抜きゲーみたいな島に住んでいる狂犬はどうすればいいんだ? 作:神剣狩刃
この数日間は穏やかと言って良かった。裏風俗摘発による青藍島への批判はあったがそんなものは当然で、解決するのはお偉いさん方だ。俺には関係ない。取り逃した手嶋の連中も何かやっているらしいが、俺は特別休暇中で関与することはできなかった。なので、俺は礼先輩との同居を楽しんでいたわけだ。
糺川
「せいぃ……マッサージしてくれぇ……」
精
「もちろんですよ礼先輩。普通のマッサージでいいですね?」
お風呂上がりの礼先輩の体を揉む。筋肉が付いていながらもおっぱいや胸が大きく、できる事なら今すぐにでも抱きしめたいぐらいだ。しかし、それが許されるのはまだ先の話だ。だって俺はまだ──
糺川
「────お前は一人で頑張りすぎなんだ」
精
「えっ……」
背中のツボを押されながら礼先輩がふと言葉をこぼした。
糺川
「この数日間で私はお前にとても助けられた。たかが生活の我儘かと思うかもしれないが、それでも信頼できる人間に任せて楽ができた。はたから見たら自堕落と思われるかもしれないが、お前はそう思わなかっただろう?」
精
「……ええ、その通りです」
やっぱり礼先輩は俺に教えていたんだ。
糺川
「だからお前も……少しは人を頼ってみろ。私が見せたからやり方は分かるはずだろ?」
精
「それじゃあ……明日、マフィン焼きたいので手伝ってくれますか?」
糺川
「ああ、もちろんだ……ふふっ、精とマフィンづくりか、楽しみだな……」
今はこれぐらいのことしか頼めないけど、もっと大きな物事を頼む日が来るだろう。でも、それは礼先輩にとっても辛いことのはずだから──俺にはできないことだ。
精
「ところで礼先輩って料理できます?」
糺川
「……ひ、人並みにはできるぞ?」
精
「俺がポーチドエッグを作ろうとして『何やってるんだ!? 卵がもったいないだろう!?』って叫んだ人がですか?」
糺川
「ポ、ポーチドエッグなんて普通の人間は作らないだろう!?」
精
「『珍しい卵料理がいい』って言ったじゃないですか……だからエッグベネディクトを作ったんですよ?」
糺川
「確かにおいしかったが知らない人間が見たら驚くだろう!?」
俺が料理に凝りすぎているのか、それとも礼先輩が料理に疎いのか。ともかく明日の早朝から作るマフィンは礼先輩にとっては荷が重いかもしれない。
俺の生活ではデイブレイクよりもハブアブレイクの方が早い。早速礼先輩を起こす。
精
「礼先輩。起きないと朝ご飯がなくなりますよ?」
糺川
「んぅ……早くないか……? アラームなってないぞ……」
精
「マフィン焼くって言ったじゃないですか。朝ごはんは焼きたてのマフィンですよ」
糺川
「夢があるが……まだ夢を見させてくれ……」
精
「……礼先輩を頼りにしているんですから」
俺のその言葉で礼先輩がムクリと起き上がる。寝起きとして百点満点の顔だった。テストもそれぐらい取ってほしいものだ。
糺川
「……モーニングルーティーンをしてくるから準備して待っててくれ……」
その間に材料を準備する。無塩バター、砂糖、塩、卵、薄力粉、ベーキングパウダー、牛乳、バニラエッセンス。これだけで作れるからマフィンはそんなに難しいものではない。そしてオーブンを180℃に予熱しておく。
糺川
「ふわぁ……よし、それじゃあ何をすればいいか?」
精
「まずは手を洗いましょう。衛生に気を付けて清潔に、料理の基本です」
手を洗ってから礼先輩に無塩バターを混ぜてもらう。その間に薄力粉とベーキングパウダーを合わせてふるいにかける。混ぜてクリーム状になったバターに砂糖と塩を加えて空気を含ませるように混ぜてもらう。
糺川
「け、結構難しいな……? お前は毎回こんなことをやっているのか……?」
精
「お菓子作りで大切なのは『レシピ通り』です。アレンジや手順の省略なんてもってのほか、書かれたとおりにやっていればおいしくできます」
糺川
「なるほど……部隊行動と同じなんだな……」
白っぽくふわふわになったバターに溶き卵を2~3回に分けて入れながら混ぜる。牛乳、バニラエッセンスを加えて混ぜ、ふるいにかけた粉を加えて混ぜる。粉を入れてから混ぜる際は切るように手早く混ぜる。
糺川
「まるでパティシエだな……」
精
「老後はカフェでも開きましょうかね。『金色の喫茶店』……落ち着かなさそうですね」
混ぜた生地を型に入れオーブンで20~25分を目安に焼く。
精
「その間にココアでも練りましょうか。礼先輩はマフィンを型に入れてください……二人でやると早くていいですね」
5時半から始め、6時頃にはもう焼き始めている。これだったらお裾分けの分も十分に焼けるだろう。
糺川
