ふかふかダンジョンでエンジョイ&エキサイティング! 作:RAP
原作の貴族描写は「武家子女の概念がある(クコロ)」「アロ男爵令嬢・グラス子爵令嬢がいる」「嫁沢山の伯爵がいる」程度しかないが、少なくとも平民と貴族の区分が存在するとわかる。
貴族の爵位を大雑把に伝えるなら「男爵は町か村単位、子爵は市単位、伯爵は県単位、侯爵は地方級」というのが爵位警察に殺されない程度の説明だろうか?
村単位の騎士爵がある世界もあるし、城と周辺集落を管理する城代がいる世界もある。
管理する土地を所持していない法衣貴族が以下略。
この辺の知識をふわっと押さえておけば、ナーロッパを舞台とした異世界モノで小説家デビューも夢ではない。
ならば公爵は?
王族が降嫁したりして、尊き血が入った家という説明が早い。
日本で例えるなら、徳川宗家・勲功家(薩・長・水戸)・皇別摂家(近衛・一条・鷹司)という感じだろうか。つまり「歴史の勉強をしたり、歴史小説を読んでたら苗字がでてきた家」と表現したとしても過言ではない。
王族の尊い血が入っているから領地だって広い。王位継承権を所持していてもおかしくない。
つまり、公爵令嬢であるセスレ先輩は普通に雲の上の人なわけです。
生徒会長になってくれと打診されるのも当たり前だし。
当然、学校を卒業してからの扱いだって変わってくる。
原作のセスレは曹長だ。外見年齢はまだ20代なのに。
この世界線のセスレ先輩は、卒業後に連合国軍に入って五年で曹長になるはずだった。
どちらにせよ、(公爵令嬢への忖度があったとしても)20代で曹長って凄いことです。
え? 尉官でも将官でもないのなら大したことないんじゃ、って?
指導ォ!(グーパン)
曹長って言ったら曹長ですわよ!? 曹士のトップ!
士官学校に行っていない下士官の中では最上級の階級!
部隊の中核であり、部下隊員の指導もおこなうまとめ役。
前世だって50代曹長とか普通にいました。
だから原作セスレは亜人の洗脳なんかに負けなかったわけですね(ろくろを回す手)。
さすセス。ちょっと言いにくい。
話を貴族に戻す。
子爵以下は低位(下位)貴族、伯爵以上は高位(上位)貴族と分かれている。
高位と低位は、礼儀作法も扱いも何もかも違う。お茶会メンバーすら分かれてる。
高位が低位のお茶会に呼ばれることはあっても、その逆は礼儀作法が追いつかない。
僕の実家のハサマール家は、複数の市単位の土地を束ねて管理しているし、商家を抱えているから伯爵級の力を所持している。
でも結局は子爵なのだ。伯爵家以上とは格が違う。そう扱われる。
格が違うから、高位貴族と低位貴族の縁談は、高位貴族側が次男や次女以下でなければ基本は成立しない。だから、子爵家の三男坊である僕が、侯爵家の長女と婚約する……というのは本当にとんでもないことなのだ。
「何がなんでも、手段を選ばずお前を取り込む! 場合によっては侯爵家すら譲る!」という、色々なモノを度外視した滅茶苦茶な横紙破りがないと、本来は絶対に発生しない出来事。
それが、僕とビケワ嬢の婚約の無理筋であり。
公爵次女のセスレ先輩とお近づきになってしまった僕が、アドリ=ブヨーワ公爵家に「ちょっとツラ貸せや」と言われてしまった理由でもある。
いや本当にありえないんだって。
子爵家三男と公爵家次女の婚姻、しかも公爵家側が側室になるとか。
でもこうやって改めて考えていくと、雲の上の公爵令嬢を散々コマして
まぁ待って、落ち着こうよ。前世日本で考えてみよう。
例えば、僕が戦国時代に転生しちゃったとして。
小大名の三男坊として生まれた僕が、偶然出会った高貴な生まれっぽい女性といい仲になってディープキスとか散々しまくっちゃったもんだから、彼女の実家に挨拶に出向いたら「五摂家筆頭近衛家、第17代当主にして従一位関白、近衛
……うん?
もしかして駄目なやつ? セプクでケジメ案件?
