東方二次創作劇場「月と太陽」 - 月の章 - 作:俄かさん。
頑なに締め切られた是非曲直庁、「審判の門」。
まだ開門時間前だというのに、そこには早くも数多の魂が集まり始めていた。
三途の川を渡ると同時に生前に犯した業をも背負い込んだ彼らは、そこで等しく閻魔の裁きを受ける。
しかし、そこにはあの「博麗の巫女」の魂は見受けられない。
深い深い闇の中で、「あの」鬼の二の腕が伸びていた。
その腕からは逃げることはままならず、博麗の巫女はそのまま首を絞められる。
それを振りほどくことさえもできずに、苦しみ悶える巫女の眼前に大きく開いた血塗れの咢が迫る。
そして、巫女は。
「!!」
「……あら、気付いたのね」
跳ね起きる霊夢の傍ら、柔らかな声が響く。
その声色は、聞き慣れた「スキマ妖怪」のものではない。
そしてその、声の主は。
「輝夜」
「久しぶりね、霊夢ちゃん。大丈夫、まだ寝ていていいのよ。『ご所望の薬』が出来上がるのには、もう少し時間がかかるから」
「くす、り?……じゃあ、ここは?」
「言うまでもなく『永遠亭』よ。もっと正確に言えば、その離れにある『薬局』だけど」
ガス燈の灯るこぢんまりとした薬局の待合室内。
「輝夜」と呼ばれた女性は、ベンチに腰かけたまま長い黒髪を揺らし、そっと霊夢の頭を膝の上へと寝かせていく。
その服装は「あのとき」の十二単を思わせるような着物ではなく、白の半袖のTシャツに黒のスラックスといったかなりラフなものではあったが、その風貌とその声から、あの「蓬莱山輝夜(ほうらいさん・かぐや)」本人であることは間違いない。
しばらく呆けたように彼女の顔を見上げていた霊夢だったが、薬草を擦り潰す音に気付き、顔だけを上げてその音がする方へと目線を投げかけていく。
「永琳?」
「話しかけないで頂戴。気が散るわ」
カウンターを隔てた向こう、薬房で製薬に勤しむマスク姿の薬師「八意永琳(やごころ・えいりん)」は、声をかけた霊夢に目を向けることなく棘のある声色で冷たく突き放す。その言圧に圧され、小さく双眸を震わせる霊夢の頭を輝夜は優しく撫でやる。
「それにしても『らしくない』わね。あんな『小物一匹』相手に手こずって?あの三人が駆け付けなかったら、今頃あなたは『あの世行き』よ。……おまけにその『傷』、せっかくの可愛い顔が『台無し』じゃない」
「三人?傷?」
輝夜の指摘に戸惑うように霊夢は左頬へと軽く手を当てる。じわりと染みる薬液。その感触からその患部にはしっかりと処置が施されているのが容易に把握できた。それから、離れたところにいる実に「個性豊か」な三人の姿を視界に収めていく。
ベンチに仰向けになりながら「きゃっきゃっ」とはしゃぐ「幸せの地兎」、「因幡てゐ(いなば・てい)」。
その少女に馬乗りになって、まるで子犬のようにふさふさの尻尾を振りたくりながらじゃれつく「幼女な獣人」、「上白沢慧音(かみしらさわ・けいね)」。
そんな二人に背を向けるように「死んだように」横向きに眠る「不死身の不良少女」、「藤原妹紅(ふじわら・もこう)」。
ここいる面々はすべからく、かつての「永夜異変」において、霊夢たちとやり合った「つわものども」。
が、よくよくそれほど広くもない待合室内を見渡してみれば、明らかに「一人足りない」事実に行きつく。
「……あれ、あの『赤眼の月兎』は?名前長ったらしくて覚えていないけど」
「ああ、『うどんちゃん』ね。そういえばどうしたのかしら?」
「アイツなら、『屋根の上に寝転がって不貞腐れてる』よ。博麗の巫女が来てるのになんで白玉楼の庭師が来ていないんだって、ぷんぷんしてる。『ひまじん』の博麗の巫女はともかくぅ、白玉楼の庭師は『とっても忙しい』から、そうめったやたらと出て来れるわけないのにねぇ」
