東方二次創作劇場「月と太陽」 - 月の章 - 作:俄かさん。
陰陽五行。
それはこの世のすべてが「陰」と「陽」というふたつの「気」、そして「木」「火」「土」「金」「水」なるいつつの「元素」によって成り立ち、それぞれの「相関・相克の関係」により、ありとあらゆる事象や現象がもたらされるという思想を言う。
そのうち五大元素の末尾に「星」一文字を添えることにより生まれる「天体」。
それすなわち「木星」「火星」「土星」「金星」「水星」。
一枚絵のような漆黒の闇空に、それらの天体が不気味に浮かび上がる、そんな「宇宙(そら)」の果てにひっそりと浮かぶ「本殿」に、「あの風祝」は居た。
それほど広くもない拝殿内、その中央に座し、心なしか青褪めた顔で身を縮こまらせるようにしながら、その奥、一段せり上がった本来この現世に顕現せしめた神のみが座ることを許された「神座」に優雅に胡坐を掻きながら座る「一人の女」と対面する。
それ、例えるならば「前門の虎」。
そして風祝の背後、唯一の出入り口であるその戸口に立ちて背を預けるようにしながら、俯き加減に腕を組む「もう一人の女」。
それ、例えるならば「後門の狼」。
風祝はそんな「逃げるに逃げられぬ絶望的な状況」の只中にいた。
それでも「相応の覚悟を決めた」のか、膝の上の両手を強く握り締め、顔を上げて毅然と目の前の女を見据える。
「……まったくとんだ体たらくだな。小娘一人まともに連れて来れず余計な回り道をした挙句に『逃げられる』とは」
白衣に紺袴の衣装を身に纏い、紫がかった青い短髪を揺らしながらその長身の女は「蔑み」の目線を慈悲なく風祝へと浴びせる。
そしてその女が一言一句発するたび、周りの空気が爆ぜんばかりに「震える」。
その凄まじき「言圧」に晒され、ともすれば竦み上がり恐慌をきたしかねないその衝動を風祝はただただじっと「必死に堪える」。
そんな「取るに足らない小娘」をしげりと眺めた後、肘立に片肘つきて頬杖をつきがてら「……それとも」と女は続ける。
「 ま さ か と は 思 う が 、
お ま え が そ う 仕 向 け た 訳 で は あ る ま い ? 」
ぞ わ り 。
その一言を受け、風祝は肌が粟立つのをいやでも感じ取る。
しかしそれでも「鉄面皮」さながらに、毅然とその女の突き刺すような目線をただまっすぐに「受け止める」。
「お言葉ではありますが、人の生き死には宿曜によって定められしもの。その運命律を覆すことは、たとえ『神ですら』許されはしない。如何様な経緯があったにしろ、あの『博麗の巫女』は『自決』という実に愚かしきおこないではありますが、『確かに死んだ』。そう、もう『この世には居りません』。……故に」
そこまで告げた後、風祝は改めてその威儀を正してさらにこう発する。
『 これでなにもかもご破算。
潔 く お 諦 め な さ い ま せ 』
そんな風祝の「言霊」を受けたその女は、ただその目元を殊更に細めるのみ。
そして、次の瞬間その「血塗れた紅」の双眸を見開く。
ただ、「それだけ」で。その「一瞥」だけで。
風祝の左胸、「心の臓」を「握り潰さぬように柔らかく揉んだ」。
「が、はっ」
口から血反吐を吐き、崩れかかる風祝。
それでも「ばん」と板張りの床に両手をつきて、そのまま無様に倒れ込もうとはしない。
それを見かねて慌てて駆け寄ろうとする「戸口に立っていた女」。
その女と同じ衣装。金髪ショートボブの小柄な女。
それを風祝は顔だけをそちらに向け、「なりません」と制する。
その「言霊」を真に受け、その女は否応なしにその場に「繫ぎ止められる」。
それはまるで、風祝によって「庇われている」ようだ。
そうしてぽたぽたと板張りの床に紅の雫が滴り落ちるのを眺めながらも、ゆらりと立ち上がりては「遥か向こう」に居る「女」と対峙する。
その顔色は、ついぞ先程と比べて「だいぶ青白い」。
「よいのです、『おかあさま』。元よりおかあさま方とは『袂を分かつ』つもりでおりました故に。そして是れでもわたしは『現人神のはしくれ』。あのような我欲に溺れた尊大な神様『など』に後れを取るいわれなど無い。……それに『いま』止めなくば、『誰が』止めるのでありましょう」
口端に垂れる紅の雫を右の手の甲で拭いながら、ふらつきながら、その女、「我欲の神」との距離を詰め行く。
対する「我欲の神」は身じろぎもしない。
ただ悠然とその神座に座したまま、その距離が縮まるのを「待ち構えている」。
それが分かっていながら、風祝はその歩みを「止めない」。
「何よりも、わたしには護りたいものがある。故に退くわけにはいきません」
その後ろで「おかあさま」が必死に「大声で」何かを呼びかけていた。
けれど、その声すら、もうまるで「聞こえない」。
そうして「何か」を仕掛けようと右手を「我欲の神」へと突き出したと同時、その身体中から「血を噴き出して」、その「血の沼」にうつ伏せに倒れ込むように「沈んでいく」。
倒れ込んだその弾みで、留めていた「カエルの髪留め」すら、「弾け飛ぶ」。
「……見損なったよ、『さなえ』」
それでも「完全に事切れる訳でもなく」、ただ小刻みに身体を震わせる「だけ」の娘。
されどもはやそれも「風前の灯」でしかない。
「依然として」神座に座り続ける「我欲の神」。
今にも尽き果てようとする「最愛の娘であるはず」の娘を前にすら、その感情が「揺らぐことはない」。
いや、もはやその感情すら、この神の胸の内には「宿ってなどいない」のだろう。
「おまえは我々と共に同じ道を歩んでくれると思っていた。……されど、それもどうやら『思い違い』だったようだ。だが、我は『止まらぬ』。要のモノがなくば、それこそ『代わりを都合すればよい』だけの話」
「 『つまみ食い程度』ではあったが、
『あの娘』は『なかなかの美味』であったぞ?