誰だよ、
ごめんなさい僕です。未遂です。弁護士を呼んでください。
* * *
果たしてこの空間を、応接室などという単語で片付けて良いのだろうか。
国指定登録有形文化財とかなんかそういうヤツだろうか。
圧倒的な広さ。窓やカーテンの豪華さ。様々な家具やインテリアのどれもが凄い。
全体的には金と白と茶色のイメージだが、全てが控えめに調和するよう調整されていて。
語彙が消失しすぎて説明しにくい。富裕層ピラミッドで超富裕層に分類される人達の上澄み。
一番目立っているのは、壁に飾られているとても大きいサイズの絵だ。
アドリ=ブヨーワ公爵家の面々なのだろう、複数の人物が庭園に並び、笑っている絵。
額縁とかすげぇな、職人気合い入りすぎだろう……と思ってよく見たら。
絵じゃなくて、刺繍だった。刺繍絵画ってやつだ。
画家が描いた下絵をもとに、刺繍職人が針と糸で縫い上げた絵画。
えっ、これ金貨何枚なの。「開運!なんでも鑑定団」に出してみませんか。
で、案内されたふかふかソファに座っているのは僕一人。
その気になれば、バーチェをはじめ、僕達全員座れるんだけれど。
……相手側の壁に、美人のメイドさんがずらーって並んでてさ。
いつでもなんでもお申し付けください、と待機してるわけです。
だもんで、ウチのメイド……全員妾なんだけどさ。
嫁さん全員、謎の対抗心を発揮しちゃって。
公爵家側のメイドと同じように、五人横に並んで、澄まし顔で待機ポーズ。
最初は嫁一同で、キョロキョロと部屋を眺めていたくせにこれですよ。
そしたら、つかつかとセバスチャンって感じの執事が歩いてきて。
「旦那様、奥方様、セスレお嬢様の御入室です」
とか言ってくるわけ。
そしたら並んでる公爵家メイドが、みんな一斉に頭を下げるわけです。
綺麗に揃った礼、しかも礼状態で微動だにしない待機姿勢。
僕は面倒くせぇな、と思いながら立ち上がる。
前世だったらヒゲマンとか言われてそうなイケオジが貴族礼服をビシッと決めてる旦那様と。
セスレ先輩を順調にアラフォーに進化させた上で、紫色を基調とした豪奢なプリンセスライン(スカート部分がふわっと広がるやつ)かつアンブレラスリーブ(袖口がふわっと広がるやつ)のドレスを着た奥方様。
奥方様のような紫色ではなく深めの青色、フリル的な飾りを減らしてシンプルなものに仕立てられたドレスを着たセスレ先輩が、入室してきた。
僕は頭を下げ、右手を左胸に添える簡易貴族礼で出迎える。
当然、僕の嫁さん達も頭を下げて出迎える。
「ご足労感謝する、ハサマール子爵令息。私はオットー・マイゴーノ・アドリ=ブヨーワ公爵だ。そして彼女は」
「オカサ・マイゴーノ・アドリ=ブヨーワ公爵夫人と申します」
「……ユーリ・アイダ・ハサマール子爵令息と申します、アドリ=ブヨーワ公爵。本日はお招きありがとうございます」
「ああ、頭をあげて。私のことはオットーでいい」
「では、オットー卿と。僕の事は、ユーリと」
「いいだろう。かけたまえ」
セスレ先輩と目線が合う。彼女は嬉しそうに微笑む。
めっちゃ気合いが入ったナチュラルメイク。
薄化粧って言われがちだけど、そんな事を女性に言ったらぶん殴られる。
肌の質感を活かし、顔立ちを美しく見せる化粧の難易度は高い。ましてここは異世界だもの。
彼女に対して軽く微笑んでから、僕はソファに座る。
合わせて、公爵家三人もテーブルを挟んで向かいに座る。
すさまじく自然に、執事が紅茶の入ったカップをテーブルに置いていく。
「ユーリ君。単刀直入に聞こう。ウチのセスレと
ニコニコの笑顔で尋ねられる。
んもー。そんなの僕の個人情報ごと、全部調査済みの癖にー。
「はい、オットー卿。その通りです。僕とセスレ先輩……セスレ嬢は、ご縁があって
「そのようね。伺っているわ。皮肉なことに、それゆえに今こうして話しているのだけれど。……私のことも、オカサと」
「はい、オカサ夫人。おっしゃる通りです。ニク=ドレ卿……ニク=ドレ・ハーベラ・セルヨーネ侯爵の横紙破りとも言える申し出により、僕とグラス・タレーメ・マンセー子爵令嬢の婚約は白紙となりました。そのうえで、セルヨーネ侯爵が長女ビケワ嬢と婚約を結ぶ流れになっております。……いえ、正確ではないですね。もう婚約の書類は提出され、受領されています。今は暗黒大陸に出向いているビケワ嬢が中央大陸に戻り次第、僕は彼女と婚約式を挙げることになる」
