抜きゲーみたいな島に住んでいる狂犬はどうすればいいんだ? 作:神剣狩刃
本日の授業はほとんど寝ていた。いくらなんでも眠すぎる。授業態度が悪くなるぐらいでこれから逃げられるなら十分だ。
精
「さて、十分寝たし今日の訓練は頑張りますかね……!」
ということで今日も今日とて会長と糸の訓練だ。この数日で物を掴んで手繰り寄せることができるようになった。流石の成長速度に会長も拍手を禁じ得ない様だ。
冷泉院
「お見事です土口さん。この調子でいけば1週間で習得できるかもしれません」
精
「まあ、よゆ──あだぁ!?」
力の加減を間違えて中身入りの缶ジュースが額に直撃する。結構いたい。スチール素材だとこうも痛いのか。
冷泉院
「まあ、大変です……また特別休暇の申請をしますか?」
精
「これぐらいでもらったら申し訳ないですよ。まだまだやりま──」
糺川
「待て、検査は受けろ」
どこからともなく礼先輩が割って入る。
糺川
「今から精を病院へ連れて行きます。診断結果にもよりますが、申請の受け取り準備をしておいてください」
冷泉院
「分かりました。お大事にしてくださいね、土口さん」
礼先輩に手を引っ張られ、会長と別れることになった。流石に強引すぎるので歩きながら反論する。
精
「だ、大丈夫ですって……ちょっとぶつけただけ──」
糺川
「昨日の夜のことを覚えているか?」
精
「……郁子先輩と夜のお付き合いをしましたけど……」
糺川
「……郁子曰く、一回射精しただけで眠ったそうだ。いくらお前でも一回の射精でそこまで持っていかれることはないだろう?」
精
「つ、疲れていましたし……」
糺川
「それに考え事をしている時に頭が痛くなるそうじゃないか? 桐香様が言っていたぞ」
精
「じ、実際に悩ましいことが起きてきますし──」
糺川
「慢性外傷性脳症の可能性がある」
その言葉を聞いて、流石に俺も黙った。あの裏風俗の一発がきっかけになったのか。ちょくちょくあったミスも、頭痛も、郁子先輩の前で意識がなくなったのも、今日異様な眠気に襲われたのも──
糺川
「……何もなければそれでいいんだ。私が過保護なだけだったという話だ。だが、もしこのまま放っておいたら……分かるだろう?」
精
「……俺が使えなくなるだけじゃなく、礼先輩の監督不行き届きにもなると……分かりました。諦めて受けます」
糺川
「何か異常があったらすぐ連絡しろ……お前の助けになれる存在は多くいるはずだ」
どこか憂い気な礼先輩に見送られ本社での診断を受ける。結果としては軽度の慢性外傷性脳症だった。治療法はないためケアが基本となる。痛み止めを飲みながら、認知機能や生活のレベルを落とさないよう気を付けるようにと言われた。早速礼先輩に報告する。
精
『軽度の慢性外傷性脳症でした』
糺川
『すぐにヘルメットを発注します。本当にお気を付けてください。母のようになったらどうにもなりませんから』
礼先輩の母は非道な行いが発覚し、脳天に何発も弾丸を撃ち込まれて記憶を失った。そんな人間になったら卵に向ける顔がないどころか、その卵すらも思い出せなくなるだろう。本当に気を付けて生きていかないと。
精
「っつーことがあってよお……SSには所属できるけどヘルメット届くまで参加できなくなったんだよね……」
淳之介
「…………本当に済まない……」
放課後に淳之介君の家で報告したら、淳之介君が死にそうな顔で謝ってきた。
精
「俺のやりたいようにやった結果がこれなんだ。君のせいじゃない、自己責任さ」
淳之介
「…………いつぐらいになったらSSに戻るんだ?」
精
「予算上限なしのオーダーメイドでお願いしますって言ったからなあ……設計と発注で1日、製造で2日、発送で1日で……4日ぐらいかなあ?」
淳之介
「お前はヘルメットづくりに関わらないのか?」
精
「デザインセンスが皆無でね。金色の仮面みたいなフルフェイスヘルメットにしてくださいって言ったら、礼先輩に『黙っていろ』ってガチギレされた」
淳之介
「……想像できるな」
精
「それに武装の機能に関しては礼先輩の方が詳しいから、下手に口出ししない方がいいと思ってな」
礼先輩は私が守ってやると意気込んでいた。アレだけの熱意があれば相当いいものができるだろう。
精
「ともかくまた特別休暇貰って、今度は友達の家でゆっくりしてますってところだ。文乃ちゃんだけじゃなくて俺にも君のお世話させてくれよ?」
淳之介
「……本当に無理だけはするなよ? 敵である以前に友達なんだ」
精
「そっくりそのまま返すぜ」
淳之介君と拳をぶつけ合う。これを心の底から笑いながらできればどれほどいい事か。
文乃
「……お二人は、本当に仲がよろしいのですね……」
文乃ちゃんが冷たいほうじ茶を出してくれた。結構なお点前だ。会長といい勝負をしている。
精
「お互い似た境遇で、俺を恐れないで接してくれたからなあ……なんというか、青藍島にいなかったタイプの人間なんだよね」
俺の事情を知った上で共感し、俺と距離なく接してくれる唯一の存在だ。心から頼るならこういう人を頼りたい。
精
「……よし、今日の橘家の夕飯は俺が作ってやろう! 食いたいものリクエストしてくれ!」
淳之介
「それはありがたいな! 文乃、何が食べたい? 精の料理は本当に美味いんだ!」
