東方二次創作劇場「月と太陽」 - 月の章 - 作:俄かさん。
そして「それから」時間軸は「いま」に戻る。
そう、時は現代、まさしく「平成」の世。
「ふふ、うふふ、ゆうべはひさしぶりの『ごはん』にありつけたのじゃ。でもまだまだ『足りない』のじゃ」
そろそろお昼にでもなりそうなその時間帯、「新たなエモノ」を求めて「人里界隈」を徘徊する「唐傘の化け娘」。
この娘もコレでも「妖怪のはしくれ」。その気になれば睡眠など取らずとも延々と際限なく「狩り」をすることができる。
しかし、その狩りの成功率は極めて低い。何故なら、彼女はとてつもなく「よわい」からだ。
「妖怪最強ランキング」においてはそのランクは「底辺」。あの「バカトリオ」と比べても「はるかによわい」。下手をしたらそんじょそこらの「ニンゲンのガキンチョ集団」にすらも「平気でボコられる」くらいによわい。
故に、必然的にその「エモノ」は自分よりも「よわい」対象に「絞られる」。そうせざるを得ない。しかしそうなると、不可避的に「狩りの難易度」はこの上なく格段に跳ね上がる。この人通りの多い時間帯でも、自分よりも「格下」の「ざこ」を探すとなると、これもまたなかなか「厳しいモノ」になることはまず間違いない。
だが。
「お、おお、いるのじゃ。いるのじゃ。『あんなところ』に格好の『エモノ』がっ。これは『せんざいいちぐうのチャンス』なのじゃっ」
それでも散々そこらをうろつき回った果て、目ざとく化け娘はかっこうの「エモノ」を見つける。
どうやら、この娘の「本日の運勢」は「大吉」らしい。すくなくとも、「いまのところ」は。
そんな娘が狙い定めた「本日のエモノ」とは。
「早朝の愁嘆場」の現場になった「餡蜜堂」なる茶店前のベンチに一人ぽつんと腰かけ読書に耽る、見るからに「とてもおとなしそうな」典型的な「文女(文学女子)」。
少しばかりくたびれた感のある枯草色のワンピースに身を包み、眼鏡越しに文庫本に読み耽っている。
その主だった特徴としては、いまのところは「金髪のセミロング」、「赤いヘアバンド」といったぐらいか。
「不幸にも」読書に夢中になっていた文女は、大胆にも「真正面」から迫りくる「捕食者の影」に気付いていなかった。
その結果。
「(どろどろどろぉおおんんん) ん ば ぁ っ 」
迷うことなく「本日のエモノ」に向かっておどろおどろしい「おばけ傘」を突き付ける化け娘。
しかし、それに対してのその文女の「反応」は。
無 視 。
この期に及んでも、文女は図太くも文庫本に読み耽り、化け娘に一瞥も向けることなくただ静かにページをめくり続ける。それほどまでにその文庫本が「面白い」のだろうか。
これに焦った化け娘は、さらに「追撃」を行う。とにもかくも「驚いてくれないととても困る」。これでは「おなかは満たされない」。
「(『肩とんとん』 からの ひゅぅうううどろどろどろぉおおおお) ば ぁ っ 」
一向にこっちを向いてくれない文女に「おばけ傘」を畳んでその娘の左肩を「何回も」叩きがてら、化け娘はその愛らしい顔を「不気味に歪ませ」、さらに「やたらと長ったらしい赤舌」を突き出しながら、「超至近距離」からの「ドアップ」で脅かせにかかる。
ちなみに、これであの「白玉楼の庭師」は「堕ちた」。そのついでに「解脱」した。
しかし、肝心のこの文女といえは、「執拗に肩を叩かれた」ので「しかたなく」一応はその化け娘の方へと顔を向けたものの。
無 反 応 。
そう、ただただ「無反応」にかつ「無感動」に眼鏡越しにそんな化け娘のありさまを睥睨する。
その眼差しはまるで「どんより濁った死んだ魚の目」のようだ。
「あ、え、えーっと、どうして、どうしてなのじゃ?どうして驚いてくれない、のじゃ、じゃ?」
あまりの徹底されつくしたその「ノーリアクション」ぶりにさしもの化け娘も困惑せざるを得ない。
