東方二次創作劇場「月と太陽」 - 月の章 - 作:俄かさん。
うさぎ うさぎ 何見て跳ねる
十五夜 お月さま 見て跳ねる
「家主不在」の博麗神社。その社務所の縁側に座り、柱に凭れながら肩を揺らして唄う「鬼」が一匹。
その鬼が見上げる先には、見事なまでのまんまるのお月様。
「月には兎がいて餅でもついてんのかね」と愛用の瓢箪を片手に萃香はどこかほろ酔い気分で呟く。
こんなふうに風流を感じるってのも柄ではないが、悪くはない。しかしそんななんともいい感じの気分は残念なことにすぐにぶち壊しになる。
ずぞぞぞぞぞ~~~っ。
ずるずるずるっ、ごくんっ。
「あー、いい月なのぜ。だけどせっかくの十五夜にお供えするお神酒もお団子もないってのは、この神社はマジでシケてんのな」
「お、おめぇ、またソレ食いやがって?それで何杯目だ?」
寝室から縁側へとノコノコやってきた、大盛りのカップ麺をうまそうに立ったまま食す「通りすがりの魔法使い」がここに一匹。
そんな魔理沙を横目にしながら萃香は顔を引き攣らせる。
「ところで、『まだ』ソレは残ってんのか?一応聞いておくが、いくらおめぇでもンなことはしねぇとは思うが」
「あ?コレで『全部』だな。最後のシメは『カレーヌードル』で決まりなのぜ」
「!!……ちょ、おまっ!?」
なんとも香ばしいスパイスの香りを漂わせつつ、にべもなく答える魔理沙。
非常用の『糧食』として「香霖堂」の店主から博麗の巫女に宛がわれたはずのそれらは、あろうことかわずか「半日」でこの魔法使いにすべて平らげられてしまったのだ。そのあまりの「ド畜生」ぶりに萃香は自分が「鬼であることを忘れ」、「おめぇっ、吐けっ、今すぐ吐きやがれ!」と魔理沙の胸倉を掴んで食い下がろうとするが、魔理沙は魔理沙で平然とフォークで残りの麺を啜り、きれいにスープの最後の一滴までその胃袋に流し込んでみせる。
「あー、食った食った。ごちそうさまなのぜ。……で、どうかしたのぜ?」
けぷっと下品なげっぷをしつつ、ぽいっとそこらにフォークごと空の容器を投げ捨てる魔理沙。
それまでの勢いはどこへやら、そのあっけらかんとした様子を目の当たりにした萃香は、彼女の胸倉を離してすっかり意気消沈とばかり肩を落とす。さほど自分と背丈も変わらぬそんな鬼を、魔理沙は怪訝そうな顔で首を軽く傾げながら眺める。
「……おめぇ。ここの台所事情、知ってんのか?いや、知らねぇだろ。でなきゃこんなバカな真似すらしねぇか」
「あ?どういうことなのぜ?」
「それこそ『火の車』だ。山菜、肉、魚はどうにかなる。現地調達できるからな。だけど、『米』がもうあんまりねぇ。おまけに味噌も塩もだ。そんな状況見かねてあの『銀髪野郎』がこさえてきたモンをおめぇ一人で平らげやがって。……おめぇはあの巫女を『飢えさせる』気か?」
すぱこんっ!
ここで萃香の眉間に左チョップをかます魔理沙。
景気の良い響きとともにそれをまともにくらった萃香は、「うぎゃあ」と眉間を抑えて縁側をゴロゴロ転がり廻る。
「そもそもそんなふうになったのは、萃香、おまえのせいなのぜ。おまえの起こした『三日おきの百鬼夜行』、三日おきの宴会が延々と催されるたんびにこの神社の蔵ン中の食糧が『減ってった』のは、一体誰のせいなのぜ?その異変起こした『元凶』、他ならぬおまえのせいなのぜ?」
「う、うぐ、そ、それは……」
「『仕方なかった』ってか?それこそそういう問題じゃないのぜ。それにおまえがここの『台所番』になったのは、『枯渇寸前』の蔵事情目の当たりにしてブチ切れたあいつが『夢想封印』でおまえをぶっ飛ばしたついでに『始末する代わり』に、あいつなりに考えて与えた『相応の罰』だからだろ?」
「う、うぅぅ……(じわぁ)」
ひどく辛辣ながらも図星を差され、これ以上なにも言い返すこともできなくなった萃香は、たまらずここで涙腺を緩ませる。そんな萃香を突き放したように魔理沙は「へっ」と腕組みをしながらふんぞり返る。
「それに『あたしのもんはあたしのもん』、『あいつのもんはあたしのもん』。ついでに『あいつもあたしのもん』なのぜ」
「は?……おめぇ、あの博麗の巫女とは一体、どういう関係なんだ?」
「あー?あいつとは『幼馴染み』なのぜ。それも、ハナタレのガキンチョのころからのな?」
「へ、ぇ、ええっ!?」
この流れからの盛大なるカミングアウトに、グズグズ涙交じりになってた萃香はたまらず驚愕する。
