ふかふかダンジョンでエンジョイ&エキサイティング! 作:RAP
アイギス、冒険者ギルド最寄りの酒場。
アロがちょっとした騒動を起こしていた。
「どうしてよ!」
原作1巻77P、まさにあの構図である。
アロの後ろには、困り顔のナギとウォルが控えている。
「お騒がせしてすみませんね」
顔を真っ赤にしたナギが、周囲に謝罪する。
「なぁ嬢ちゃん」
無精髭のおっちゃんが、同じく困ったように。
「別に俺たち意地悪で言ってんじゃねぇんだよ」
ここまでの描写だと、原作1巻と何も変わらないのでは?
そう思われる方もいるだろう。だが中身が全然違う。
「男の俺たちは、嬢ちゃんに勝って当たり前。負けたら恥さらしになっちまう。嬢ちゃん相手の模擬戦を受けるメリットが無ぇんだわ」
「ぐっ……」
「アロお嬢様、全くド正論です。強さを感じたいのはわかりますが、恥を晒すのはその辺になさいませ」
「ナギ! どっちの味方なのよ!」
「男嫌いだったアロちゃんがここまでになるなんて、数年前までは考えられませんでした……」
「ウォルまで……っ」
そう、この世界線のアロ。
原作のように、弓の技量を軸にパーティメンバー入りをしようとしていたのではなく。
近接の模擬戦を誰かとしようとして、断られまくっていたのだ。
現状で雷光流を学んでいるメンバーでは、アロ達が新入りのままだ。
ナギは薙刀、ウォルはスコップなので本来の雷光流ではない。
触れて崩せればどうとでもなるので、それこそ棒術だろうが何でもいい、それはわかる。
問題は、アロ自身が自分の実力向上をイマイチ実感できないことにあった。
既に雷光流をはじめていたメンツとの実力差がありすぎたのである。
それなら、ベテラン冒険者と模擬戦すればいいじゃない!
そんな感じで意気込んだアロだったが、全員に模擬戦を断られていた。
そりゃそうだ。だって外見は14才の美少女なんだもの。
しかも侯爵の第二夫人様(側室の二人目なので、法的には妾より先の数字となる)。
彼女に迂闊に怪我をさせたら、
聖教会の本拠地がある聖都カケルを首都とするバーピィチピット聖王国は、中央大陸でも一・二を争う大きさの国だ。
そんな聖王国自身が「ユーリ・ハーベラ・セルヨーネ侯爵の二つ名、
なお第二王子はともかく、副宰相は取り調べの苛烈さと胸ポン一撃のショックで獄中死、軍務大臣は裁判で余罪が沢山でてきたので死刑判決を出したら謎の不審死を遂げたので今も調査継続中。奪った、というか借りた近衛兵の剣は確かに軍務大臣の股間を切り落とした血で紅く染まった。謁見の間どころかそこに至る通路も軍務大臣の股間から流れた血で汚れてしまい、掃除担当の人間が怒り狂ったぐらいには『血で染め上げた』という表現が適用されなくもないかな、と首を傾げる感じに微妙だった。なので聖王国の広報担当が「もう面倒臭いから噂に関する問い合わせは『大体合ってる』で通しましょう。侯爵も誰も否定できないだろうし、問い合わせに応じていちいち全部説明してたらそれだけで業務が止まります」とぶち切れた。
なので人類史的には「
そうなるとSのA級パーティ『
なのでユーリ当人のSのA級も、パーティのSのA級も、どちらも俺TUEEEというよりは「馬鹿貴族がなんかやらかした結果」と周囲には受け止められ、侮られたりしている。
まぁ、総合的に判断して、あんまり関わりたくない人達だ。
そんな裏事情もあり、余計にアロの模擬戦相手は見つからなかった。
アロは悪くない。大体ユーリが悪い。
無精髭のおじさんは、仕方ないとばかりにため息一つ。
「……嬢ちゃん、同じ女同士ならどうだい? ほら、あそこ」
アロが振り向いた先。
自分と同い年か、もう少し上?
