抜きゲーみたいな島に住んでいる狂犬はどうすればいいんだ? 作:神剣狩刃
精
「4名の重傷……だいぶ派手にやっちまったな?」
俺が問いかけてくる。いったい何の事だろうか?
精
「だいぶ慢性外傷性脳症が進行しているみたいだな。だいぶ攻撃性が抑えられなくなってきている。次に頭に喰らったら……どうなるんだろうな?」
慢性外傷性脳症? 攻撃性? 何のことなのか分からない。
精
「お前のことだから他人事みたいな顔されても困るな……なあ、お前って誰だ?」
誰と言われても、土口精じゃないのか?
精
「名前を聞いているんじゃない。存在を聞いているんだ。『我思う故に我あり』……俺は俺だ。だったらお前は誰だ?」
精
「
俺は──いや、
精
「やっと思い出したか。なにも守れなかった
ああ。そうだ。思い出した。卵を守れなかったあの日から。『やりたいようにやれ』と言われたあの日から。
精が意識を失って数日が経つ。集落の老人たちは今までの疲れが一気に来ただけだ、と言っているが私にはそう見えない。慢性外傷性脳症の進行もあり得る。
女部田
「レイちゃん……付きっきりだけど、レイちゃんは大丈夫なの?」
糺川
「……大丈夫なわけないだろう。精が目覚めるまでは安心できない」
冷泉院
「ですが、目覚めた時に礼が憔悴していたら土口さんも心配になると思いま────」
タブレットにNSNSの緊急連絡が入る。橘家で麻沙音が襲われているらしい。
女部田
「アサちゃんに何かあったら天手力機構もダメになっちゃう! レイちゃん! 行く────」
冷泉院
「待ってください……礼、あなたは土口さんのそばにいてください」
糺川
「……ありがとうございます、桐香様…………」
この非常事態でも私は動く気になれなかった。なんと罵られようと精のそばに居たかった。
冷泉院
「土口さんの代わりは私が勤めます。いないよりかはマシになるでしょう」
女部田
「トーカちゃんは今の精くんよりも強いでしょ! ……レイちゃん、精くんを絶対に守ってね!」
2人が飛び出していく。見届けた私は精の手を握って唇を重ねる。精の呼吸を直に感じる。それでも、精は目を覚まさない。
糺川
「白雪姫のようにはいかないか……桐香様の言う通り、精が起きた時に私がしっかりしていないとな」
精の手をはな────
精
「いか……ないで……」
精が手を掴み返してきた。
精
「れい……せん……ぱい……」
精の目には涙が浮かんでいる。夢を見ているのか。だとしたら、もう一回呼びかけたら目が覚めるだろうか。
糺川
「大丈夫だ……私はここにいるから……」
涙を手で拭い、手を握り返す。そして────
精
「……れい、せんぱい……」
ぼんやりと呟きながら、精が目を覚ました。
糺川
「……おはよう」
泣き叫びたいのを抑え、笑顔で精を迎える。
精
「……礼先輩……
精が
糺川
「大丈夫だ。私はどこにも行ったりはしないさ」
精
「……はい…………」
精がぎゅっと抱き返してくる。よほど不安なのか、少し痛いぐらいに抱き返してきた。
精
「僕……何も守れませんでした……卵も、文乃ちゃんも……もしかしたら礼先輩も────」
糺川
「お前はもう私を守っているじゃないか。幸せにしてくれると、そう言って約束を守ってくれたじゃないか」
今はただ、こうして精を抱いてやることしかできない。NSNSの皆が戻ってくるのを2人で待つしかできない。精の辛さを分かち合うこともできない。私は──本当に無力だ。悲観に暮れていると、NSNSの皆が慌てた様子で帰って来た。
女部田
「大変だよ! 海に飛び込んでトーカちゃんが足攣って溺れかけたの!」
畔
「そして文乃ちゃんを守ったら何かに怯えるように震えだして!」
淳之介
「多分、防人の血に本能的に怯えたんだろう……今は落ち着いているが……」
文乃
「むべむべ……」
冷泉院
「はい……はい……ごめんなさい……」
片桐
「文乃ちゃんに滅茶苦茶説教くらっているわ……」
麻沙音
「冷泉院さんのあんな困ってますって顔、初めて見た……」
どうやら作戦はうまくいったらしい。一安心だ。
渡会
「あっ! 土口くんが目を覚ましてる! 大丈夫!?」
ヒナミの一声で一同が精に視線を向ける。それに驚いて精が私の後ろに隠れる。
淳之介
「お、おい精……そんなびっくりする事じゃ────」
精
「ぼ、僕は……
その一言は、NSNSを揺るがす一言だった。
一同が驚きに固まる中、私は精に話しかける。
糺川
「……何があったか教えてくれるか?」
精
「僕は……強い土口精なんかじゃない……何も守れなくて、失ってばかりの、ただの弱虫だ」
