セックスが禁じられた世界で俺の精子が狙われている 作:夜狩景士
沙奈絵と十二回交わった。
まるでセックス覚えたての高校生のようだ、と光司は思う。
中年を過ぎた自分にこんなにも女と交わる渇望が湧いてくるとは思いもよらなかった。
もっとも、リアルにセックスしたのは二十年ぶりだった。いや、亡き妻とはセックスレスだったので、それを合わせると二十五年ぶりだ。
沙奈絵の荒い息が治まり、光司の胸に頭を乗せて寝息をたてている。
喉が渇いた。いつもなら配偶機のキミコに声をかければいいのだが、この状況では自分で取りに行くしかない。
部屋を出ると、入り口でアラーム音が鳴り響いている。沙奈絵がこの空間に入ってからすでに一日過ぎている。外では警察が待機していることだろう。
トイレからキミコのくぐもった喘ぎ声が聞こえる。光司の命令に従い、延々とオナニーをしているのだ。
アイリンクにメッセージが届く。沙奈絵とまぐわう時に邪魔だと思い受信を切っていたのだが、警察からの強制メッセージなのだろう。
メタクックに「水をくれ」と声をかけながら、光司は指を弾いてメッセージを開いた。
「小佐内さま。諫早さまの無許可の訪問から二十六時間二十六分三十五秒経過しております。速やかな退去を要請します」
警察の女性スタッフのホログラムが頭を下げる。
光司はクリックして自分の映像を晒した。女性スタッフは驚きで眼を剥き、口を押さえた。
全裸の光司を見て言葉を失っていた女性スタッフが眼を逸らして警告する。
「すぐに防疫スーツを着用してください! 感染の危険があります!」
光司はにやりとしたまま応えない。
「諫早様はいらっしゃいますか?」
「いるよ」
「諫早様は防疫スーツを着用されてますか?」
「いや。俺と同じく裸で寝ている」
女性スタッフが小さく悲鳴を上げた。
「防疫法十六条違反で小佐内光司の私空間を封鎖する!」
部屋全体に赤い照明が点滅している。アラーム音がひときわ高くなる。
「私空間不可侵原則」によって警察がここに踏み込むことは絶対にない。だが、こんな照明と音が鳴り響く環境にはいずれ耐えられなくなる。
「小佐内光司。諫早沙奈絵。速やかに投降せよ」
繰り返し投降を呼びかけるアナウンスが耳を突く。
「光ちゃん……」
全裸を隠そうともしない沙奈絵が起きてきた。
「沙奈絵……」
光司は沙奈絵を抱き寄せ、長々とキスをした。
「行こうか……」
扉を開けると、武装した警察官が銃口を一斉にこちらに向けている。
「防疫スーツを着用せよ」
武器を持たず先頭に立っている指揮官らしい男が声をかける。
「もう、そんなもん、要らないよ……」
光司はそう言って、私空間の外に踏み出した。
光司と沙奈絵は拘束された後、別々に連行された。
粘膜接触後のDKウイルスの潜伏期間は四十八時間とされている。
発症に備えて、医療設備の整った空間に閉じ込められていた。
看護師の服装をしたアンドロイドが笑顔で光司を迎えた。
アイリンクが点滅し、警察幹部のホログラムが現れた。
「小佐内光司。防疫法十六条違反で逮捕し、緊急医療拘束措置を取った」
沙奈絵とセックスしたことで、DKウイルスによって発症することは確実だった。
いまだに人類とAIはDKウイルスに対してワクチンも特効薬も開発できないでいた。
DKウイルスによって、身体中の穴という穴から激しく出血する。その痛みは想像を絶すると聞いていた。
現在の医療にできることは、その苦痛をできるだけ緩和させることだけだ。
「小佐内光司。発症後の措置を選択してくれ」
選択と言っても選べるのは、痛みを緩和してできるだけ延命することか、安楽死の二択だ。
パンデミックの猛威によって、光司が医師になった頃とは人類の倫理感が変わり、苦痛に耐えることなく、自ら死を望めばそれが認められることになっている。
「安楽死を希望します」
最初から覚悟はできていた。人生の最後に沙奈絵と愛情に満ちたセックスを堪能した。もう思い残すことはない。
「わかった。では電子署名をしてくれ」
