ふかふかダンジョンでエンジョイ&エキサイティング! 作:RAP
女にしては背が高い。170cmは越えている。
鎧ではなく、ゆったりとした布地の服装だ。
この場にいる大半のものが見たことの無いデザイン。
『上は着物、下は袴』と言われて理解できる者はこの世界には二人しかいない。
そんな彼女は、靴こそブーツで動きやすそうだが、得物が不釣り合いに大きかった。
微妙に反った曲刀だろうか、鞘に入ったそれを左腰に佩いている。
全体でメートルは余裕で越えている。そもそも刃の部分だけでもメートル近い。
振れるのか、と思うより先に、鞘から刀を抜けるのか? と見る者全員が感じる。
銀髪のロングヘア。髪の後ろをリボンで束ね、ポニーテールのようにまとめている。
その
娼婦でもやれば、すぐに貴族が大金を積み上げて身請けするだろう。
しかし、彼女が纏うオーラは尋常のものではない。
今から始まる戦いが心底楽しみだとばかりに、微笑すら浮かべている。
ここは暗黒大陸、開拓城壁都市アイギスの模擬戦場。
木の柵に囲まれたそこは、今は新人教育のために捕虜ゴブリンを殺す訓練をする場所として使われている。
暗黒大陸に来たばかりのF級未満の冒険者候補達は、持久走による体力テストや、弓射テスト、教官との模擬戦を通じて『お前は本当に冒険者を目指すということで良いのか』という根本的な選別がおこなわれる。
そもそも暗黒大陸に来た時点で相当の胆力の持ち主だが、ここで自分は冒険者に向いていないと自覚できれば、暗黒大陸の人類生存圏にある各都市で働いたり、それはそれで選択肢がある。
彼女は鎧を着ておらず、どう見ても私服に毛が生えた感じだったので。
持久走一位も、弓射一位も、ティーチ教官への模擬戦勝利も、彼女が冒険者テストで挙げた成績は全て軽視されていた。
冒険者を舐めた馬鹿貴族が、今度は妹まで引っ張り出してなんのつもりだ。
貴族令嬢なら、中央大陸で大人しくダンスでもしていれば良いものを。
* * *
確か、確かあの人は。
『妹のユーリ』と名乗っていた、とナァルは思い出した。
『兄のユーリ』は、暗黒大陸では超有名人だ。
革命と新革命により、全ての人類に影響を与えた貴族。
SのA級パーティ『
貴族最高位の侯爵という地位にありながら、王族殺しという血に塗れた逸話もある男。
禁忌とも言える、男一人に女四人というハーレムパーティで平然と実績をあげ続けている。
「SのA級」「
そんな人の妹なのだから、やっぱり強いのだろうか。
『妹のユーリ』と談笑しながら模擬戦場に入ってきた人を見て、ナァルは目を見張る。
D級冒険者パーティ『ジャンパーティ』のリーダー、C級冒険者ジャン。
こっそりナァルが目をつけている男性冒険者だ。
彼は彼で、男一人に女三人というハーレムパーティを組んでいる。
そもそも『女だけ』『ハーレムパーティ』というだけでB級以上の冒険者から指導が入る。
その指導を無視したハーレムパーティを組んでいるのだから、もしかしたら。
もしかしたら、『お尻だけのZ級』なんていう変な私を、パーティの一員として受け入れてくれるかもしれない。
……って考えていたのに、まさか『妹のユーリ』を加えて男一人女四人にするつもりなのか。
やばいっす。超やばいっす。
流石の私も、『
なんて思っていたら、ジャンは妹のユーリに頭を下げて模擬戦場から退出した。
木の柵を回って自分の方に近づいてきたので、さりげなくジャンのそばに近づく。
そこには、彼のパーティのメンバーだろうか。
三人の女性が見学に来ていた。
一人はまだ若い。金髪碧眼の、青い女性用鎧を着た少女。
ジャンと同様に、左腰に大小二本の曲刀を佩いている。
弓兵用の重装甲鎧を着た、紫髪と紫瞳の美女。
背中に薙刀を背負っているのに、背筋はピンと立っている。
同じく弓兵重装鎧を着た、茶髪の美女。
胸も大きくてくびれもあって、漂うフェロモンもなんか凄い。
ずるい、ずるいっす! 同じ女性なのに、この差はなんなんすか!
