魔王軍立志伝―仕事を辞めたら魔物になりました― ハーメルン版 作:ヨシMAX
んっ?
この娘は何を言っているんだ?
この俺がゴブリンだと……?
そう思っているとその娘は懐から折りたたみ式の鏡面を取り出し俺の顔の前に差し出してきた。
そこに写る俺の姿はと言うと……、なぬっ?
邪悪な黒水晶をハメ込んだ様な瞳、鷲鼻に長い耳、裂けた口に小さな牙、そして全身緑色であれば、これは間違いなくゴブリンである、紛れもなくゴブリンであった。
こんな事が前もありその時もしこたまショックを受けた気がするがそんな事を考えている場合ではないか。
『主様……、主様』
そんな時に俺に語りかける声があった。
これはシャルルだったな。
(なんだ? 今、俺は忙しいのだが……)
『主様……、あなたは恐らく1週目の魔王様ですね』
(んっ? 1週目……。1週目ってなんだ? 俺は……、魔王だ。俺がゴブリンだ……と)
今度は俺が戸惑う番だった。
どうしたものかと困惑する俺の姿を見て娘は何かを察したようだ。
「……失礼した、イナバ殿。普段からのあなたの魔法も大した出力だが先程のはそれの比ではなかったもので……。それにあなたにも秘密のひとつもあるだろう。あ、私、マリンダ見てくるよ」
そう言うと彼女は吹き飛ばされたもう一人の娘を診に戻っていった。
気を失っていた娘もようやく目を覚ましたようだ。
『何とか深読みしてくれて助かりましたね、主様。落ち着いて聞いてください、あなたは一度勇者に負けました。それで……』
俺はシャルルから簡潔に今までの出来事を聞いた。
なぜ俺の事をそんなにも知っているのかと思ったが名無しの森での訓練中に俺が話したそうだ、今現在の俺の得意な呪文が雷撃ではなく獄炎系な事も聞いた。
お話好きなのか、2週目の俺は。
『攻撃を受けた衝撃で記憶が混濁し生まれたあなたと言う人格についてはあまり周りに話さない方が良いでしょう。ロマリアスの様な例もありますし』
そうか、ロマリアス……、懐かしくも厄介な名前を思い出させてくれたものだ。
俺が魔王になる際に最後の最後まで抵抗した物凄く諦めの悪い雑魚だ。
そしてマルファスの腹心でもあった訳だが……。
「わかった、俺の件を知っているのはシャルル、お前だけだ。色々と宜しく頼……おっと……」
『主! 危ない!』
俺は滑りやすい苔の生えた地面に綺麗に足を取られ転倒した。
「ぐふっ!」
『主! 主! 大丈夫ですか!?』
「痛たたっ……、何でまたここだけこんなに苔むしているんだよ。
……、ってシャルルは何をそんなに慌ててるんだ?」
『んっ? 主様……、あなた、もしかして……』
何故かシャルルに呆れられ、近づいて来たギルベルトとリリアに何やら訳の分からない事を質問攻めされ……、たしか俺は巨大ダコの足に絡め取られ壁に叩きつけられた所まで覚えてるんだが。
『やれやれ、ほんの数分の間に主様に主様の事を2回も説明する羽目になるとは……』
なんと!
壁にぶち当たった衝撃で魔王の記憶と能力を一部覚醒させた……という事か。
さすが俺、昭和時代のテレビみたいな身体の仕組みだな。
『物分りの良い主で助かりました』
まあ、この世界は何でもありだしな。
一介のサラリーマンが魔王に成り上がるゴブリンになる位だし何があっても驚かん様になるさ。
ああ、俺、サラリーマンではなかったわ。
無職だったわ、クソっ!
『さっきも1週目の主様に伝えたのですがこの件は皆にはまだ伝えない方が……』
シャルルはもう一人の俺の覚醒について内密にしたほうが良いと伝えてきた。
なるほど、元々俺の情報が広がるのは抑えるべきだと思っていたし丁度良いか。
『しかし主も忙しいですね、人格がコロコロ変わられては付き合うこちらも大変ですよ』
(うっ、正論で攻めるのは止めてくれ。しかしシャルルよ、アルシーにだけは伝えた方が良いんじゃないか? いや、君が頼りにならないという訳ではなくてさ、いざと言う時に俺と君だけだと取れる作戦が限られるというか……)
途中でシャルルが熱く赤くなってきたので何だか言い訳がましくなってしまったがアルシーに事情を話すべきだと言うのは本気だ。
こちらの世界に転移してから彼女が居なかったらと思うとゾッとするよ。
『むぅっ、確かにそれは言えますね。彼女は信頼に足りますし私達だけではどうにもならない事態も想定しないといけません。私も物を知ってる方ですが彼女の知識も当てにしたいですね』
しれっと知識自慢が出ました。
悪いね、1週目の俺より頼りになりそうもないよ。
『そんな事はありませんよ、主には私は物凄く期待しています。なんでしたら全てを掛けて守ろうと考えてる位に私は主を大切に思っています』
急にどうした!?
訓練中にはブスブス言われてたのに照れるじゃないか。
それにだ、心の声に反応するのはやめてほしい。
『それはそれ、これはこれです。それに見てくれが悪いのは事実ですし』
悪かった、もう言わないからそこら辺で勘弁してくれ。
俺さんは生前から褒められる事には慣れていないのだ。
『(でも……大切なのは本当です、かつて、お側においてくれた恩は絶対に忘れませんから)』
んっ? 何か言ったかい、シャルル?
『何でもありません。それよりも嫌な気配がビンビンします。注意してください』
なんだと……、なにか起こるというのか?
意味深だった彼女の小さな呟きは彼女の不吉な注意喚起に上書きされ塗り潰されたのであった。
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