東方二次創作劇場「月と太陽」 - 月の章 - 作:俄かさん。
「いやァ、ほんっと、いい天気なのぜ。秋晴れってのはこーゆーのいうのかな、知らねーけど?」
とある日の昼下がり、青く澄んだ青空に抱かれるように心地よさげに「霧雨魔理沙(きりさめ・まりさ)」は愛用の箒に跨りいつものようにのんびりと空を飛んでいた。
リボンのついたつば広の黒い三角帽、黒系の服に白いエプロン、こうして箒に跨って空を飛ぶさまは傍目でも「魔法使い」という印象を強烈に与える。実際、彼女は魔法使い。人でありながら類まれなる魔法の才能に秀でた「稀有な」少女でもある。
「に、してもあいつの顔、最近見てねーな。最後に見たの、いつだっけ?人里の茶店で一人呑気に三色団子を『タダ食い』してたのを見かけた以来か。って。あいつ、この魔理沙さまに『立て替えてくれ』ってどーゆー神経してんだよ。もっちろん、断ってブッチしたけどなっ!」
金色の後ろ髪を風に揺らめかせ、なんともなしに漏れた独白。
そんな無意識が作用したのか、それまで当てもなく飛んでただけのその針路が「博麗神社」へと向けられる。
「博麗神社」。
幻想郷の東の端にあるという、少し寂れた感のある神社。
それは幻想郷と外の世界を隔てている「博麗大結界」の境目に位置しているとされ、幻想郷においては最も重要な施設のひとつである。
その神社に住まう巫女である「博麗霊夢(はくれい・れいむ)」とは腐れ縁の関係で、本当に長い付き合いだ。
そんな彼女の必死の懇願を無碍に断りトンズラこいたことへの1ミリ程度の後ろめたさを感じる辺り、曲がりなりにも人の子としての良心の呵責は、傲岸不遜な彼女にもあるというところか。
「に、しても。あそこ、なんか行くたんびに寂れてってんだよな。……大丈夫か?」
そんな些末なことよりも、むしろ意識は普段からあそこに通ってる人間だからこそ感じられる懸念へと傾いた。
博麗神社は人の側からして「近寄りがたい」神社であるという。
その理由、とは。
「おう、ガキども、四の五の喚いてねぇで働け。でねぇと喰っちまうぞ?」
「ひいい、あんまりだー、虐待だー!」
「そーなのだ、虐待なのだ、鬼なのだー!」
「わ、わわ、『チルノちゃん』もそうだけど、『ルーミアちゃん』のそれ、思いっきり地雷だからっ!」
博麗神社の開けた境内、そこにたむろする人外四匹。
妖怪二匹に妖精二匹という、なんとも世紀末を思わせるような異常すぎる組み合わせ。
この博麗神社には何故か人よりもこういった人外の類が多く集まってくる。
故に、人からすれば「(異常に)近寄りがたい神社」と言われているのだ。
「うぜぇ。言われなくてもあたいは『鬼』だ。だからどうした、ああん??」
鬼呼ばわりされた一対の角を持つ少女はその愛らしい容姿からは想像できぬほどの酷くドスの効いた声で、散々喚き散らす個性豊かな「三バカトリオ(うち、一匹はわりとまとも)」を鋭い牙まで剥き出しにして一喝で黙らせる。
「ひ、ひぃいい!!」
こうなれば、トラブルメーカーの「チルノ」、「ルーミア」、それに振り回される「大妖精(だいようせい)」はただただ怯えるしかない。
それほどに彼女らに比べ、この鬼は見かけによらず遥かに格上で、怒らせたら恐ろしいことを知っていた。
「うわーん、なんでアタイたちがこんな目にぃ(ざっ!)」
「そーなのだー(すぱこーん☆)」
そんな阿鼻叫喚の地獄絵図の現場を偶然遥か高みから目撃していた魔理沙は、しばらくそのまま上空を旋回した後で、ふよふよと境内に降り立つ。