狼狽えながら文女に問いかけたところで、ようやく文女は「反応した」。
しかしそれでも、ただ静かにかけていた眼鏡を外し、涼しげな青色の瞳で「しげしげ」と化け娘の顔を眺めるのみではあったが。
そう思われた瞬間。
「 し ゃ ん は ー い 」
「 ほ う ら ー い 」
「上海」。「上海」「上海」。「上海」「上海」「上海」。「上海」「上海」「上海」「上海」。
「蓬莱」。「蓬莱」「蓬莱」。「蓬莱」「蓬蓬」「莱莱」。「蓬莱」「蓬莱」「蓬蓬」「莱莱」。
「上海」。「蓬莱」。「上海」「蓬莱」。「上海」「蓬莱」「上海」。「上海」「蓬莱」「上海」「蓬莱」。
「蓬莱」。「上海」。「蓬莱」「上海」。「蓬莱」「上海」「蓬莱」。「蓬莱」「上海」「蓬莱」「上海」。
……コピペ、きっつい。
「は、はわわわわっ」
いつのまにやらどこからともなく「湧いてきた」、たくさんの「雀の大きさ」程度の「虫の羽根の生えた人形の大群」。
そのどれもが「物騒なランス」を携え、みっちりと化け娘の周りを「完全包囲」している。
「せっかくの『ひとりのじかん』をよくも『台無し』にしてくれたわね。その『報いを受ける覚悟』はできているかしら?」
「一触即発」の「絶体絶命の大々ピンチ」を前にただただビビりまくるしかない哀れな化け娘に、文女の「冷徹かつ冷酷なる恫喝」が降りかかる。
その顔にはおくびにも出さないまでも、この文女は明らかにこの上なく「激怒」していた。
「……みんな、『殺っちゃって』」
「ひっ、ひぃいいっ!こ、56されるぅううううっ!!」
怒髪天の文女が告げる殺意マシマシの「処刑宣告」を前に、慌てて逃げ出す化け娘。
それを「オオスズメバチの大群」もとい「武装人形の大群」が追いかけ、容赦なく手に持つランスで突っつきまくる。
これにはたまらず「いたいっ、いたいいたいのじゃっ、じゃっ、じゃぁああああっ」と化け娘は泣きわめきながら往来の激しい「大通り」を左右確認することもなく「横断」し、そのまま勢いあまって「餡蜜堂」から大通りを挟んで向かい側を流れる「ドブ川」へと転がり落ちていった。
「ちっ。運のいいやつ。まぁ、いいわ。あなたたち、『戻りなさい』」
ばしゃぁああんんっと盛大に水しぶきが上がるのを遠目で睨みながら、化け娘を仕留めそこなったことに苛立ち交じりに舌打ちする文女。それでもすぐに気持ちを切り替えると、虚空に右の人差し指で「円」を描いて「亜空間ポケット(いわゆる四〇元ポケット)」を展開し、未練がましく水面の上をぐるぐる周回していた「忠実なるしもべたち」をその中へと誘い、またそれを閉じるのだ。
「なんか興醒めね。今日はもう帰ろうかしら。……ん、あら?」
ぱたんと開いていた文庫本を閉じ、手にしていた眼鏡を胸ポケットにしまいながら文女は立ち上がり、足元に置いていたトートバッグを拾い上げてその場を離れようとした、そんなときだった。
「あら、ごめんなさいっ(バシャアアア)」
「ぎゃんっ!?うぅうううっ、わんわんわんわんわんっ」
「(どんっ)おうコラ、どこ目ぇつけて歩いてんのじゃ、このチンドン屋!!!!」
「おっと、ねぇちゃん、ええチチしてんねぇ(もみっ)。……つーことで、コレ、貰っとくぜぇ」
「……な、なんなの、あれ?」
なにやらにわかに騒々しい、唐突に目の前の大通りで繰り広げられる「一騒動」。
その渦中に放り込まれ、「災難」という「負の連鎖」に立て続けに翻弄される、一人の「哀れな少女」。
土埃が立たぬように道端に手桶から汲んだ柄杓の水を撒いていた「老婦人」にその水を盛大にぶっかけられ。
景気よくこの肌寒い中に「ずぶ濡れ」になったところで、たまたま近くで寝ていた「野良犬」の尻尾を踏んづけて吠えられ追われ。
これにたまらず逃げようとしたところで勇んで走ってきた褌一丁のガチムチの「飛脚」にぶつかっては、大声で怒鳴られ。
