東方二次創作劇場「月と太陽」 - 月の章 - 作:俄かさん。
吹き荒ぶ猛吹雪の只中、険しき山麓を「素足」で彷徨い歩く一人の「ひどく薄汚れた女」がいた。
その身に纏うはすっかりボロボロになった「喪服」を思わせるような漆黒のロングドレスのみ。
その左手には蒸留酒の角瓶が握られ、その瓶に貼られたラベルの銘柄から「相当に度数の高い」ものであることを暗に知らしめる。
女はくしゃけきった金色の長髪が荒れ狂う突風に乱されに乱されるのも構うことなく、胡乱な眼差しで虚空を眺めながらその歩みを刻んでいく。しかし、その足取りはかなり覚束なく、それなりに歩いたところで足をもつれさせ、ものの見事にすっ転んだそのままの勢いで山の急斜面を景気よく転がり落ちていく。
「……どうしても行くのね」
「あたりまえじゃない。誰がこの『異変』を鎮めるのよ?それを鎮めるのが『博麗の巫女の役目』なのでしょう。だから、行くわ」
「深淵なる絶望の闇」の中、「博麗神社」なる赤鳥居の下に立つ、その二人。一人は「先代の博麗の巫女」。そしてもう一人は。
「迫りくる世界の終焉間際に」すべてを悟ったかのように出立しようとする、その巫女。
「彼女」はとてもたいせつなたいせつな「いもうと」。けれど、二人には「血の繋がりはない」。
「じゃあ、『ちょっと』行って来るわね?」
まるでどこかに散歩に出かけるかのような軽い口調で告げるや、身を翻しその巫女は女を残して赤鳥居をくぐり抜けて長い長い石段を下りていく。それを引き留めようとする女。されど、何故か声は出ず、ただゆらりと遠ざかるその背に向かって手を伸ばすのみ。
そしてその巫女は、「異変の鎮静」と引き換えに「二度と」女の前に戻ってこなかった。
「いつの間にか」吹雪は止んでいた。
谷底まで滑落したのにも関わらず、奇跡的にも女は「無傷」であった。
仰向けに大の字に寝転がりながら、ただ「あのとき」と同じように虚空に向かってゆらりと右手を掲げる。
この胸を埋め尽くすのは、途方もなく深い「悲しみ」。
されどその「最愛のいもうと」のために流す涙は、「とうのむかしに枯れ果てていた」。
「……やってらんねぇ」
すっかりやさぐれ気味に悪態をつきがてら、今の今まで「しぶとく」左手に握り締めていた角瓶を煽る。
しかしそれが「空」だと悟るや、「ぽ い」と無造作に投げ捨てる。
飛んで行くその軌跡をただ呆けたように眺めたところで、偶然にも見つける「洞穴」。
特に何もすることがなかった女は、むくっとまるでゾンビのように立ち上がると「暇つぶし程度に」その洞穴の中へと入っていく。
「………………」
薄暗き洞穴の中、その半分ほど進んだところで目の当たりにするその光景。
ぐったりと岩肌にその背を預け、「すっかり冷たくなっていた」年若い乙女とその腕の中に眠る毛布にくるまれた「赤子」。
乙女の着る着物の懐中から垣間見える「三行半(みくだりはん)」なる書状。
それだけでこの乙女と赤子に何が起こったかが容易に知れる。
そんな「ニンゲンの親子」のここに至るまでの経緯など知るよしもないが、おそらくは自分と同じように谷底に滑落し、それでも最後の力を振り絞ってここまで歩いてきたところで「尽き果てた」のは、まず間違いなさそうだ。
「墓でも掘るか」
しげしげと棒立ちのままそれらを睥睨した女は、「ふたつのホトケ」に手を合わせてから掘り道具になりそうなモノを探し始める。
その矢先、突然聞こえた「やかましい赤子の泣き声」に思わず「ぎょっとなる」。
よくよく見てみれば、「この期に及んでまだ生きていた」その赤子。
そのあまりのしぶとさにぽかんとなりつつ、気付けば知らないうちに「物言わぬ」乙女からその赤子を「取り上げ」、「甲斐甲斐しく腕の中に抱いていた」。そうして「よしよし」とまるで「実の母親のように」腕の中で泣きじゃくるその赤子を優しくあやしたてる。
「……かわいそうな子。あなたとは血は繋がってはいないけれど、『おかあさん』と呼んでくれてもいいのよ」
そう優しくも穏やかに赤子に告げる女の左頬には、久しく流れなかった「はず」の「ひとしずくのなみだ」が伝い流れていた。
それから、十数年後。
「小柄なれど年頃の娘」となったこの赤子のために「また」涙を流す羽目になるとは。
「博麗神社」。
