東方二次創作劇場「月と太陽」 - 月の章 - 作:俄かさん。
逢魔が刻。
それは一日の中で最もおどろおどろしい数多の魑魅魍魎の類が跳梁跋扈する時間帯。
時にそれらは「百鬼夜行の行列」を成し、夜な夜な人里界隈に現れては人を脅かす。
人はこれを怖れ、硬く門戸を閉め家の中で息を潜め、怯え震えながらただただその行列が通り過ぎるのを待つばかり。
……されど、「今となっては」それもまた、「昔」。
「おかしいのじゃ。おかしいのじゃ。夜になっても昼間のように明るいのじゃ。これでは困るのじゃ」
通りの両脇に三間置きの間隔を設けて整然と連なる「街灯」。
それらはこの人里の通りに沿うように縦横無尽に張り巡らされ、煌々と煌めくその灯りは宵闇すら打ち払い、その一帯をさながら真昼のように照らしていた。
その街灯のひとつの陰に身を潜めていた「唐傘お化け」こと「多々良小傘(たたら・こがさ)」は、この状況を前にとても困惑していた。
「こんなに明るいとニンゲンは脅かしてもちっとも驚いてくれないのじゃ。それは困るのじゃ、お腹いっぱいにならないのじゃ」
「人を驚かす程度の能力」持ちの彼女にとっては、この状況はまさに死活問題と言えよう。
それでも一縷の望みをかけて、いつふらふらと通りがかるかもしれない人間をこうしてただひたすらに街灯の陰に隠れて「待ち伏せ」する。
そしてそれは何とも都合の良いタイミングで、向こうから勝手にやって来る。近づく静かな足音。それもひとつ。
「お、おお、足音。ニンゲンの足音なのじゃッ。これは千載一遇のチャンスなのじゃッ!」
己が潜む街灯近くまでその足音が近づく頃合いで、嬉々と小傘は通りへと躍り出る。
そうしていつものように携えていた「お化け傘」を広げてその「カモ」を驚かそうとした矢先、それはあろうことか彼女の思惑と反し、そのカモに頭を撫でられ、やんわりと窘められるというオチで終わる。
「……あら、娘さん。こんな時間に一人出歩くのはよろしくないですね。鬼に攫われますよ?」
「ふ、ふぇっ?」
日除け・虫除けの「虫の垂衣」の上に菅で編んだ「市女笠」を被り、紺の縁取りの白衣に紺の袴を纏う少女。
短冊のような札を差した幣を携え、澄んだ翠の双眸で愛らしい彼女を見下ろしながらにっこりと微笑む。
その笑みを前に、「妖怪であるはず」の小傘すら、まるで魅了されたかのようにその可憐な顔に見入ってしまう。
「ところで、道をお尋ねしたいのですけれど。『餡蜜堂』へはどう行けばいいのでしょうか?わたし、ここら詳しくなくて」
「あ、あんみつどう、とな。それなら、あっちを真っ直ぐ行って、すぐ右じゃ。けど商いはしておらんぞ」
そこで唐突に道を尋ねられ、狼狽え気味に小傘はひどくアバウトに道を教える。
それを聞いた巫女は「ありがとうございます」と深くお辞儀をしてから、いそいそと目的地へと歩き出す。
「な、なんだったのじゃ、あの娘。『博麗の巫女』ではない、のは、確かなはずじゃが……?」
遠ざかるその巫女の後ろ姿を呆けたように眺めながら、しきりに小傘は首を傾げるが、すぐに別の足音が近づいてくるのを察知すると、慌ててさっと街灯の陰に隠れる。しかも今回の足音は二つ。まさに倍率ドン!である。
ワクテカと目をキラキラさせながら、小傘はそのカモどもを待ち受ける。
「まって、まってよぉ、『妖夢』ちゃーん、わたし、もう歩けなーい」
「だーめですっ、『幽々子』さまっ!まだ一里も歩いてません!三里は歩くって言いましたよね、さぁ、しっかり!(ぴっぴっー!)」
地面にへたり込んで駄々をこねる、「ゆゆこ」という名札のついた水色のジャージを着たちょっとふくよかな女性。
そんな女性を叱咤するように、けたたましくホイッスルを吹き鳴らす「ようむ」という名札のついた若草色のジャージを着た少女。
その少女の傍らにはふよふよと「ヒトダマ」が浮遊している。
そんな二人、「西行寺幽々子(さいぎょうじ・ゆゆこ)」と「魂魄妖夢(こんぱく・ようむ)」は「冥界」にある「白玉楼」の関係者。普段なら二人揃ってこの界隈には滅多に出てこないはず、なのだが。
「もう幽々子さま、朝から晩まで食っちゃ寝食っちゃ寝して!不摂生にも程がありますっ!今日という今日は許しません!」
「えー、そんなこと言っても、わたし、『ユーレイ』だから別に問題ないわよぅ(正確には『亡霊』だけど)。だからもう帰りましょー?」
「!!な、なんとそうだったのですかっ。普通に足生えてるし、普通にご飯もいっぱいお食べになられるから、わたしはてっきり!」