博麗の巫女『亡きいま』、
あの娘以上の『適材』は他にあるまい 」
「…………」
その言葉を耳にした折、風祝はただ静かに「絶望」の涙を流す。
もうその身には、その「父親であるはず」の「我欲の神」に立ち向かう「力など残ってなどいない」。
そんな「哀れな娘」は、もはや「されるがままに弄ばれるだけの身」でしかない。
「 いまのおまえはとんだ『役立たず』。
だがそれでも『有効活用』してやろう。
尽きかけたその程度の『いのち』すら『多少の足し』にはなるだろうしな。
故にこのままいっそ
『 西 行 妖 と や ら の 肥 や し に で も な れ 』 」
その「宣告」を真に受け、風祝はそのまま真っ逆さまに「奈落の底へと墜ちていく」。
その過程にて、舞い上がる自ら流し続ける「おおつぶのなみだ」を見上げ続ける。
( ……ああ )
( 『 またしても 』 適いませんでした )
( 何十 何百 何千と 繰り返しても おとうさま には 勝てない )
( それでも 犠牲になるのは わたしひとりで いいと 思っていた )
( これでも 足りぬというのであれば どれほどの犠牲を 払わねばならぬのでしょう )
( そして そんなわたしを 誰も 赦しては くれないでしょう )
( でも 憎まれ 蔑まれ 嫌われても もう それで よいのです )
( ただ それでも わたしは この世界を 守りたい )
( セ ン パ イ )
( あなたは わたしにとって さいしょで さいごの おともだち )
( せつなのあいだ とは いえ センパイと 出逢えて
さなえ は とても しあわせ でした )
( だから すぐに 向かいますね )
ぐ し ゃ っ
落ちるとこまで落ちたところで、その段階でもう既に風祝は「事切れていた」。
そしてさらにその下の下で「眠るだれか」の存在を「物言わぬ」娘は気付くはずもない。
そこから。
四方八方より伸びる数多の「触手」。
それはまさしくあの「山桜」の根。
あの「春雪の異変」以来「食事にありつけなかった」その山桜は、「久しぶりのご馳走」を前に歓喜に震えているようだ。
ご丁寧にもうつ伏せに倒れ伏す「新鮮な屍」に纏うその着衣をすべて引き剥がして、その「美しき裸身」を曝け出す。
ごろりと仰向けに転がされる娘。
その娘の身体は夥しき「触手の繭」に取り込まれていく。
その繭の中で四肢を拘束され、首やらたわわな胸やらくびれた細腰やらを締め付けられ。
穴という穴を貫かれながら、その身体に宿る「残りかす」をひとしずく残らず「搾り取られていく」。
やがてその繭が解かれるころ、そこにはもう「骨すらも」残ってなどいなかった。
そしてその遥か上、その地上。
(……あら。今日は何か「変」ねぇ。何かあったのかしらぁ?)
「自宅」の庭先に生える「巨大な山桜」をふよふよと宙に浮かびながら眺める、「桜守の亡霊女」。
折り畳んだ扇子を口元に添えながら、ついぞ感じた「何か」に怪訝そうに首を傾げる。
(でもまぁ、いいかぁ?それよりも早く『妖夢ちゃん』帰ってこないかなぁ?おなかすいたよぅ)
そうしてすぐにそれを「忘れた」亡霊女は、ただ呑気に可愛い「従者」の帰りを待ちわびる。
そう、彼女にしてみればそれは「とてもどうでもよいこと」なのだ。
そんな「極楽とんぼ」の亡霊女の住まう屋敷、山桜を臨む縁側の先にある「大広間」にて。
広々とした大広間を埋め尽くすように、そしてその頭さえも天井に届きそうなくらいの大きさで。
「弥勒菩薩」となった「ご隠居」はただ静かに座禅を組み、そんな光景をそっと眺めるのであった……。
→ - 太陽の章 - につづく。