「なんだ、『萃香』に『いつものトリオ』か。こんな昼間から何してんだ?」
「あァ?見ての通りの『雑用』だよ。あたいは『洗濯』。チルノ、ルーミアで『薪割り』。大妖精は『境内の掃き掃除』」
そんな人外の集団を前に少しも臆することなく、魔理沙は腰に手を当てつつ呆れたように問いかける。
その問いかけに名を呼びかけられた少女、「伊吹萃香(いぶき・すいか)」は仏頂面で答える。
普段着ているぼろめの服の上に、白い割烹着を着込んで洗濯板でごしごしと洗濯に勤しむさまは、そこはかとないシュールさを感じさせる。
それを前にどうツッコんでいいのか皆目見当つかず、ただただ魔理沙は「お、おう」と納得するしかない、が。
そこで普段彼女にとってあるはずのモノがないことに遅ればせながら、気付く。
「……なぁ、萃香。いつも腰にぶら下げてる『瓢箪』はどうした?」
「没収された。ちょっくら奉納されてたお神酒をちぃっとばかし失敬しただけなのにな、それでド られて今に至るってゆー」
「はーん?で、萃香の言う『ちぃっとばかし』ってのはどんくらいなんだ?」
「お、おう、そ、それは……」
聞けば聞くほど、ボロが出始める萃香。さっきまでの3バカに向けてた威勢のよさはどこへやら。
あまりの萎れ具合に逆に魔理沙は魔理沙で意地の悪い笑みを深めてみせる。
「ま、それはそれ。自業自得ってやつだろ?あの『どんちゃん騒ぎ』を起こしたツケも含めてなァ?」
「うっ、うぐぐっ、痛いとこ突きやがる。けど、お前らも『まんざらじゃなかった』だろ?と、とにかくだ。おかげであたいは『一週間も』断酒状態だ。あたいと酒は切っても切れぬモノなのに、あの巫女はあたいを殺すつもりなのかよぅ!」
しまいには萃香は感極まってあの三バカトリオと同じようにわんわん泣き喚いてしまう。
なんなんだ、この面子。さっきまで浮かべていたはずの意地の悪い笑みはどこへやら、さすがの魔理沙もげんなりとした表情を浮かべる。
「そ、それよりも聞いて欲しいのだー!」
「アタイらも『被害者』なのだー!」
「あ?おまえらはいつものコトだろ?それこそ情状酌量の余地なんてねーし?」
そんななんともアンニュイな雰囲気をぶち壊すように、今の今まで放置されてた薪割り担当のルーミアとチルノが唐突に声を上げる。それをにべもなくバッサリと魔理沙は切り捨てる。
「ち、違うんだよ、魔理沙ちゃん」
そんな無慈悲な魔理沙の反応をみかねて、掃き掃除をしていた大妖精が恐る恐る挙手しがてら異論を挟む。
「わたしたち、霊夢ちゃんの『お見舞い』に来たんだよ。霊夢ちゃん、この一週間ずっと神社の中に引き籠って出てこないの。……びょーきになっちゃったのかなって、心配になって」
「は?あいつ、そんな状況?……ってか、病気ってマジかよ??」
突然のカミングアウトにこれには魔理沙も驚く。
そしてそこでようやく落ち着いた萃香が、肩を落としつつはぁーっと大きなため息をつく。
「あの巫女が病気かどうなのかなんてわからん。そもそもあたいはそんなもんにかからねーしな。ただ大妖精の言う通り、あの巫女は神社の中に一日中引き籠って表には一切出て来やしねぇ。この一週間、ずっとな。」
「はーん?それで萃香は萃香でそのどさくさ紛れに神社のお神酒を樽単位で一切合切すっからかんにして、あいつにド叱られた挙句、くっそ面倒な雑用押し付けられて、その腹いせにたまたま見舞いに来てたこいつらを巻き込んでた訳か?」
「お、おう……」