その社務所、「とある娘の寝室」。
それまで「泥のように眠っていた娘」は、むくりと幽鬼のように布団から起き上がる。
その虚ろなる眼差しでしげりと周りを見渡し、「自分以外に誰もいない」ことを悟ったところで、ふらりと立ち上がる。
それから思い出したように「左頬の絆創膏」をぺりりと引きはがす。
そこから顕れるは「鬼」に刻まれた『死しても尚、怨念の籠る』「生々しき傷跡」。
そしてそれ以上にその心を深く抉る「風祝」なる娘の「言霊」。
それらに促されるように、娘は静かに障子戸を開ける。
開け放たれた寝室の出入り口。
鴨居の上にある「飾り戸」まで手が届かないことを悟るや、ご丁寧にも押し入れを漁って丁度よい大きさの「木製の蜜柑箱」を引っ張り出してはそれを踏み台代わりにその上に乗っかってその飾り戸すら開けていく。
しゅるりと着ていた寝間着から解き放つ「長帯」。
それを開け放たれた鴨居に通して作る「わっか」。
「歩くこと」はまだしも「生きること」さえも「面倒くさくなった」娘は、「愚かしくも」その「素っ首」をその輪の中へと突っ込んでいった。
「人里界隈」。
ドブ川流れるそのほとり、連なる民家に紛れるようにしてひっそりと佇む「稗田邸」。
そこの暮らしぶりはとても慎ましやかなれど、その屋敷の裏には川岸に面して立派な「八連の米蔵」が構える。
そこに備蓄されている「蔵米」は有事の際に万民に配給されるように準備された、いわゆる「救世米」だ。
事実、ここ最近においては、去る弥生に発生した「紅霧の変」の折には、「未曽有の天変地異」を前に恐慌きたす民草を鎮めるために漏れなく「蔵出し」されたこともある。
灌漑。治水。開墾。普請。政(まつりごと)。
自らは「質素倹約」に徹し、常に民草に寄り添うその姿勢を貫くこの「稗田家」の当主、「稗田の御名代」の名声は広く万民に「この天下に銘酒『月見里』あり、この人里に『仏の稗田あり』」と言わしめるほど。
その屋敷の縁側にて仲睦まじく「囲碁を差し合う」、「霧雨の御爺」と「稗田の御名代」。
御爺の齢は「古希」にして、対する御名代の齢は「還暦」。
その二人の共通点といえば、御爺の「八番目の腹ちがいの娘」と御名代の「孫娘」が「同年代」であるということ。
そしてその相違点といえば、御爺の娘が「かなり難あり」、御名代の孫娘が「やや難あり」といったところか。
特に御爺のその娘はかなり、というか「だいぶ問題がありすぎた」。
幼少の折に御爺の弟子にあたる「とある男」の営む店にて偶然手に取った「魔法配達少女」の絵本。
その荒唐無稽な世界観にすっかり没入したその娘は、「あたしも魔法使いになるのぜ」と僅か六歳にして「家出」、その男の店に転がり込んでは、その男の計らいでたまたまその近所に住んでいた「本物の魔法使い」に弟子入りした結果、そのまま「ほんものの魔法使い」になってしまったのだ。
それだけで収まればいいものを、この娘はここからさらに「突き抜けてしまった」。
いつの頃からだったか、「自称・博麗の巫女のお目付け役」として、当代の「博麗の巫女」とつるみ始めるようになったのは。
それ以来、二人はそれこそ鉄砲玉のようにあちこちを文字通り「飛び回り」、年頃になると「異変」という名の事案が発生するたびにこぞってその手柄を奪い合う仲にまでなってしまった。
それに加え、この娘はその手つきすこぶる悪く、あちこちで盗みを繰り返してはそのたんびに御爺の営む道具屋に苦情が飛ぶ始末。
最初はただ苦笑いを浮かべるだけの御爺だったが、さすがに見かねてこの娘を十四の折に「勘当せしめた」。
以来、その娘は「師匠の家」の隣に「自宅」を構え、あてつけのつもりかそこで「魔法具店」を営むまでになった次第。
そんな「通りすがりの魔法使い」の話はさておくとして。
「御名代、御名代っ。居られますか。風祝さまが付添人ご同伴のもと、ようやくお目見えに」
唐突に玄関の方からせわしない「使用人」のかけ声が屋敷内に響き渡る。
これを皮切りにそれまで終始劣勢だったその盤面を台ごとひっくり返して「ご破算」せしめた「大人げない」御名代は、「おう、ようやくか」とやおら立ち上がってはいそいそと玄関の方へと駆け出していく。その後を遅れて追いかける御爺。
御名代と使用人が待ち構える「玄関口」。
