抜きゲーみたいな島に住んでいる狂犬はどうすればいいんだ? 作:神剣狩刃
橘と桐香様と郁子と浴場で話をしていて私たちはある目標を立てようとしていた。
淳之介
「なんとしても、元の世界へ生還するぞ!」
その目標は間違っていない。私だって元の世界に帰りたい。でも。
糺川
「……精は元の世界に帰りたいだろうか?」
私の言葉に空気が凍った。皆薄々考えていた事ではあるが、言ってはいけないことのように扱っていた。だからこそ私から言わなければならなかった。
淳之介
「……な、何言っているんですか糺川先輩……あいつは糺川先輩と一緒に元の世界で暮らしたいはずですよ……」
橘が渇いた笑いを絞り出しながら答える。目も合わせずに言っているからその言葉は容易く崩れるだろう。
女部田
「でも……精くんと卵ちゃんが会っちゃったら……」
郁子すらも目を逸らしている。何度も身体と刃を交えた関係だから分かっているのだろう。
冷泉院
「間違いなく卵さんを選ぶでしょうね」
桐香様だけは真っ直ぐと私の目を見て言い放った。桐香様だから卵の名前を見た段階でここまで想定していただろう。
淳之介
「な、何言ってるんですか会長! 精がそんな薄情者なわけ────」
冷泉院
「あの人ほど情に厚い方はいません……それは先輩が一番知っているでしょう?」
橘の口からギリギリという音が聞こえる。桐香様の答えに反論できず、納得してしまったのだろう。私も同じだから分かった。
冷泉院
「二度と会えない別れを告げた人間と再び出会えた喜び、そしてまた別れて再び二度と会えなくなる辛さ────私達に想像できるわけがありません」
その通りでしかない。私達だってそれなりの過去はある。だが、精の過去だって相当なものだ。一度死を選びかけたのも無理もない。先日やっと約束を果たせたが、元の世界に卵はいない。なら、この世界で約束を果たしたいだろう。だから、私が言わなくてはいけない。
糺川
「……この後、精がスマホを取りにやって来るでしょう。その時に話してみます」
言うんだ。私以外の誰が言うんだ。
糺川
「でも…………どんな結果になっても精を責めないでください。あいつだって皆と別れるのが嫌なはずです。この世界に卵がいなければ皆で一緒に戻ろうと喜んで協力したはずです…………だから…………お願いします」
皆が黙って頷いた。私以外の誰にもできないことなんだ。だからどんな結末になろうと受け入れるんだ。
精
「でも……! でも…………! 卵とまた過ごせるっていうなら…………! 卵と生きていけるっていうなら…………! そのために思い出を全部捨てろと、礼への想いも捨てろと言われても…………!
分かっていた。精が皆ではなく卵を選ぶことぐらい分かっていた。分かり切った上で聞いて、想定通りの答えが返ってきて。それなのに何かの間違いであってほしいから体を重ねた。これで引き留められるわけもないのに、私なんかが精の卵への思いを止められるわけもないのに。
糺川
「わ、私も……大好きだ……! 愛してる……! 今も、すごく、んぁ、気持ちいいから……! 精も……気持ちよくなって良いから……!」
なにも満たされなかった。悲しいだけだった。それでも心から望んだセックスだから気持ちよくて。
精
「…………さよなら、糺川礼」
その一言がどうしようもなく私を貫いて、立っていられなくなって、大声で泣き叫んでしまった。こんなことをしても精は振り向かないだろう。それも分かっているのに、泣くことしかできなくて。
???
「──い」
我儘にでも引き止めたら少しは変わっただろうか? いや、土口の事が好きだからその後ろ髪を引くことはしたくない。
???
「──い!」
今更悔やんでも仕方がないと割り切れるだけの強さがほしい。このまま一生引き摺って────
???
「おーい!!! 聞こえてますかあ──ー!?!?!?」
糺川
「うるさい!!! 今は1人に────」
あまりのうるささに反応してしまった。そこには全身黒タイツで金のバタフライマスクをかぶった180㎝ぐらい大男が立っていた。これはヤバい人間に会ってしまった。すぐさま戦闘態勢を────
???
