東方二次創作劇場「月と太陽」 - 月の章 - 作:俄かさん。
長い長い夜が明けた。
ここは人里、まだ陽が昇って間もない時間帯。
「餡蜜堂」なる店舗前のベンチに腰掛け、緩やかに腕を組みながらうつらうつらと「守矢の風祝(かぜはふり)」は舟を漕いでいた。
しかしそれも近づいてくる複数の足音に気付くや、閉じていた双眸を開きゆっくりと立ち上がって目線をそちらへと向けていく。
そんな彼女の存在に気付き、足を止める「博麗神社」の関係者三人とそのうちの博麗の巫女に手を引かれる女童。
「おかえりなさいませ。……意外と遅かったんですのね」
眠たげに目をこすりつつもどこかくたびれた感じの面々を見渡しがてら、ふんわりと風祝は微笑んでみせる。
その少女をはじめて目の当たりにした魔理沙と霖之助は怪訝そうに互いの顔を見合わせる。
ただ、霊夢だけは「違っていた」。
「なあ、霖之助、誰なのぜ、コイツ?」
「いや、初めて見かける子だね。霊夢はこの子、知ってるのかい?」
霖之助の問いかけに何も返さないまま、霊夢は一歩前に進んで彼女に対して何かしら声をかけようとした瞬間。
ガラガラと軋んだ音を立てながら店舗内から姿を見せる寝間着姿の男女。
その二人の姿を見るなり女童は繋がれていた霊夢の手を振り払い、一目散に二人のもとへと駆け出す。
「おかあさん、おとうさんっ!」
「ハナ」
「よく無事で」
そこで演出される家族三人感動の再会のワンシーン。普通ならお涙頂戴の名場面ではあるが、あからさまに何かがおかしい。
危篤のはずであったハナの母親は、今の今まで寝込んでいた病人とは思えぬほどふらつくこともさえなく健人さながらに普通に立ち、泣きじゃくる愛娘を優しく抱きしめている。それを目の当たりにして何かを察した霊夢は、また風祝に声をかけようとした。
しかし、それを風祝は許さない。
「これでお分かりいただけましたでしょうか。『博麗の巫女』は民草の人心惑わし良からぬ災厄を齎す『疫病神』であると」
よく澄んだ通る声で周りに知らしめるように響き渡る風祝のその言葉。
それは言うまでもなく、博麗の巫女そのものに対しての「否定」。
そしてそれは同時にこれまで彼女がしてきた行いすら、「断罪せしめる」ほどの重みをはらんでいた。
「っ、おい、てめえっ!霊夢になんてこと言いやがる!!」
「やめて、魔理沙!」
その言葉に激怒した魔理沙は、飛びつきざまに風祝の胸倉を掴んでその愛らしい顔をブン殴ろうとする。
それをとっさに霊夢は背後から魔理沙を抱き締めながら制する。
「魔理沙、いいのよ。彼女のいうことはあながち間違ってもない。こうなったのも、わたしのせいだから。……わたしがいけないのよ」
「れ、霊夢、おまえまでそんなこと」
「あら、随分とご殊勝なことで。この期に及んでようやく『お悟り』でもなさいましたか?」
ふと飛び出た悲嘆めいた霊夢の言葉を聞き、風祝はさも愉しげにころころと笑いながら胸倉を掴む魔理沙の手をまるで汚らわしいモノでも触れるかのように払いのけ、おどけたように軽く首を傾げてみせる。
そしてそんな二人へと背を向けては、携えていた幣の先を口元に添えながらあの親子の方へと向き直る。
「そんな厄病神が仕える『博麗の神』などに一体どれほどのご利益があるのでしょうか?いっそのこと、ご信仰をお改めなさいませ。されば『守矢の神々』は救いを欲する者すべてに等しくその慈愛の御手を差し伸べましょう。信じる者はまさしく救われるのです。……どうぞ、あなたさまがたのご信仰を守矢の神々に」
それは明らかなる改宗命令。いわゆる「鞍替え」を促す言葉。
その言葉を真に受けた親子は、さも疑いもせずにまるでそれが当たり前であるかのように、揃いも揃って守矢の神々の遣いである風祝の前に膝を付けて両手を合わせ恭しく拝んでみせる。そんな「裏切り」を責める術もなく、霊夢は悲しみに濡れた目でそんな親子をただ黙って眺めるしかない。
「……行こうか、霊夢。ほら、魔理沙も」
「ふざけんなよ霖之助!こんなん見せつけられた挙句、尻尾巻いて逃げろってか?」
それまで何も語らず押し黙ったまま、そんな周りの様子をただ一人冷静に見ていた霖之助はここでそっと霊夢の肩を叩いて帰宅を促す。それでも尚も居直ろうとする魔理沙さえも静かに首を横に振ってこれを無言で窘める。
それから三人は踵を返してそのままそこから歩き去ろうとする、その間際。
「ああ、そうでした、『センパイ』」
天高く昇り行く「太陽」を背に、長い緑髪を揺らしながら風祝は改めて博麗の巫女を呼び止める。
その声かけに振り返りもせず、霊夢はただびくっとその足を止める。
「もしあなたさまご自身がこれまでの自らの行いを『非』であるとお悟りになられるのでしたら、どうぞ今宵のうちに『おけじめ』でも」
「おうてめぇ、ふざけんなよっ」
そのあまりにも辛辣すぎる言葉に霊夢以上に過敏に反応した魔理沙は、八重歯を剥き出しにして激昂し振り向きざまに今度こそ本気で風祝を殴ろうと躍りかかる、のをまたしても霖之助と霊夢に止められる。
「ちきしょうっ、なんでだよ離せよ二人ともっ!!」
二人がかりで取り押さえられても尚も魔理沙は激しく暴れ続ける。
そしてその怒りの矛先は親友である博麗の巫女へと必然的に切り替わる。
「やい霊夢っ、おまえはこんな非道いこと言われて悔しくないのかよっ!?いつものおまえならすぐに言い返してただろっ、なんでずっと黙ってんだよっ!どうしてなんだよっ!なんでなんだよっ!!少なくとも、少なくともっ、あたしはっ、あたしはっ!……たまらなく悔しいのぜっ」
風祝めがけ勢いよく振り上げたままの右腕を力なく下ろした魔理沙は、「うわあああ」と感極まってそのまま泣き出してしまう。
そんな親友を前に、霊夢は何も言えず双眸伏せて項垂れるだけ。
その双眸にはもはや一縷の光さえも宿らず、ただ虚ろなる闇がそれを支配せしめるのみだ。
「それでは私はこれでお暇致しますね。寄宿先へのご挨拶もまだですし、早々にそれを済ませなければなりませんので」
そんなまるで取るに足らない「つまらない連中」をひとしきり睥睨した後で、風祝は慇懃な会釈もそこそこに踵を返しては一同を置き去りに「とある屋敷」の方へと歩み始めていくのだった。
「…………」
「如何なさいましたか、紫様」
「ああ、なんでもないわよ。そう、なんでもない。……今は、ね」
そんな人里界隈の様子を、申し訳程度に展開した「次元のスキマ」越しに自身の屋敷内から見ていた紫は、傍らでお酌をする「九尾の式」の怪訝そうな問いかけに淡々とした声色でそう答える。
その九尾の式の膝元には、その式の式である(ややこしい)「二尾の化け猫」が小さく丸まって眠っている。
(そう、今は。……けれど、いずれは)
ほろ酔いになりつつも紫は一人腹を括るのだった。
それから、また時間は流れていく。