ふかふかダンジョンでエンジョイ&エキサイティング! 作:RAP
聖都、セルヨーネ侯爵屋敷。時間は夕方近く。
ジャン君とハンティ爺さんをハーベラ山のサビレ村から連れてきたので、少々バタついている。
二人とも聖都カケルに来るのははじめてだったようで、馬車での道中も、そして聖都に到着してからも、二人して馬車から見える景色に「うおーすげー」と感動しまくっていた。
「聖都のセルヨーネ侯爵屋敷には、来客用の離れがあります。その離れに御二方の部屋を用意させますので、暗黒大陸に行くまでの数年間はそちらでのんびりお過ごし下さい。いま、兄様……と、私が貴族学校に通っているのもあって、屋敷の方にセルヨーネ侯爵一家が住んでいることになります。色々あって兄様は子爵令息から侯爵に成り上がった形ですので、子爵令息時代に本拠地としていた聖都が現状でも本拠地となっています。ハーベラ領の本邸へは、年に数回里帰り的に戻るか戻らないか……といったところです」
「なるほど、それで先代の奥様はハーベラ領の本邸住まいってわけですかい」
「はい。夫と子供を亡くされた先代夫人に、静かに過ごしていただきたい意向もありまして」
設定上、兄と同い年の妹の自分が貴族学校に通っていないのはおかしいので、説明しながら急遽設定が増えてしまった。
……アカン。早いところ男性体に戻らないと、沢山のボロが出そうだ。
馬車から降りて屋敷に向かいながら二人に説明していたところ、屋敷から慌ててセスレが飛び出てきた。めっちゃ簡素な外行き用ドレスを着ているので、多分いま、みんな慌てて着替えているのだろう。屋敷の外に出てきたセスレにユーリちゃんな僕はニッコリ微笑みかけると、メイド服姿でカーテシーをする。
「ただいま戻りました、セスレ様。ジャン君、ハンティさん。こちらが兄様の奥方の一人であらせられる、セスレ・ハーベラ・セルヨーネ侯爵夫人でございます」
表面上、平静を維持していたセスレが美しいカーテシーを見せた。
「おかえりなさい。そしてようこそ、ジャンさん、ハンティさん。私はセスレ・ハーベラ・セルヨーネ侯爵夫人と申します。お疲れでしょう。離れのお風呂は準備できております。その間に、部屋も食事も用意しておきますのでどうかゆっくりなさってください」
「あ、どうも……ジャンと申します」
「ハンティじゃ。ハンティ爺さんと呼ぶヤツも多い。好きに呼んでくれて構わんよ」
日本人的会釈をするジャン君の姿に、苦笑する。
めっちゃ日本人じゃんか、ジャン君。
「後で兄が離れに挨拶に行くと思いますので、どうか緊張なさらず。……あっ、お風呂は下女がいるのでびっくりすると思いますけど、彼女達も仕事ですので、どうか彼女達の仕事を奪わないであげてください」
「下女? ですか?」
「あれだ、身体を拭いたり頭を洗ったりを手伝ってくれるってこったろ?」
「はい、その通りです。使用人やメイド、下女も含めて、雇用で経済が回っております。兄から説明されると思いますが、御二方も雇用という扱いになるはずですよ」
「なるほど……わかりました。ちょっと緊張しますね」
「お貴族様の仲間入り、ってなもんか。慣れねぇなぁ」
「さあ、まずはお風呂へ。早速慣れてください」
セスレと二人で、離れに案内されていくジャン君とハンティ爺さんを見送る。
男衆が離れの建物に入った瞬間、セスレが慌てて僕に話しかけてくる。
「……っ、なんで男の子引っかけてきてるわけ!? ま、まさか」
「違う! ちがーーーう! 弟子! 弟子です! 雷光流の弟子!」
