抜きゲーみたいな島に住んでいる狂犬はどうすればいいんだ? 作:神剣狩刃
水乃月学園に入って早々やばい状況に出くわした。
卵
「何しに来やがった性帝サマ!? まさか麻沙音が心配だから来ましたとか抜かすんじゃねえだろうな!?」
淳之介
「えっ、いや、その……」
シューベルト
「土口くんがこんなことをするなんて……僕のデータにはないぞ!?」
SSの制服を着崩した卵が淳之介君の胸ぐらを掴んで、殺すんじゃないかという勢いで当たり散らかしている。あれが『反逆の緑髪』の実態か。ただ、演技にしては本気すぎないか?
ニノマエ
「相変わらず卵ちゃんはお盛んだねえ……治安管理委員会として止めないのかい?」
ニノマエの言うとおりだ。驚いている場合ではない。友人と妹の諍いを止めるべく間に割って入る。
精
「治安管理委員会だ……訓練でもないのにSS同士で争うのは見苦しいぞ?」
淳之介
「精…………」
卵
「……邪魔してんじゃねえぞ兄貴、ちょっとツラ貸せ」
ニノマエ
「僕のツラも貸そうか?」
卵
「監視役の金魚のフン野郎なんざどーだっていい」
今度は卵が俺の胸ぐらを掴んで引き摺る。滅茶苦茶力が強い。0.6ゴリマスちゃんぐらいある。抗う暇もなくスケ番の聖地である体育館裏にやって来た。
卵
「……あれが学校でのあーしだ。誰だろうと気に入らない奴には全力で噛みつく。だってあーしは……」
精
「この青藍島が憎い……あんな仕打ちを受けていたら当然だ」
旧ドスケベ条例では同性愛は認められていない。故に同性愛者である卵は青藍島から異端者扱いされた。兄である俺があれほど憎んでいたのだから、当の本人である卵が抱く憎しみは量り切れないだろう。
ニノマエ
「でもさ? どんな事情であれ、胸ぐら掴むのはなしじゃ────」
卵
「知らねえのか? アイツは……性帝サマは……! 橘淳之介は麻沙音を見捨てた屑畜生なんだよ!」
あまりにも衝撃的な発言だった。淳之介君がアサちゃんを見捨てる? 何がどうなればそんなことが起きるんだ? 流石に俺の知り得る情報から推察することはできない。ニノマエを見る。
ニノマエ
「余のデータにはないぞ?」
俺の監視役だから知らないのも無理はないが、べるべるかよお前。こうなったら卵から聞くしかない。
精
「……なあ、卵。淳……性帝の事に関して教えてくれないか? 反交尾勢力を探すためにも知りたいんだ」
反交尾勢力という言葉に卵がピクリと反応した。SSとしても悩ましい問題なのだろう。だったら治安管理委員会の俺と協力するために情報を──
卵
「…………期待させて悪いが、あーしは麻沙音から『兄が私を見捨てた』と聞いただけでな。それ以上は聞いてねえ」
まさかその一言だけで信頼したのか? いくら何でも不確かすぎでは────卵は同性愛者、アサちゃんも同性愛者、同じクラスの子が不登校、淳之介君はSSの寮にいていない、橘家も交通事故で家族を亡くしている、SSの定期訪問、橘家にはアサちゃんしかいない────となると。
精
「……お前と体を重ねたから信じて、それ以上踏み込まなかった、と…………」
卵
「…………麻沙音は…………あーしと同じだったんだ」
俺と淳之介君のように、卵とアサちゃんも心を通わせたのだろう。スケ番になった卵はアサちゃん好みの見た目だし、実の兄より優しくされたことだろう。
ニノマエ
「同性同士の生産行為ねえ……余は監視役だからあれこれどれそれ言うつもりはないけどさ、他の人が知ったらまずいんじゃない? 例えば、SHO特別監査役補佐のあの子とかさ」
卵
「アイツはあーしの下僕だ。暴力で黙らせてる」
この卵の暴力だったら大半の奴は黙るだろう。その補佐の子に同情する。
ニノマエ
「じゃあSHO特別監査役の子にもそうやってるの? なんだっけ、あき────」
卵
「手前の口からその名を出すんじゃねえ」
卵から凄まじい殺気が放たれる。思わず戦闘態勢を取ってしまうほどだ。ニノマエも同じような戦闘態勢を取っている。
卵
「…………アイツはあーしのお気に入りなんだ。軽々しく名前を呼ぶんじゃねえ」
ニノマエ
「……名前を呼んではいけないあのお方的な存在かな?」
卵
「あーしの聞こえる範囲内で言ったら、あーしの可能な範囲内でぶちのめす」
そんなにお気に入りなのか。ちょっと会ってみたい。好奇心は猫を殺すというが俺は『金色の狂犬』だ。問題ないだろう。
精
「その監査役の2人ってどこにいるんだ?」
卵
「2人とも実質性帝サマの監視役だから、放課後に性帝サマの所に行きゃ会えるだろう。んじゃ、そろそろ授業に戻るわ。頑張れよ、兄貴」
卵がひらひらと手を振って校舎に戻っていく。いつもの卵からは想像できない姿だったが、滲み出る優しさは俺の知る卵そのものだった。
ニノマエ
「…………なんでだろうねえ? なんで君や卵ちゃんを見ると胸がざわつくんだろうねえ?」
精
「監視役だからじゃないか? 『金色の狂犬』に『反逆の緑髪』……異名持ちは大体トラブルメーカーだからな」
ニノマエ
「…………だよねえ…………」
ニノマエはどこかしっくりこないと言わんばかりに首をかしげて紙パックのミルクティーを飲み始めた。
精
「……いつ買ったんだ?」
ニノマエ
