして頭部に強い衝撃を受けたら、いかなる事情でも数日の休暇が与えられる。自主練をするにしても暇になるだろう。
精
「……俺が撃たれた後のことを聞いてもいいですか」
糺川
「反交尾勢力が現れ手嶋共々逃げられたそうだ……だが、裏風俗に関しては仁浦様が全てを打ち明けるそうだ」
だとしたら淳之介君は無事か。裏風俗の問題も解決するようだし一安心だ。早い所検査を終えて家に帰って────
糺川
「それと休暇の間は私の部屋で過ごしてもらう」
精
「えっ」
なんかすごいことを言われた。嬉しい事ではあるが、なぜだろう?
糺川
「今回の功績はお前の単独行動によるものだ。……その結果、お前の実力と同時に協調性の無さが露呈した。それを治すための特別待遇だ。ありがたく思えよ?」
精
「まあ家事全般に教育までできますけど……何で礼先輩が?」
糺川
「…………郁子に任せると碌なことにならん。桐香様は……言うまでもないだろ?」
俺の顔が分かりやすく歪む。桐香ちゃん係は本当に勘弁してほしい。あれを受けるぐらいなら24時間搾精の刑の方がまだましだ。
精
「んじゃ、明日からお世話になりますね、礼先輩」
糺川
「ああ……先に言い渡しておこう。明日の晩のメニューだが、唐揚げを作ってほしい」
礼先輩がめっちゃ嬉しそうに言っている。考えてみれば礼先輩との同居生活か。俺も嬉しくなってきた。協調性のトレーニングを建前に楽しませていただきますか。ちなみに再検査は問題なしとのことだった。
精
「えーっ!? 淳之介君辞めるのぉ!? やだやだやだやだぁぁぁ!!!」
糺川
「精、みっともないからやめろ」
翌日の放課後、淳之介君が辞表を提出するという大事件が起きた。俺はもちろん全力で引き留めようとしている。
淳之介
「目的の裏風俗は潰しました。所属している理由がありません」
精
「俺の有給と報奨金と賞状あげるからいてくれよぉぉぉ!」
糺川
「精」
精
「……君に『やりたいようにやれ』と言ったのは俺だ。君がそれを選ぶというなら、後ろ髪を思いっきり引っ張りながら送り出してやるよ……」
女部田
「そこは背中を押して送り出してあげるべきじゃない?」
冷泉院
「……とまあ、いつでも帰ってきていいですからね、先輩」
淳之介
「……この短期間で貧弱な俺を鍛えてくれたこと。そして情報をくれたことには感謝しています。ありがとうございました」
淳之介君がぺこりと頭を下げる。こうなってしまった以上、盛大に送り出してやろうじゃないか。
精
「あの銃だけじゃ餞別として不十分だな……ちょい待ち淳之介君、タブレット出して」
淳之介
「お前からのプレゼントか……期待してもよさそうだな」
その期待に答えれるだけのものだとは思う。淳之介君のタブレットにとある一本の動画を送信する。
精
「『金色の狂犬』秘蔵の動画だ。家に帰ってゆっくり楽しめよ?」
淳之介
「それは嬉しいな。どんな動画──」
冷泉院
「ついでに私からも餞別です」
その隙をついて会長が淳之介君とキスをする。あまりの出来事に動揺が先走ったが、なんとか会長を淳之介君から引っぺがす。
冷泉院
「ふふっ、もうちょっとしたかったですね、先輩?」
淳之介
「しっ、失礼する────!」
淳之介君が勢いよく生徒会室から出ていく。
精
「油断も隙もあったものじゃないですね、会長? 手品が得意だからと手癖まで悪いというつもりですか?」
女部田
「あたしも味見したかったのにな~……ずるいよトーカちゃん!」
糺川
「落ち着けお前ら……桐香様、橘の除隊届は私がSHOのほうに届けておきます」
冷泉院
「いえ、それは大丈夫よ。届けはここで止めておきましょう」
精
「……淳之介君のSSお帰りパーティーをするためにもそうしましょう」
会長は先のキスで淳之介君から何を知ったのだろうか。考えたところでしょうがない。早速スーパーマーケットに向かって今晩の支度をしないと。
鶏の唐揚げはもも肉で作ると美味い。これはこの世の理である。鶏のもも肉は高い。これもこ世の理である。では安くておいしい唐揚げを作るにはどうすればいいか。もも肉をセールで買う? 違う。もも肉よりも安いむね肉でおいしく作ればいいのである。誤発注のため100g辺り38円になっているむね肉をポンポンカゴに入れ、会計を済ます。
精
「とりあえず……俺と礼先輩だから……いっぱい作った方がいいな」