そこでちぐはぐだったこれまでの事象が漸く合致し、ぽんっと魔理沙は納得したように手を打つ。
そしてそれとは対照的に正論を突かれた萃香はげんなりと肩を落とし力なく項垂れる。
そんな様子に、またしても魔理沙はよからぬ邪悪なアイデアを閃かせる。
項垂れて萎れっぱなしの鬼に、それを見て邪な笑みを浮かべる人。
この場合、果たしてどちらが邪悪なのだろうか。
否、それ以前に本来人に恐れられ忌み嫌われるはずの鬼を、こうも言圧のみで調伏せしめる博麗の巫女も巫女で大概であろう。
なにはともあれ、そんな巫女が病気かなにかの理由でこの一週間、ろくに表に出ず神社の中に引き籠っている。
そう、それはいうなれば「ニート」。
あまりの神社の寂れように耐え兼ねて、ついにその元から捻じ曲がってた性根が腐りきって墜ちるところまで墜ちてしまったか。
彼女自身にとって他愛のない邪悪な閃きが浮かぶ一方で、皆が皆口々に告げる「一週間」というキーワードが妙に魔理沙の中で引っかかり始めた。……まあ、それはそれで、これはこれ、だ。
「で、その病気になったあいつは何処にいるんだ?」
「社務所だよ。本殿にすら出て来ねぇ。『天野岩戸の神サマ』にでもなったつもりなのかねぇ?ま、知らんけど?」
「ほーん、社務所に行けば逢えるんだな?」
「まぁ、そうだ。それよりも、だ」
一言二言交わした後、足早に社務所へ向かおうとする魔理沙を、人差し指一つ立てて呼び止める。
それに怪訝そうな顔をして魔理沙は足を止めて、ゆっくりと振り返る。
「こいつらより一足先にあの巫女に面会しに行った奴がいる。……名前、なんだっけな?こう、眼鏡をかけてひょろっこいナヨナヨっとしたモヤシみてぇな『銀髪頭の野郎』だ。ニンゲンなのかそうでねぇのか、なんとも『微妙な匂い』がしてたな」
「ん?……ああ、『あいつ』か。こいつは貴重な情報をどうも、じゃ、あたしはこれで?」
そこで話を一方的に打ち切り、今度こそ人外どもに背を向けて社務所に向かって歩き出そうとして、また直ぐに止まった。
その口元には、普段通りの邪な笑みが浮かんでいた。
「萃香。お前がこいつら巻き込んで雑用押し付けたコト、あいつにチクるからな」
「ぐっ、そ、それだけは勘弁してくれっ。頼む!後生だ!あの命より大切なモン奪われた上にこれ以上あの巫女に奪われたらそれこそ死んじまう!!」
振り向きざまに唐突にぶちまけられた悪巧みに血相を変えて萃香は魔理沙にくらいつく。
「じゃ、それが嫌ならそいつらをいい加減解放しなよ?そもそも、その雑用はお前が悪さをした報いだろ?だったら関係のねぇ輩まで巻き込むんじゃねぇよ?……言いたいことはそれだけだ。じゃあな?」
そんな萃香を振り返りもせずに正論で一蹴し、じゃあな、とひらひらと手を振りながら「ぽかんとする」人外どもを尻目に今度こそ魔理沙は歩き出す。
そして、その社務所へと辿り着く道中で、嫌な予感を感じていた。
(……そういえば、あいつを最後に見たのは、「一週間前」だっけ?あぶねぇ、肝心なコト忘れてたぜ)
ざわ。
(それで、あたしはあいつに何したんだっけな?必死に助けてと泣き喚くあいつを、あっさりとブッチしたんだっけ?)
ざわ。ざわ。
(そいでもってあいつがニートになったのも「一週間前」。……なァ、これってさ?)
ざわ。ざわ。ざわ。
無意識に目深に被り直した三角帽子の陰に隠れながら、魔理沙は不吉な胸騒ぎと気持ち悪いくらいの顔中から滲み出る冷や汗を感じ始めるのだった……。