東方二次創作劇場「月と太陽」 - 月の章 - 作:俄かさん。
「ほら、とりあえずご所望の着替え一式と当面の食糧を持ってきたよ。それと『例のコト』についてだが、まだ分からない。……残念ながらね。だけど、やれるだけのことはやってみるさ」
「……そう、ありがとう。そっちについてはくれぐれも」
「分かってる、そのあたりはね。こういう時、なんて言ったらよく分からないけれど、そうそう、お大事に、だね」
「そう、ね」
「じゃあ、僕は仕入れに戻るから。また、来るよ」
「ありがと、また、ね?」
博麗神社の本殿に併設された社務所内の寝室。
さほど広くもない畳張りの室内に、密やかに言葉を取り交わす男女。
そのやり取りはどことなくしんみりしたもので、雰囲気的に微妙に重い。まるで、お通夜のようだ。
そんな重い雰囲気を吹き飛ばすように、すぱぁんっと景気よく襖を押し開いて魔理沙が現れた。
「よーっす、霊夢!呼ばれてもないけど魔理沙さまが来てやったぜ!って、あー、『霖之助』やっぱお前が来てたのか」
「どうも、魔理沙。お邪魔してるよ。キミもあのお節介焼きさんたちみたいに霊夢のお見舞に来てくれたのかい?」
「あ、ま、まぁ、そんなとこだけど。……って、霊夢。お前、やっぱビョーキしてたのか?」
「……見てのとおりよ。それともあなたの目は節穴かしら?」
いつもの赤いリボンと巫女服姿ではなく、少々ゆったりとした白い寝間着姿で床に就いている霊夢に意外そのものといった眼差しを投げかける魔理沙。
そんな魔理沙を、どことなく冷めたような眼差しで霊夢は見上げる。
「おいおい、ツレないなぁ。せっかく魔理沙さまが直々に来てやったんだぞ、そんなふうに邪険にすんなよ?」
「べっつに、あんたなんて呼んだつもりはないし?そもそも呼ぶつもりもないし?」
「おうおう、なんだかんだ言って平常運転かよ。心配してほんっと損したぜ」
いつも通りの素っ気ない霊夢の口振りに何故か、逆に魔理沙は安心してしまう。
この巫女はたいてい、普段からあんまり人当たりがよろしくないようで。
こんなに可愛い顔してんだから、もうちょい愛想よくしてりゃあいいのにと、女子視点からしてもそう思う。
そう、あとは悪食なのと金の亡者みたいなところが直れば、万々歳なのだが。
「……さて、僕はもう行かないと、だね。あとは女の子どうし、仲良く、だね?」
魔理沙の介入により微妙に蚊帳の外になりつつあった「森近霖之助(もりちか・りんのすけ)」は、小さく穏やかな笑みを二人に投げかけてから正座を崩すと霊夢の枕元に敷いてた座布団から立ち上がり、それを立ちん坊の魔理沙に明け渡すように寝室から出て行こうとする。
森近霖之助。空気が読めるナイスガイ。
「魔法の森」近くにある古道具屋「香霖堂」の店主であり、霊夢と魔理沙とは「腐れ縁の関係」だ。
「おう、霖之助、おつかれ?」
「……またね、霖之助。ありがとう」
そんな銀髪眼鏡紳士を暖かく見送る魔理沙と霊夢。
その紳士が居なくなった頃合いで、魔理沙はついぞ前まで彼が座ってた座布団にどっかりと胡坐を掻いて座り込む。
そしてそれまで被ってた三角帽子を脱ぎがてら、気まずそうにかりかりと頬を掻きながら「…あのさ」と切り出す。
「なぁ、霊夢?あの一週間前のコト、まだ根に持ってたりしてねぇ?」
「あら、なんのコトだったっけ?」
「って。さ。あの時の茶店。たまたまそこに居合わせたあたしにおまえが『立て替えてくれー』って泣きついたのにブッチしたこと」
「ああ、……そんなこともあったわね」
「そ、それでさ。そのことを根に持ちすぎて、今まで以上にすっかりやさぐれた挙句、病んで寝込んじまったんじゃねぇのかなってさ」
ここまで辿り着くまでの道中、悶々と抱え込んでいた懸念を打ち明ける魔理沙。
