魔王軍立志伝―仕事を辞めたら魔物になりました― ハーメルン版 作:ヨシMAX
俺は馬乗りにされたアルシーの胸にシャルルを突き刺した。
これで俺は今度こそアルシーを永遠に失うのだ、そう思った。
だが、それも束の間、彼女は眩い光に包まれた。
暖かい身も心も包み込む優しい光だった。
そんな光に包まれた視界の中で俺に掛かる声があった。
「兄様、それで良いのです。後は私にお任せください」
この声は……、俺をこの世で兄様と呼ぶのは……。
膨大な光はいつしか収まりアルシーが居るはずのその場所には面影は残るが確かに別の人間が存在していた。
170cmは有ろうかと言うアルシー大人形態のシルエットはそのまま。
肩で切りそろえられていた艶のある黒髪は今は腰まで伸びている。
胸に突き刺さっていたはずのシャルルは彼女の左腕に捕まれていた。
そしてここは以前とは大きく違う箇所。
紺碧の瞳だった彼女の瞳は今は深紅の輝きを発していた。
これは魔王軍立志伝におけるアンデットの証、ノーライフキングの特徴である。
この女性は……紛れもなくグリッシュだ。
妖魔魔術師兵団団長であり魔王軍最高司令官でもある俺の右腕。
一体、これは何が起きているのか。
彼女はゆっくりと立ち上がり俺に対して右手を差し出す。
俺がその手を掴むとオークの巨体が軽々と引き起こされた。
「グリッシュなのか?」
「その通りです。お待たせしました、兄様」
――と、それまで傍観を決め込んでいたロマリアスがグリッシュに向けて強力な魔法を放ち攻撃してきた。
危ない、そう言おうと思った瞬間。
カッ!!
魔法が消えた。
グリッシュが視線だけで強力な魔法を消し去ったのである。
お前、どれだけ強いんだよ。
そう、グリッシュは頭脳明晰、戦闘能力も超高く中途半端な魔王候補位なら彼女の足元にも及ばないのだ。
だから、その彼女をああも簡単に葬り去った理不尽勇者は鬼畜なのである。
「今は私が兄様とお話をしています」
「……貴様は何者だ」
「魔王イナバ様直属、魔王軍最高司令官であるグリッシュです」
「オークの……、なるほど」
「もう一度だけ言います。今私が兄様と話しています。あなたは……退きなさい」
「……よかろう。強力な駒を手放すのは惜しいが……ここは退こう」
助かった!
そう思った瞬間、後方から聞き覚えのある声がした。
「イナバさ――んっ!!」
リリアか!
後詰も到着した。
ヒルベルダ様もいる。
みんな、ズタボロだけど……。
でも、これでこちらに勝ち目が大分でてきたな。
まあ元々アルシー……いや、グリッシュがいれば負けはしないと思うけど。
「こざかしい真似はこれでできなくなりましたね。早くしなさい」
「ふっ、また会う事も有ろう」
ふっとロマリアスの方を見ると魔力を収めているところだった。
不意に酷い悪寒が走ったのは魔力の大きさに比べて気配がなかったという事だ。
そのまま気配を抑えてあんなの撃ち込まれていたら俺達は軽く全滅だった。
ま、グリッシュだけは感づいていたからそんな事にはならなかっただろうけど。
ロマリアスは何時ぞやの如く、その存在が元から無かったかの様に消えた。
1秒前に奴が存在したはずの場所は瓦礫が残るだけだった。
クルリと俺の方に向き直ると笑顔になるグリッシュ。
だがその笑顔はどこか悲しげであった。
「申し訳ございません、兄様。私は兄様からアルシーを永遠に奪ってしまいました」
「あ、ああ。これは一体、どういう事なんだ?! 教えてくれ!」
「もちろんですよ、兄様。その前に兄様には覚悟を持ってこの後の話を聞いて頂きたいのです。大丈夫ですか?」
「……わかった。頼む」
俺は頭の中に浮かんでは消えていく様々な疑問を抑えつけて彼女に後を促した。
それにしても記憶の中のグリッシュが目の前で話し動いているのは何とも言えない……感無量な気持であった。
もちろんアルシーがどうなったのか気にならない訳ではないが矢継ぎ早に質問をしても俺の頭自体が追いつけそうになかった。
「まず、アルシーという少女は……私がある目的の為に生んだ私自身のクローン体なのです。その目的と言うのはイナバ様と共に過去に戻り今回の様に私を生み出して貰う事です」
「生み出す? それにグリッシュ……今回って?」
「大変鋭い質問ですね、さすがです。私は今この時に誕生し……あの勇者に負けるまでを何度も繰り返しています」
衝撃だった。
まさかグリッシュは同じ時を――タイムリープという奴だろうか――繰り返していたというのだ。
「もちろん、本来の私はここで生まれた訳ではありません。初めてあの勇者に負けた時は本当に滅ぶところでした。偶然、……本当に偶然に実験段階、試作段階のアルシーに運よく私の意識を飛ばす事が出来たのです。当初のアルシーはこんな辛い歴史を繰り返させる為に生んだ訳ではなく私の意識を移す為の受け皿だったのです」
グリッシュは重い真実を淡々と静かに、時に間を取りながら説明していった。
「命からがら生き延びた私は壊滅した魔王城で勇者の事を研究しました。当時の魔王様も……四天王の皆も……私の部下達も……全ての味方の死に絶えた城で、たった一人であの時の惨事の原因を探し始めたのです」
当時の魔王……、不思議な表現をするな。
「ふふふっ。さすがですね。「当時の魔王」と言う表現に引っかかりましたか? そうですね、イナバ様がこの世界に来てくださったのは本周回が初めてですよ」
俺の表情はそんなに分かりやすく出ているのだろうか。
グリッシュは俺が一言も話さなくても考えを理解してくれる。
「私はあの未来から逃れる為に全ての知識をかけて研究に明け暮れました。来る日も、来る日も研究を続けてある時、異世界の強力な魔王を召喚できる可能性を見つけ出しました。なので1周目の私はアルシーとして見つけ出したタイミング……過去に飛ぶ事にしました。……ただそのタイミングは余りにシビアで私は失敗を繰り返しました。召喚に失敗した私は未来の世界でグリッシュとして死にアルシーに転移を繰り返します」
彼女の告白は壮絶さを増していき、いつの間にか、近くにいたヒルベルダ様やリリア、そしてリーザとガンダルフもその話に引き込まれていったのだった。
「失敗を繰り返し生と死を繰り返し過ぎた私はいつしか精神が疲弊しきってしまいました。このままではいづれ限界が来る、そう思った私は禁断の手段を取る事にしました」
グリッシュは俯くと息をゆっくりと吐きだす。
そしてキッと目を開くと顔を上げて次の言葉を紡ぎ出す。
「アルシーに仮初の命を吹き込み私とは別個体でありながら私の身代わりと言うべき存在を作り出し、私はある武器に自分の意識を封じ込めたのです」
久しぶりの説明回です。
ここが魔王立志伝の核心だと思いますのでもう少し説明が続きます。
どうか今後もお付き合い頂き、評価いただけると嬉しいです(*´▽`*)