「そこの自販機。飲む? おいしいよ」
精
「俺はココア派なんでな」
自販機で缶ココアを買う。昔のココアは強壮飲料として飲まれていたため、青藍島で売っている缶ココアにはハメドリ君がプリントされている────
精
「……あれ、ハメドリ君がいないな……?」
のだが、どこを見ても印刷されていない。そういえばこの世界に来てから一度もハメドリ君を見ていない。この世界にはハメドリ君がいないのだろうか。俺としてはあのキモイデザインはあまり好きではないからありがたい。飲み干した缶をゴミ箱に捨て、学園での聞き込み調査に入る。
これといった収穫もなく放課後になる。淳之介君に会うべくまずは風紀委員室に入る。SHO特別監査役補佐の腕章をした生徒が淳之介君に話して────
凛
「"性帝"と言えども口の利き方も相応にしていただかないとあることないこと報告して簡単にクビに──」
お前が補佐やってんのかよ。人選ミスだろ。ヌき家のバイトの人員かよ。コイツは卵の暴力に屈して────
卵
「おいコラクソ凛」
背後から現れた卵が凛の頭を鷲掴みにする。凛が声にならない悲鳴を上げる。
卵
「コイツを一日借りる……いいな?」
SS一同が黙って頷く。そして卵は凛を引きずりながらどこかに行ってしまった。
スス子
「……ランチャーは相変わらずっすねえ……」
シューベルト
「あそこまでやるとは……僕のデータにはなかったよ……」
精
「……俺の妹が場を騒がせたことを謝罪しよう」
ニノマエ
「悪気はあっても補佐役の子の方が悪気があるから許してねえ」
俺の存在に気付いたSS達がざわつく。俺は飛び級をして卒業しているからほとんどのSSが面識がないのだ。『上司の治安管理委員会特殊戦闘部リーダーとその監視役が急にやって来た』状態なのだ。ざわつくのも無理はない。
精
「あー……BIG4に用事があって来ただけだ、邪魔して悪かった」
ニノマエ
「兄妹が迷惑をかけてごめんねえ。監視役として謝るよお」
早々と退散し生徒会室に行く。そこでは桐香様が数十人という人間を捌いていた。相変わらず事務仕事は完璧だ。
ニノマエ
「やあ、会長さん。アポは取ってるからなるはやASAP目で済ませちゃうよ」
ニノマエがふらっと割り込みをして会長とキスをした。あまりにも自然な動きで誰も文句を言えなかった。
冷泉院
「……礼に話したことは本当のようですね」
ニノマエ
「大隊長さんによろしくねえ~」
冷泉院
「ですが、割り込みはよくありません。精さんをしばらく貸してもらえますか?」
ニノマエ
「それぐらいいいよお。光姫さんには適当に言っておくからねえ」
そう言ってニノマエは生徒会室を後にした。
治安管理委員会と生徒会長の話よりも優先できる内容ではないと感じてか、部屋にいた人間がぞろぞろと出て行く。そして部屋には俺と桐香様だけになった。
精
「…………とりあえず、皆が揃うまでの一杯を貰えますか」
冷泉院
「……ええ、そうですね」
桐香様の呼び出しによって皆が揃う。何を言えばいいのか全く分からない。
淳之介
「精……お前は糺川先輩を幸せにするって言ってたじゃないか……」
言った。
女部田
「そうだよ……あの時のレイちゃんの嬉しそうな顔を……忘れちゃったの……?」
忘れるわけがない。
冷泉院
「このままですと……礼を裏切ることになってしまいますよ」
その通りだ。
糺川
「精……頼むから……戻ってきてくれないか……」
でも。
精
「俺は……俺は……卵と一緒にいたいんです……この世界でもう一回ドスケベ条例を変えて……卵が気持ちよくドスケベセックスをできるようにして……一緒にココアとかスイーツ作って……卵と一緒に笑いながら過ごして……幸せだねって言って……生まれてきて……よかったって……生きてて……よかったって……言ってほしくて……だって……卵は俺の妹だから……たった一人の妹だから……だから……」
────俺には卵がいればそれでいい────
俺の言葉に誰も何も言えなくなった。俺は言いたいことを言ったから背を向けて歩き出す。誰も何も言わないなら早く帰って────
糺川
「私は……いつまでもお前を待っているからな……いつでも戻ってきていいからな……」
その言葉に足が止まる。でも、振り返らない。振り返ったらきっと戻ってしまう。だから、歩き続ける。
精
「……行ってきます」
糺川
「……行ってらっしゃい…………『やりたいようにやれ』よ、精」
これで本当にお終いだ。次から皆に会っても只のSHOとSSだ。それでいいんだ。この悲しみはきっと卵が埋めてくれるから。
精が部屋を出て行った。これで只のSHOとSSの関係になった。私の心は雨上がりのようにさわやかだった。
女部田
「……これでよかったんだよね、レイちゃん」
糺川
「ああ。私は精に想いの全てをぶつけた。その上であいつが卵といる道を選んだというなら……私はそれを応援するさ」
冷泉院
「愛する者の幸せを願う……時にそれはとても残酷な結末になるのですね」
淳之介
「……俺も友としてアイツの幸せを願います」
精との別れに皆が納得した。これで元の世界に戻るのに全力を注げる。精が作ってくれた平和な世界に戻って幸せに生きていく、これが私に出来る一番の精への恩返しなのだから。