「そ、そうよね……良かった、先代が女装させた男も妾にしてた話は聞いてたからてっきり」
「てっきり、じゃないよ! 女の子として弟子や師匠候補に出会っちゃったから、話がややこしくなったんだよ! 皆で夕飯を食べてる時にでも、今の僕の設定のこととか説明しておくから! 妹のユーリってことで話をしてあるんだよ!」
「妹の……ユーリ? それはまた……面倒臭そうね?」
「誰のせいだと思ってるんだ……」
僕はため息をつきながら、メイド服を指さす。
「ポケット的なものが無いのは、メイド服に限らず女性の衣服共通なんだよね? 隠しポケットを一つ作っておくだけで大分変わると思う。それぐらいかな? あとは大丈夫、レッサーハルピュイアとかゴブリンとかオークとか色々戦ったけど、安心の防御力だったよ」
「そっか。改めておかえり、ユーリ。みんな待ってるから、色々聞かせて」
ほんの一ヶ月程度の久しぶりな聖都屋敷だけど、僕は懐かしくて、涙が出そうになった。
* * *
「ハルピュイアが激減したことで、ハルピュイアを捕食していたレッサーハルピュイアが人里まで出てくるようになった……面白いですね」
「ほんで、めっちゃ囲まれてたんを、その……ジャン君? 達が助けてくれたんやな」
「えっ、走りながら……撃ったんですか? 弓を?」
「地味に凄くないですか、それ」
それぞれ、バーチェ、バトさん、ミルヒ、カカオ。
僕は夕飯を食べながら、皆に説明を続けていく。
……あー、男の身体、落ち着くわ……ほんっと、落ち着くわぁ……。
「ジャン君は小さい頃から冒険者になりたかったようで、剣と槍、弓、あと狩人技術をずっと学んできた。毎日ハーベラ山中を駆けずり回ってたおかげで、身体能力も心肺能力もズバ抜けてる。そんなジャン君に弓と狩人技術を教えてたのがハンティ爺さん。僕達全員の弓の技量や、狩人的な知識や技術を高めるのにこれ以上無いレベルの逸材さ」
「それで、妹のユーリちゃんとして二人をここまで連れてきたんだってさ」
セスレの説明に、なんでそんな面倒なことに、という顔を嫁一同がする。
「話を合わせるんがめんどいな。実際どうするん?」
「任務かなにかで、妹のユーリは遠くに行ったということで一つ……」
バトさんの懸念に、逃避の答えを返す。
「今はともかく、暗黒大陸でボロが出ますね、それ」
「男になったり女になったり、ユーリ様は忙しい暗黒大陸になりそう」
ミルヒとカカオの指摘に何も言い返せない。
「ま、まぁ、その時はその時で必死に着替えるよ……」
「ほいで? ウチらにジャン君を同行させるんか?」
「ううん、基本的に彼には別パーティを組んでもらうつもりだよ。もしかしたら、流れの中でみんな一緒とか、あるいは僕だけ同行とか、そういうのはあるかもしれないけれど。ジャン君が音見の技術をマスターしたのならともかく、そうでない間は迂闊に混ぜると音見組の意味が無くなっちゃうからね。ハンティ爺さんは、今はともかく数年後の体力が冒険に耐えうる程残ってるかどうかがまだわからない。体力次第ではジャン君に同行してもらっても面白そうだし、アドバイザー的立ち位置が良さそうなら、連合国軍も含めて引っ張りだこになると思う。暗黒大陸は亜人の仕掛けた罠だらけだから、あの人レベルの狩人は貴重だ」
いやもう、真面目に、「ねぇどんな気持ち?」をしてきたゴブリンマジシャンガール達に「ねぇどんな気持ち?」を返して欲しい。ハンティ爺さんなら絶対にそれができる。
バーチェが感心する。
「そこまでの人なら、弓を教えて貰うだけでも凄そうです」