「今日はあえて一刀でやるんだってさ」
ジャンが言い、金髪碧眼の少女が答える。
しかしジャンはでかい。身長は180cm代後半か、それとも190cm越えか。
「長い。はじめて見るやつよね?」
「三尺大太刀……ええと、刃渡り90cmかな。馬上でも使える長さの太刀だから、抜き方を知らないと扱えないって妹のユーリさんは言ってた」
「……そう」
嬉しそうに語るジャンに、金髪碧眼の少女は悲しげな顔をする。
妹のユーリの正体を知っている者と知らない者、その差だ。
だが、それすらナァルには何もわからない。
「本当に、ウチのパーティの新人が見つかれば良いのですが」
「旦那様がどこかから冒険者候補のリストを入手して、はしゃいでましたー」
紫髪と、茶髪の女性がそれぞれ答える。
はあ、と金髪碧眼の少女がため息一つ。
「旦那様のユーリは、一体何を考えているのかしら」
呆れたように呟く少女ではあったが。
ナァルは『旦那様のユーリ!?』と腰を抜かしそうになるのだった。
* * *
紐に繋がれたゴブリンを殺す
聖教会でも体験会をやっている、新人教育のための『殺しの練習』だ。
なのに、彼女は。
妹のユーリは、なんでもないかのように三尺大太刀をあっさり鞘から引き抜いて。
ゴブリン戦士を繋ぎ止めるロープを真上から刀で突き刺し、切断しながら言った。
「ティーチ教官。彼にも剣を」
言われたティーチは、自身が左腰に下げている剣を抜き、鞘ごとゴブリンの足下に放り投げた。
周囲がざわつく。
「望んだのはお前だ。どうなろうが俺は知らん」
冒険者を舐めきった女貴族に、ティーチは不機嫌に応える。
ゴブリン戦士は、投げられた剣を指さして尋ねる。
「
「
いいのか?
どうぞ。
ゴブリン戦士は、剣を拾い、抜いて確かめる。
長年使い込まれた歴史を示す刀身。実用量産品。
……剣として、まったく不足無し。
人間用の剣を素振りするゴブリンに、冒険者未満の新人を含めた全員が驚く。
その体格で、人間用の剣を余裕で扱うのか、と。
だが、妹のユーリが持つ刀も、人間が扱うにしてはでかい。
騎乗しても使える刀なのだから、当たり前といえば当たり前だ。
ゴブリン戦士は自分の片脚を縛り付けるロープを切断し。
剣を横に構え、妹のユーリに戦士の礼をとる。
「
戦士としての扱いに感謝する。
妹のユーリは、三尺大太刀を同じように真横に構えて言う。
「
今日は、死ぬにはいい日ね。
二人とも微笑んで、同時に構えた。
ユーリは半身の脇構えだが、体勢がやや前のめりに見える。
剣道のように真っ直ぐに立つ脇構えではない。
横から見ると、頭と肘と膝と足先が縦一直線に揃っている。
通称、半月の構え。
正眼なれど何故か示現流を思わすゴブリンの構え。
両手は最大に離し、速きより力重視。
重心は全力もって疾駆すべく前方へ。
突貫しつつ中段の剣にて敵の切っ先払い、擦り上げ、同時に頭割る腹づもり。
此なるは無知蛮勇の突撃にあらず。
無謀闇雲の剣にあらず。
斬ればよし、斬られども尚斬れば良しとの覚悟あり。
撃てども刺せども斬れども止まらぬ。
的を追い、外さぬ肉の誘導弾と化し、死ぬまで殺すまで組み付き斬る、生身の特攻機。
散るが定めと、生き死に越えたる境地が成し得る『桜花の剣』。
此れ即ち、「必ず殺し」也!
ユーリは心の底から喜んだ。
死兵と化した一流の戦士と死合う機会など、そうありはしない。
確かにこれは、ナァルちゃんを探して加入させるのも兼ねてはいるけれど。
……こんな死合いを。
創世神すら特殊個体の戦士と認めているゴブリンとの戦いを。
エンジョイせずして、何が今世か!
