ふかふかダンジョンでエンジョイ&エキサイティング! 作:RAP
案の定、アドリ=ブヨーワ公爵から「君とウチの次女の件で話があるからマイゴーノ領本邸まで来てね☆ まさか逃げようなんて思ってないよね?」という内容の手紙が届いた。
聖都カケルからマイゴーノ領まではちょいと距離があるから、ちょっとした長旅だ。
列車作ろうぜ、列車!
馬車2台を用立てて、片方には僕・バーチェ・アイリス、片方にはバトさん・ミルヒ・カカオ。
目的地が目的地だし、貴族紋付きの馬車だし、『革命』の関係で職がすぐに見つかるから盗賊の類は激減してるし、わりと戦力過多な気もするし、御者と護衛騎士を一人ずつ御者席に乗せときゃ十分だろうと、マイゴーノ領まで出かけることに。
ただ、なんていうかこう、ぽかぽかと温かい日差しが窓から差してくる中、馬車にのんびり揺られていると……日頃の疲れが溜まっていたのか、妙に眠気が凄くて。
金色の風車を移動中の車内で眺め続けるという愚行をしていたのもあって、軽く馬車酔いしてきたのもあり。僕はバーチェの膝枕を使わせて貰って、昼寝をすることに決めた。
普段笑わないバーチェが、うっすら微笑を浮かべて、鼻歌まじりに僕の頭を撫でてくれる。
アイリスは、そんな僕達を微笑ましく見守っている。
……もう、なんだよ。照れるじゃないか。
ああ、なんだかんだで。
頭を撫でられるのは、気持ちがいいな。
金色の風車を手にしたまま、僕の意識は落ちていく。
柔らかい手。温かい手。ゆっくりと、丁寧に――
* * *
淀んだ意識の中、うっすらと目を開ける。
僕は膝枕をされていて、確かに頭を撫でられている。
でも。そこは。
馬車の中ではなく、雪景色。
白い帽子を被った山脈達。
列を成している岩の高台。
雪に埋もれた深き森林。
……どこだ、ここは。
確かに僕は、暖かい日差しの中で。
馬車に揺られて、膝枕で、頭を撫でられたまま寝たはずで。
今も優しく撫でられ続けている。
柔らかい太股の感触も感じている。
周囲は明らかに雪景色で、山中の森林地帯だ。
なのに寒さは一切感じない。
なんだ、なにが起きている。
そして、僕の目の前には。
縄文人の方がまだもうちょっとマシな、草木で編まれた服を着た。
筋骨隆々の、中肉中背の眼鏡をかけた青年が。
「あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あああああああああッ!」
頭を抱え、苦悶の表情で、身体全体をくねらせて血涙を流しながら、絶叫していた。
「救いようがない……っ!」
崩れ落ちるように彼は地面に四つん這いになり、物凄い勢いで両手で地面を叩く。
ドオオォォォン! 信じられないぐらい大きな打撃音が周囲に響く。
「ふ……ふふ……そういえば僕、風俗とか一回も行ったことないですね……」
パッと見、独り言をブツブツつぶやく危ない人だ。
でも、わかる。僕には、彼が誰なのかわかってしまう。
織津江大志。
状況から察するに、オサマ王国に辿り着く前の時間軸。
見ただけで彼の強さがわかる。
彼に追いつくには10年足りない。
言い換えれば、10年あれば、今の彼には追いつけるかもしれない。
でも……その時彼は、10年分強くなっているから結局勝てない。
「ふははははは」
いつの間にか彼は立ち上がっていて、虚空に向かって笑っていた。
「さて……そうと決まれば……技術実証! 異世界の技術レベルで、しかも謎の禁忌縛り付きで現代知識がどれぐらい使えるか……!」
信じられない。
僕は確かにここに居て、今も膝枕で、頭を撫でられているのに。
「空気の分留も可能では!? 液体窒素と液体酸素を作って……」
ハルピュイアのように、僕は身を隠してすらいない。
彼は確かに僕の目の前に居て。
こんなにもはっきり喋っているのに。
「……抜け道だらけなら禁忌がある意味が無い。つまりあの雑な禁忌設定は『抜け道が多い』んじゃなく『それっぽいものは全部やめろ、意図も空気も読めない馬鹿はやらかして死ね』という『不親切』です」
僕はそっと、手を伸ばす。
景色の中の木々は、そよ風に揺れているように見える。
でも。僕の周囲は、凪いでいる。
「『電気に加え、何らかの熱や燃料を使った駆動力や爆発力、火気の技術』の禁止と思われる。石炭粉で粉塵爆発爆弾や、液体燃料ロケットはほぼ『黒』とみた」
……ああ、そうか。
「圧縮空気は……どうなんだろう?」
圧縮空気は大丈夫みたいですよ、パイセン。
未来の貴方が、証明しています。
「圧縮空気で十分に動かせるものなんて、精々バイクか小型車くらいですし大丈夫っぽいですが……」
飛行機だって行けると思うんですけど、やっぱ飛行モンスターの存在がネックなんでしょうかね、パイセン?
そんなことを考えていると、案の定飛行モンスターがパイセンを襲う。
パイセンの回避歩法を見ることができたので、僕は自分の『雷光流』の目指す場所が正しいとわかった。
優しい手が、僕の頭を撫で続けている。
凪いでいたはずなのに、突如一陣の風が吹き、僕の視界を大量かつ長い金髪が覆い隠した。
……誰だ。僕の知り合いに、こんな髪の女性はいない。
風に流れた長い金髪が、元の場所に戻っていく。思わず、その髪を一房握ってしまう。
僕は一体誰の膝枕で、誰に撫でられているのか?
僕がそっと視線を上に向けると、長い耳の少女が微笑を浮かべて。
慈しむかのように、僕を撫でながらつぶやいた。
「また会いましょう。
「……エンシェント・ワン!?」
急に遠のく意識の中。
僕は、そう返すのが精一杯だった。
* * *
「ああ、坊ちゃん。起きたんですかい?」
僕が起きると、御者が声をかけてくる。
見れば、アイリスもバーチェも座ったまま寝ている。
つまり、馬車内はみんな寝ていたってことだ。
「こんな陽気じゃ、仕方ないですね」
「昼寝日和とは、このことですなぁ」
護衛騎士の苦笑に、御者が答える。
僕は、確かにこの手に握ったはずの、長く美しい金髪を見ようとする。
……そこには、今も変わらず、金色の風車が握られていて。
風に吹かれて、からからと回っていた。
僕は貴方の、なんなんですか。
時空間を越えられると、ちょっと困るんですけど。
まさか嫁じゃないよね、と僕は遠い目をした。
バーチェの膝枕は、とても柔らかかった。