霊夢の指摘を受け、首を傾げる輝夜。それに割り込むようなかたちで、てゐは慧音と遊びながら説明する。
それから思い出したように、てゐは深い深いため息をつくのだ。
「それにしてもニンゲンってバカだよねぇ。ここは前と比べてずいぶんと『物騒になっている』のに、のこのこ入って来ちゃってさぁ?わざわざひらがなで『たちいりきんし』って看板、竹林の入り口に立ててあげても、平気でそれすら『壊して』でも入って来ちゃうんだから」
あいつら、字も読めないのかな?とぼやいたところで、てゐは目を細めて非難めいた眼差しを博麗の巫女へと浴びせる。
「それもこれも、おまえがしっかりしていないせいだ」、そう言葉に直接出さずとも、可愛い顔をしたその裏側で決して穏やかではないその心象を何も言えないその巫女へとしっかりと知らしめるのだ。
「てゐ、わたし」
「……いいんだよ、何もかももう、『いまさら』なんだから」
それでもなんとか声を絞り出すように言葉をかけようとする霊夢を、遮るようにてゐはそう告げてそっぽを向いてしまう。
それからまた、ため息をつく。
「『蓬莱の薬』目当てでやって来るならさ、まだわかるよ。『死にたくない』『生きたい』ってなら、ふーん、そうなんだってこのボクでも納得できるよ。なにせ、ニンゲンは『か弱いイキモノ』だし、『治らない病気』にかかったら、『すぐに死んじゃう』しね。……だけどさぁ、わざわざこんなところに来てさぁ、『せっかく生まれてきたのに死にに来るやつ』とか、『せっかく産んだのに育てられないからって捨てに来るやつ』とかいてさ、そんなやつら、ほんとにバカなんだなぁって思うよ。そんなんだったら、さいしょっから『生まれて来なけりゃいいし、産まなけりゃいい』のに」
その胸に溜め込んでいたモノを一気に吐き出すようにてゐはそこまで語り終えると、思い出したように「よしよし」と慧音の頭を撫でる。「わりと小柄」な分類に入るてゐとそれほど変わらぬ大きさの慧音は、嬉しそうにぺろぺろとてゐの顔を舐めたくる。
「でも、けいねはそんなバカなニンゲンを『正しく導くんだ』って、『センセイ』やってるんだもんね。けいね、えらい!」
「がうっ♪けいね、えらい、けいね、えらいっ!」
てゐに褒められた慧音は、心底嬉しそうに諸手を上げてはしゃいでみせる。
そんな二人のやりとりを静かに霊夢が見ていると。
「終わったわよ」
製薬を終え包装まで施し、永琳はマスクを外しがてらカウンター越しに一同へと声をかける。
その声を聞いて、軽い眩暈を感じつつも霊夢は起き上がって改めて永琳の方へと向き直る。
「ありがとう、永琳。……でも、わたし、お金なんて」
「貴女が素寒貧なのは知ってるわよ。どうせ貴女を逆さに吊るし上げたところで小銭一枚すら落ちてこないだろうしね。……お代は『あの娘』から貰ったわよ。お金じゃないけど、今回はそれで『勘弁してあげる』わ。それに今回の処方は『前のお客に使ったあまりもの』を使ったしね。おかげで製薬自体、それほど手間もかからなかったわ」
「?……前の、お客?」
「顧客の個人情報を赤の他人にわざわざ口にする必要なんてないでしょう。コレを持ってその娘を連れてさっさと帰りなさい」
「正直、貴女が絡むと迷惑なのよ」とまるでゴミでも投げ捨てるように永琳は、その薬を霊夢の方へと放り投げる。
それを慌てて受け止める霊夢。そうして、今の今まで「気付きもしなかった」あの女童の小さな背中へと視線を向ける。
ここにたむろする『人外ども』。そんな彼らから遠ざかるように背を向けて、出入り口近くのベンチの片隅で独りぽつんと座る少女。