症状が進んで人が変わったというのか? それにしたってここまで変わることは──
冷泉院
「──ちょっと失礼しますね」
桐香様が土口の唇を奪う。これでおよその事情は把握できるはずだ。
冷泉院
「……話してもいいですか、僕?」
精
「……うん」
精が小さく頷く。そして桐香様は考えながら口を開いた。
冷泉院
「……『自我の喪失』と『二重人格』ですね」
土口はあの夜、怒りのあまり我を失い暴走した。友を手にかけ、想い人すら犯そうとするほどまでの暴走なのだから完全に自我が亡くなったのだろう。そして、妹の卵を失ったショックから弱い自分を捨て、『やりたいようにやれ』る強い自分を作り上げていた。『強い自分』という自我を失った事がきっかけで弱い自分ができたのではないか、というのが桐香様の考えだ。
渡会
「礼ちゃんから指摘されてもあのジャージ変えないのはそういうことだったんだ……」
女部田
「なるほどねー……あの金色のジャージも『金色の狂犬』としての拠り所の一つだったと」
文乃
「そのような事情とは知らず……ダサいと思ってしまいました……申し訳ありません……」
麻沙音
「その感覚は正しいよ文乃。私だって正直言えなかっただけだから……」
淳之介
「え? あのジャージかっこよくないか? 俺のシャツと合わせたら最高じゃないか?」
冷泉院
「そう言えば先輩と土口さんのセンスは似通った所がありますからね……」
片桐
「センスは昔から変わってないわね……困ったものだわ」
NSNSの皆は何かに納得していたが、私は気が気ではなかった。
糺川
「そ、それじゃあ……精が、『金色の狂犬』になった原因は……」
あの時、私が精に『君のやりたいようにやれ』ばいいと言ってしまったから。もしもあの時に言わなければ────
女部田
「────そんなわけないでしょレイちゃん?」
郁子が私の肩をポンと叩く。
女部田
「レイちゃんのことだから……『精くんがこうなっちゃったのは自分のせいだ』って考えちゃったでしょ?」
その通りだ。郁子との付き合いもそれなりに長いからか見抜かれたようだ。
冷泉院
「土口さんはいつも自分で決めていました。自分のため、誰のため関係なく、『自分の意思』で選んできました。その選択に礼が責任を負う必要はありません」
淳之介
「たとえその命を張ることになったとしても……精は『
渡会
「そうだよ! 土口くんは土口くん自身で選んだことをしているんだよ! 礼ちゃんはそれを応援してあげるべきだよ! だって礼ちゃん、土口くんの恋人でしょ!? だったら土口くんの背中を押してあげなきゃ!」
NSNSからいろいろ言われる────そうだった。あいつを導いたのは間違いなく私だ。でも、そこから先はすべて精が作っていった物語だ。『金色の狂犬』になったのも、友達が反交尾勢力になっても見逃したのも、私の命令を無視して戦ったのも、NSNSを立ち上げ戦うと決めたのも。全部、精が決めたことだ。その責任を私が背負う──そんなの『私がやりたいこと』ではない。私がやりたいことは
糺川
「……皆にお願いしたいことがある」
NSNS一同が私の顔を見る。
糺川
「精を……土口精を……『金色の狂犬』の土口精を取り戻したい!!! 力を貸してくれ!!!」
頭を床に着けて頼み込む。名誉や尊厳を捨てて戻ってくるのならいくらでも捨ててやる。私にとって土口精はそれぐらい大切な存在なのだ。たとえ一人でも取り戻して────
渡会
「『仲間』でしょ! 当たり前だよ!」
淳之介
「『仲間』であり、唯一の友達なんです……喜んで力を貸します!」
麻沙音
「兄の友達であり、私を理解してくれた『仲間』ですから、もちろんです……!」
片桐
「淳に色々と手をまわしてくれたみたいだし……何より『仲間』だもの、協力するわ!」
畔
「また『仲間』のおいしい料理が食べたいです! 今度はチャーシュー麺を所望します!」
NLNS部隊の皆が力強く頷く。
女部田
「ひどいなあレイちゃん……イクが『仲間』に頭を下げさせなきゃ協力しない、薄情な人間だと思っていたの~?」
冷泉院
「同感です。『仲間』のお願いだったら快諾しますよ。もちろん、常識的なお願いに限りますが」
SS部隊の二人も笑いながら頷く。私は幸せ者だ。こんなにも多くの『仲間』に加えて、一緒に幸せになりたい人までいるのだから。涙を堪えてにっと笑う。そして精だったらこう言うだろう。
糺川
「それでは……作戦コード『リターン・フロム・リンボ』開始だ!」
蘇らせるんだ。『金色の狂犬』を。