東方二次創作劇場「月と太陽」 - 月の章 - 作:俄かさん。
「……はぁ。もう、だからほんとに嫌なのよ、ここ」
白い霧の立ち込める中、迷いの竹林の只中にて霊夢は一人悪態をつく。
「あれから」どれくらい歩いたのだろう。その時間の経過すらわからなくなるほど、その感覚すらすっかり麻痺していた。
歩いても歩いても白き霧の狭間から見える風景は、まるで代わり映えのしない鬱蒼と生い茂る果てなき竹林が延々と広がるばかり。
そんな風景のおかげで、もはや進んでいるのか戻っているのかさえ、それすらも分からない。
正直ここに来たのは、「あの異変」以来、実に久しい。ましてや一人で赴くなんて初めてのことだ。
できればこんなところ、行きたくもない。そうこの博麗の巫女でさえ思わせるほど、ここは無限に続く迷宮の様相を呈している。
ひとたびここに足を踏み入れたが最後、もれなく遭難し、最悪の場合、昼夜問わず現れる妖怪の類に脅かされる。
そう、まさに状況は刻一刻を争う。こんなところで右往左往してる間にも、あの女童の置かれてる状況は確実に危ういものになっていくのは火を見るよりも明らかだ。
そして「最悪の事態を想定しての対策はしてある」のくだり。
実のところそれは、あの場に居た一同を納得させるために咄嗟についた「嘘」、「ハッタリ」だった。
そうでもしなければ、あのお節介焼きの面々はこんなふうに一人でこの危険極まりない竹林に行くことを許さなかっただろう。
博麗の巫女とは言えど、「完全」ではなく「万能」でもないし、ましてや「神様」でもない。
保身のため、目的を果たすためならば、こうして「平然と」嘘をつく「人の子」の括りからは抜け出せない。
そしてその巫女自身もまた、今の自身のコンディションが普段とはまるで違う「最低最悪のコンディション」であることを認識していた。
『わたし、お医者さんになるの。だから頑張ってべんきょうして、おかあさんの病気を治すの』
大の大人でも読むのを躊躇うほどの難解な漢書を手に、淀みのない無垢な笑顔で告げる女童。
そのあまりにも無垢すぎるが故に、何らかの弾みで何もかもが破綻してしまいかねないほどの危うさ。
そんな彼女を見かねて、お気に入りの三色団子をいただくついでにあの茶店にて彼女との交流を続ける日々。
今にも張りつめてまるで風船のように爆ぜてしまいそうな彼女に寄り添い、他愛のない会話を重ねたり、いっしょに遊ぶ。
しかしよかれと思って続けたその交流は彼女はもちろん、当の霊夢ですら後戻りできぬほど極限まで追い詰められる最悪の状況を招いた。
『巫女さまに言われた通り賜ったお守りで毎晩毎晩お祈りしてもおかあさん、ぜんぜん良くならないの。巫女さま、どうして?』
『そ、それは……』
『巫女さま、おねがい、たすけてっ!このままだとおかあさん、しんじゃう!そんなのいやだっ!!』
『……ハナちゃん』
泣き腫らした双眸で決して離すまい逃がすまいと巫女服の裾を握り締めるやつれにやつれきった彼女を前に、霊夢は。
そうして「あの日を境に」霊夢は彼女とこれ以上会うことは適わなくなった。
(……急がなきゃ。急がなきゃ。こんなところで立ち止まってる訳にもいかない。こうしてる間にもハナちゃんは)
今にも挫けそうな心を必死に霊夢は奮い立たせる。
けれどいくら奮起しても、この空回りの状況はまるで変わらない。
このままでは文字通り「ミイラ取りがミイラになってしまう」、そんなのはごめんだ。
だけどどうすればいい、どうしたらいい?早く、早くあの子の元に行かなきゃいけないのに。