「ああ。バーチェも、ミルヒも、カカオも。余裕があればバトさんも習って損は無いと思う。なにしろジャン君とハンティ爺さんは、僕に一切関係なく、無反動矢に辿り着いてるからね。サビレ村で取り扱われている矢は、全部無反動矢だったよ」
「え」
「すご」
ミルヒとカカオが驚愕する。
まぁ僕の方がパクってるんですけどね。それは言わない。
なにしろ無反動矢は創世神がこの世界で最強と定めた矢なので、前世地球で実際に実験するとどうなるかとかそういう些細なことは本当にどうでもいいのだ。この世界で最強なのであれば、他のことは全部些事なのだ。
『強度と弾性が強化されたセルロースナノファイバー』、新素材の
多分その前に、セルロースナノファイバーを心の底から愛する創世神が次元の狭間とかに警察を送り込んでくれるはず。僕達はその辺一心同体だよね、創世神サマ。
* * *
夕食後、使用人経由で離れの様子を確認した上で、嫁一同と共に離れを訪れる。
当然男性の身体だし、貴族礼服の一段階上、貴公子服すら着用している。
生徒会長としての挨拶にも使ったこの貴公子服は、王城イベントにも使えるヤツだ。
一目で高位貴族かつ侯爵格とわかる格式の刺繍や布地で、しかもTKG編み込み済みで堅牢。
時間も手間も金も全部かかってる、その辺の庶民の家なら余裕で土地ごと買えるぐらいの服。
そんなファッキン高価な服を着たまま学校の屋上で煙草を吸って、あまつさえハルピュイアを
目線で指示を出すと、バーチェが静かに離れの応接室の扉をノックする。
ミルヒとカカオが二人で扉を開ける。
「ユーリ・ハーベラ・セルヨーネ侯爵、セスレ・ハーベラ・セルヨーネ侯爵夫人。バーチェ様、バト様、ミルヒ様、カカオ様の御入室です」
紹介していなかっただけで実は存在していた執事が、僕達の入室を案内する。
なんと外見も声も、ヘルシングのウォルター・C・ドルネーズ(CV:清川元夢)そのものだ。
執事の採用面接において、ウォルターの外見でCV清川元夢が来たら採用するだろう?
誰だってそーする。僕もそーする。雇用一択です。最初から高給提示の好待遇です。
モノクル(注:伊達)も侯爵家パワー全開で再現だぜヒャハァーッ!
鋼線術の再現は流石に無理でした。残念ながら糸使いができる異世界ではないのです。
ピアノ線レベルの細さのワイヤー自体が前世近代レベルの技術の産物だし……。
あ、でもセルロースナノファイバー様なら近い真似ができるのでは?
原作には、セルロースナノファイバーが多く含まれる高強度紙細工ゲルを細く流して乾かした糸「強糸」についてわざわざ明記されている。
糸使い再現が無理だったとしても、見えない線を使ったトラップとかはイケるかもね。
僕の声ですか? 女性体の時に思ったんだけどCV朴璐美っぽい感じです。
ターンエーガンダムのロラン君系? 自分の声ってわかりにくいんだよね。
バーチェはCV:早見沙織だと思います。
で、呼び名なんだけど、本妻・側室まではナントカ夫人になります。
妾にはナントカ夫人がつかない。
つまりバト夫人やバト様と呼ばれはしても、バト侯爵夫人とは決して呼ばれない。
この辺は本妻&側室と妾の間で、永遠に埋まらない溝の一つかな。
お貴族様、面倒臭い。
それはともかく、離れの応接室の壁に並んでいるメイド達が、一斉に頭を下げます。
綺麗に揃った礼、しかも礼状態で微動だにしない待機姿勢。
まるで公爵家のようですね。僕は侯爵家なので当たり前なんですけど。
貴族の格式の維持のために、これはどうしようもないのです。
お貴族様、面倒臭い!