ショートボブの黒髪の美少女が、誰かにスプーンであーんされている。
「SのD級。
テーブルに両手をだらんと投げ出して。
のんびりまったりと餌付けされているカタナ。
この女の子が、あの『剣姫』カタナ?
もきゅもきゅ。
食べているのは、桃缶の桃だろうか。
だらーんとしたカタナの視線があがり、アロ達の方を見る。
「ふも?」
「カタナちゃん。はい、あーん」
「あーん」
どこかで見たような銀髪の青年が、カタナに餌付けをしている。
しかしその餌付けは当たり前であるかのように。
カタナはアロ達に向けて、こてんと首を傾げる。
「何?」
「……いやその何っていうか」
アロはカタナに餌付けをしている人物を、ジト目で見やる。
「何やってるの? ユーリ」
「ああ、アロ」
餌付けをしていたユーリは、振り向く。
カタナに桃をスプーンで餌付けしながら。
「カタナちゃんの実家がある村の人達が、美味しい調味料を作っていてね。ほら、ウチ食事処も経営してるじゃん? その調味料を使った料理を出したくてさ」
『科学的に存在しうるクリーチャー娘の観察日記』で、ケンタウロスの伝統的な調味料が紹介されている。骨や野菜のだしを煮詰めて塩で以下略したものだ。その調味料を使うと、
「なんで餌付けしてるの」
「調味料の取引の条件。カタナちゃんを甘やかさないと駄目なの」
「ん。私ミステリアス系だから」
むふー。
カタナがドヤ顔で答える。
「いつものように、さらばにえんから受け取ればいい?」
「ん。いつもの場所。さらばにえんじゃなくて、私のお兄ちゃん」
ユーリとカタナは、良くわからない会話をしている。
質問をするアロも、なんだか疲れてきた。
「……カタナのお兄さんが、さらばにえんなの?」
そう言われると、ユーリとカタナは顔を見合わせて。
アロの方を向いて、二人同時に答えた。
「「名前秘密男」」
「……はぁ?」
「いや、だから。カタナちゃんのお兄さんの名前」
「さらばにえんはお兄ちゃんの挨拶」
会話が成立していない。
アロが真顔を越えて無表情になる。
「カタナが最強の女冒険者と言われているのは、わかるわ。でもそれなら、ユーリだって最強の男冒険者じゃない! ……二人で模擬戦とか、しないの?」
アロ的には、勇気を出して言った台詞だったのだが。
その発想はなかった、という顔でユーリとカタナは再度顔を見合わせる。
カタナが淡々と、変なことを言い出す。
「勝ったら私を犯して妻にしていい、ユーリ」
「ええー……いや、ちょっとそれは……」
会話を聞いていた周囲の皆が、カタナの発言に驚く。
この美少女カタナに模擬戦で勝ったら、犯して妻にしていい!?
