東方二次創作劇場「月と太陽」 - 月の章 - 作:俄かさん。
ところ変わって再び「永遠亭」。
かの「永夜の異変」の折にて決戦の舞台となった、その屋敷。
今尚も当時の様相を残す荒れ果てた「枯山水の庭園」。
そこでゆうべの月見団子の「ラストワン」を巡り、骨肉の争いを繰り広げる「月兎の少女」と「地兎の少女」。
そのあまりにも激しい「蹴り合い」を、かつてあの魔法使い二人が座っていた「縁側」に腰下ろしながらぼんやりと眺める「不死身の不良少女」。その不良少女は、時折何かを思い出したかのように双眸を瞬かせては知れず濡れた眦を手の甲で拭っていた。
そんな屋敷の離れにある「薬局」の二階、「蓬莱の薬師」の居室。
早朝にも関わらず未だ頑なに締め切られた雨戸によって薄暗い室内を、事務机に置かれたランプの灯りが頼りなく照らす。
その事務机の前の肘掛けつきの回転椅子に腰かけ、頬杖をつきがてらグラスに注いだ「蒸留酒の水割り」を煽る永琳。
その格好たるや束ねていた三つ編みの髪を下ろし、その身に着けるのも白のワイシャツ一枚に袖を通す「のみ」といったかなり際どいものではあったが、とにもかくもどこからどう見ても「酔いどれ」のありさまで、永琳は片肘で頬杖をつきがてら机の上の「何か」をただじっと眺めていた。
そのとき。
「永琳、起きてる?」
「あら、『輝夜』おはよう?というか、部屋に入るときはちゃんとノックしてねって言ったじゃない」
「したわよ、何回も。永琳が気付かなかっただけ。今日の朝ごはんどうする?って聞きに来たけど、その調子じゃいらなさそうね」
ガチャリと戸を開け隣室から部屋の中へ入って来た、白衣に緋袴姿の輝夜と回転椅子を回してがてら正対する永琳。
そのあまりにもあられもない薬師の格好に、さすがの輝夜も軽く頭を抱えてしまう。
そのタイミングでこれみよがしに足を組み直す永琳も永琳で、かなりあざとい。
「またそんなに吞んじゃって?晩酌どころの騒ぎじゃないじゃない、それに口調が『素に戻ってる』し」
「たまにはいいじゃない。あんたみたいなヒヨッコと比べて私の方が遥かに年上、伊達に『ジュラ紀』のころから生きてないわ」
「またそんな訳の分からない冗談言って?それよりどうするの、朝ごはん?軽めのものならすぐに用意できるけど」
「要らないわ。まぁ、それよりも座んなさい」
呆れ顔の輝夜に構うことなく、ぱんぱんと永琳は傍らの自分のベッドを軽く叩く。
それに促されるまま、渋々といった風情で輝夜はベッドに腰掛ける。
「9月8日はあんたの誕生日だったわね。もう二週間以上も過ぎてるけど、誕生日おめでとう。いくつになったかしら?」
「んー、わたしからすればあんまりおめでたくもないけど、間違ってなければ今年で『1018歳』になったと思う」
「そう、そんなに経つのね。……思えば、あんたの『家庭教師』として私が招かれたのもあんたが10歳のころだっけ?」
「そうね、そうだったわね。それもまた、遠い遠い過去の話だけど」
カランとグラスの中の氷を揺らしながら永琳は輝夜の誕生日を皮切りに、思い出話でも始めるかのような素振りを見せる。
ああ、これはきっとかなり途方もなく長い話になりそうだと覚悟を決めた輝夜は、嘆息交じりにそれに頷く。
かつて「月の都」にてその創生から発展まで大いに貢献した一人の「女科学者」がいた。
その女科学者は時の「月の帝」に一目置かれ、都におけるその地位も身分もその帝に肩を並べるほどまでに厚遇された。
しかしその一方でその女科学者は「狂科学者」としての「裏の顔」をも持ち合わせていた。
「有限なる寿命」を持つモノどもがすべからく最終的にいきつく究極の願望。
それまさしく、「不老不死」。
それを実現すべく「生涯通しての命題」として臨んだ女科学者は、「星の数ほどの犠牲者の命」と引き換えに僅か齢28にして自らを「最終的な実験台」にすることでこれを実現せしめた。それはすなわち、その齢で自らの時間を「止めた」ことを意味していた。