「……ハナちゃん」
そんなに間が空いていたわけでもないのに、その少女と自分との心の距離は途方もなく遠ざかっていってしまったようにも思われる。
もうあのころのようにあの茶店で仲睦まじく心を通い合わせることさえもできないだろう。
そんな途方もなく深い失望に沈むほど、今の霊夢は心身ともに「疲弊しきっていた」。
「分かった。ハナちゃんを連れて『歩いて帰るわ』。ちゃんと帰れるか不安だけど。ありがとうね、永琳、輝夜、みんな」
「歩いて帰らなくてもいいわよ。ちゃんと『お迎えも来てる』しね」
そっと薬を懐中に仕舞い込み、やおら立ち上がっては一同に対して深く頭を下げる霊夢。
そのまま何も言わず顔さえも見ようとしない女童を連れて外へと出ようとしたところで、輝夜にそう声かけられる。
「紫」
なんとはなしに見遣った出入口、ひょっこりと外から顔を見せたスキマ妖怪はどこか赤ら顔で「ひらひら」と手を軽く振ってのける。
またこいつ飲んでたのかと頭を抱えたくもなるが、彼女の存在は途方もなくありがたい。
「みんな世話になったわね。それじゃ、わたしたち行くわね」
「待ちなさい、紫」
「よしよし」と幼子をあやすように霊夢の頭を撫でてから、「次元のスキマ」を展開し、三人揃って帰還しようとする紫を薬房から出てきた永琳が呼び止める。その顔はどう見ても「かなり怒ってる」。
「あらぁ、永琳『ちゃん』。何か用かしら?」
「何が永琳ちゃんよ。胸くそ悪い。それよりも、貴女。……また『くすねた』わね?」
「(どきっ)え、くすねたって、何を、かしら?」
「すっとぼけないで?銘酒・大吟醸『月見里』。それも一升瓶まるまる一本。あれ、高かったんだから。って、なんでうちんとこにそれがあるの知ってたわけ?」
「そ、それは、『あのとき』に、ぐーぜん、見つけて。あ、そ、それよりもなんで犯人がわたしだってわかったの?」
「そりゃ誰にも知られることなく堂々とやってのけるのは、貴女しかいないからよ、このコソドロ。この際だからしっかり聞いておくわ。このオトシマエはどうつけるつもり?」
「だ、だってだって、今日びに限っていきなり『大事なお客さま』が見えたからっ。それにうちの神社、なんにもないしぃ」
「それこそ別にうちじゃなくてもいいでしょう?その貧乏神社にないんだったら、自分の屋敷から取り寄せなさいっ」
「ひぃっ!に、逃げるわよ、霊夢ちゃん!」
唐突に始まった年増女どもの壮絶な「痴話けんか」。そのあまりの内容に、さしもの霊夢もドン引きせざるを得ない。
そんな博麗の巫女と女童を道連れに、スキマ妖怪は尚もしつこく食い下がる薬師を振り払うように「彼方」へと消えていく。
「ったくもう、あの女狐。こんど遭ったらそれこそ承知しないからっ」
「まあまあ、いいじゃないの、それくらい?……それよりも、見て?だいぶ沈みかけちゃってるけど」
「月がきれいよ」
捕まえそこなったスキマ妖怪を忌々しく思う永琳に、外に出てきた輝夜が「ほら」とほんの少しばかり白み始めた夜空を指さす。
その言葉を聞いて、永琳もまた「望月」を見上げる。
それは、かつて永琳自身が創り上げた「いつわりの望月」ではなく、「ほんものの望月」。
それを眺めると心持ち不安にもなるが、それでも素直にきれいだと感じるのだった。
その屋根の上で。
「月兎の少女」、「鈴仙・優曇華院・イナバ(れいせん・うどんげいん・いなば)」は、そんな眼下の喧騒に目を向けることなく、心持ち固くなった月見団子を肴に、月見里を瓶ごと煽って一人ヤケ飲みに没頭するのだ。
そんな彼女が「あのとき」に自分を打ち負かした「白玉楼の庭師」と再戦を果たすのは、きっと近い将来のことかもしれない。