警察幹部のホログラムが消えた。
沙奈絵の柔らかい肉の感覚、温かいぬめりに満ちた膣に包まれた陰茎の心地良さ、上下の口で繋がった一体感。
甘美な快感の記憶が光司の肉体に刻まれていた。
もし生まれ変わることができるのなら、パンデミック前の人が自由に交流し、セックスできた世界に戻りたい、と光司は思う。
やがて光司は微睡み、眠りに落ちていた。
眼が覚めると、ホログラムの警察官による取り調べを受けた。
動機は何かと訊かれたが、ただセックスをしたかっただけだ、としか言いようがない。
何故、と警察官は尋ねるが、それが本能だからとしか答えようがない。
そうして、四日目の朝を迎えた。
通常のDKウィルスの潜伏期間を遥かに越えている。
「沙奈絵はどうしている?」
光司は医療アンドロイドに尋ねる。
『他の容疑者に関する情報は開示できません』
アンドロイドに聞いたのが間違いだった。光司はアイリンクで担当捜査官を呼び出した。
「本来は教えることはできないのだが」
そう言うと担当捜査官は声のトーンを落とした。
「彼女もまだ発症していない」
光司は驚いた。セックスが禁じられてから二十年、最初の数年は愛する者同士で死を覚悟してセックスする例が絶えなかった。
それは「心中セックス」と呼ばれていた。
だが、私空間で個人個人が幽閉のような形になっても、メタフードによってあらゆる食事が提供され、メタルームであらゆる娯楽が体験でき、支給された配偶機とも疑似的だが本物に近いセックスが体験できるようになると、人々は自分の命をかけてまで生身の人間とセックスしようとはしなくなった。
人工授精と人工胎盤によって、女性が腹を痛めなくても人間が誕生するようになった。
人工授精のマッチングについては、AIが提唱したものを人間の担当官が精査した上で実行された。
人口が半減した人類にとって、どのようなタイプの遺伝子を持つ人間をどう組み合わせるか、実質的にはAIの提唱したものを追認するしかない状態だった。
生物学的な親は、単に精子と卵子の提供者でしかなくなった。子供時代を親や兄弟と過ごすことがなく、育児アンドロイドに世話になって育った新人類。
人間関係やコミュニケーションは、ホログラムを通してしかしなくなっている。
他者に対する共感能力が欠け、ましてや愛情などというものを感じる機会もない。
生存のための衣食住が過不足なく提供される私空間において、ただ自分の思うままに過ごすだけの人類。
ただ、生殖本能に伴う性欲はどうしても発現してしまうので、配偶機が性行為も提供することになっている。
温かい家族関係や、生身の人間同士のセックスを知っている旧人類として光司は、このような人類の在り方には疑問しかない。
パンデミックで絶滅しかけたヒトという種を維持するためには、私空間を基盤とした現在の社会制度は受け入れるしかないことは理解できる。
だが、テクノロジーに飼いならされて漫然と生きているだけの生活に耐えきれず、光司は沙奈絵を私空間に招き入れ、セックスした。
それに関しては後悔はない。
一週間たっても、光司のDKウイルスは発症しなかった。
沙奈絵も同じく健康な状態だった。
防疫法違反の容疑者として医療拘束されている光司は情報が遮断されているので、インターネット上で人々がどんな反応をしているのかわからない。
だが、光司と沙奈絵の心中セックスのことは話題を呼んでいることは間違いない。加えて一週間たっても発症しないことも驚かれていることだろう。
そして一ヶ月が過ぎた。
医療アンドロイドが光司の血液を頻繁に採取している。
ホログラムに日本政府の行政官が現れた。
「小佐内光司さま」
若い女性の行政官が、容疑者である光司に丁寧に呼びかけた。
「小佐内さまと諫早さまは、どうやらDKウイルスに対して抗体を持っているようです」
「抗体?」
DKウイルスが人類を半減させたのは、人間が抗体を持つことができなかったからだ。
なぜ自分と沙奈絵だけが抗体を持つことができたのか?