僕はそう言ってカップを手に取り、紅茶に口をつける。
なんだこれ、くそウマ。
「高位貴族、しかも軍務大臣として
軽く肩をすくめるポーズをしてから、カップをテーブルに置く。
「……まぁ、それはいいんだ、ユーリ君。君が陛下に直接『革命』の奏上をし、そしてバーピィチピット聖王国どころか、ナイツ王国をはじめとした中央大陸全土にその影響を与えている。それはとても素晴らしいことだ。ユーリ君と繋がりが出来るのであれば、多くの高位貴族が諸手を挙げて歓迎するだろう。……君が生み出すであろうものとその利益を、どれだけ多く吸い取ることができるだろうか、とね」
「お父様! 何を言い出すのですか!」
セスレ先輩が、思わず抗議の声を挙げる。
僕は無言で、先輩に片手の手のひらを見せる。待って、の意味。
「ユーリ君。ウチのセスレは、そこまで安くない。アドリ=ブヨーワ公爵家の看板を、舐めてもらっては困る。例え君が、セルヨーネ侯爵家の正当後継者に指名されたとしても、だ」
「成り上がりの若造が、由緒正しきアドリ=ブヨーワ公爵家の看板を侮るな。セルヨーネ侯爵家、なにするものぞ。……そういうお話でしょうか?」
オカサ夫人が扇を取り出し、扇を広げて口元を隠しながら言う。
「ふふ。わかっているようですね。アドリ=ブヨーワ公爵家が、安易に下に見られるようなことは、決してあってはならぬのです」
「お母様まで!」
憤慨するセスレ先輩。
僕はオットー卿の目を見ながら言う。
「……舐められるぐらいなら、愛娘を連合国軍に所属させ、国に貢献させる方がマシだと?」
「然り」
「愛娘が亜人の手に落ち、死ぬより酷い目にあったとしても?」
「然り」
「アドリ=ブヨーワ公爵家を舐めたら殺す。侮られることを受け入れるぐらいなら死を選ぶ」
「然り」
オットー卿は、淡々と答えていく。
なるほど。僕と親密にならなかったセスレ先輩が、そのまま連合国軍入りしたら。
そりゃ、どれだけ強姦されようが、心が折れることはないわな。
機会があれば絶対に脱出して、人類の為に愛馬を走らせる。
虜囚の身となったから亜人様万歳、なんて思うわけがない。
――嗚呼、なんと美しく、誇り高き魂なのだろう。
とかなんとか思ってみたり。
「だからね、ユーリ君。学業を抱えているキミとセスレを、こうしてわざわざ呼び出したのは他でもない。ユーリ君、キミに直接問いたかったからだ」
「聞きましょう」
「キミはセスレに、あるいはアドリ=ブヨーワ公爵家に、何をもたらしてくれるんだい?」
「お父様……」
はぁ。そういうことね。
うーん。ちょいと計画を修正する必要アリ、か?
「執事さん。冷たい飲み物……果実系のジュースかなにかを」
「かしこまりました」
僕はソファに深く、寝そべるように体重を預ける。
……クソ悪い態度、ってやつだ。貴族的うんこ座り。
セスレ先輩はびくっとしたが、オットー卿もオカサ夫人も何も言わない。
僕を値踏みするように、ニヤニヤしている。
しばらくして執事が持ってきてくれた飲み物を、貴族的うんこ座りのまま飲みながら。
僕は天井のシャンデリアを眺めながら、ぼんやりと問いかける。
「オットー卿。ひとつだけ、お尋ねしたいことがあります」
「なにかね?」
「僕はまだ、ニク=ドレ卿に会ったことがありません。オットー卿、貴方から見たニク=ドレ・ハーベラ・セルヨーネ侯爵は、どのような人なのですか?」
「ふむ?」
オットー卿は顎に手を当て、しばし悩んでから答える。
「キミが言った通りだよ、ユーリ君。高位貴族で、
オットー卿はカップを手に取り、少し冷めた紅茶を飲んで。
「ウチのセスレを、キミの側室とできてしまう状況になってしまったことを重々承知の上で、こんな事を言うのもなんだがね。……既に決まっていた婚約者との幸せな未来を無理矢理引き裂いてまで、横紙破りをおこなう必要は本当にあったのかい?」
「ほーん? ないですねー」
僕はシャンデリアを眺めたまま、わざと音を立ててジュースをすする。
ずずずず。
「私は言った。公爵家を舐めたら殺す、と。では、その……高位貴族で、
「……ニク=ドレ卿を舐めたら死ぬ」
「憂国烈士。いい言葉だね。本当にそんな人が、存在するのなら」
ずずずずず。