それに大きくよろめいたところで横合いから「ひったくり」にたわわな胸を揉まれ、そのついでに有り金すべて入った財布を盗られる。
そのあまりにできすぎた「茶番劇」を偶然にも目の当たりにしてしまった文女は、ただただ「呆然」とその場に棒立ちしてしまう。
しかし、その少女に降りかかる「災難」は「終わらない」。むしろここからが「真骨頂」といったところか。
その証拠に。
「おおおい、みんな逃げろっ逃げろっ!『あばれうし』が出たぞぉおっ、ぼやっとしてっと轢かれっぞぉおおっ!!!!」
どこからともなく大通り一帯に響き渡る男のかけ声。
それを聞いた人々は一斉に蜘蛛の子を散らすように逃げ惑い始める。
しかし、「ただ一人」を除いては。
「いけない。あの子、『逃げ遅れてる』!?」
ややあって地平線の彼方から響き渡るすさまじい地響きを伴った「足音」。
大量に撒き上がる土煙の切れ目からその姿を現したのは、大型トラックと同じくらいの大きさの「怒り狂った黒毛和牛」。
おそらく「トサツ場」から逃げ出したのだろう、その証拠にその牛の尻部には深々と「包丁」が突き刺さっている。
その「あばれうし」の進行方向上、「人っ子一人いなくなった」大通りのど真ん中にふらふらと躍り出る、その少女。
そんな光景を目の当たりにした文女は、咄嗟に文庫本とトートバッグを「天高く」放り投げ、ざっと「クラウチング」の姿勢をとる。
『 いま わたしは あの子を 助けるために 駆け抜ける その速さは 他のなによりも 疾い 』
不意に漏れ出すその「呟き」。それは彼女なりの「詠唱(ワード)」。
その「詠唱」により発現される本来なら起こり得ない「奇跡(ミラクル)」という名の「魔法(マジック)」。
そう、この文女は。
「 魔 法 使 い ( マ ジ シ ャ ン ) 」 。
そしてこの魔法使いが叩きだす魔法は「超加速(フル・ブースト)」。
それが発動したと同時、魔法使いは「音」さえも「置き去り」にそして「残像」すら「映すことなく」その只中、逃げ遅れた少女の元へと「電光石火」の勢いで駆け出す。そうして「いままさに」その少女が猛り狂う「あばれうし」に轢かれ、跳ね飛ばされる「その寸前」で。
しゅんっ ばっ ずるっ ごろごろごろごろーーっ どんがらがっしゃぁあああんんっ
その「三秒後」にそんな音が立て続けに轟くころには、既に文女はこの少女を見事に「救出し終えていた」。
だがそれも万事滞りもなく無事救出完了というまでには至らず、少女を抱いたままの姿勢で「急ブレーキをかけた」途端、それまでの「過負荷」に耐え切れなくなった履いていた革靴が「ブレイク」し、それでバランスを崩し転倒。その勢いすら殺せずに少女もろとも地面を何度も転がって大通りの向こう、川岸の「火消小屋」の横に高々と積まれてあった「火消桶の山」に激突してしまったのだ。しかしそれでもその「直撃すら」自らを「盾」にすることで、この少女に怪我を負わせることなく救うことができたのではあるが。
そして、とても「残念なこと」に。
ひゅーっ ぼちゃぁあああんんんっ
救出直後に「華麗にキャッチ」するはずだった天高く放り投げた「手荷物一式」、それすら適わずものの見事にドブ川へと落っことしてしまうのだった。その手荷物の中にはそれまで読んでいた「お気に入りの文庫本」はもちろん、決して他人には見られたくない「物騒なモノ」、そして読書をする際に栞として使っている「たいせつな宝物」があったのだが、それらをすべて文女はこの少女を助けるための「代償」として「失ってしまった」のである。
「あ、いたたたたっ。……ねぇ、あなたは大丈夫?」
「……ああ、どなたさまか存じ上げかねますが、深く御礼申し上げます。されど」
派手に舞い上がる土煙とともに遠ざかっていく「足音」。そのすさまじき振動に揺られ、今尚もがらがらと崩れ落ちる火消桶。