そもそも彼女がこんな目に遭ったのは、他ならぬ自分のせいだ。
追い詰められていたとはいえ、あんなことを口にしたりさえしなければ。
「ああ、もうほんと、どうすればいいのよっ!」
それまで堪えていたいろんな感情を爆発させるように天を仰ぎ、あらん限りの大声で霊夢が叫んだその時。
ぴょん、ぴょんぴょん、ぴょんぴょんぴょんっ、ぴょい~ん!……どげしっ☆☆
「ゔぇっ!?」
不意に天を仰いでいた目の前一杯に愛らしい兎の両脚裏が広がったと思った瞬間、鈍い衝撃を受けて仰向けに霊夢はひっくり返る。
その最中に逆さまに映る視界の中で、軽やかに宙を舞いがてら「あっかんべー」をするいかにも小生意気な「ウサ耳少女」。
あろうことか顔面にそのウサ耳少女が繰り出した「ウサキック」をもろにくらった霊夢は、たまらずにそのまま地面に倒れ込んだ。
されどウサ耳少女のターンはそれで終わらない。「ずっと俺のターン!」といわんばかりに、今度は落下の勢いそのままにお腹にも痛烈なウサキックをお見舞いし、その反動でまた宙へと舞い上がり、たまらず悶絶する霊夢を尻目に、少し離れたところへまるで体操選手のように両手を水平に突き出したポーズを鮮やかにキメながら着地する。
「こ、この、クソ兎っ……」
その悶絶状態からどうにかこうにか立ち直り、よろめきながらも立ち上がって憎々し気にウサ耳少女を睨みつける霊夢。
そんな霊夢をせせら笑うように、ウサ耳少女はくるんと背中を向けると、ふわふわのウサ尻尾の生えた可愛いお尻を突き出して振り向きざまに「お尻ぺんぺん」をしてみせる。
それは、いうまでもなく明らかな挑発。
恐れ多い博麗の巫女を前に、なんと無礼極まりない許されざる蛮行であろう。
「こ、このぉお!!」
女童の捜索に没頭するあまり、せっかく萃香につくってもらったお弁当も口にすることもできなかった霊夢は、その空腹からくる苛立ちも相まってそのあからさまな挑発に軽々と乗ってしまう。
瞬間、弾かれたように霊夢はなりふり構わず、とっ捕まえようとウサ耳少女に飛び掛かる。
が、そのアタックもひらりとかわされて宙へと逃げられる。
「こらっ、待ちなさいっ!(すかっ)」
「ちっ、なんてすばしっこいの、もう!(すかっ)」
「あ、ぁあ、もう、バカにしてっ!!(すかっ)」
「~~~~~~っ!!(すかっ)」
かくて始まる博麗の巫女とウサ耳少女の仁義なきチキンレース。
その類まれなる脚力でジグザグに縦横無尽に駆け回るウサ耳少女は、それこそほんものの兎そのものだ。
霊夢はめげずになんどもなんどもアタックを仕掛けるが、そのことごとくをかわされ、そのたびにウサ耳少女にバカにされる。
そうした終わりのない鬼ごっこを繰り広げるうちに、いつの間にか顔も服も泥土にまみれ身体のそこかしこに痣さえもつくりながら、霊夢はここに来た本来の理由すら、忘れかける。
だが。
「っ!」
霊夢は不意に足を止め、はっととある方角へと視線を向ける。
その立ち止まったタイミングでウサ耳少女は「お役御免」とばかり、深い叢の中に飛び込んで消えてしまう。
そんな憎たらしいウサ耳少女の行方などもはやどうでもよくさせるくらいに、その方角から発せられる尋常ならざる禍々しき「鬼」の気配。
それの意味するところと、ここに来た、そもそもの理由、目的。
「……ハナちゃん!!」
弾かれたように霊夢はその方角へと走り出す。
(ハナちゃん、ハナちゃんッ!!お願い、間に合って!!)
こうして、ここまでの経緯を経て時間軸は正常に繋がっていく、「はず」だった……。