立ち上がって僕達を出迎えたジャン君とハンティさんが緊張しているのがわかる。
原作開始四年前の時間軸で、ジャン君とバトさん達が出会ってるってのも凄いな。
僕は笑顔で簡易貴族礼をする。
「……はじめまして、ジャン君、ハンティさん。ユーリ・ハーベラ・セルヨーネ侯爵と申します。どうぞ、ユーリと」
貴族から平民は好きに呼べるんだけど、その逆は貴族同士ですら許されない。
名前を呼んでもいいですよ、という許しが無いと駄目。
一応事前に、そのあたりの説明は執事にしてもらいました。
「ジャン、と言います。妹のユーリさんから招待されました」
「ハンティだ。ハンティ爺さんでもなんでも、好きに呼んでくれ」
「結構。どうぞ、ソファにおかけになってください。メイドたちも楽に」
そこではじめて、礼をしていたメイド達が頭をあげる。
僕をはじめ、皆が席につく。
執事が指示を出し、メイド達に飲み物を用意させる。
屋敷ではなく離れの応接室なので、距離感は近いというかほぼ目の前です。
テーブルは小さく目立たず、あくまでも飲み物やつまむものを置くだけのもの。
ソファでゆったりしてもらって、会話がメインの場所。
ジャン君は僕の姿を見て、目を白黒させている。
僕は苦笑する。
「どうしましたか? 何か気になることでも?」
「……いや、その。背格好というか、年齢というか……想像と違ってて」
「あはは。筋骨隆々で、背の高い巨漢だと思われていたのですね」
「はい、ドラゴンスレイヤーという話でしたので」
ジャン君は照れながら話す。
僕と同い年でも、既にジャン君の方が背が高い。
「そうですね、いわゆる見せ筋……ほら、力自慢がやるでしょう、こういうの」
僕は腕を曲げてみせ、いわゆる力こぶを指さす。
「ここ……上腕二頭筋は、ゆっくり肘を曲げたり、ドアノブを外側に回す筋肉です」
肘を曲げたり、ドアノブを回すジェスチャー。
「だから、ゆっくり肘を曲げる行為に対して負荷のかかるトレーニングをすると、上腕二頭筋は鍛えられて太くなる。ゆっくり肘を曲げる筋肉が太くなって、パッと見で誰からも力持ちだとわかりやすい体型になれたと仮定しましょう。でも、敵を捕まえて絞め殺すのならまだともかく、ゆっくり肘を曲げる筋肉では敵を殺せません。まして、人間より力の強い亜人やモンスターが僕達の生きるこの世界には沢山生きている。力に力で対抗して、なんの意味がありましょう。求めるべきは、彼我の体格差や筋力の差に関係なく相手を無力化し、殺す技術です。しかし現時点で、そういった目的を念頭に置いた武術の流派は存在しません。自分で作るしかなかったのです。だから僕は、人と亜人とモンスターの全てを仮想敵とし、倒しうる技術を得ることを目的とした雷光流という流派を創流するに至りました」
僕が纏った雰囲気の変化に、バトさんが背筋を震わせて喜んでいる。
まったく。バトさんはブレないな。
「初動……起こり、と呼びますが。いかに起こりを消し、相手に
僕は意の念も起こりもなにもかも消して、ジャン君の喉に人差し指の先端をぴとりと当てる。
これができる距離だから離れの応接室は便利なんだよね。
バトさんを妾として迎えたあの日、バトさんにやった技。
技というより、ただの身体操作だから名前すら無いのだけれど。
反応できなかったジャン君も、それを見たハンティ爺さんも。
無造作に、なんでもないかのように僕がやった行為に、驚いて動けなくなる。
というか、起こりを消すと全ての動作がなんでもないかのように見えるから仕方ない。
Youtube検索をすれば、僕がやったこの行為の先にある動画を見ることができる。
合気道の神様・塩田剛三が起こりを消して相手の喉を指一本で突き、相手を文字通り引っくり返すやつだ。
相手は後ろに飛ぶでもよろめくでもなく、引っくり返っているのが重要ポイント。
塩田剛三は照れ笑いをしながら「この指が即、手になる」と達人あるあるな解説を添えてくれる。照れるより前にもうちょい解説しましょうよ、塩田翁。伝わらないですそれ。
僕は人差し指を離し、ジャン君の目の前で立てて見せる。
「妹のユーリから聞きました。あまり雷光流を見せられなかったと。……ジャン君、手のひらを出して下さい」
言われた通り、ジャン君は左手をだして開いてくれる。
僕は立てた人差し指だけを、ジャン君に見せながら。
「雷光流の本質は『触れて崩して斬る』。妹との立ち会いで、片鱗を感じませんでしたか?」
「ええと……木刀と木刀が触れた時、前につんのめったような……」
「木刀と木刀が触れた。それは相手に接触したということ」
僕は人差し指を下に向け、ジャン君の手のひらの中央に置く。
置いた瞬間に、ジャン君の重心と軸を僕と共有する。
僕の人差し指が、ジャン君の左の手のひらにそっと置かれた。
他の人からは、そう見えただろう。
でもその瞬間から、ジャン君は震えながら立ち上がりはじめる。
半分ほど立ち上がりかけたところで左前……僕から見て右前につんのめり。
そこからさらに真下に落ちかけ、転ばないように必死で踏ん張っている。
だが、抵抗できずに少しずつジャン君の頭が下がっていく。
ちなみに今は僕の足の腱の力でジャン君を操作しています。
セスレの顔が、複雑になっている。
まーたなんかやってる? やらせてる? みたいな顔だ。
やってるけど、やってませーん。
君のお姉さん、この合気捕りで僕の足の甲に口づけしたあげく、雌犬以下の雌豚扱いになってるんですけど?