「ひとつの仮説ですが、小佐内さまの精子が影響しているのではないかと……」
「それは、どういう意味?」
行政官に問いかけた光司は、問いかけながら、頭の中で状況を整理し、ひとつの結論を導いていた。
光司の遺伝子がDKウイルスに耐えうる特異な性質を持っている。そしてセックスによって沙奈絵にも抗体ができたのだ。
だが、抗体というのは本来、人の免疫系で生成されるものだ。光司の精液が沙奈絵の体内に入ったからといって、それ自体が抗体を生成することはない。
あるとすれば、光司の精液がDKウィルスに対するワクチンのような働きをしたと考えるしかない。
「後、もうひとつお知らせします……諫早様が妊娠されました」
光司は驚きで眼を剥いた。
セックスで発症しないどころか、沙奈絵が受胎したのだ。
私空間への人類分離政策が実行されてから二十年が過ぎた。
この間、人間は人工胎盤からのみ誕生してきた。
パンデミック後に自然妊娠したのは初、ということになる。
「沙奈絵はこれから、どうなる?」
この二十年、自然分娩が行われなかったことで、光司のような産婦人科医は激減し、分娩の技術的な知見は継承されずに来た。
「旧人類のなかで産婦人科医として経験のある人物にコンタクトをとっています」
光司は胸が震えるのを感じた。
亡くなった妻との間には子を設けることはなかった。沙奈絵が妊娠し、自分の遺伝子を繋ぐことができた。
もし自分の遺伝子が特異なもので、セックスを通して抗体を広めることができれば、この不自然で人工的な人類の在り方を変えることができるかもしれない。
「小佐内さま。つきましては、小佐内さまの精子を提供していただきたい、と思います」
「それは、何に使うの?」
「人工授精させていただき、抗体のある子が誕生するか確認させていただきたいと……」
光司は沙奈絵が懐妊した喜びが引いていくのを感じた。
「俺の精子を人工分娩に使うのは認めない」
政府の考えは透けて見えている。光司の精子で大量の抗体をもった人間を生み出し、DKウイルスで制限された人間活動を解放しようというのだ。
「人類の未来のために、小佐内さまにご協力いただきたいのですが……」
行政官の言葉は丁寧で正しいが、誠意は感じられない。
「絶対に、精子は提供しない」
光司は自分の精子が人工分娩に使われるのだけは絶対に認めることができなかった。
次の朝、目覚めると担当の看護アンドロイドが変わっていた。
スレンダーな身体に不釣り合いな巨乳で、ミニスカートをはいている。
顔や髪型が光司の好みと一致していた。
光司は苦笑した。政府のやることが白々しい。光司の過去の情報検索履歴から、光司が好みそうな女性に合わせたアンドロイドを派遣してきたのだ。
あわよくば発情してもらい、アンドロイドに精液を採取させようというのだ。
光司の許可なくアンドロイドの方から光司に触れることはない。
新しいアンドロイドは妙に近い距離感で光司の看護をする。
午後になると、もう一体のアンドロイドが派遣されてきた。
今度は、小柄だが巨乳で尻も大きい肉感的なアンドロイドだった。こちらも光司の情欲をそそるタイプだった。
「どういうつもりだ?」
光司は行政官を呼び出して問い質した。
「なんのことでしょう?」
白々しいとぼけ方で行政官は答えた。
「俺の精子を勝手に採取しようとしているだろ?」
「小佐内さまの意思に反したことはするつもりはありません」
「じゃあ、あの性的魅力のある看護アンドロイドは何だ?」
行政官が沈黙する。新人類は他人に対する共感能力が劣っている。自分の目的の為なら他人がどう思うかなど考えが及ばないようだ。
「いちいち言語化しなければわからないだろうから言うが、俺を看護アンドロイドで欲情させて精液を採取して、人工授精させようとしたんだろ?」
「はい」
光司は驚いた。行政官が躊躇いもなく肯定したからだ。
「それは、俺を騙すことになるんだぞ!」
光司は語気を荒げた。行政官には何の動揺も見られない。
「お前のその態度で、俺は怒っている。わかるか? その不正に精子を採取しようとした行動で、お前に対する信頼を失った」
行政官の表情は変わらない。
「お前とは、もう話をする気はない。担当が変わるまで一切の会話は、しない」
アイリンクが点滅している。
行政官からのメッセージだ。無視しているとテキストが流れてきた。
防疫法違反の容疑者という立場では強制的メッセージを拒むことはできない。
担当官が変わったという。光司はホログラムを開いた。
頭を深々と下げた女性が顔を上げた。まだ若く見える。新人類でも共感能力が高い人物なのだろうか。
「小佐内さま。前任の担当官が失礼な態度を取り、申し訳ございませんでした」
きちんと謝罪しようとする態度と、伝わってくる感情が違う。
「もしかして、旧人類?」
「はい。パンデミック元年の時、十歳でした」