「ふふ、どうだ、恐れ入ったか」とどこか得意げなドヤ顔の魔理沙。しかしそのドヤ顔も、すぐに深い溜息へと変わる。
「……そのあいつが出てってどんくらい経つ?もうとっくに『丑三つ時』も過ぎてんのに、あいつはなんで『まだ』戻ってこないのぜ?」
「お、おう、そうだったな。『あの』博麗の巫女なら、『小一時間程度』で戻って来ると思ってたんだが」
日没とほぼ同時にここを発った博麗の巫女。
その巫女は、この時間になっても「まだ」戻ってこない。
そもそもその内容もややこしい異変絡みの案件ではなく、「行方不明の女童の捜索及び保護」といった、解決するには容易いものであるはずなのだが。その女童が行方不明になった現場事情を鑑みては、「やはり一人で行かせるのはマズかったか」と魔理沙はあの時あの博麗の巫女が一人で行こうとしたのを止めきれなかったのを、今更ながらにして悔やむ。
「あたしも迂闊だったのぜ。もうそれを嘆いても今更どうしようもねえが。……けど、この神社、こうも『災難続き』じゃ『貧乏神』のついでに『疫病神』でも憑いてんじゃねぇのかな」
「ま、まさか?そんなんだったら、あたいの起こしたのよりもよっぽどタチの悪い『異変』になっちまうだろ?」
頭の後ろで両手を組みつつ、嘆息交じりのついでに漏れた魔理沙の呟きに「そんなわけないだろ」とツッコむ萃香。
そのタイミングで。
「へーっちょっ」
「へくしっ」
どこからともなく聞こえた二つのなんとも間の抜けた「くしゃみ」を前に、魔法使いと鬼は「は!?」と慌てて周りを見渡す。
が、当然ながら周りにはこの面子しかいない。
「な、なぁ、萃香?確かに誰かがくしゃみしたのぜ?……しかもふたつ??」
「お、おう、な、なんだろうな。『空耳』かもしれねえが」
そこからのあまりにも白々しい静寂を前に、二人は思わず互いの顔を見合わせる。
「まさか、だよな?」「気のせいだろ」「それもそうなのぜ」と、狼狽えながらもとりあえず無理矢理納得しがてら話題を元に戻す。
「そういや、霖之助はどうしたのぜ?」
「……ああ、あいつか?今頃になって本殿で寝こけてる『妖怪ババァ』を起こしに行ったよ」
「そうなのぜ?もうこうなったら、最後にアテになるのは、『どこにでも行ける』あいつしかいないか」
それから二人はなんとはなしに本殿の方を眺めるのだった。
そのころ。
「ねぇ、聞いてくださいよ紫さんっ。うちんとこの『バカ部下』ったら、『仕事そっちのけ』で花札、博打はあたりまえ。挙句の果てには麻雀なんぞにまで手を出して?しかもここ最近は『旧都』に新しくできた雀荘とやらに入り浸って鬼たちと牌を並べるありさまでっ。それを見かねて注意しに行ってもですねぇ?あやつは私を舐めてんのでしょうか?どんなにくどくど言っても『ツモ』だの『リーチ』だのぬかしやがって、ちっともこっちの話を聞いてもくれやしないんですよっ」
「……あらあら、それは大変ねぇ?」
「そりゃ、この『見てくれ』ですから舐められるのもまあ仕方ないかな、とは思いますがっ。ま、まぁ、私の『先代』はそれこそ『地獄絵巻』に描かれてる『閻魔大王』そのままの様相のお方でしたから、私なんかよりはるかに威厳も風格もお持ちでしたし?それを差し引いてもあやつめ、私の代になってから『露骨に』仕事をサボるようになって、おまけに『花映塚』の折には、そのサボリ癖が高じて『三途の川』を渡れなくなった魂が溢れに溢れまくって?あの『白玉楼の庭師』が昼夜問わず不眠不休で東奔西走しなければ、それこそ収拾がつかなくなる事態でしたから!」
「ああ、はいはい、そうねぇ、それも災難だったわねぇ?」
「とにかくっ、あやつ、本当にどうにもならないくらいの『ゴクツブシ』なんですよっ。先代から受け継いだ部下とはいえ、こうまで真面目に仕事をしない不忠の輩は、やっぱりさっさとクビにした方がよろしいのでしょうか?ね、そのあたりどう思われます、紫さん?」
「う、うん、そうねぇ?でも、映姫(えいき)ちゃん、その話を聞くのももうこれで百回目ぐらいかしら?……あ、どうもぉ、霖之助さん」
「あ、ああ、紫さん、起きてたんだね?それと、そちらの方は?」
それまで真っ暗だった本殿が『いつの間にか』灯りが灯ってるのを不審に思った霖之助は、障子戸を開けたままの体勢でその中の様相に呆気に取られ、そこにいた紫に声をかけられるまで一言も発せられずに立ち尽くしていた。