「あ、あなたねぇ。……何年わたしの従者をやってるのかしらぁ?」
いつまで経っても「半人前」の従者を前に、主人である幽々子は流石に呆れ顔を隠せない。
そんな彼女が引き起こした「春雪異変」。幻想郷中の春を奪い、冬を長引かせた「前科持ち」。
「ちょっとお庭の桜でお花見がしたかったのよ」と茶目っ気たっぷりに当時を振り返る幽々子だが、その真意は未だに闇の中。
それはともかくとして。
「いーや、でもダメです!ダメダメですっ!ほらっ、このふっくら膨らんだ『お餅のようなほっぺ』!(ふにふに)ぽっこり膨らんだ『ぽんぽこ狸のようなおなか』!!(ぽこぽんっ)……これは誰がどう見ても『太りすぎ』です!だから『ダイエット』しましょう!!」
「いやよー、もうわたし疲れたのー、もう歩きたくないもんー!」
「そんな我儘ばっか言わないでくださいっ!散歩を嫌がる秋田犬みたいにむずがらないでください!!(ぐぃぐぃ)」
……なんなんだ、コイツら。なんとも喧しい二人の絡みにヒクッとなりつつ、小傘はそっと近づいてぽんぽんと妖夢の肩を叩く。
「んばぁっ!!(でろでろーん)」
「み ょ っ(ぴしっ)」
足音忍ばせ気配すらも消して妖夢の背後に近づき、肩を叩いて振り向かせると同時に、素の状態で盛大に驚かせる小傘。
それをまともに受けた妖夢は立ったまま硬直し、その口から「ふしゅううう」と「半人」の方の魂を「解脱」させてしまう。
この「半人半霊」の少女、自分も「お化け」のクセに「お化けが死ぬほど怖い」という特異な個性を持っている。
「きゃー、妖夢ちゃーん、そんなので解脱しないでー!!」
これに慌てた幽々子は、今にも天に召されそうなその魂を、慌てて掴み取ろうと手を伸ばす、が。
あろうことか「はしっ」といつの間にか宙を浮かんでいた何者かにそれを横合いから奪い取られてしまう。
「はーん、死因は『ショック死』ってトコか。でもって死亡時刻は『夜中の二時半』、と。しっかしこんな通りのど真ん中で大往生ってのは、どんだけなんだか」
「あー、くわばらくわばら」と、とっ捕まえた魂を小脇に抱え、ふわふわと宙に浮かびながら帳面を綴る赤髪ツインテールの少女。
その背にはなんとも物騒な大鎌が腰帯に留められ背負われている。
その名を「小野塚小町(おのづか・こまち)」。見目通りの「死神」である。
帳面を綴り終えたところで、「お、なんだ?」と今更のように愕然とする幽々子を見下ろす。
「なんだ、誰かと思ったら『白玉楼のババァ』かよ?どうかしたか?」
「バ、ババァ?(ひくっ)誰に向かってほざいてんのよ?あなたの管轄は『三途の川』でしょっ。どうして人里に現れるわけぇ?」
「あー?悪いな、こっちにゃこっちの事情ってのがあってよ。こうでもして『点数稼ぎ』しねぇと『上司』に叱られっからな、お?」
ぎゃんぎゃん喚く幽々子への応対もおざなりに、目ざとく小町は妖夢の空の肉体の周りを右往左往する「半霊」すらひったくる。
それを目の当たりにした幽々子は「ああああっ!」と悲鳴交じりの声を上げた。
「なんかわからんがオマケつきか。こいつも取っとくか?」
「きゃー、いやー、やめてー!わたしの妖夢ちゃんを返してー!!」
「あー?コレはおまえのツレか。だからなんだ。邪魔すんなら業務妨害で訴えっぞ?てなわけで、じゃーな!(ばひゅーん!)」
「ばかばか、待ちなさーいっ!!このアホ死神ー!!(ふよよよーん)」
文字通り両手に花ならぬ両手に魂をゲットし、意気揚々と満月の夜空の彼方へと飛び去る小町。
それを慌てて飛んで追いかける幽々子。
「な、なんなのじゃ。今宵は本当にわけわかんないのじゃ」
すっかり空っぽの状態で棒立ちしてる妖夢と、ぽかんと二人が飛び去った夜空を仰ぐ小傘。
でも妖夢が魂が抜けるほど驚いたおかげで、ちょっぴりおなかも膨れて幸せであった。
そのころ。
「こんな夜分に申し訳ありません。店主さまはおられますでしょうか?」
「休業中」の張り紙の貼られた餡蜜堂の戸を叩き、気遣わし気に声をかける一人の巫女。
それを聞きつけ、店の奥からごとごとと戸を開けて姿を見せる若旦那。
愛妻が「危篤」の上、愛娘までもが「行方不明」という二重苦に苛まされるその男性は、これ以上ないくらいにやつれきっていた。
そんな憐れな様相を気の毒そうに眺め、ゆっくりと巫女は被っていた市女傘と虫の垂衣を脱ぐ。
「『守矢の遣い』の者です。『蓬莱の妙薬』をお納めに参りました」
長い緑の髪を揺らしながら若旦那に恭しく会釈をし、守矢の巫女は懐中から紙包みをそっと取り出してみせるのだった……。