それに半ば埋もれるかたちでしたたかに背を打ち付けた文女は軽く呻くようにしながら、腕に抱く自分と同じくらいの身の丈の少女へ心配そうに声をかける。その声を耳にした少女は謝意を述べるが、ふらふらと立ち上がるとまるで「命の恩人」から「逃げるように」その場から離れていく。その間際に見た少女の「状態」を知り、文女は「愕然」となる。
「あなた、『目が見えない』の?」
「『是れ』は『一時的なもの』です。お気遣いご無用。そして『いまのわたくし』に決して近づいてはなりません」
「ちょっと待ちなさい、その『ありさま』でどこへ行く気なの!?」
「この里の『ご名代』であられます『稗田様』のお屋敷に。既に『とうの昔に』お約束の時間を過ぎてしまっている手前、急がねば」
「だからといって目も見えないのにどうやって行くのよ?わたしはそのお屋敷を知っているわ。よければ案内するわよ」
さながら嵐の去った後のように、ぽつぽつと人々の往来が戻り始める大通りの只中、ふらりと一人で歩いていこうとする少女。
それにたまらず火消桶の沼から抜け出し、弾かれたようにその少女の元へと再び駆け寄ろうとする文女。
その足音と声「だけ」を頼りに少女はその方向へと顔を向ける。その、「次の瞬間」。
『 な り ま せ ん 』
その一声に込められた凄まじい「圧」でもって文女をその場に「繫ぎ止める」。
さながら「金縛り」にでも遭ったかのように文女はその場に「立ち尽くし」、指一本すら「動かせなくなってしまう」。
その突然のありさまに文女が大いに驚いていると。
「今日この日はこれまでの自分の行いのツケを支払う『精算日』。いわば、『禊の日』」
まともに動けぬ文女のありさまを「感覚的に」悟りながら静かに少女は語り始める。
あさましくもがくのをやめ、文女はその話に聞き入る。そうするしか術がない。
「この『一週間前』。いえ、正確には『八日前』。わたくしはとある『ご婦人』のご病気を治すべく『とある竹林の果て』に構える『薬局』を訪れ薬を所望しましたが、折悪くその日は『門前払い』。しかたなしに日を替えて『ゆうべ』改めて訪問した折にようやく薬を賜り、日付を跨いでしまいましたが、その日のうちにその薬でもってご婦人の病気を治すことが適いました」
「そう。そうだったの」
そこまで告げた後に小さく少女は息をつく。そのありさまは相槌打つ文女の目からでもはっきりとわかるほど「途方もなくくたびれていた」。
その当時を思い起こすように閉じられた瞼を小さく震わせながら、また少女は語り始める。
「さりとてその薬局のあります竹林は『難所』。ひとたびそこに足を踏み入れればそこから抜け出すのは『至難』。さらにその極めつけに『不浄なる鬼ども』が昼夜問わず『跳梁跋扈』する『魔境』に成り果て。そんな魔境に迂闊に入り込んでしまっては、その道中の我が身の安全すらとてつもなく『あやうくなる』。……従いまして初回には向こう三日分の『吉運』を。二度目の際にはさらにそれに加えて向こう三日分の『吉運』をその折その折に『前借り』し、その甲斐ありまして万事無事に本懐を果たすことができた次第」
「……そう、それは大変だったわね」
「ええ、それはそれはもう。されど物事にはかならず『代償』が伴うものです。何かを得るためには何かを失わねばならない。さらにわたくしの場合はそれに『反転の法則』が伴います。その法則こそがわたくしにとっての『代償』。……それが故に」
「『本日の』わたくしの運勢は『大凶』の『六乗』。故に何人たりとも『いま』のわたくしに『近づいてはならない』。そしてその『禊すら』」
そこまで少女が告げかけたところで。
が ぶ ぅ う 。
「うわあ、『ルーミアちゃん』、思いっきりかぶりついちゃった!すごぉおおいっ!!」
「でかしたぞ、ルーミア!こんな『いじめっ子』なんかそのまま『食べちゃえっ』!このアタイが『許可するっ』!!」