『命令をしてはいかん。威張ってはいかん。しかし、妥協してはいかん。調和すればいいんだ。by 塩田剛三』
いやー、わかんないッスよ塩田翁。
そういうこと言うから合気はヤラセとか言いだす人が出るんですよ。
まあ言いたい人には言わせておけばいいんですけどね。
ヤラセとか言う人ほど、道場に行ってくれない。
本眞正伝合気柔術の師範、岡本眞先生あたりに直接会って技をかけてもらえばいいのに。
「これが雷光流の本質、触れて崩して斬る。オサン流とは思想も運用も全く違うため、ジャン君が培ったオサン流を全て捨てて貰う必要があります、でも……」
そこまで言って、僕は共有を解除し、人差し指を離す。
ジャン君は思わず、床に強く足裏を打ち付ける。
直前まで落下しかけていて、踏ん張っていたからだ。
息を荒げ、信じられないといった顔でジャン君は僕を見る。
「ジャン君。貴方がこの雷光流に興味をもってくれるのであれば。雷光流宗家、ユーリ・ハーベラ・セルヨーネとして、僕は貴方を内弟子として迎え入れたい」
ああ。ジャン君の顔が。
脂汗を流し、青ざめていたはずのジャン君の顔が。
原作で何度も見かけた、ロマンに満ちたわくわく顔をしてくれている。
「……すっげぇ……」
「な、なんじゃ今のは」
ハンティ爺さんが驚く。僕は右手の掌を立てて、縦に振ってみせる。
首を傾げながら、ハンティ爺さんは右手を縦にして差し出してくれた。
そこを僕は、右手の外に右手をつける……
「おっ? おおおっ!?」
腕がくっついているだけ。僕は腕を動かしていない。
なのに、ハンティ爺さんは真後ろに落ち、ソファに深く座り直すハメになった。
「あっ」
バトさんが思わず声をあげる。
気がついた興奮で、バトさんが大きく叫ぶ。
「それで
僕は苦笑する。
「バトさん、正解」
「「えっ」」
ミルヒとカカオがぎょっとした顔でバトさんを見る。
バーチェはフードの下、死ぬほど悔しそうな顔でバトさんを見つめる。
セスレは何がなんだかわからず、首を傾げたままだ。
嫁達は、最初に案内された順に座っている。
つまりセスレ、バーチェ、バトさん、ミルヒ、カカオの順。
便宜上の、嫁の権力順だ。公平に扱ってるけどね。
気づきに興奮したバトさんは、今がどういう場なのか全部吹き飛んでしまったのだろう。
両腕を前に出して両肘を縦に曲げて、懇願する。
「バーチェ、ミルヒ! ちょいウチの腕を握ってみてや!」
言われた通りに、バーチェとミルヒがバトさんの腕を握る。
皆が見つめる中、バトさんが集中すると。
はじかれるように、バーチェとミルヒが横に落ちた。
つまり見た目には、両脇の二人が真横にはじけて、セスレとカカオにぶつかった。
「こ、こうやな!? わかったで! ようやくわかったで、ユーリ!」
「バトさん、おめでとう。多分、もう
「~~~っくぅぅぅ~、謎が解けたでぇ!」
めっちゃ喜ぶバトさん。
一方、吹き飛んだ形のバーチェのフードが外れて、バーチェの長耳が露わになる。
バーチェは呆然とし、信じられないという目でバトさんを見つめている。
「あっ、エルフ……」
ジャン君がバーチェの耳に驚く。
僕は苦笑する。
「んー、なんかちょっとぐだぐだになっちゃいましたけど。嫁達も雷光流を学んでいましてね。当然のことながら、どうしても習熟や理解度に差がでてしまいます。今、免許皆伝級の気づきを得たのはバトさん。僕のお嫁さんの一人で、一児の母です。全盲でありながら、居合いの達人です。普通の立ち会いならまだともかく、双方が剣を納めた状態からの殺し合いをしたら今のジャン君ではバトさんに絶対勝てないです」
「バトや。よろしゅうな」