がらりと開かれた戸の先に立っていたのは、いうまでもなく。
「おう、よう来なすった。文月のとき以来でどうも。……おや、『怪我しなさってる』のか。これはアカン、早く中で手当てを」
御名代の一声で会釈もそこそこに使用人によって奥へと案内される「守矢の風祝」。
そしてその後ろ姿をそっと見守る「七色の魔法使い」。
「おやおや今日はやけに騒がしいの、何かあったんか。……ん、ンン?」
そこからようやく現場に到着する御爺。そこでかち合う御爺と七色の魔法使いの目線。
同時にその魔法使いは、ひくぅっと顔を引きつかせる。
そう、この魔法使いこそが。
「あ、じゃ、じゃあ、わたしはこれで?」
御爺が何やら言いそうになったその寸前で、その魔法使いはくるっと踵を返して「超加速」の魔法で「脱兎のごとく逃げ出していく」。
「あー、もー、うっさい、うっさい!!気が散るわ、もー、静かにしてよっ!!」
にわかに騒々しくなった階下の喧騒に「辟易した」御名代の「孫娘」。
そろそろ執筆も「終盤」といったところで、それを邪魔されたその孫娘は、苛立ち交じりに二階の自室から飛び出しては急勾配の階段から顔だけを出して大声でその面々に怒鳴り立てる。
そうしてその面々の中に「あの」女がいることに気付いた孫娘は、思わず「げっ」となる。
そして、心の中でこう呟くのだ。
「また、あの疫病神が来やがった」と。
そんな孫娘の様子を見上げ、手当てを受ける風祝はただにっこりと孫娘に向かって微笑むのだった。
それから、すっかりと陽が暮れていった。
夕暮れに佇む「博麗神社」。
ばたばたとせわしない足音が社務所内に響き渡る。
その足音の主は、他ならぬ「通りすがりの魔法使い」。
「おう、萃香!何があったんだ、でっけぇ声出しやがって?」
開け放たれていた寝室の出入り口。
その現場の「第一発見者」となったのは、「博麗神社の台所番」。
その大役を仰せつかった「鬼」は、震える指先で「それ」を指し示す。
「お、おい、このバカ霊夢!!なんてマネしやがってんだ!!!!」
「それ」を目の当たりにした魔理沙は、たまらず「それ」に向かって罵声を浴びせる。
「……もう、なんなのよ。騒々しいわねぇ。一体どうしたの?」
そこへ寝ぼけ眼で「次元のスキマ」経由で自分の屋敷からやって来る、「道士服の女」。
その女は、いうまでもなく。
「紫、いいところに来たっ、うちらじゃあそこまで手が届かないのぜっ、早くあいつを下ろしてやってくれ!!」
その場に「折よく」現れたタイミングで飛んできた魔理沙の矢継ぎ早の催促に、不覚にも紫は反応できない。
ただ呆然とその場に立ち尽くし、口元を両手で覆いながらただただ小刻みに肩を震わせる。
「う、うぅう、うぇえええっ……」
「馬鹿野郎っ!ガキみてぇに『泣いて』んじゃねぇっ!!さっさとこのバカ巫女下ろしやがれってんだ!!!!」
どんなに魔理沙に罵声を浴びせられ続けても、紫は動けない。
それどころか大きく見開いた金色の双眸から「ぶわっ」と大粒の涙を垂れこぼし、まるで幼子のように泣き出してしまう。
そんな紫が目の当たりにしたのは、紛れもなく「それ」以上にたいせつなたいせつな、「最愛の娘」の「変わり果てたその姿」だった。
斬っ。
そんな切羽詰まった状況を「一変させた」のは。
力強く跳躍し、帯を鋭きその爪で断ち切り、そのまま「物言わぬ巫女」を腕の中に抱き留めながら着地する、「小さな百鬼夜行」。
ぽろぽろと涙を流しながらも、その小さな身体で包み込むように巫女の身体を抱き締めながら、労わるようにその髪を撫でさする。
「……今日の夕飯は白飯に沼で釣った鮒の煮つけに、ほうれん草のお浸し、それに味噌汁だ。それによ、今日は運よく鶏の卵まで手に入ったんだ。おまえ、好きだったよなぁ、それ白飯にぶっかけてかっこむのさぁ?」
しゃくり上げつつも、優し気に語り続ける萃香。
それに物言わぬ巫女が答えてくれないのを分かっていながらでも、それをやめない。
「な、食ってくれ。起きて食ってくれよ。おまえのために作ったんだぞ。……だから、食ってくれよ、なあ?」
れ い む 。
泣きじゃくる心優しき鬼の眼より流れ落ちるは「ひとしずくの涙」。
それが霊夢の青白い頬に滴り落ちた瞬間、ほんのりと赤みを取り戻していくようにも見えた。
それの意味するところは。