そんな魔理沙をジト目で霊夢は見上げ、そして数拍の間を置いてから口元に手を添えて小さく笑いだした。
てっきりいつものようになりふり構わずどやされると思っていた魔理沙は、そんな霊夢の予想外の反応に肩透かしを食らったかのように目をまんまるにさせる。
「あなたもバカね。そんな些末なコトでやさぐれて病むほど落ちぶれちゃいないわよ。博麗の巫女をなんだと思ってるの?」
「そ、そうか、それもそうだな。……ってか、やっぱりいつものおまえじゃないよ。その、さあ?」
「っていうか。わたしもわたしで安心したのよ。そうやってわざわざ言いに来るあたり、盗人猛々しいあなたにも人の子の良心ってのがちゃんとあるんだなぁ、って?」
「はああ?なんだよそれ?ひっでぇなあ、……ん?」
なんだかんだで調子が狂いっぱなしの魔理沙は、やれやれと両手を床につき、その手に偶然何かが触れたのを感じた。
なんとはなしにそれを拾い上げてみると、それはやたらと小難しい漢書で記された書物。
それも一冊どころではない。この狭い四畳半の寝室の床一面を埋め尽くす勢いで、その類の数多の書物が散乱している。
ここに来て初めてこの異常な現場に魔理沙は驚く。さっき早々に出ていった霖之助は、その散りばめられた書物の沼を踏まぬように軽妙な足使いで帰っていったのだ。
「なぁ、霊夢、これって……?」
「今度はなあに?それよりも一応言っとくけど、あのコトについてはもう解決済みよ。だからあなたが気にすることはないわ。そんなコトより」
「お、おう、なんだよ?」
魔理沙の指摘を遮るようにここで話題転換を仕掛ける霊夢。
そのついでに、よっこいせ、と半身を起こしていく。
「あー、もうそういえばとっくにお昼過ぎてるわねー?おなかすいたなー、魔理沙、ごはんつくってー」
「お、おう、なんだいきなり?ここで食欲モード全開か?おまえらしいっちゃらしいけど、あいにく今日びに限っては食材の持ち合わせなんてないのぜ。なにせ、手ぶらで来ちまったからな」
「っち、使えないわね。しょうがないなー、じゃあ、薬缶でお湯沸かして来てー?」
「お、お湯ぅ?白湯でも飲んで空腹紛らわすつもりか?」
「バカね、そんなんじゃないわよ、……ほらっ」
突然の甘えたモード発動の霊夢に魔理沙は余計に調子を狂わされつつ、柄にもなく狼狽えるばかり。
そんな魔理沙を呆れたように眺めながら、霊夢は枕元に置かれていた大きな風呂敷を解き放つ。
それは、霖之助が置いていった着替えとは別に用意された「食料品」だ。
勢いよく解き放たれた風呂敷からごろごろと崩れ落ちる大量のどんぶり型の物体を見るなり、魔理沙は思わず両目をキラキラさせる。そんな魔理沙に対し、霊夢はいかにも得意げにドヤ顔で腕を組みながらふんぞり返る。
「か、カップ麺じゃねぇか?こんなレアモン、滅多に食えるもんじゃねぇよ?ってかすげえな、あいつ」
「ふふ、さすがは商い上手の霖之助ね。ダメもとで頼んでみたけどまさか本当に都合してくれるなんて」
「お、おう、っていうか、こんだけあんだ。……あたしも食べていいよな?な、な?」
「そこは抜け目ないのね。んー、どうしよっかなー?」
「な、た、頼むよ、後生なのぜっ。なんでもすっからよ!」
「へーぇ?なんでもするって言ったわね、それじゃあ?」
滅多に食せない「舶来モノ」を前に異常に食いつき気味の魔理沙に、霊夢は腕組みしたまま意地の悪い笑みを浮かべる。
そして、すっと左手を彼女へと突き出し、目の前でぴんっと小指を立たせてみせた。
「ずっとわたしのともだちでいてね?……あの時のように、見捨てないでね?」
「お、おう。ってか、やっぱり根に持ってんじゃねえか。そんなのお安い御用なのぜ」
「うん、じゃあ、約束ね。ゆびきりしよ?」
「おう、ゆびきりげんまん♪」
そんな穏やかな秋晴れの昼下がり。
二人の少女は仲睦まじく互いの小指を絡め合うのだった。