礼先輩の部屋のキッチンに立ち手を洗う。まずはむね肉をひたすら一口大に切る。切ったむね肉をブライン液*1に漬け、冷蔵庫に入れる。一時間ほど漬けたら今回食べる分を液ごと取り出し、低温調理機『BOINQ』に入れ低温調理を開始する。終わったら肉を取り出し液を捨て、マヨネーズと醤油と生姜で下味を付ける。
糺川
「ただいま。調子はどうだ、精?」
精
「ちょうどいいタイミングで帰ってきましたね。後は揚げるだけですよ」
そして衣をつけ、160℃ぐらいに温めておいた油で4分程揚げる。中まで火を通したら一度取り出し、高い温度で1分程揚げて余分な水分を飛ばす。網にあげ余分な脂を切って、レタスを敷いたお皿に盛り付ければ完成だ。
精
「礼先輩のリクエスト『唐揚げ~むね肉だって必死で努力すればもも肉を超えることがあるかもよ? 仕立て~』です」
糺川
「お皿一杯の唐揚げ! 夢みたいだ!」
礼先輩が目をキラキラ輝かせながら涎を垂らしている。
精
「では、いただきます」
糺川
「いただきます! 熱い! でも、うまい! うまい! うま、熱い!」
礼先輩が熱がりながら唐揚げを頬張っている。
糺川
「これはむね肉で出していいジューシさじゃない! その辺のもも肉の唐揚げよりもはるかにジューシーだ! 味付けも醤油と生姜でシンプルながらしっかりとしている! なのに肉本来の味を邪魔せず、むしろ引き立てている!」
精
「そこまで喜んでくれるなら俺も作った甲斐があります。まだまだ揚げますのでいっぱい食べてくださいね」
揚げれば揚げるだけ食べる礼先輩に合わせてどんどん揚げていく。とりあえず俺の分は後回しだ。
糺川
「ま、まだか精!? まだ揚がらないのか!?」
精
「そんなおいしいんですか……嬉しいですけど、そこまで急かさなくても──」
糺川
「大隊長命令だ! 早く私に唐揚げを! ハリー! ハリーハリーハリー!!!」
精
「……この礼先輩の姿見せたらみんな驚くだろうなあ……」
当初の予定の倍の量を揚げた。食べ終えた礼先輩の表情は幸せそのものと言ったところだ。
糺川
「いやー……精の料理は本当においしいなあ……デザートはあるか?」
精
「デザートは無理ですけど……作り置きのでよければレモネード作りますよ?」
瓶詰してあるレモンシロップをオシャレなグラスに入れ氷と炭酸水を注ぐ。輪切りのレモンとストローを指して提供する。
精
「お待たせしました。『レモネード~前後不覚仕立て~』です」
糺川
「物騒な仕立てだな……あ゛ー! 結構酸っぱいなこれ!?」
普通のレモネードのレシピに一人前辺り大さじ1のクエン酸を入れている。これを飲めば疲労もあっと言う間に飛ぶ。下手をすれば意識も飛ぶかもしれない。
精
「どうです?」
糺川
「……いや、結構癖になるな? ……ぐっ、かなりの酸味が来るが後に抜ける香りと甘さがちょうどよくて……っあ゛ー……ついつい飲んでしまうな……」
先の幸せそうな顔はどこへやら、酸味に悶えながら恐る恐る飲んでいる。
精
「本島から取り寄せてる無農薬のいいレモンですからね。皮ごといけますよ」
糺川
「本当に料理に本気なんだな……体を作るのは日々の食事だ。そういう心掛けがお前をつよく、だぁー!」
いい話なのにレモネードを飲みながら言うのはどうなんだろう。
精
「それ飲んだら勉強ですからね?」
糺川
「……大隊長命令だ。ベッドを整え」
精
「礼先輩?」
糺川
「……分かったよ……もう一杯作ってくれ……そしたら勉強するから……ぐぁー! めっちゃ酸っぱいぞコレ!?」
うっかりクエン酸を一杯多く入れてしまったか、あるいは勉強に対しての悶えだろう。たとえ礼先輩と言えど、教える以上手を緩めたりはしない。一番の勉強法は人にわかりやすく教えることだ。俺にとっても勉強になるから本気でやる。
糺川
「せいぃ……もう眠くて限界だぁ……」
精
「あんなに唐揚げ食べるからですよ……もう一問やったら終わりにしましょう」
糺川
「明日の朝ごはんはピザトーストがいいぃ……」
礼先輩ってこんなにわがまま言う人だっただろうか。俺にできる範囲の事なら何だって頼んで欲しいが、ちょっと緩みすぎではないだろうか。たまにはこうやって人に甘えるのも大切だと教えてくれているのだろうか。なんにせよ、特別休暇は始まったばかりだ。礼先輩のわがままにしっかり答えるぞ。