いつのまにやら少女の背面に圧し掛かり、その小さな体躯からでは到底想像もつかぬほどの「怪力」でぎりぎりと締め付けながら、鋭い牙をその頭へと突き立てる「ルーミア」という名の「食人娘」。その食人娘を前に、「殺れ!殺れ!」と囃し立てる妖精どもが二匹。
「ちょっとあなたたちっ、何やってんのよ!!」
「うるさい『アリス』ッ!!コイツ、『れいむ』と『まりさ』をいじめたんだ!アタイたちしっかり見てたんだぞ!」
「そうだよ、アリスちゃん。この子、『非道い』んだよ。霊夢ちゃんに『〇ね』って言ったんだよ」
「……そ、そんな」
未だに動けぬ「アリス」と呼ばれた文女は、早口にまくしたてる妖精どもの言圧に不覚にも吞まれてしまう。
妖精といえど「妖の範疇」。その倫理観や道徳観は人のそれとはまるで違う。そこを言い争っても「不毛に終わる」だけだ。
それでもアリスはつい今しがた自らの身を省みることなく「助けたばかり」のその少女、『風祝』を助けようとする。
しかし、アリスは動くに動けない。「魔法」とはまるで異なる「何か」によって、どんなに抗ってももがいても「そこから動けない」のだ。
「そうなるように仕向けた」風祝は、この期に及んでも恐ろしいくらいの平静を保ち、ただ悠然とその場に立ち尽くす。
「これが禊というのならばわたくしは甘んじて受け入れましょう。『この命ひとつ限り』ですべて片が付くのならばまさしく『本望』というものです。されど、『いまはそのときではない』」
何度もガジガジと牙を執拗に突き立てる食人娘。
けれど、この風祝の頭はすこぶる「硬く」、その「頭蓋すら貫通できない」。
それはまるで、この「とてつもなく硬い石頭」にはむはむと「甘嚙みしている」かのようだ。
もちろん、この食人娘、ルーミアはそんなつもりなどないのだが。
『 そこの娘さん、よろしいのでしょうか。そのご自慢の牙が砕け、その歯すらすべて抜け落ちてしまいますよ 』
それでもとめどめなく頭から鮮血を流しつつも揺らぐことなく、どこかやんわりとした声色で尚も牙をしつこく突き立てる食人娘へと語りかける風祝。そう語りかけた直後。
「う、うぇええっ!!???」
ルーミアの自慢のその牙が「その言葉通りに」砕け散ってしまう。そして、その歯さえもぽろぽろと抜け落ちていく。
これに驚いたルーミアは、慌てて風祝から飛び退き、泣きわめきながら妖精二匹の元へと駆け込む。そんな憐れな食人娘を慌てて慰めにかかる大妖精とチルノ。
図らずしてその三匹が仲良く一か所に「まとまった」ところで。
『 まったく、たちの悪い連中だ。そんな不逞の輩どもはつむじ風にでも巻かれて彼方へと飛ばされてしまうがいい 』
「「「うきゃあああああーーーーーーーーーーっ!!」」」
「忽然とどこからともなく現れた」一陣のつむじ風に煽られ巻き込まれ、彼方へと飛ばされていく「バカトリオ」。
遠ざかるそれらの「妖どもの気配」をそれとなく察したところで、初めて風祝の身体が大きく揺らぐ。
それと同時に「何故か動けるようになった」アリスは、弾かれたように駆け寄って倒れ行く風祝をその腕で「また」抱き留める。
「あなた、大丈夫?それに一体『何者』なの?」
「それにはお答えできかねます。何故ならば『そのときではない』故に。そして、『まだ禊は終わっていません』。それが証拠に、わたくしは『まだ何も見えない』」
アリスの問いかけに淡々とそう答えながら、力なく風祝は「天」を指し示す。
それと同時に、瞬く間に辺り一帯は「昼間」だというのに忽然と「真っ暗」になり、「深淵の闇」に閉ざされる。
それはまるで「皆既日食」のようだ。しかし、それとはまた「違う」。
「わたくしは未だ何も見えません。あなた様には何が見えますか?」
「空が真っ暗になった。……信じたくもないけど、それに加えて『太陽の光を遮る程の巨大な何かが墜ちてくる』」
