東方二次創作劇場「月と太陽」 - 月の章 - 作:俄かさん。
この世界には「二つの地獄」が存在する。
そのうちの一つである「新地獄」に構える「是非曲直庁」。
ここは、「昼夜二交代制」で死後の人間や妖怪の魂を裁きにかける、いわゆる「裁判所」。
その裁判所にやたらと大柄な女一人に担がれ、「罪人(とがびと)」として連行されてきたのは、あろうことか「あの娘」。
「ちょっ、『勇儀』っ、マジ勘弁して!!」
「悪いなきょうだい、さしもの俺も閻魔サマに凄まれりゃ、言う事を聞かざるを得ないんでな」
簀巻きにされてじたばたと肩の上で暴れる小町を前に、咥えた煙管を揺らしながら勇儀と呼ばれた女は困ったように笑う。
その容姿、豪奢な揚羽蝶模様の金糸の刺繍を拵えた漆黒の着物を着崩し、大胆にもたわわな胸を誇示するかのようにその襟元は大きく開けられ、また金色の長い髪は頭の後ろで結い上げ、その額からは一本の赤い角が突き出ている。
それまさしく、「鬼」そのもの。
その名を「星熊勇儀(ほしくま・ゆうぎ)」。
新地獄とは対をなす「旧地獄(旧都)」の住人にして「雀荘」の管理人。
そしていうまでもなく、この「ゴクツブシ」の死神を「雀沼」に引きずり込んだ「張本人」。
そんな「雀鬼」はこの裁判所を管理する閻魔の命令で、自分の店に今の今までたむろしていたゴクツブシをここまで連れてきた次第。
「小野塚小町を『至急』連行せよ。さもなくば店舗取り壊しの上廃業処分に処す」
「念話」越しとはいえ凄まじい圧の伴った閻魔の恫喝を思い起こし、ヒクっと勇儀は顔をひきつかせる。
「離せこの裏切り者!」「鬼!悪魔!」と左肩の上でさながら蓑虫のように身を捩らせ往生際悪く暴れる小町をそのままに、右手で重厚なる門を押し開く。
その門を抜けた先にある恐ろしいほどに荘厳なる「審判の間」において、その「小さな」閻魔は「デカすぎる」玉座の上に仁王立ちし、やってきた二人に冷辣な目線を浴びせるのだ。
その閻魔は、まぎれもなく。
「こいつァどうも閻魔サマ。うちんとこのきょうだいが『また』何やらかしたかは知らねぇが、きっちり連れてきやしたよ?」
その閻魔が言を発する前に勇儀は担いでいた小町を荷物のようにぞんざいに下ろして、独楽を回すように勢いよく縄を解き放つ。
景気のいい「大回転」でグルグルと目を回した小町は、「はらほれひれはれ」とぐったりとその場にへたり込む。
「じゃ、俺ァ、これで」
「……待ちなさい。あなたには『今回の沙汰』の立会人としてここに残ってもらいます」
死神を解放するなりさっさと踵を返して帰ろうとしたその雀鬼を、有無を言わさず閻魔はその場に繫ぎ止める。
これにはさしもの雀鬼もげんなりと肩を落としながらも従うしかない。
「あ、どうもぉ、映姫さま。今は『非番』じゃなかったんですか?」
「ええ、非番ですよ。ですが、非番にも関わらずこの場に戻らざるを得なくなったこの状況の原因が何なのか、察しがつきますね?」
軽い酩酊状態から回復した小町を、映姫はどこか赤ら顔で玉座の上から飛び降りがてらツカツカと傍らへと歩み寄る。
「うわ、酔ってるよこの上司」とドン引きする小町。酒の入った閻魔ほど、厄介なのは存在しない。
「本来ならば頭の悪い貴方でも分かりやすいように、『浄玻璃の鏡』で貴方の悪行を逐一投影して説明してやるところですが、さすがに今回に限ってはそんな悠長なことはしていられません」
ピシッと「悔悟の棒」で自分の手を叩いてから、懐中から「携帯『念』話」なる黒塗りの「折り畳み式携帯」を取り出し、有無を言わさぬ素振りで小町の眼前へと突きつける映姫。
「 携 帯 念 話 」 。
それはあの「花映塚の異変」において、あまりの規模の広さに本部と現場との連携が嚙み合わず、常に後手に回ざるを得なかった反省を活かして映姫自ら立ち上げた「業務用通信ネットワーク端末」である。
これを所有しているのは、業務関係者と映姫自らその所有を認めた「一部の例外」のみ。ちなみに小町はこの携帯をカラフルなビーズで敷き詰めて「デコケー」に仕立て上げていたりする。
映姫は携帯を開き、小町を睨んだまま「5963」とボタンをプッシュする。
「こちらは『地獄通信局・留守番念話サービス』です。お預かりしているメッセージが一件あります(ピッ)」
「お預かりしている最新のメッセージを再生します。9月26日水曜日、午前2時40分」
「9月26日水曜日、午前2時40分」。
スピーカー越しに聞こえるその日付と時刻に小町は「さあっ」と顔を青くさせる。