しかしユーリは、全力でイヤそうな顔をしている。
「カタナちゃんのところって逆ハーだよね?」
「ん。大丈夫、一人ずつ順番に産む」
「ごめんねぇ、僕は逆ハー好きじゃないんだ」
「最初の一人を『皆の子』にすれば、ユーリの子にもなるのに」
「どういうことよ、ユーリ! 説明して!」
アロが憤慨する。
ユーリは、苦笑しながら答える。
「ハーレムの逆。要は男が沢山、女が一人ってこと。勝って犯してカタナちゃんを妻にできたとするよね? カタナちゃんに10人の夫がいたら、11人目の夫になれるってことさ」
「ウチの故郷は
「……何言ってるのよアンタ」
「アンタじゃなくてカタナ。カタナちゃんでもいい」
「本当に、カタナの故郷は
アロの問いに、こくん、とカタナは頷く。
「
「カタナちゃんは先導者との冒険中も、Z級のノリで普通にセックスしてる。故郷の村でもモテるみたいだし、そうなると11人目どころか21人目の夫とか言われる可能性はあるね」
「お見合いで結婚するより、無理矢理犯される方が嬉しい。私を組み伏せて犯せるなんて、そんな勇敢で優秀な男に貫かれたら濡れるし惚れる」
「僕は最強の称号なんてどうでもいいよ。そういうのは弓王ボーゲンに贈呈するさ」
僕と違ってあっちの逸話は本物だしねぇ、と遠い目をするユーリ。
アロはなんだかイライラしてきた。
「カタナ! 私の名前はアロ! 私と勝負しなさい!」
「出世とか、名声のため?」
「違うわ! 私はただ、強くなりたいの! それだけ!」
「……面白い」
ぬっ、とカタナが身を乗り出す。
「はじめて見る。平等思想への汚染とはまた違う?」
「な、なによ」
じーっとカタナに見られて、困惑するアロ。
ユーリは一瞬だけ……ほんの一瞬だけ冷たい瞳を宿らせたが、笑顔に切り替えた。
「ま、いい経験にはなるんじゃない? アロは、カタナちゃんが本気を出さないといけないぐらいにはなってると思うよ」
「ぐぬぬ」
一時期ネットミームになっていた、ぐぬぬ顔でアロはカタナを見る。
ぐぬぬ顔の詳細は検索すればいくらでも出てくるので省くが、ユーリが言う「カタナが本気を出さないといけないぐらいにはなってる」というのは最上級の褒め言葉だ。
カタナの持つ固有能力『時を遅く見る目』さえなければ、今のアロはカタナと対等に渡り合えるのではないかとユーリは考えている。
ユーリに言わせれば、カタナも勇者セイも、亜人と大差無い。
肉体が持つスペックによるゴリ押しのみで、彼女達には術理が無い。
カタナの動きは目に頼りきり。せっかくの特殊武器もまるで活用していない。
アロはこの数年間、真剣かつ真面目に雷光流と向き合い、心折れることなく鍛錬と食事を積み重ね、術理を身につけてきた。
彼女が努力の果てに身につけてきた術理は、決してアロを裏切ることはないだろう。
だから、ユーリの発言は本当に褒め言葉なのだが、その真意はアロには伝わらない。
同様に、ユーリが一瞬冷たい瞳を宿らせた真意もまた、カタナには伝わらない。
SNSをしている人は、『科学的に存在しうるクリーチャー娘の観察日記』のケンタウロス娘タウラが、男女平等思想やフェミをぶった切る発言をするページのみがRTされる光景を時折見かけたことがあるのではないだろうか。
基本的に、ケンタウロスから人間への評価は低い。
『人間が正義を語り始めたら逆側に真理を探せ』というケンタウロスの格言があるように、ケンタウロスにとって人間は『思想麻薬漬けの病気猿』だ。
人間が形成したいびつな人間社会を研究し、否定し、下に見続け、馬鹿にしている。
それ自体は別に良い。だがユーリに言わせれば、彼らケンタウロスは情報のアップデートを一切していない。
人間に対して悪意のフィルターをかけ続けたままなので『性癖は命より重い』と考えるユーリのような存在に対応できないのだ。
彼らは彼らの認識と研究結果の枠内において、人間としてユーリを見ようとする。
だからこそユーリの思考を絶対に理解できない。
ケンタウロスは言う。
「人間が描く物語の、不倫モノはギャグでしかない。チンコ突っ込んだかどうかで死ぬだの許されないだの信じられない。独占欲が強すぎる男は幼稚にすぎる。女というおやつを分け合えない子供だ。皆でおやつを分け合って、生まれた子供を皆で育てればいい。ケンタウロスは人間と違って女社会が生きている! 素晴らしい!」