燭台がもたらす頼りない灯りに照らされる本殿内、宴席のときはそこが会場にもなったりもするその場の中央に座する、どことなくやつれきった風体の紫。そんなぐったりモードの紫に赤ら顔でしつこくくどくどと泣きつく、紅白リボンのついた厳かなる帽子を被った緑髪の少女。そして二人の周りに転がる、それなりの数の空の徳利。蝋燭の減り具合から、霖之助がここに来る以前から長いことこんな状況が続いていたことが容易に伺い知れる。
霖之助は初めて目の当たりにするこの少女を前に、「紫さんの娘さんかな?」「それともお孫さんかな?」と眼鏡のズレを直しつつ考え込んでしまう。
「ああ、紹介するわ。この方は『四季映姫(しき・えいき)・ヤマザナドゥ』さまよ。ちなみに『四季』が苗字、『映姫』が名前、『ヤマザナドゥ』はお役職名ね。こんな見目のお方ですけれど、れっきとした「是非曲直庁」のお偉いさまよ」
「おっと、これは失礼、『閻魔様』。生きながらにしてこうしてお初にお目にかかれるとはまことに恐縮であります。小生は『香霖堂』で商いをしております、森近霖之助と申します。以後、お見知りおきを」
「……ああ、あなたが森近霖之助さんですね。紫さんから『とてもご親切な商いさん』がいらっしゃると伺っておりますが、あなたさまのことでしたか」
「ヤマザナドゥ」という役職名を聞いて即座にこの少女の身分を察した霖之助は、慌てて障子戸を閉めて二人の前に座すると、恭しくその少女に向かって頭を下げる。そんなふうに畏まる霖之助を、映姫は「今は『非番』ですので、どうぞお気楽に」とやんわりと告げる。とはいえ、映姫も映姫で初めて目の当たりにする『異性』を前に、さっきまでの喚きようはどこへやら、どこか気恥ずかしそうにこっそりと紫の陰に隠れて顔だけをひょっこり出している状況なのだが。
「それにしても閻魔様はいつごろからここに居られたのです?外からお見えになられた気配はなかったように感じられるのですが」
「ああ、それはわたしが代わりに答えるわ。文字通り『夢枕に立たれた』のよ」
霖之助の素朴な疑問に答える紫。「おかげで生きた心地がしなかったわ」と微苦笑交じりにぼやいたりもしてみせる。
なるほど、それは確かに、と紫のぼやきに至極もっともなことだと納得する霖之助。
「それにしても紫さんはいろいろと顔が広いんだね。まさか閻魔様までお知り合いとは」
「あはは、そ、そうね。それも先代さまとのご縁からかしらね。その先代さまも、このご当代さまに職務を譲ってからは、現役のころの強面の鬼のような形相はどこへやら、仏さまのようにまあるくなって、今では『ご隠居』として『白玉楼』のご厄介になられてるそうよ?」
そこまで説明した後で、霖之助が今更ながらにここに来た理由を察した紫は、静かに目を細める。
「まだあの子は戻ってないのね。……そう、なら、行くしかないか」
そう独り言ちながらさりげに壁に据えられた柱時計で現在時刻を把握し、そろりと立ち上がるが、曲がりなりにも恐れ多い閻魔様を前にして長時間硬い床の上に座布団も敷かずに正座をしていたせいで両足を痺れに痺れさせて、「おっとっと」と思わずよろめきそうになる。それを見た店主と閻魔様は慌てて彼女を横合いから抱き支えにかかる。
「ああ、もう、なんだかわたしまでお説教くらってるような気分だわ。でも悪いけど映姫ちゃん、わたしたちは今、とても立て込んでるのよ。あなたがこうやってたまりかねてわたしの方に相談しに来るのは別にかまいやしないけれど、何かあるたびにすぐにわたしに泣きつくようじゃ、あなたもまだまだね。あなたもれっきとした閻魔さまなら、先代さまのようにとはいかないまでも、そんな『不逞の部下ぐらい』ビシっと矯正してやりなさいな?」
「あなたの持ってる『悔悟の棒』はそのためにあるのでしょ?」と紫は小さく笑いながら映姫の手に持ってるそれを指し示す。
それから霖之助の方を向いてから「じゃあ、行って来るわね」と告げ、二人に背を向けて「次元のスキマ」を展開していく。
(しかし今、このタイミングで間に合うのかしらねぇ。まあ、あの子のことだから大丈夫だとは思うのだけど)
次元のスキマを閉め、そんな懸念を今更ながらに抱きつつ「彼方」へと赴く。
そこから抜け出た先、待ち受けるモノは、果たして。
それは紫本人すら、まるで分からない未知の領域であった。