それは、まさしく言うまでもなく。
続いて再生されるメッセージはそんな小町がもっとも恐れる内容そのものであった。
再生された音声はまさに切羽詰まったその状況を生々しくド直球で知らしめるそれ。
「助けて映姫さま!わたしの妖夢ちゃんがっ!妖夢ちゃんのタマシイがッ!!アホ死神に盗られちゃったぁあああっ!!!!」
うわっ、「あの」ババァ、チクリやがったのかと小町はヒクッヒクッと顔を何度もひきつかせる。
そんな小町の様子を横目で見やり、「こいつ、やっちまったなァ」と頭を抱える勇儀。
このタイミングで、「同日の午前4時」を告げる「時報」がゴォオオンと厳かに響き渡る。
「さすがの私も現場に即急行することは適いませんでしたが、貴方に問います。『魂魄妖夢』の魂をどうしましたか?」
「そ、それは、あのババァ、もとい、白玉楼の主があまりにしつこく食い下がってくるもんだから、仕方なくちゃんと返して元に戻しましたよ」
鳴り響く時報を背に携帯を切って懐に仕舞い込みながら、映姫は淡々とした口調で小町に問いかける。
小町は狼狽えながらも、ありのままに正直に告げる。
なにせ、この閻魔には「ありとあらゆる嘘がまるで通じない」。
シラを切ったところでごまかしきれるほどの相手ではないことは間違いない。
その回答を受け、「ならばよろしい」とそっぽを向く映姫。そんな映姫の様子に「助かった」と小町はほっと胸を撫で下ろすが。
「 そ れ で 済 ん だ と で も 思 っ た の か 。 こ の 愚 か 者 め 」
ビリビリビリッ。
その小さな身体から発せられたとは到底思えぬほどの凄まじい「言圧」が、二人のみならずこの審判の間すらさながら地震のように大きく震わせる。
その圧を前に勇儀は圧倒され、そして小町はあやうく「漏らしそうになる」。
「貴方の管轄は『三途の川』。所轄外での業務遂行は禁止事項である『職務違反行為』に抵触します。そうでなくともよりにもよって『まだ死なれては困る』白玉楼の庭師を軽々しくも貴方は」
「 た だ で 済 む と 思 う な 」
罪人を裁く際に発動される、映姫固有の「白黒をつける程度の能力」。
普段は前髪で隠している「断罪の左目」を青白い炎で揺らしながら、部下である小町をも厳正に「断罪せしめる」。そうしてくいっと顎先を奥で控えている「モブ鬼」どもに合図し、何やらゴロゴロと車輪のついた「けったいなモノ」を運んで来させる。
「え、映姫さま。コレはなんでしょうかぁ?」
「見ての通りの『三角木馬』です。それ以外の何がありますか、このたわけ」
なんとも禍々しい「拷問具」を前に、恐々と上司に尋ねる部下。
そんな部下の問いかけに上司は憮然とした顔で答える。
「いくら私でも『体罰』は好みません。が、規定に基づき貴方を早々に『解雇』してしまっては、先代さまの面目を潰しかねません。これまでにもことあるごとに、私は何度も何度も貴方に注意してきましたよね。なのに貴方はちっとも改心するどころかろくに話すら聞いてもくれない。口で言っても聞かないそんな愚か者は、それこそ『家畜のように』その身体にきっちりと躾けてやらねばなりません」
どこか哀愁の籠った嘆息まじりに映姫はそこまで告げると、ジロっと勇儀へと一瞥を投げかける。
「あァ、そういうことか」とその仕草でそれとなく察した勇儀は、ひょいっと小町の襟首を掴んで持ち上げ「離せ離せ」と暴れるのも構わず、三角木馬の上にうつ伏せに押し付けたついでに、逃げられないようにガチャガチャと手枷足枷を嵌め込んでいく。
そのあまりの食い込みように、「うぇっ」と小町は思わず情けない声を上げてしまう。
「『罪人』小野塚小町。人間の煩悩の数になぞらえ汝を『尻叩き百八回の刑』に処す」
「えっ、マジで!?」
「……あァ、ちょっと待ってください」
その刑名を聞いて愕然とする小町。それを横目に勇儀はひらひらと手を挙げ異議を唱える。
これはもしかして助かるかも?とその思わぬ助け舟に淡い期待を寄せる小町だが。
「いくらなんでも今から百八回ってのは無理があるんじゃないですかね、そんなの地でやったら朝になっちまいますよ。確か閻魔さま、今週は『昼番』でしたよね?」
「なるほど、たしかに。……では」
「 音 速 の 十 倍 に よ る 尻 叩 き 百 八 回 の 刑 」
悔悟の棒にそう刑名をしたためる映姫。
そして躊躇いもなく振り上げるそれ。
「うっぎゃあああああっ!!」
そうして、間抜けな死神の絶叫が果てしなく響き渡るのだった……。