新任の担当官が顔をあげて微笑む。彼女なら話ができそうだ。
「あらためまして、小佐内さまの担当をさせていただきます、横川玲美と申します」
玲美が深々と頭を下げる。
「小佐内さま。あらためてお考えいただきたいのですが、小佐内さまの精子によって、人類が以前のような生活形態を取り戻す可能性があります」
玲美が言うように、パンデミックを克服することさえできれば、人は家族で生活し、共同で社会を築くことができる。
「だが、新人類が多数を占めつつある状況で、人工分娩の流れを止めることはできないだろう?」
「おっしゃる通りです。苦痛を避け安全に人間を誕生させることができる現在のシステムは続くでしょう」
「俺は、前の担当官のように人の気持ちが理解できない新人類が増えていくのが許せないんだ」
「お気持ちはわかります。ですが、パンデミックを克服し、人々が触れ合えるようになると、状況は変わっていくのではないでしょうか?」
光司は考える。もし自分の精子が特殊なもので、DKウイルスに対する抗体を作ることができるのなら、非人間的ともいえる新人類を変えることができるかもしれない。
「よし。精子を提供しよう」
「本当ですか?」
玲美の表情が明るくなる。
「ただし、新人類とセックスして直接子宮に提供することにする」
玲美の表情が驚きで固まった。
「ですが、まだ小佐内さまの精子がDKウイルスに対して抗体を発生させるというのは仮説の段階です。別の女性ではウイルスが発症してしまうかもしれません」
「俺は直接のセックス以外では提供しない」
「まずは、人工授精で安全性を確認してからではダメですか?」
「俺は、新人類の覚悟を問いたい。命をかけてでも人類を存続させたいという気概があるのなら、俺とのセックスを受け入れるはずだ」
玲美が光司を見つめている。
「小佐内さまのお考えはわかりました。上層部にお伝えさせていただきます」
玲美は再度頭を深々と下げた。
光司が精子の提供に抵抗しているのは、人工分娩が当たり前の現状に反発しているからだ。
五十歳を過ぎた初老の見ず知らずの男とセックスしようなどという新人類の女性など、いるわけがない、とも思っている。
丸二日間、光司にメッセージはなかった。
巨乳とムチムチの二体のアンドロイドは、相変わらず露出の多い看護服で光司の世話をしている。
医療拘束された容疑者という立場なので、ここでは情報は遮断され、娯楽はいっさい提供されない。
光司の精子を採取しようとセクシーな看護アンドロイドを派遣してきた政府に反発した光司だったが、沙奈絵とのめくるめくセックスを想い出し、股間が疼いていた。
DKウィルスによる死を覚悟してセックスした光司。だが発症しないことで、肉体に刻まれた生々しいセックスの余韻で再び肉欲が湧いていた。
沙奈絵を招き入れるまで、光司は私空間で毎日のようにキミコと交わり、旧人類時代のセックス動画を貪るように見ていた。
この一か月あまり、死の覚悟から性欲は抑制されていたが、DKウィルスに対する抗体が生成されたことで、生き長らえた光司の性欲が頭を擡げていた。
かといって目の前の看護アンドロイドに手を出すことは、政府の担当官に啖呵を切った手前、できない。
玲美に要求を伝えてから三日後、アイリンクにメッセージが届いた。
ホログラムを開く。
深々と頭を下げた玲美が顔を上げた。
「小佐内さま。政府の決定をお伝えします」
光司の要求は、新人類の女性と直接セックスすることで光司の精子を提供する、というものだった。
新人類の立場からすれば、見ず知らずの旧人類の中年男といきなりセックスしろ、などということは認められないだろう、とは思う。
しかも、DKウィルスが発症してしまい、死ぬリスクもあるのだ。
光司は政府が次にどんな要求をしてくるのだろう、と玲美の微笑みを見ながら思った。
「小佐内さまの要求通り、女性と性行為をしてもらいます」
光司は驚きで眼を剥いた。
「小佐内さまとの性行為の志願者が七十八人います」
見ず知らずの男と死のリスクを負ってセックスしたいという女性がいること自体に驚く光司。
「ですが、その中で新人類は二名だけです」
やはり予想通り、新人類の反応は薄かった。それに対して、セックスしたいという旧人類の多さには光司としても納得できるものがあった。
他者と直接接触することを禁じられた幽閉生活に不満をもつ旧人類の女性は、やはり多いのだ。
だが、光司としては、新人類の女性に生身の人間との接触の素晴らしさを知って欲しかった。
まずは、その二人の新人類と交わるのが優先だった。
光司の股間に血流が流れ込み、硬直した。
このひと月あまりの禁欲生活で、光司の淫欲のエネルギーが蓄積されていた。
看護アンドロイドが目ざとく光司の股間に気づいて艶めかしい視線を向けてくる。
沙奈絵以外にも、生身の女性とセックスできるのだ。
期待感で光司の胸が高鳴っていた。