東方二次創作劇場「月と太陽」 - 月の章 - 作:俄かさん。
- これは、数多ある幻想郷のうちのとある幻想郷における物語 -
幻想郷界隈、迷いの竹林。
季節は夏から秋へと静かに移り行く頃合い。
その刻、丑三つ時。即ち「逢魔が時」。
人里から完全に隔絶されたその竹林においては人ならざるモノが巣食う。
その「鬼」、「人を喰らい糧とする」。
身の丈はおおよそ八尺にして筋肉隆々にして剛腕、宵闇にも映える赤き地肌、ざんばらに乱れた漆黒の頭髪。額に突き出た一本角。
そしてその腰には薄汚れた腰蓑ひとつ巻き付けるのみで。
鬼は今まさに目の前の、恐怖のあまりへたり込んで微動だにできぬ女童を「喰らおう」としていた。
「げへへ、こりゃあ上等モンじゃねぇか。穢れのねぇニンゲンの小娘はさぞや精がつくだろうよ」
久しぶりにありつける「極上の餌」を前に血走った金色の眼を喜悦で爛々と輝かせ、耳元まで裂けた牙の突き出た口の端から涎を滴らせながら、その雫が女童の頭に降り注ぐほど近い距離でやおら腰を屈めて鬼は嗤う。
対して、女童は動くに動けない。まるで金縛りにでも遭ったかのように涙交じりの双眸を見開き、腰を抜かして立つことも逃げることもできず、かたかたと震え続けるだけ。
そんな女童を前に、鬼はさらにその獣じみた笑みをにぃっと深める。
「なぁに、安心しなよ。直ぐに終わっちまうさ。何せ、頭から『まるかじり』だからな」
「あ、ああ、おとーさん、おかーさん……」
女童の視界いっぱいに大きく大きく開かれた鬼の咢が映る。
そしてそんな憐れな哀れな女童が鬼に頭から喰われようとした瞬間。
「ぐごっ」
間の抜けた呻きをひとつ上げ、首の骨が折れんばかりに顎を仰け反らせてよろめくその巨体。
これまで予見してた凄惨なる光景とはかけ離れた突然の光景に、ただただ女童は呆然とするのみで。
「……やれやれ。散々迷わされたわりには、なんとか間に合ったわね。だからここ、嫌いなのよ」
不意に耳元に聞こえる、少々の苛立ち混じりの乙女の声。
今の今まで山のように巨大な鬼を見上げていたその目線を下に向ければ、左掌底を天に高々と突き上げた乙女の後姿を垣間見る。
愛らしい赤いリボン。そのリボンと同じ色を基調とした特徴的な巫女服。右手に携えた幣。
「だ、だ、だれだ、てめぇ!?」
顎下に激烈な掌底をもらった鬼は、たまらず蹈鞴を踏みつつもどうにかこうにか堪えいつの間にか女童を護るように立っていたその乙女を驚愕と憤怒の入り混じった形相で見下ろす。
「あら。わたしのこと、知らないのね。ふーん、そーなんだ。じゃ、いちいち名乗る必要もないわね」
そんな鬼をめんどくさそうに見上げながら、幣で肩を叩きつつばっさりと切り捨てる乙女。
その人を、もとい鬼を食ったような物言いに「なんだと!」と怒りのあまり地団駄を踏む鬼の様子に、やれやれと深い深いため息をついて。
「『ハナちゃん』、だったわね。数少ない檀家さんからの頼みよ。……あなたを護るわ」
それまでのある意味投げやりな風情から一変して、深く澄んだ凛とした声で告げる乙女。
そう。その、乙女こそが。
そしてそこから、幾何か時間は遡る。