「はい、バトさん。ジャンです。よろしくお願いします」
流れの中で、改めて一通り嫁達の紹介をしていく。
バーチェの説明にドラゴンの呪いでこうなったという説明を添えると、興奮された。
「……とまぁ、今の僕には5人のお嫁さんがいます。でもこれは貴族としては少ない。僕は侯爵といって、貴族として最上級の地位にいますので、放っておいてもお見合いを申し込まれて気がつけばお嫁さんが増えているかもしれませんが、こればかりは貴族の日常であり常識として受け止めて下さい。僕の先代は受け継ぐ子供が全員死んでしまったからこそ、自身が亡くなる前に侯爵家を僕に譲り渡してくれました。それぐらい、子供の数は貴族の家にとっては力なんです」
「嫁の10人程度なら、本当に普通の話なんですよ」
セスレが困り顔を浮かべる。嫁が10人いると夜の生活で僕が死ぬが、嫁が10人いるレベルの貴族は公平に嫁を扱ったりしない。公平に嫁を扱おうとする僕の方がおかしい。
「嫁さんが10人とか、想像もできません……」
「あージャン君、内弟子、というのは普通の弟子より上の扱いで、泊まり込みで修行するレベルの弟子をさします。道場の掃除とかしながら師と共に過ごす、そういうノリです。でも僕はジャン君も、ハンティさんも雇用という扱いでキチンとお金を払いますし、衣食住も保証します。その上で、ハーレムなり、サビレ村の発展なり、あるいはそれ以外の何かなり、御二方の希望を何かしらかなえてあげられればとも思っています。つまり、それぐらいには僕はジャン君を育てて鍛えたいし、ハンティさんにも皆に狩人の技術を伝授してもらいたいと願っています。当然、数年後……予定では四年後ですが、全ては暗黒大陸で生き抜くための事前準備に過ぎません」
「暗黒大陸……
ごくり、とジャン君が唾を飲む。
「連合国軍をもってしてもなお攻略しきれない謎の超巨大ダンジョン。その規模は大陸級ともされ、実態はいまだに不明。ダンジョンを守る邪悪なモンスターの群れ。奥深くに眠る謎の古代都市。時折見つかる謎の財宝。上に広がる険しい大自然すらほぼ全てが未知。それに挑むは自由を尊ぶ冒険者……」
ただのラスボスに挑む自殺志願者の集まり、というのが身も蓋もない説明なんだけど、それは言わない。わくわく目をする綺麗なジャン君に、僕は語りかける。
「雷光流を学ぶ見返りの一つとして、ハーレムを挙げました。僕は貴族なので、その気になればジャン君のハーレムを全員用意できてしまいます……でもそれでは味がない! 全ての女性を紹介してしまったら、偶然の出会いというシチュエーションを潰してしまう。背中を預け合った女性冒険者とのラブロマンス……大事でしょう?」
こくこくこく、と高速にジャン君の首が縦に動く。
女性陣は苦笑するしかない。
「今のところ僕が考えているのは、ジャン君の雷光流の習熟度に応じて、そうですね、こちらから二人程度の女性の紹介は確約する……という形です。それ以上はひとまず、ジャン君自身の出会いの可能性を潰さずにとっておく。当然、ジャン君と偶然の出会いを果たしたパートナーが結婚まで望んでくれたのであれば、我が家が全面的にバックアップしましょう。新居や結婚式など、その辺の費用は侯爵家で全て負担します。この草案はどうでしょうか?」
「あっ、ええと……休暇はいただけるんですよね?」
「もちろん。こまめにでも、まとめてでもいい」
「それなら……一季節に一度、何週間かまとめて休みを頂いて……サビレ村に帰省したいです」
ジャン君の顔が照れて、もじもじとした態度になる。
……ははぁん、ジャン君。キミ、あのゴブリン少女といちゃいちゃしたいんだね?
