東方二次創作劇場「月と太陽」 - 月の章 - 作:俄かさん。
夜空を埋め尽くすようなどす黒く分厚い叢雲が流れていた。
その流れる叢雲に遮られど、望月は仄かにその狭間から地上を朧げに照らし出す。
そんな月明かりの下、「迷いの竹林」の只中で今尚も延々と続けられる「激闘」。
それは縦横無尽に夜空を飛び交いながら、華やかに煌びやかに繰り広げられる「弾幕勝負」かとなれば「否」となる。
言うなればそれはそんな闘いとは遠くかけ離れた、もっとも原始的でもっとも野蛮な、「血みどろの闘い」。
本来ならばそんな闘いを忌み嫌う「はず」の博麗の巫女は、この時、この局面に限っては「まことに不本意ながら」それに臨んでいた。
「み、巫女さま」
地に尻もちをつくようにへたりこみ、腰さえも完全に抜かしたような有様でただ呆然と女童はその闘いを目の当たりにする。
そんな女童の目の前で展開される、「小さな」巫女と「大きな」鬼との「潰し合い」。
そしてその巫女の闘いぶりはかつての「先代巫女」を彷彿とさせるような、それこそまさしく「鬼神の如し」。
ひゅおおおおおおおっ。
不吉な風切り音とともに鬼の剛腕から伸びる鋭く禍々しき爪が、巫女の黒髪を舞い上がらせながらその左頬を掠めていく。
その瞬間、ちりっと焼き付くような痛みがそこから走るが、それに怯むことなく巫女は鬼の右脇腹へと左拳をめり込ませる。
その立ち位置、その鬼に与えた「初撃」から依然として変わらず、その懐深くに潜り込んだままで。
鬼は呻く。
その衝撃でたまらず聳える山のようなその巨躯すらぐらりと前のめりに崩しながら。
間髪入れず巫女はよろめく鬼の角を両手で掴み袂へと引き寄せるや、その顎先へと右膝頭を突き当てる。
そしてその勢いすら殺さずに掴んでいた角を離し、軽やかに宙へと舞い上がるや巫女服の裾を翻しざまにその頸椎へと振り下ろした左踵を叩き込む。
鬼は鳴く。
「信じられぬ」とその驚愕と苦悶に満ち満ちた表情ありありと浮かべ、地に降り立つ巫女の後ろ姿をその視界に捉えながら。
この「迷いの竹林」においてもっとも「力持ち」の「八尺鬼」である己が、この巫女相手にまともな一撃も与えられぬまま、こうもあっさりと「潰される」とは。
信じられぬ、信じられぬ。「何者」なのだ、この、「小娘」。
鬼は沈む。
さながら大地震を思わせるような凄まじき地響きを伴い、その巨躯をうつ伏せに大地へと沈ませる。
倒れた鬼へ一瞥も向けることなく、巫女は今更ながらに思い出したように左頬に深く刻まれた「爪跡」に気付き、そっと左手をそこに宛がう。
「……大丈夫、ハナちゃん?怪我はない?とにもかくも、間に合ってよかった。無事でよかった」
それまで張り詰めに張り詰めさせていた緊張を解きながら、やおら腰を屈めてはいつものように優し気な声色で霊夢はそっと女童へと右手を差し伸べる。
その行為はあの「紅魔館の門番」に対して行ったそれと、まるで同じ。
その一幕で終わることなく、数ある異変を解決していくたび、霊夢は誰彼と選ぶことなくそれを続けてきた。
たとえそれが「味方」であろうと「敵」であろうと、その垣根すらこだわることなく。
その差し伸べた手を握る者、払いのける者、ただ黙ってそれを眺めるだけの者。
その反応はまさにいろいろあれど、なんだかんだと面倒くさがりながらもこの巫女は決してその行為をやめることはなかった。
そして、その女童は。
「巫女さま、怖い」
差し伸べられたその巫女の手を握ることもなく、ただその場にへたり込んだまま、かたかたと小刻みにその巫女よりも小さな身体を恐怖で震わせる。
その恐怖の対象は、紛れもなく。
「ハナちゃん?」
