魔王軍立志伝―仕事を辞めたら魔物になりました― ハーメルン版 作:ヨシMAX
荒野を浸走る馬車の御者台から白い雲と青い空、そして温かい太陽が見えた。
そんな風景を見ると、この世界で爆誕した1か月前のあの日を思い出す。
ふっと隣で手綱を握るアルシーを見るがその姿はやはり美少女だと思う。
「ようやく落ち着きよらした」
俺の過剰魔力を注ぎ込まれた2頭の魔法馬はいわゆる暴走状態になりしばらくの間アルシーが付きっきりで制御していた。
「すまなかったな、アルシー。次にやる時はもっと注意してやるよ」
「まあ、よかばい。うちも迂闊やったけん。そりゃそうとまだこん2頭ん紹介ばしとらんやったね。金色ん方がアドナエル、銀色ん方がサンダネルばい」
馬車を引いている2頭の馬は相変わらず鉄板細工の様に角張っているが瞳は通常モードの青に戻っている。確かにアルシーの言う通り金色と銀色の馬だが……。
なんかご大層な名前つけられてるな。
「イナバ様、近かといったっちゃしばらくかかるけん。中で休んどってもよか」
2頭の馬を見ながらそんな事を考えている俺にアルシーが声をかけてくれた。
「いや、大丈夫だよ。そもそも俺はこの世界に来てから拠点以外、ほぼろくに見てないから景色だけでも楽しいんだ」
「そう言えばそうやったか。ばってんイナバ様はゲーム内の世界ば回っとっちゃけん、景色も地名もご存知やて思うとった」
「そりゃ、知っている部分もあるよ、……だけどやはりゲーム内の事だからさ、実際にこの目で見てみたいんだよ」
「そうなんやなあ。それやったら少しこん世界ん事ば確認しとくると――」
――この世界にある大陸の名前はメフトバニア。
その南西に約9,500平方キロメートルの巨大な島、エルロア島が位置している。
俺の先代魔王マルファスが支配しているエルロア島、その魔王城がある城下町エルンへイム。
人口は140万人程、この世界では未曾有の大都市だ。
現実世界では地中海にあるキプロス共和国の面積や人口と大体同じ位になる。
産業や文化レベルは中世ヨーロッパレベルであり魔法やスキルが発達している為、技術や道具の発展は遅れている。
移動は馬やティムされた魔物で馬車を引く事が多い。
たまにアルシーの様に魔法の動物を使うやつもいるらしいが。
レベルの高い魔道士がいれば魔法で代用できるが基本的に伝達や郵便は早馬を使う事が多い。
街や村は一応、整備された道で繋がっているが、もちろん未開の地もまだある。
食事は香辛料が多少出回っているが、調達する事自体が難しいレベルなので基本的に素材を活かす料理が多い。
種族比は魔族や亜人が大半、後は進化し言語を理解したモンスターや奴隷の人族がいる。
領地を得るには特に制限などなく――人間以外は――功績さえ残せば誰でも貰う事ができる。
神や宗教の概念もあるが前の世界の様に民衆がそれに集い体制に反発するという事は少ない。
基本的に魔族や他種族は自己責任が暗黙のルールであり、成り上がりは努力の結果、凋落は自業自得の結果である。
もちろん宗教も存在するが一般の民衆には自分達の魔王が頂点であり信仰の対象である。
暗黒神の力を借りる暗黒魔法もあるが行使できるのは厳しい修行により揺るぎない信仰を収めた連中が中心で基本は自分自身や大気中の魔力を使用する通常魔法やスキルが一般的となる。
こうして見ると比較的自由だし平和であると感じる。
現状、エルロア島全土は魔王マルファスが完全に統治している訳ではなく大陸にも幾つかの自称魔王が支配する地域がある。
ただ、島の6割はマルファスが苦労しながらも統一に成功しており他の魔王や他種族からの侵略を今も退け続けている。