だが、その「不老不死の実現に向けた研究」はいうまでもなく「最大にして最凶の禁忌」。
その禁忌に触れれば例外なく厳重かつ厳格に「処せられる」。そしてその罪は言うまでもなく「死罪」よりも重い。
されどそのすべてが露見し、いざ沙汰を行う際に月の帝が下した裁決は「あまりにも温すぎるモノ」だった。
このとき既に「煮ても焼いても死なない身体」となっていたその女を、帝はこれまでの彼女の都に対する多大なる貢献とその実績を鑑みたうえで、「不老不死の研究に纏わる一切の資料の破棄」と「今後一切はその研究に携わってはならない」ことを条件に「赦した」のだ。
当然女は、表向きはこれを了承したもののそのすべてに「背き」、それを巧みに「隠匿」し続けながら何世代も
帝が代替わりしても尚、「帝の側近」として厚かましくものさばり続けた。
だが、それも予期せぬ形で再び露見することになる。
それもよりにもよって。
「その当時の『月帝の娘』であるあんたを10歳のころから教えてきたのはいいけれど、まああんたはとにかく『優秀』でそれに関しては何もいうことはないわ。ただ『好奇心が異常なまでに強すぎる』のが欠点といえば欠点かしらね」
「そう?知らないことを知らないままにするのはかなり勿体ないことだと思うのだけど?」
「はあ。それこそあんたが優秀だってことの裏返しとは思うけど、日常茶飯事に私の家に来て勝手に家の本とかを読み漁ったりするのはどうかと思うわ。どんなに厳重に鍵かけてても、あんた、平然と『錠前破り』してでも家の中に入って来ちゃうもの」
「それはだって、あなたの家、いろいろ珍しいモノばかりで楽しいもの。珍しい本、珍しい資料、珍しい道具。珍しい薬品。……特に『地下室』の方は、ね」
輝夜の口から「地下室」なる単語が飛び出た途端、永琳は静かに目を細める。・
刹那、部屋の空気がそら恐ろしいほどに凍り付く。それまさしく、永琳から輝夜に向けて容赦なく放たれる「殺気」。
けれど輝夜はそれに怯える素振りもなく、ただ涼し気な面持ちで永琳の顔を悠然と眺める。そのあまりにも図太い態度を前に、先に折れたのは他ならぬ永琳だった。
「……よりもよってなんで『アレ』を飲んじゃったわけ?しかもそろそろ18になるかなろうかというなんとも微妙な時期に?」
「だってあのときはすごく暑くて、おまけに喉も乾いてたから何か飲み物ないかなって、なんとなく棚の方を見ていたら、たまたま『ソレ』があって」
「だからといって『ソレ』は飲み物じゃないわ。って、あんたはそんな他愛のない理由でソレを飲んだわけ?」
ここに来ての盛大なるカミングアウトにさすがの永琳も愕然とならざるを得ない。
家主不在中の「女科学者」の屋敷内。その「封印されし」地下室にて「月の姫君」が飲んでしまったモノは。
「 蓬 莱 の 霊 薬 」 。
それこそその女科学者がその身を以って体現せしめた最終の極致、「不老不死の薬」。
帰宅した女科学者が異変に察知し、血相を変えて地下室に飛び込んできた際には、もはや「手遅れ」だった。
ただただ愕然とする女科学者を前に、その当人である月の姫君は、けろっとした顔で呑気に微笑んでみせるのだった。
こうして、今の今までひた隠しにしていた女科学者の所業は、あろうことかその教え子によって暴露されたのだ。
「……ちょっと空気が悪いわね。窓開けていい?」
「構いやしないわ。好きにすれば?」
一応の確認を取ってから、やおらベッドから立ち上がってがたがたと雨戸を軋ませながら窓を開ける輝夜。
その窓からは、あの庭園と縁側の風景をそれとなく一望することができる。
「ああ、まだあの二人喧嘩してるよ」と今も尚も続く「兎対決」の様相に、輝夜は苦笑いを浮かべる。
そんな輝夜の様子を眺めながら、永琳は思い出したかのようにだいぶ薄くなった残りを、一気に煽る。