僕はジュースの残りを一気に吸って、執事にグラスを渡すように手を伸ばし。
「おかわり」
「かしこまりました」
執事が僕の手からグラスを回収していく。
僕はそのまま深いため息をついて、頭を抱えるように、片手で両目を覆った。
「はぁ……そこまでお望みなら、仕方がないですね……」
「考えはまとまったかね? ユーリ君」
「アドリ=ブヨーワ公爵家の全てを巻き込みます。後ろ盾どころじゃない、運命共同体と言っていい」
「ほう?」
「その上で……バーピィチピット聖王国の王族すら
「ふむ」
オットー卿が足を組み直す。執事が近づいてくる音がする。
僕は跳ねるように起き上がり、執事から奪うようにグラスを受け取る。
「今から僕が言うことは、まだ誰にも話したことがない。セスレ嬢にも、後ろに並んでいる僕の妾達にも。だからこそ、もう後戻りはできない。聞いた以上は道連れだ。腰が引けて逃げ出すようなら、僕の方からアドリ=ブヨーワ公爵家を切り捨てる」
からり。
『革命』の影響でいつでも作れるようになった氷が、グラスの中で音を立てる。
「既に、僕とセルヨーネ侯爵家との戦争ははじまっている。僕が学校を卒業する頃には、セルヨーネ侯爵家は事実上解体されているか、
「……っ!」
セスレ先輩が息をのむ。
僕は軽くジュースを飲んで、口を湿らせる。
「恐らく、もうビケワ嬢は死んでいる。暗黒大陸で、これ以上ないぐらい派手にね」
「それは興味深い」
オットー卿が暗い笑みを浮かべる。
「今は連絡待ちの状態。だからこそ平然と、僕はセスレ嬢を側室に迎え入れなければならない。……正妻がビケワ嬢であるからこそ、僕はセスレ嬢を側室にできる。順番を逆にすることはしない」
「そうなると、正妻が空くわね?」
オカサ夫人が小首を傾げる。
「はい。侯爵級の長女や王族以外は、簡単に正妻を捻じ込めなくなります。その上で、今後二度と横紙破りなんて起こさせないように、僕の後ろ盾となるアドリ=ブヨーワ公爵家の権力を増大させておきます。……まぁ、先ほども言ったように、その頃には後ろ盾どころか、運命共同体なので。比翼連理も同然でしょう」
「比翼連理の愛情は、是非ともセスレに注いで貰いたいね」
「個人的な感情としては、正妻も側室も妾も、みんな等しく愛するつもりですが……続けます。ビジョレ・ハーベラ・セルヨーネ侯爵令息は、取り巻きを全員消した程度で心を病んでしまった。ビケワ嬢の死が確定した後、想定されるニク=ドレ卿の行動は二つ。軍勢を引き連れて娘の仇を討ちに行くか、息子同様に心を病むか。どちらにせよ、隙はできる。……ビジョレを、殺せる」
僕はジュースを飲む。喉が渇いて仕方が無い。
「僕は、この部屋の使用人を退室すらさせませんでした。簡単なことです。言えば殺すし裏切れば殺す」
僕はこの部屋にいる全員を見渡す。
並んでいるメイドさん達の顔が、全員青ざめるのが見える。
「ビケワとビジョレは僕を舐めた。だから殺す。オットー卿が言うように、憂国烈士が幻想であるのなら、ニク=ドレ卿も殺す」
僕はセスレ先輩が座っている方向に、手を伸ばす。
セスレ先輩を掴むように、宙で拳を握る。
「僕はセスレを迎える。誰にも邪魔はさせない」
セスレ先輩が少しのけぞって、顔を赤く染めた。
それを見た公爵夫妻は、笑う。
「……ふふっ。ユーリ君、キミの意向はわかった。少し休憩しよう。アドリ=ブヨーワ公爵家が何を得るのか、その話はあとだ」
「ユーリ君、お腹はすいてる? 少し早めに、食事にしましょうか」
「そうですね。せっかくの遠出です。公爵家の食事を堪能させてください」
僕はそう言って立ち上がり、片腕を上げて身体を伸ばす。
うーん、疲れた。
振り返ると、バーチェとアイリスとバトさんが頬を染めていて、ミルヒとカカオはドン引きしていた。バトさんは口をむにゅむにゅさせて、息を吐く。
「はぁ……ユーリの殺気を見とったら、きゅんきゅんしたで」
「「えっ」」
ミルヒとカカオがぎょっとしてバトさんを見る。
バーチェが感極まったように、胸を押さえて。
「ああ、これが乙女心なのですね……わかるような気がします」
「「えっ」」
乙女ってなに。
ミルヒとカカオは顔をひくつかせる。
「なんか凄いですね……ユーリ様を研究したくなってきました」
「……うん?」
アイリス、どういう意味?
僕のお尻が、きゅっとなった。