少なくとも、あのゴブリン少女がどこに隠れ住んでいるのか知っているんだね?
「儂はどこまで生きられるかわからんから、暗黒大陸にまで行くってんならなおさら、村の発展への優先措置ってのが欲しいやな。さらに住みやすくしてくれるんだろう?」
「ええ。お望みならあの村を町にすることだって可能です。僕にはそれができる」
「じゃ、それで。……はぁ、村で一生を終えるかと思えば、こんなことになるなんてなぁ」
「あっそうだ」
ジャン君が思い出したかのように。
「ドラゴンメイルとか、そういうのは作ったんですか?」
「あー、それねぇ……うん、試作というか、それっぽいのは組んだんだけどさ……」
僕は悲しい顔をする。
「結論から言うと、しょせんは鱗だったってところかな。僕達が討伐できているのだから当たり前なんだけれど、期待したほどには強くない。格好いいんだけどね」
「いまいち、でしたか……」
「クリスタル体の研究も進めてはいるんだけど、今のところは大きな発見もない、かな……」
「ドラゴンのお肉、硬くて筋張ってて、全然美味しくなかった」
セスレが不満気に答える。
「二度とドラゴンとは戦いたくない。本当にもう、ごめんだよ……」
「呪いまであるんじゃ、なおさらですね」
ジャン君が苦笑する。僕達は苦笑いをするしかない。
「なんにせよ……僕自身はまだ学生だし、さらにいえば暗黒大陸行きの準備やら、貴族としての子供作りやら、やることが一杯だから当分は聖都に腰を据えてのんびりするつもり。……ああ、妹のユーリは忙しく飛び回っているから、なかなか会えないと思って。会えたらラッキーぐらいで」
「それはそれで寂しいですけど、忙しいんじゃ仕方ないですね」
ジャン君の照れ顔に、嫁一同の視線が僕に集中する。
僕は必死に、なんでもない、なんでもないからとアピールをする。
精神的BLタグがつく予定は今のところ無いので!(必死)
* * *
ハンティ爺さんへの期待に応えようと、元々やろうと思っていた『革命 ver2』計画をある程度前倒しにしたら、そこでバタフライエフェクトが発生してしまい。
アロちゃんのお父さんから、アロちゃんの側室入りについての事前相談が想定より数年間早く打診されることになるのだけれど……それはまた別の話だ。
僕は僕で雷光流の指導やら、セスレやバーチェを筆頭とした毎晩の子作りに時間を取られていて、バタフライエフェクトがどのように転がっていくのかなんて考える余裕すら無かったから。
まだ先の話になるが、アロちゃんのお父さんから想定外の早さで打診が来た時、僕の脳内には「もうどうなってもいいや / 星街すいせい」が流れていた。
そういえば、前世では「機動戦士Gundam GQuuuuuuX」を最終回まで全部見れなかったなぁ、と遠い目をしていたら、その日の夜に創世神が「大サービスだよ」とでも言いたげに夢の中でジークアクス一挙放送をしてくれた。
おかげで寝不足になって次の日の僕は大変なことになった。
もう、どうなってもいいや。(気絶寝)
100話までには……原作時間軸に辿り着けると思います(自信なし)