「はい、ホットミルクティー。飲むと温まるよ。アチチ……」
大男はどこからともなくそこらの自販機で売ってるホットミルクティーを出してきた。封は空いておらず、熱いから早く受け取れと言わんばかりに手が震えている。
糺川
「……何者だ?」
ニノマエ
「余の名前は"ニノマエ"。アチチ、『金色の狂犬』の右腕、というか監視役だよお」
口調と動きから敵意は全く感じられない。とりあえずホットミルクティーを受け取って────
糺川
「冷たっ!?」
ニノマエ
「あはは! 引っかかった引っかかったあ! いやあ、余の演技力も大したものだねえ、うんうん」
こいつは一体何がしたいのだろうか。よくよく見れば缶が結露していた。冷たいものだと分かったはずなのに、それを見抜けないほど私は耄碌していたのか。
ニノマエ
「でもさあ、おかしくない? 彼は仙波光姫と結婚しているのに、SSの大隊長と逢瀬をするなんてさあ? しかも、別れたら大隊長は大泣きした……監視役の余としては見逃せないよねえ?」
見た目や言動とは裏腹にかなりの観察眼を持っている。どうやって切り抜けるべきだ? 平行世界から来たという真実は当然言えない。かと言って下手にはぐらかせばそこを突かれる。悩んでいるうちにニノマエはどこからともなくシガレットを取り出して口にした。
ニノマエ
「今日の土口精の行動はおかしかった。光姫さんの所から出たかと思えば性帝の家と自宅に行って水乃月学園に行った。そして夜になったら自宅に行って土口卵と接触した。なのに比較的まともにここまで来て、君と出会って何か話して寮に入った。そして別れたら君が大泣きした……いくらなんでもおかしすぎるよね」
この話し方は土口のアレそっくりだ。まさか────
ニノマエ
「土口精の監視役になってそれなりになるけど、彼が光姫さん以外の女性と親密な関係を築いている様子はなかった。彼と君にもこれといった接点はない。君が一目惚れで別れてあんなに泣ける人なら有名になっているはずだ。彼らしくない行動と、一日で築き上げた親密な人間関係……単なる記憶障害で片付けられるわけがない。"土口精は一日にして別人になった"……これしか考えられないね」
ニノマエはシガレットを噛み砕いて咀嚼し始めた。
ニノマエ
「余のカミさんがね……コレ好きだったんですよ……」
ニノマエがシガレットを取り出して私に向けて差し出す。
ニノマエ
「ちなみに余にはカミさんはいない。最近読んだ『刑事ボロンコ』のセリフが気に入ってるだけなんだなコレがあ」
糺川
「お前は……何者だ……?」
差し出されたシガレットを口にする。スーッとしたミントの香りと微かに香るココアがなんともミスマッチだ。
ニノマエ
「何者だという質問に関しては……土口精の監視役としか言えないねえ。なにせ記憶がないから」
糺川
「……あまり嘘をつかない方が良い。私の仲間には心を読める方がいる」
ニノマエ
「嘘じゃないんだよねえ……証明が難しいなあ……」
ニノマエが頭を掻きながら首をかしげる。これで演技だとしたら大したものだ。
ニノマエ
「明日もう一度来るからその人にアポ取っておいて。きっと精くんも学園に来るだろうからさ」
精なら卵の学園での様子を知るために来るだろう。としたら監視役である彼も学園に来るということだ。そこで桐香様に調べてもらえば全て分かる。
糺川
「……分かった。また明日会おう。ただ、お前の推理は誰にも言うな。余計な混乱を招くだけだ」
ニノマエは両手を叩いてカラカラ笑い出してひっくり返った。
ニノマエ
「誰にも言わないさあ。僕はSHOに土口精がどうなっているかを伝えるだけの存在だからねえ。勝手に調べて勝手に考えたことなんて信じちゃもらえないさあ」
そのままブリッジで這ってどこかに行ってしまった。見た目だけで言えば変質者そのものだが、柔軟さや動きを見ると相当な手練れであることが窺えた。
糺川
「……今は考えるのは止めよう。といっても……色々ありすぎて寝られるかどうかわからないが……」
バブみ保育園に帰って早々に光姫姉さんに心配される。
光姫
「大丈夫精くん? なんか、目元腫れてるけど……」
精
「あー……ちょっと心の整理をしに……」
光姫
「ニノマエさんからの連絡も途絶えちゃったし……」
ニノマエ? 誰だ? 俺の知っている人間にそんな名前の奴は────
ニノマエ
「足元失礼しますう」
精
「おぎゃあああ!? バタフライマスクの変質者ぁ!?」
俺の足下で全身タイツ黒の金のバタフライマスク人間がブリッジしている。いくらなんでも異様すぎる光景に思わず光姫姉さんに抱き着いてしまった。
光姫
「あら、ニノマエさん。相変わらずお元気ですね」
ニノマエ
「やあ光姫さん。光姫さんも相変わらずエロいですね。下の毛を生やしてお尻で余の顔を押しつぶしながら足コキしてください」
情報が多すぎる。とりあえずこの島の住民であることは間違いない。そしてこの世界の光姫姉さんの知り合いということは、この世界の俺に関して何か知っている可能性が高い。情報を集めよう。
精
「あの、どなたでしょうか……?」
ニノマエ
「自己紹介は一日一回までって決めてるんだあ。また明日────」
光姫
「この人はニノマエさん。精くんの監視者よ」
ニノマエ
「他己紹介は制限してないからいいよお」
何だコイツは? ふざけてるのか? ともかく光姫姉さんからの説明によると、史上最年少で特殊戦闘部のリーダーになった俺の監視者とのことだ。俺に粗がないか四六時中とまではいかなくとも四四時中監視しているらしい。
精
「SHOも大変なんだな……」
ニノマエ
「余の方が大変だよ。馬車馬パッパカ、パウダーボーンミンチだよ」
多分、馬車馬の如く粉骨砕身で働いているということなのだろう。
光姫
「出ましたニノマエ語! 相変わらずのセンスですね!」
そんなに有名なのかとスマホでニノマエ語と調べてみる。まったくヒットしなかった。身内ネタだろうか。
ニノマエ
「ということで生きてたらまた明日会いましょう。ハバナイスデーグッバイ」
そう言い残してニノマエはブリッジでどこかに行ってしまった。あの動きは柔軟性がないとできない。それに冷静になって見るとそれなりに筋肉もついていた。間違いなく手練れだろう。
精
「……明日会いましょうなのにhave a nice dayって……」
光姫
「いいですよねー……ニノマエ語カレンダーとか販売してくれないかしら……」
ニノマエの何が光姫姉さんを惹きつけたのだろうか。確かに金のバタフライマスクのセンスはよかったが、それだけが決め手になることはないだろう。もしかして、俺の知らない所でイイ関係になっているのだろうか。
謎のキャラクター登場です。一体誰なのでしょう。