無足、あるいは縮地とも呼ばれる歩法。
地面を蹴って重心を移動させるのではなく、重心移動に合わせて身体がついてくる動き。
ただでさえ長い刃渡りの三尺大太刀に、無足の二歩が足され。
その二歩、たった二歩の膝の動きが、袴によって隠された。
二歩の踏み込みに、さらに二寸五分の影の運足が追加されていた。
軸をずらしながら二歩を踏み込んだユーリが、すかさず斬り下ろす。
ゴブリン戦士は驚く。
相手は目の前にいるのに、
避けられぬと悟り、左腕を捨てた。
三尺大太刀の切っ先が、ゴブリン戦士の左腕を斬り飛ばす。
だが止まらない。
ゴブリン戦士は右腕のみで斬り殺そうと、全力で剣を振る。
くるり。ユーリの両腕が斜め上に真っ直ぐ伸び、三尺大太刀が回る。
左腕と左肩で支えられた大太刀が、ゴブリン戦士の剣を受け流した。
受け流された以上、相手の二の太刀が来る。
そう直感したゴブリン戦士は、一歩下がって相手の刀を受け止めようとした。
だが下がれない!
剣を受け流されたあの一瞬!
剣と刀が触れただけで、剣が流された先に身体の重心を引っ張られたのだ!
ユーリの踏み込み。
上泉
前世において、生前の黒田鉄山から指導してもらった太刀筋をそのまま、ユーリは再現した。
ゴブリン戦士の首が、文字通りに一刀両断された。
重心が前に崩されたままなので、残された身体も当然、前のめりに倒れていく。
ひゅんっ、と三尺大太刀が振るわれ、刃についた血が地面に落ちて。
倒れたゴブリン戦士に向かって、なおも残心したままユーリは納刀した。
首を刎ねられても、暫くは生きている。
ギロチンが歴史の中で教えてくれたように、ゴブリン戦士の意識は残っていた。
太陽の日差し、青い空、白い雲。空を飛ぶハルピュイア。
そんな景色をまぶしそうに眺め、満足気に笑ったまま、ゴブリン戦士は息絶えた。
* * *
「影!?」
「二回も斬って刃こぼれ一つ無い」
「崩しもありました」
「あの服、見えませんねー」
それぞれ、アロ、ジャン、ナギ、ウォルの発言である。
ナァルには彼女達の発言の意味が理解できなかった。
なお、補足説明を入れるなら以下の通り。
「(二寸五分の)影(の運足)!?」
「二回も(骨ごと)斬って刃こぼれ一つ無い」
「(触れて)崩しもありました」
「あの服、(膝が)見えませんねー」
だが、ナァルにとって重要なのはそこではなかった。
てっきり、『妹のユーリ』はそのままジャンパーティに加入すると思っていたのに。
肝心の彼女は、ジャン達に軽く手を振って、この場から去ろうとしているではないか!
ユーリ的には、ゴブリンを埋葬すれば、原作通りにナァルが来るのではと推測していた。
そこでナァルを捕まえて、話を聞いて、それで……なんてユーリは考えていたのだが。
ナァルの視点からすると、今しかないという焦りが出てしまった。
妹のユーリが加入しないのなら、今すぐジャンさんにお願いしてみるしかないっす!
「あっ、あの、ジャンパーティのジャンさんですよね!?」
「はい?」
ジャンは、突然美少女に呼びかけられて振り向いた。
「あのっ……それで……っあの……」
ナァルちゃんだ、と美少女ユーリちゃんも振り向いた。
何を言い出すんだろうと、アロ達もナァルを見た。
「私のお尻の穴に、興味ないっすか!?」
「「「!?」」」
ジャンしかいない、ゴブリンの墓の前ではなく。
みんなが見ている、模擬戦場で。
ほんの少し前まで開催されていた、ユーリちゃんとゴブリン戦士の凄まじい死合い。
なんかそういう、シリアスな雰囲気を何もかも吹き飛ばす感じで。
ケツ穴娘が、全部持ってった。