「いやっ、近寄らないで!」
その言葉に驚くように尚も声をかける霊夢を振り払うように、首にかけた「お守り」を揺らしながら身じろぎ頑なに目を閉じて両手でその耳すら塞いでみせる。
それはまぎれもなく、明らかなる「拒絶」。
そんな女童の様子を前に、霊夢はそれ以上の言葉を失くし、ただ呆然と双眸を震わせながら力なくその手を下ろしていく。
その間際に。
が し っ 。
そんな巫女の左肩を掴む「鬼の左手」。
巫女の猛攻をまともにくらい、沈んだ「はず」のその鬼はいつの間にかゆらりとその背後に立っていた。
そんなただならぬ不穏な気配を感じ、女童は頑なに閉じていた双眸を開けて、その光景を前に絶句する。
「……え?」
そんな女童の反応に気付き、ここでようやく霊夢はゆっくりと肩越しに振り向く。そのタイミングでかち合う、互いの目線。
一瞬、何が起きたのかさえも分からぬまま、ただ呆然と霊夢は憤怒と憎悪の入り混じった血走りの鬼の眼を見つめてしまう。
瞬間、霊夢は「心」を喰われる。心を喰われ、虚ろに双眸を見開いたまま、ぴくりとまるで金縛りに遭ったかのように動かなくなる。
それを得たり、と鬼は肩を掴んだまま巫女の身体をぐるんと反転させ、己と正対するようにせしめた、その次の瞬間。
ど ご っ 。
ここでようやく、鬼は今の今まで当てられなかったその一撃を、その右拳を巫女の腹部へと深々とめり込ませる。
博麗の巫女といえど、しょせんは「人の子」の域を出ない。
そんな人の子を仕留めるのに、その一撃は、あまりにも「十分すぎた」。
「……か、はっ」
口から血を吐き、身体をくの字に曲げながら霊夢はその状態のままぐったりと動けなくなる。
これを見た鬼は喜悦にその表情を醜く歪ませ、左手で「みしっ」と頭を鷲掴み、まるで女童への見せしめのようにぶらりとその小さな身体を吊り上げる。
「ハナ、ちゃん。……に、げ、て」
その背に大きく開いた鬼の咢が迫る中、それでも薄れゆく意識の中で霊夢はただその場にへたり込み続ける、自分を「拒絶した」女童の身を案じた。
(……こんなやつ、「秒殺」なのに。なのになんで「今」はそれが「できない」の?)
(だけど、せめてハナちゃんは。こうなったのも、わたしのせいだから)
(だから、お願い、「誰か」。……ハナちゃんを助けて!)
どげしっ!!
今まさに博麗の巫女を喰らおうとしていた鬼の側頭部に炸裂する「ウサキック」。
その痛烈な一撃をくらい、鬼は「鳴きながら」その巨躯を揺らし、たまらず掴んでいたその巫女を地へと振るい落とす。
「ニンジン」のペンダントを揺らし、その反動で宙を軽やかに舞いながらその鬼に向けて「あっかんべー」をする「ウサ耳少女」。
鬼はその不意打ちに我を忘れ、ただただ翻弄されるばかり。
がぶぅっ!!
そしてまた鬼は「鳴かされる」。
その大きな背に飛びつき、その首筋に鋭き牙を深々と突き立てる「獰猛なる獣人」によって。
頭から突き出た鬼のような一対の「角」。そのうちの一本には「赤いリボン」。ふさふさに伸びた「尻尾」。
「……いいぞ、『てゐ』っ。除けっ、『慧音』!コイツはアタシが仕留めるッ!!」
突然と発せられる凛とした発声にすぐさま反応し、牙を引き抜き飛び退く獣人。
そのお釣りに鬼の背に蹴りを放ち、その巨躯を大きく前へと崩れさせる。
今際の際にその鬼が見たモノ。
さながら「不死鳥」を思わせるような眩い燐光を身に纏う「銀髪少女」。
そして、その両手から薙ぎ払われる「交差する二条の紅蓮の業火」。
天を裂き、大地を揺るがし、それまで眠っていた小鳥たちが一斉に飛び立つ中、鬼の「断末魔の叫び」が「迷いの竹林」一帯に響き渡った……。