風祝の問いかけにアリスは目に見える光景をありのままに告げる。
そう、それはまさしく「落星」。
途方もない「圧倒的質量」を伴った「超弩級の巨大隕石」。
それはまるで、かつての「古代地球の時代」にその地球を支配していた「恐竜」なる生物の悉くを「絶滅せしめた」あの「隕石の再来」をも思わせるもので。
そして同時に、この二人の少女は「知らない」。
この幻想郷が「博麗大結界」という強力な結界によって、この類のものから「常に護られている」ということを。
この事実を知っているのは、幻想郷創生に携わった「三賢人」が一人、あの「スキマ妖怪」とその庇護下にある「博麗の巫女」のみ。
とはいえど、今まさに「堕ちようとしている」この隕石の衝突に「博麗大結界」が耐えられるかという保証はあるのかどうか。
そしてそれをいざ「実証する段階」では、もはや「既に手遅れ」でしかない。
「……だめね。いくらわたしでもあれを止める魔法は思いつかないわ。そして『この世界が終わる』」
「諦めてはなりませぬ。『まだ』間に合います。そして『この異変』を止めることができるのは、わたくしと『あなた様』しかいない」
迫りくる「世界の終焉」を前に力なく項垂れるアリスを鼓舞するように語りかける風祝。
そうして天を指していたその手をまるで「どうか握ってやってください」とばかりにアリスへと差し伸べる。
「この異変を引き起こしたのは『他ならぬわたくし』。いわば『元凶』。されどそれはわたくしの『本意ではない』」
「だからといってわたしに何ができるというの?……なにもできやしないわ」
差し伸べられたその手をただ悲しげに「眺めるしかない」アリスに、風祝はそれでも「どうか、なにとぞ」と懇願する。
『 わたくしはこの世界を救いたい。どうかあなた様の力をお貸しくださいませ 』
その必死の風祝の懇願を受けたアリスははっと我に返り、その手を強く両手で握り締める。
そしてその身に秘める「魔力」を極限まで「昂らせ」今思いつく「詠唱」を唱え始める。
それは、まるで「あのとき」を彷彿させるかのような。
『 いま わたしは この子とともに この世界を 守りたい 』
その魔法に「名前」など存在しない。そもそも、それすら「必要ない」。
そしてその魔法は確かに「発現」し、その両手で握る風祝の手を通じて彼女の元にその力をあますところなく「送り届ける」。
これを受けた風祝はここで今の今まで開けるに開けられなかった双眸を「力強く見開く」。
そうして天を仰ぎ、「睥睨する」かのように墜ちようと迫る「それ」を忌々しげに睨み上げた。
『 あ あ 実 に 忌 々 し い 石 っ こ ろ だ 。
そ ん な つ ま ら ぬ も の な ど 跡 形 も な く 消 え 失 せ ろ 』
その風祝の「恫喝一声」でまさに「博麗大結界」に大激突しようとした「超弩級巨大隕石」は「爆発四散」せしめる。
そして飛び散る数多の破片すらもそれにかすりもせずに、幾筋もの「流れ星」となって四方八方に飛び散っていった。
それはまるで、あたかも「夢を見ている」かのような光景だった。
「……『終わった』、ようね。本当に何がなんだかさっぱりわからないけれど」
「それでも『世界は救われました』。それもあなた様のおかげでございます。本当に、本当にありがとうございます」
「あなたは不思議ね。魔法使いでもないのに、こんな大それたことをやってのけるなんて」
「わたくしはただの『巫女』でしかありません。あなた様のお力添えなければ、これすら適わなかったことでしょう」
ただ力なくその場にへたり込む「七色の魔法使い」と「守矢の風祝」。
図らずしてこの二人は見事にこの世界をそして、この幻想郷を守り抜いた。
しかしながら、「あまりにも唐突に始まり」、「あまりにも唐突に終わった」この一連の異変は「正史にも記されない」。
