魔王軍立志伝―仕事を辞めたら魔物になりました― ハーメルン版 作:ヨシMAX
アルシーから手渡された一冊の絵本、あるスライムが様々なスキルを取得して強くなりゴブリンやオークやウルフなどと協力して、強敵と戦い、時に協力し合って魔物だけの都市を作る内容だそうだが、どこかで聞いた事があるな……。
子供用ではあるが文字の習得にはある程度のイメージが大切であり挿絵と文章が並んでいる絵本は最適なのだとか。
文字習得の為の勉強。
こんなに真面目に頑張ったのは学生以来だな……。
そもそも俺は何語で話しているのか?
慣れない文字の羅列をみているうちに俺はふっとそんな事を考えた。
恐らく言語スキルの能力で聞いた内容を瞬時に日本語で理解、話す内容を瞬時に現地言語に変換して話している……のではないかと考えている。
あくまでも推測に過ぎないが、もし当たっていたら物凄い高性能スキルだ。
そこまで高性能ならば読み書きの方も面倒見てくれたら良かったのにとも思う。
まあ、全く理解できないという事はなく文面を眺める内にニュアンスは掴める様になり始めた。
このまま勉強をしていれば文字の読み書きも問題なく出来る様になりそうだ。
「こん分やと文字習得については問題なかっちゃね。一つん事ば煮詰めすぎると成長が止まってしまうけん、気分転換も含めて並行して魔力の使い方について思い出していくばい」
アルシーは徐ろに俺の前に立つと自分の右手を俺の腹辺りに優しく添えた。
いきなり身体を触れられた俺は柄にもなく、少しドキッとしてしまった。
密かにときめいているとアルシーの右手が淡く光り始め、触れられているお腹の辺りが段々温かくなっていくのに気づく。
温かい何かがアルシーの右手から俺の腹部、俺の心臓付近を通り過ぎ俺の全身を流れていく。
流れてくる何かはどんどん多くなり、スピードも速くなって俺の体が仄かに光り始めていく。
ううう、これは思ったよりもキツイ。
この温かい何かが魔力……なのか。
「イナバ様、生物は全て身体に魔力生成器官ば持っとりまして、それはお腹にあるばい。ここに魔力ば流して活性化すりゃ魔力の流れが顕著になるけん。放っておけば身体の末端ば流れていくばい。どげんな? 魔力ん流れは理解できそうと?」
魔王だった頃には強力な魔法をバンバン使っていた俺だが今現在は全く使えない。
当然といえば当然なのだが現実世界から来た人間に魔力の何たるかは分かる訳がなかった。
アルシーが強引に活性化させて初めて理解した俺のそれはとても動きが鈍い。
例えると落ち葉や土の溜まった水路に清掃せずに水を無理やり流す様なものか。
下手をすれば水があふれて辺りは水浸しになる様に身体が只では済まない。
額に汗水たらしながら耐えていると徐々に魔力生成器官の動きが安定し苦しさも軽減してきた、するとそれに並行して俺の身体の淡い光が段々と弱くなり始めた。
やがて、その光も完全に治まり魔力の動きが止まると俺はひざをつき荒い息を整えるのがやっとだった。
「イナバ様、凄かねぇ。ばり強制的な魔力活性療法やったんやが、ここまでん急速な処置ば耐えらるとは思わんかった。途中で死ぬ輩も多かとばい」
アルシーよ、手っ取り早くて良いのかもしれないが、やり方が大雑把だぞ……。
まあ、そのお陰で俺は自身の体内にある魔力生成器官とやらを認識できたが。
試しに今度は自分だけで魔力生成器官を活性化させ魔力を体中に流してみる。
「こんな……感じか?」
俺の身体が淡い光を放ち始め身体の中で魔力が生成されているのが分かる。
元々人間の俺には魔力生成器官の動かし方など分かるはずも無いのだが……。
詰まりに詰まった水路に少しずつ水を流し込んでいく、押し流していくイメージ。
アルシーの手を借りた時の様にはまだ無理だが、それでもゆっくりとではあるが俺なりに魔力を生成し始める。
「おー、凄かねぇ。魔力生成は毎日空いとる時に、こまめに行ってくれんね。それが魔法の制御に影響してくるけん努力ば惜しまず頑張ってくれん」
「あ、ああ、わかった。努力する、けど生成した魔力はどうするんだ? せっかく生成したのに霧散させるの勿体無くない?」
「これに溜めりゃあ良かて、マジックアイテムの魔力タンクばい。コンパクトやろ? 貯まった魔力量は水晶の色でわかるけん」
そう言って彼女は小さな石……水晶? を掲げた。
そんな便利な物があるのか、もはやどんなアイテムでも出てくるな。喜んで使わせてもらおう。
俺は首にかけたタオルで冷や汗か脂汗か分からんものを拭いながらアルシーにお礼をいいアイテムをしまう。
せっかく風呂に入ったのに汗だくになってしまった。
そんな事を考えていたら俺の首に下がるステータスプレートが光り始めた。
「魔力生成が出来たけん、魔法習得が可能になったばい。まだ高度な魔法は使えんて思うばってん……イナバ、ステータス情報ば見てくれん」
ステータス?どれどれ。
アルシーに言う通りにプレートに触れるとステータス情報ウインドウが浮かぶ、それを確認するとそこには【火】【水】【風】【地】の文字があり【火】と【風】だけがタッチパネルで言うところのアクティブ化しており押す事が出来そうだ。
他の2つの文字はグレーになっており案の定、触っても反応は無い。
「イナバ様は火と風の適性があるんやね。まあ、他2つは相性的に同時には習得できん属性やけん、ちょうどよか。まずは火と風から身につけていこうと思うばい」
火と風か、なんか攻撃的で楽しそうだなあ。
ステータス情報ウインドウの火の文字を押すと画面が変わり幾つかの火属性魔法名が現れた。
しかしアクティブ状態になっているのは源泉魔法の【ファイヤーボール】だけだった、なるほど、これが火属性魔法のスタートとなる源泉、ファイヤーボールという訳か。
「火属性魔法は……一つだけでファイヤーボール、か」
「レベル1やけん、仕方なかとです。まずは源泉魔法ば極めていくと。最初の魔法といえども鍛えていけば威力だって馬鹿にできん魔法になるっちゃ」
そうだな、確か書物と並行して魔法を鍛えていけば普通にレベルアップさせるより性能が上がるんだったな。
俺はアクティブ状態の【ファイヤーボール】にタッチした。
「えっ?」
その瞬間、俺の頭の中を溢れんばかりの知識が流れて消えた。
まるで自分がファイヤーボールの魔法を昔から知っていた錯覚をうける。
発動方法、威力、消費魔力、魔法の応用、あらゆる事が最初から自分のものであるかの様な万能感がある。
俺が何が起きたのかわからず自分の両手を眺めているとアルシーが訝しげに声をかけてきた。
「イナバ様、どうしたと? 大丈夫?」
「ああ、大丈夫……だと思う。なんか思い出したよ、色々とね」
「ん?」
これは、俺が魔王だった頃に得た知識だ。
それがゴブリンになった今、思い出せたって事は……
雑魚ゴブリンにも勝算が出てきたか。
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