魔王軍立志伝―仕事を辞めたら魔物になりました― ハーメルン版 作:ヨシMAX
「イナバ様、なかなか強うなったね、……伝説のゴブリン大将軍Ⅲ……は聞いた事ないけんが、ばってん、そろそろウェルニーの魔王軍ギルドに行っても十分通用すると。そんで種族進化の準備ばするけん」
おっと、ステータスのチェック中だった。
訓練の思い出に浸っている俺にアルシーの声が掛かった。
おー、種族進化ね。
そうだな、いつまでもゴブリンのままは嫌だ。
オークになるのも嫌だが豚も子鬼も似たようなもんだしな。
アルシーは猪に似ていると言っていたけど、豚だよね、あれ。
……やっぱ、いやだなあ。
もう一つ、ゲーム時代から聴き慣れた懐かしいワードがあった。
「魔王軍ギルド……か」
「そうばい。魔王軍ギルドっちゅうんは所属しとりゃ国やギルド、もしくは個人から依頼ば受けて報酬ば、もろうたり、他種族とん戦争ん際に軍の一兵卒として参加できたりするばい。後は、種族進化ばってん、こりゃ魔王軍ギルドでのみ可能ばい。イナバ様ん希望のゴブリンから進化する事がでけるばい。他にも様々な恩恵ば受くる事ができるばってん、ギルドでそれらは教えてくるけん、まずは行ってみるたい」
やっとか。
見てくれ問題は一旦置いておいてゲームの頃にも色々な
ゴブさんの立志伝! 始まった!
俺は拳を握り締めた。
そんな俺をアルシーは用意したテーブルに着くよう目で促すと自分もお茶を飲み始めた。
「魔王軍ギルドに所属すれば、ようやく訓練も終わりという訳か。ゲームでも所属したけど現実ではどうすればいいんだ?」
俺は彼女の用意してくれた椅子に座りカップに入ったお茶を頂きながら尋ねた。
ゲームの中では所属するを選んで決定ボタンを押せばギルドの一員になれた、簡単だったぜ。
「魔王軍ギルドは軍領内の都市に必ずあるばい。所属にはカリキュラム訓練の修了とちょっとした試験を受ける必要があるが、イナバ様は既にそん訓練は修了しとるけん、試験だけ受ければよか。これからウェルニーに向かうけん、準備してくれん」
「やっとウェルニーに向かえるな」
俺が旅立ちとハーブティーに似たお茶の旨さに感動しているとアルシーが念押ししてきた。
「準備が出来次第、出発しよるね。馬車や旅の道具は私が用意するけん、イナバ様は旅支度だけで良かばい。都市までは今晩中には着くけんね」
これからか!
昨日のうちから言ってくれたら準備しておいたのに。
それに馬車の旅かぁ。
彼女の事だからまたどこからともなく出すんだろうけど生物まで出せるとはね。
「わ、わかった、用意してくる! お茶、ご馳走様!」
「そのままでいいけん、準備お願いするばい」
お言葉に甘え俺は空になったカップをテーブルに置くと慌てて自室に戻った。
用意といっても俺の場合、装備と自分用の予備の携帯食とポーションを袋に入れる位だ。
俺はゴブリンには珍しいと言われるスピードタイプなので冒険者用の服とブーツ、そして前世から身につけているヨロイ(正式名称を邪神の鎧と言う)と小手を使う事にした、そして武器はと言うともちろんシャルルを使っている。
「イナバ様、用意できたと?」
「おう、できたよ。今降りる」
階下のアルシーから声をかけられ俺は返事を返す。
シャルルを袋の脇のポケットに固定して担ぐと1階に降りていった。
「イナバ様、荷物は馬車に積めばよかばい。準備が出来次第、出発するばい」
魔法使いタイプのアルシーは軽装の水色のローブ姿だ。
空から落下してきたばかりの服装は普段着だそうだ。
美少女のアルシーは何を着てもよく似合う。
あ、今は美幼女か……。
彼女の荷物は既に馬車に乗せられており座席のすぐそばに愛用の杖が置いてある。
まあ、あくまで杖は補助で、なくとも充分、魔法の行使はできるそうだ。
「そう言えばアルシーは馬車の運転はできるのかい? 後、この馬車、……馬車?」
建物の前に停められた馬2頭立ての4輪馬車は装飾こそ質素であるがしっかりとした造りで長旅にも耐えられそうな頑丈なものだ。
さすがに俺の世界ではそうそう馬車なんて見る機会はないのだが、そんな俺でもゲームやアニメで見かけるせいかその外見でそれが馬車らしいと認識はできた。
茶色に塗装された木製の四角い車体の中央に窓付き扉があり前方には御者台が設えられている。
後方には両開きのバックドアがあり後ろからも乗降可能らしく車体上部に後方確認用のランプが付いている。
そんな事よりも俺が最も違和感を持ったのは馬車を引く2頭の馬だ。
馬? 馬……なのか?
表面は金属の様な光沢を放ち、鉄板で作られたかの様に角張った形をしている。
目の部分は青く光っており生気は感じられないがさっきから2頭交互にブルルッと嘶いていた。
「これ……、馬なのか? ……うわっ!」
アルシーにそう尋ねた瞬間に2頭の内の片割れが俺の襟足を咥えて放り投げた。
「うぉ――――っ!!」
俺は雲一つない空に見事な弧を描いて宙を舞った。
(……あ、空が青い……)
空に見とれた俺は拠点横に積み上げてあった樽の上に落ちた。
「あー、イナバ様。どっからどう見たっちゃ馬やなかと。そげん事ば言えばはらかくとは当たり前ばい。少し魔法で動きようだけばい」
アルシーはなにやら呪文を唱えると樽の残骸ごと山小屋を元のマジックアイテムに戻しどこへともなく仕舞いこんだ。
「あたたた……、えーと、そうだな、馬……だな、って、魔法で動くって言ったか?」
俺は痛む身体を擦りながら馬車の方に戻る。
「そうばい。こん魔法馬は魔力ば動力にして動く。事前に少しチャージしてあったんやが恐らくそん分では足らんけんイナバ様ん魔力ば期待しとった。こん水晶球に魔力ば注いでもらうばい」
アルシーは先に御者台に乗り込むとその後方に収まっていたハンドボール大の水晶球を俺に指し示した。
水晶球は淡く光っており馬の動力炉とリンクしているそうだ、……動力炉? ……リンク?
馬……なんだよな?
「なんだかよく分からないけどとにかく魔力を注ぎ込めば良いんだな?」
「そうばい、こん水晶に魔力ば流し込んでくれん。よかか! 少しずつばい、少しずつやけんね!」
俺には未だアルシーの信頼がないらしい。
「わかった、わかった。少しずつだね」
水晶玉に魔力を流し始める。
すると魔法の馬はその瞳を炎の様に紅く強く輝かせると後ろ脚で立ちながらけたたましく嘶く!
そして馬車は一瞬の内にトップスピードで吹っ飛ぶ様にスタートした。
「少しずつて言うたやなかとー!!」
アルシーのドップラー効果のかかった叫び声が静かな山間部に響く。
馬車の窓から見えた流れる様なこの世界の風景を見た時、俺は本当の旅がようやく始まったと実感した。
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