それから、はぁ、と深い深いため息をつく。
「あれから何から何までぜんぶバレて身分も家も財産も何もかも没収された上に、あんたと仲良く『刑期千年の星流し』。しかもその執行日がよりにもよって『七夕の夜』とかあの月帝は洒落を利かせたつもりかしらね」
「それもそうね。でもそのおかげで、しっかりと刑期が満了する日も覚えていられたし、それについては感謝しないと?」
「感謝、ねぇ。でもまぁ、『護送船』に乗せられて地上に向けていざ出航ってなったときも、あんたは悲しむどころかニコニコしてたわね」
「だって、普通なら行けるはずのない『別世界』に行けるのよ?そこには果たして何があるのか、どんな風景があってどんな人の営みがあるのか、それを想像するだけで心が躍らないわけがないわ。……ああ、それよりも」
「あの出航の間際、あなたが密かにあの霊薬の『最後の一瓶』を懐にこっそり忍ばせていたのを、わたしはしっかり見ていたわよ」
開かれた窓枠に手をかけて身を乗り出すようにしてから肩越しに振り返り、どこか得意げな顔で輝夜はそう指摘する。
それを耳にした永琳は、チッと忌々し気に舌打ちする。
「ま。それで辿り着いた地上。いざ護送船から出てみれば、その『船倉』にいつの間にか紛れ込んでた『一匹』」
「……『うどんちゃん』ね。どうしてあの子はあんなところで『寝てた』のかしら」
「兎は暗いところの方が安心して眠れるのよ。習性とはいえ、あの兎も兎でどんだけマヌケなんだか」
「でもそのおかげで『楽しい道連れ』ができたじゃない?だからそのあたりについては、うどんちゃんにも感謝しないとね」
そうやってまた改めて窓の外の景色を眺める輝夜。
「あ、うどんちゃん、『また』負けちゃった」と眦を下げて困ったように笑う。
「さてところで、『あの娘』との出会いは、『鶯の啼く都』のころかしら。あんたとあの娘との出会いは、それこそ『昼ドラ』にでもありそうななかなかに『エグいもの』だったけれど」
「……そうね、そのころね」
「あの娘」という単語を受け、眼下の景色を眺めたまま輝夜は軽く双眸を瞬かせる。
永琳は続ける。
「あんたがあの『刑期満了の日』に帰還を拒んだのは、あの娘のことを慮ってのことでしょう」
「さあ、そのあたりのことについては、ご想像にお任せするわ。……それより」
「 」
窓から吹き込む秋風に長い髪を弄ばれるままに、くるりと身体の向きを変えて永琳と正対する輝夜。
さらに彼女の目の前にさも楽し気に指二本を立てがてら何かを告げる。
その言葉を耳にし、ぽかんとした顔をする永琳ではあったが、すぐに弾かれたように大きく笑いだす。
そうしてひとしきり笑い転げた後で思い出したように空のグラスを机に置き、また腕を組み直してみせるのだ。
「……まったく、本当にあんたらしいわ。それこそ私の教え子でもあるのだけど」
その声かけに輝夜は実に嬉しそうににっこりと満面の笑みを浮かべるのだった。
そのころ。
人里界隈にある唯一の教育機関である「寺子屋」。
男女問わず子供たちがその場に集い、ありがたい教師直々の教育を受けるその施設。
あの七夕の夜以降、ふた月ほど「休職」していたその教師は颯爽とその寺子屋の障子戸を開け放つ。
その景気の良い開けっぷりと同時、久方ぶりに現れたその教師の登場に、子供たちは一斉に大歓声を上げる。
「よぅ、ガキども待たせたな。この二か月、ずいぶんと長らく休んで申し訳なかった。だが、もう大丈夫だ。何故なら」
教壇のある上座に立ち、久方ぶりに眺める教え子たちを前に眦を下げ実に申し訳なさそうに今までの不在を詫びる教師。
だが、それも一瞬のこと。暗かったその表情は一転して強気そのものに変わり、その口角すら不敵に吊り上げる。
そうしてこう堂々と声高らかに宣言するのだ。
「 わ た し が き た 」
その宣言を受け、寺子屋はより一層の歓声と拍手に包まれるのであった……。