ハルピュイアとアラクネは言う。
「ちんこ突っ込んだらみんな仲良しにゃ?」
「ですよね……」
レッドキャップは言う。
「結局ただの子作りなんだし、騒ぐほどでは……」
ユーリは答える。
「そうか。僕はNTR否定派だ。複数の男と寝ている女が緩々のガバマンになって、前戯に不慣れだったはずが突然バキュームフェラをしはじめたらどうする。セックス中に女が別の男のことを考えていると理解できてしまったらどうする。セックスは男女のキャッチボールだが、そのキャッチボールができなくなった相手をどう受け止めればいい。愛せる女Aとガバマン不倫女A'は果たして同一人物なのか証明してみろ。僕の事を心の狭い幼稚な男と思いたければ思え、殺す。侮りたければギャグ話として好きなだけ笑え、殺す。チンコ突っ込んだかどうかで死ぬだの許されないだのが信じられないなら、信じられないまま死ね」
男女平等でもなく、貞操観念でもなく、性行為の特別視ともまたちょっと違う。
『舐められたら殺す』の侍思想で動く人間を、情報のアップデートができていないケンタウロスに理解させろというのも無理がある話ではあるが。
アロにとっては、カタナは理解不能な異文化の人間かもしれない。
草原の民の哲学はあまりにも違いすぎるから、人間は受け入れにくい。
もし、カタナがユーリの取り扱いをほんの少し間違えたら。
数秒前まで笑顔だった彼は、笑顔のままカタナを殺せる。
それにカタナは気づけない。
中立無関係の観光客として遊びに来ているカタナは気づけない。
人間の思考は草原の民の授業通りだと感じるカタナは気づけない。
目の前で微笑を浮かべる中性的な顔立ちの美青年が、いざとなれば人類も聖教会も亜人も敵に回す精神を持ち、そしてそれが可能な戦力を整えていることなど、夢にも思わない。
* * *
アロは結局、カタナと模擬戦をして負けた。
カタナの感想は、原作でオークやゴブリン達に寸止め試合をした時と同じ。
(強かったな……凄いなー……私みたく『時を遅く見る目』を持ってるわけでもないのに……負けちゃうとこだったにゃん)
アロは悔し泣きをしながら、ユーリに慰められていた。
ユーリは泣き続けるアロを抱きしめながらも、的確に助言をだしていく。
「起こりが見えている。殺気も出ている。両方とも消すんだ。相手が片手を挙げて挨拶してきたら、こっちも普通に受け入れてしまうだろう? その挨拶のように抜刀し、斬る領域を目指すんだ。なに、アロは成長が早い。絶対に、カタナちゃんにアロの剣は届く。カタナちゃんは確かに目は良いが、身体能力は人間の理論値の範囲内だ。バトル小説の登場人物のように、加速能力を持っていて何倍もの速度で動くわけではない。
「触れて崩さなくても……大丈夫なの?」
「もちろん、触れて崩せればそれに超したことはない。選択肢が増えるからね。でも彼女に対しては、崩す前に触れること自体が難しい。だから触れる技術を高める方を意識したほうがいい」
「それで、起こりと殺気を消す……なのね」
アロは抱きしめられながら、優しく教えてくれるユーリのことをさらに好きになった。
信じてついていけば、女子供と侮られることなく、みんなと対等に並ぶことができる。
原作と違い、この世界線のアロは発明にあまり力を入れていない。
発明をしないわけではないが、少なくとも二つ名を得るほどではない。
ボーラ・シューターもコンポジットボウも作ってしまったユーリが悪い。
「SのE級」「写実」「
それが、この世界線でのアロの呼び名だった。
アロの理解力や発想力は、今やその大半が雷光流に捧げられていた。
体格や筋力で頭打ちが早い弓と違い、刀のゴールは遠い。
ゴールが遠い分、見返りも大きい。
アロの熱意と努力は、じんわり進む亀の歩みかもしれない。
カタナの能力は、ウサギのごとき速度で最前線を駆け抜けている。
『肉体や特殊能力が持つスペックによるゴリ押しのみ』のカタナ。
『反省点と助言を受け、適切な指導のもとに術理を学んでいく』アロ。
ウサギと亀の戦いが、始まっていた。