「しかし……‥お菓子作りも意外と疲れるものだな……普段使わない感覚を使わされたからか……」
精
「何事も経験です。これを機にお菓子作り教えましょうか?」
糺川
「そうだな……時間がある時の趣味にはちょうどいいだろう」
優雅に朝をマフィンとココアで締めくくり、焼いたマフィンを生徒会室に持っていく。
精
「お待たせしました。『マフィン~誓った約束仕立て~』です」
女部田
「ホントにお待たせだったよ~! いただきま~す……んー! しっとりふわふわでおいしい!」
冷泉院
「これはいいですね。紅茶にもよく合いそうです」
糺川
「まだまだありますよ。なにせ私が焼きましたから」
礼先輩が自信満々に胸を張っている。実は一回火力を間違えて焦がしている人とは思えない自信だ。
精
「今日の放課後で特別休暇も終わりですね。いやー、礼先輩の名采配でしたよ。人の頼り方を教えるために礼先輩の部屋で生活するなんて……俺だったら思いつきませんでしたよ」
その言葉にBIG3が固まる。
精
「……な、なんかまずいこと言いました、俺?」
女部田
「精くん……レイちゃんからどんな指示を受けたの?」
精
「協調性を学ぶために私と共に過ごせって……」
冷泉院
「おかしいですね……そのような指示書は受け取っていないのですが……」
視線が礼先輩に集まる。礼先輩がすっごく気まずそうな顔をしている。
精
「……もしかして私利私欲でした?」
糺川
「……人の頼り方を教えようとしたのは事実だ……」
女部田
「だったらあたしやトーカちゃんでもよかったよね?」
糺川
「……精は負傷直後だった。下手な負担はかけさせたくなかった」
冷泉院
「抜け駆けはよくありませんよ?」
糺川
「……手は出していませんが……反省しております……」
礼先輩の意外な一面を見た気がする。──まさか礼先輩は俺のことが好き? いやいや、そんな都合のいい話があるか。あくまで指導しやすいから私生活の手伝いという形になったのだろう。
放課後、自宅に戻りがてらマフィンのお裾分けに淳之介君の家にやってきた。
精
「淳之介く~ん? マフィン焼いたからいる──」
吹子ちゃんの、いや、"琴寄文乃"の匂いがする。なぜだ? 淳之介君が扉を開ける。匂いが強くなった。淳之介君が明らかに何か隠してますという顔をしている。
淳之介
「お前最近どこ行ってたんだ? 家にいないから色々と心配──」
精
「何で文乃ちゃんが君の家にいるんだ?」
淳之介
「…………ごまかせないよな」
精
「…………まずは現場を見させてもらおうか?」
マフィン片手に入ったリビングには着物を着た文乃ちゃんがいた。
精
「……初めまして、いや、お久しぶりかな『文乃ちゃん』?」
琴寄
「……っ! あ、あの……その……お久しぶりです、土口様……」
とりあえず元気そうで何よりだが、事情を聞かないと話にならない。話によると、NLNSのパトロンは文乃ちゃんの実の祖父で、仁浦県知事様の隠し子だそうだ。安全に引き渡すための準備中は淳之介君の家で生活し、今は橘家の召使さんになっているとのことだ。
精
「ふーむ……孫がひどい目に合わないようにするために頑張るおじいちゃんねぇ……」
淳之介
「血の繋がった家族の下で暮らしたいものだろ?」
精
「まあ、反交尾勢力や自分を捨てた父とその配下に保護されるよりはましだが……」
筋は通っているのだが、どうも引っかかる。ドスケベ条例をぶっ壊すという普通では考えられない思想を持つ学生に出資するか? 条例への憎しみを持つという点なら俺も選択肢だが──頭が痛む。
精
「いっつう……」
淳之介
「大丈夫か精?」
精
「ああ、マフィンを焼くために早起きしすぎて寝不足かもしれねえ。マフィン渡したらゆっくりさせてもらうぜ」
琴寄
「お気を付けくださいませ、土口様。よろしければ文乃がお手伝いして──」
精
「文乃ちゃんは淳之介君のお手伝いしてやんな。俺は生活力あるけど、橘家はかなり低いから」
淳之介
「うぐっ……嫌なことを言うなあ……」
橘家を後にし自宅に帰る。折角だしお風呂の準備をしよう。風呂掃除をして、栓をして、ついでだしココアも練るか。キッチンに行ってココアの準備をする。今日の出来も上々だ。
精
「…………風呂沸かないな?」
浴槽を覗いてみる。一滴もお湯が張られていない。スイッチを押すのを忘れていたようだ。
精
「俺としたことが……礼先輩の共同生活で鈍っちまったか?」
スイッチを押す。ついでだしココアも練るか。キッチンに行ってココアの準備を──
精
「って、さっき練ったか……練ったココアは一日二杯まで。俺のルールだ」
アレは一日に何杯も飲んでいい代物ではない。貴重感がなくなる。ほどほどにしなければいけない。