ただ単なる「皆既月食由来の現象」として処理され、記録にも残らない。
それでも敢えてこの異変の名を命名するならば。
「長月における『落星の異変』」と。
「さて、そろそろあなたの名前を聞かせてほしいわ。何者であってもせめてそれくらいは教えてちょうだい。……わたしは、アリス。アリス・マーガトロイド」
「アリス様ですね。わたくしは」
そして今更ながらの自己紹介にどこか気恥ずかしそうに微笑みながら、風祝は自らの名を告げるのだった。
そのころ。
「う、うぇええ、ど、どうにかこうにか助かった、のじゃ、じゃ」
その現場から遥か彼方の下流に流されに流され、辿り着いた人里南端。かろうじて町の中。
ばしゃあっとずぶ濡れになりながらドブ川から岸辺へと這い上がるのは、あの「化け娘」。
そこで見たのは、とある一人の少女の「後ろ姿」。
「やはり、不覚。間に合いませんでした。突然の『顕界』の異変を前にいざ『冥界』より勇んで来てみれば、もうすでに『後の祭り』」
銀色のボブカット。そこから揺れる黒リボンのついたカチューシャ。
白い半袖シャツの上に青緑色のベスト。秋風に吹かれたなびくベストと同色の膝丈のスカート。
その左腰には黒漆塗りの鞘に収められし二振りの打刀。
そして今は穏やかな日差しの差し込む秋空を見上げながら静かに佇む少女の周りをふよふよと漂う半霊。
「……ですが、骨折り損というわけでもなさそうですね。これはこれでわざわざここに出張って来た甲斐があったというものです」
そこまで呟き終えたところで、ゆっくりとその少女は化け娘こと「多々良小傘」の方へと向き直る。
如何にも涼しげといったその白銀の眼差しからは、彼女の内に宿る感情はまるで読み取れない。
しかしそれでも、二振りのうちの一振りの鯉口を左親指で押し開くその動作で、その意図を「如実に知らしめる」。
その意図をはっきりと察した小傘は、思わず「ひぃいいい」っと竦み上がる。
「ゆうべは大変お世話になりました。その御礼にその素っ首ひとつ、居合一閃のもとに撥ね飛ばして差し上げましょう。……いえいえ、何も痛みは感じませんよ。そのあたりについてはどうぞ、ご心配なく。そして死した暁には『是非曲直庁』の裁きを受けるがよい」
淡々と物騒極まりない物言いをしながら、その少女、「魂魄妖夢」は静かに右足一歩前に踏み込み半身屈めては「抜刀術」の構えを取る。言うまでもなく、彼女は「本気であった」。
「ひ、ひぇえっ、ど、どうか、見逃して欲しいのじゃ、のじゃっ」
ガクブルになりながら、それでも必死に「命乞い」をする小傘。
そんな化け娘を前に、「だまらっしゃい」と白玉楼の庭師はその一声のみで恫喝せしめる。
「見苦しい。先に申し上げましたように一切の苦痛を感じる事なく死ねるのですから、むしろ本望ではありませんか。そして私はそれを成し遂げる事ができる。……何故ならば」
「 こ の 『 楼 観 剣 』 。 斬 れ ぬ も の な ど 『 』 、 無 い 」
その「二度目の処刑宣告」を前に盛大なる化け娘の悲鳴が轟き渡る。
そんな彼女の「本日の運勢」は、もしかしたら「大凶」の「二乗」、かもしれない。
また、その一方では。
「……うきゅうっ(ばったーん)」
「あ、ああああっ、ゆ、紫様っ、紫様、どうか、どうかしっかりしてくださいませっ!!」
とある屋敷の縁側にて取り乱したように自らの式である「八雲藍」に抱き起こされる、へなちょこ「スキマ妖怪」が一匹。
「次元のスキマ」を介してではなく、縁側からその一連の光景を目の当たりにしたスキマ妖怪こと「八雲紫」は、「博麗大結界」を介して「我が身に降りかかろうとした災難」を前に、そのショックのあまり実に呆気なく「失神してしまった」のだった。
そんな八雲紫の「本日の運勢」は、紛れもなく「極凶の極み」、かもしれない。