淳之介君が振っても文乃ちゃんはぽやんとしたままだ。
精
「……『橘様の望むものでいい』って言ったところか? その橘様が文乃ちゃんの食べたいものがいいって言ってるんだぜ?」
文乃
「しかし……私は仕える者で、何かを望んで良い立場では──」
精
「文乃ちゃん。『文乃ちゃんのやりたいようにやりな』、だぜ?」
俺の言葉で文乃ちゃんが意を決したようだ。
文乃
「ゆ、ゆーりんちーなるものが……食べてみたいです……」
精
「っしゃ任せな! 中華料理は大得意だぜ! ちょっと買ってくる!」
手間暇をかければムネ肉はモモ肉を超えられる。逆を言うと、お手軽においしくするならモモ肉だ。早速スーパーでモモ肉を大量に買って橘家のキッチンに立つ。真っ先に手を洗い、中華鍋に油を入れて火にかける。モモ肉をひたすら一口大に切って、水気を切ってポリ袋に入れる。肉の入ったポリ袋に酒、醤油、おろしにんにく、おろししょうが、ごま油を入れて下味を付ける。その間につけ合わせで作るのワカメスープのワカメをお湯で戻す。はいここ土口ポイント。乾物はお湯で戻すと早く戻って、そのままスープに使える。
文乃
「土口様は……料理の腕も確かですね……」
精
「まあね。一人暮らしをすると嫌でも料理しなきゃいけないから」
15分程肉を漬けたら袋に片栗粉を加えて振って衣をつける。170℃に温まった油に鶏肉を入れて4分程揚げる。その間にタレとワカメスープを作る。お湯で戻したワカメをお湯ごと鍋に入れ火にかける。長ネギをたっぷりみじん切りにし、砂糖、酢、醤油、おろししょうが、ごま油、うま味あじ調味料をボウルで混ぜ合わせる。ワカメ鍋が温まったら鶏がらスープの素と胡椒を入れ味を調える。鶏肉が揚がったら一度取り出し、三分ほど置く。その間にキャベツを千切りにする。油を180℃まで熱し、衣がカリッとするまで揚げる。キャベツを敷いた皿に鶏肉を盛りつけ、タレをいっぱいかけたら完成だ。
精
「あい! 『油淋鶏~油淋鶏はタレをおいしく食べるものよ仕立て~』だ! 飲み物は市販のウーロン茶で我慢してくれ!」
文乃
「こ、これがゆーりんちー……!」
珍しく文乃ちゃんが目を輝かせている。そういう顔を見るために作ったのだから、俺としても嬉しいものだ。
精
「さあ、皆様お手お拝借ぅ! いただきます!」
淳之介
「いただきます! うまい! カリサクジューシーなモモ肉にネギでジャクジャクのタレが合う!」
麻沙音
「コショウが効いたワカメスープとウーロン茶が口の中をリセットしていくらでも食べれてしまう! 文乃の料理もうまいが土口さんの料理もうまい! うちの近所には凄腕シェフが2人もいる!」
文乃
「……大変おいしゅうございます……」
あの無表情気味の文乃ちゃんがこうもおいしそうに食べている。もっとリアクションがほしいが今はこれでいい。クソ県知事様の思惑に巻き込まれた文乃ちゃんが、笑って過ごせる日がいつか来てほしいものだ。
楽しい夕食が終わり、文乃ちゃんと一緒に洗い物をする。手伝わせるのは申し訳なかったが、正直ありがたいので断れなかった。
精
「数日の間だけどリクエストがあったら言ってくれよ。可能な範囲で作ってあげるからさ」
文乃
「……土口様は甘味の方は作れますでしょうか?」
精
「実は料理に凝るようになったのはスイーツづくりがきっかけなんだよね。勿論作れるぜ?」
文乃
「でしたら……ぷりん・あら・どーも……? なるものが食べたいです……」
精
「そいつはあらどーも……なんてね、『プリン・ア・ラ・モード』だね、もちろん作るさ」
文乃
「むべむべ……」
SSに居たらむべむべちゃん待ったなしの鳴き声だ。色々教えこんでむべむべ言わせたい。そういえばムベという植物は漢字で書くと『郁子』だ。
精
「というと……郁子先輩もむべむべ適性がある……?」
文乃
「むべ……?」
むべのゲシュタルト崩壊を起こす前に話題を変えよう。なにがいいかな──
文乃
「『信頼した方に心から尽くしなさい。そうすれば、きっとその方が、ずっとあなたをそばにおいて、幸せにしてくれるから』……母がよく言っていた言葉です」
30cmは下にある口から出たその言葉に思わず手が止まる。
文乃
「土口様は……心から仕えたい人がいるのではありませんか……? それが果たせなくて、あのような感情を──」
精
「幸せになることが不幸になる人もいるんだよ──あっ……」
文乃ちゃんが言っていることは正しいのに。それを認めたら俺が礼先輩を幸せにできない、非力な人間だと認めてしまうからと、反論してしまった。
精
「……悪いな、文乃ちゃん。文乃ちゃんの言うとおりだよ……俺は……そうするべきなんだよ……でも……」
文乃
「『文乃ちゃんのやりたいようにやりな』……土口様が仰った言葉です。文乃はその言葉で、少しだけ我儘が言えました……ですから土口様も──」
精
「俺は俺のやりたいようにやっているんだ……やっているから……何も言わないでくれ……」
その言葉で文乃ちゃんとの会話が終わった──俺は何をしているのだろう? 今の俺は本当にやりたいことをやれているのか? そもそも俺の本当にやりたいことって──頭が痛くなる。あまり考えないようにしよう。俺のやりたいことは『条例を変える』ことだ。それ以上でもそれ以下でもない。