マルファスは俺がゲームをプレイ中に勇者に倒されたがこの世界ではどうなるかは不明だ。
実のところ、俺は別にマルファスの側近を目指す事になっても構わないと思っていたりもする。
ただそうすると俺が魔王であった頃の魔王軍と出会えない可能性があるのだ。
歴史が変わってしまう、それは困る。
細かい所に差異はあるかもしれないが、こんな世界だからこそ、俺の様なゴブリンでも台頭できる事には間違いない。
俺はアルシーとの会話の中で、この世界の事を再確認できたのだった。
「あれ? そう言えばゴブリン達、連れてくるの忘れた!」
出かけにゴタゴタして全速力で旅立ったからすっかり忘れていた。
どうしよう、戻って連れてこなきゃいけないけど、どこに乗せればいいのやら。
「それなら大丈夫ばい。彼等とは召喚契約ばきびったけん、こん腕輪で呼び出す事ができるばい。ちなみに彼らには別空間に居住区ば用意して三食昼寝付き、週5日間ん訓練で戦闘力が落ちんごとした」
ああ、良かった。
それにしても召喚されていない間も週5で訓練か。
大変だな。今夜も晩酌に誘ってみるか。
「ちなみにこの腕輪に魔力を込めて触れれば彼らを召喚できると」
そう言いながらアルシーが懐から取り出した腕輪を投げてよこしたのでキャッチして緑色のゴツゴツした右手にはめておいた。
馬車に揺られて数刻、太陽が沈み始め、夕暮れになりかけた頃、遠くに壁が見えた。
エルロア島屈指の魔王軍貿易重点都市ウェルニーだ。
物流の最重要拠点であるこの都市は富が集中する事もあり、それを守る為にとてつもない防御力を備えている。
「イナバ様、ウェルニーが見えてきたばい。お疲れ様やね」
「そうだな、まだ距離はあるが日没までにたどり着けそうで良かった。宿泊場所の目星はあるのか?」
「任せておくばい!」
アルシーが自信満々の笑顔で薄い胸を叩くものだから俺は苦笑いを返すしかなかった。
思えばこの世界に来て街に旅立ってからも世話になりっぱなしだ。
御者でも手伝える様に旅の途中に合間を見て教わろう。
当たり前だが元の世界でも馬車なんて動かした事はないからな。
――すっかり日も暮れ徐々に近づくウェルニーを眺めているとなにやら違和感を覚えた。
高い高い頑丈な壁に囲まれ平和なはずの街から黒煙が上がっている様に見える。
大きな街だし夕餉の準備……なんて事ないか、あんな真っ黒い煙なんて上げてたら間違いなく焦げ焦げだよな。
そんな事を考えていたら次の瞬間――、
どかぁあ―――ん!!
「うわぁ――っ!!」
突然、街中で爆発が起こり黒煙が立ち上る。
「アルシー! 街で何か爆発した!」
「急ぐけん、舌ば噛まんごと気ばつけるばい!!」
そう言うとアルシーは2頭の馬にムチをあてて馬車を加速させる。
え? 魔力じゃなくて物理的な刺激で……。
「わぁあ――っ! ぐへっ!」
俺は慣性の法則に従い御者台から転がり落ちて後方の壁にぶちあたって止まる。
馬車の車輪はサスペンションなど効いているはずもなくガタガタと振動が直に尻に響き腰が痛くなる。
「あだだだだだっ」
尻がやられる。
……と思った瞬間、馬車の加速力は急になくなり段々と減速していく。
「な、なんだ? どうした!?」
「馬車の出力が足りんばい、イナバ様、水晶にもう少し魔力ば流してくれん!」
良いのかな……と思いつつ水晶に魔力を流すとアドナエルとサンダエルはいつか見た感じで瞳を赤く輝かせ爆走を始めた。
そして俺は再び急激に発生した後方への遠心力に引かれて馬車の中を転がりまわるのであった。
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