魔王軍立志伝―仕事を辞めたら魔物になりました― ハーメルン版 作:ヨシMAX
ああ、……これからどうすればいいんだ。
こんなザコモンスターにされて衣食住の準備もなく、ここがどこかも分からない。
この世界が異世界なら俺にとってはある意味、現実世界となっているわけだ。
死んでしまうよ、無理だよぉ。
……
……
……ははっ、
ふぅー、……こんな所で悩んでても仕方ないか。
一度冷静に状況を整理しよう。
俺は理由はどうあれゲームの世界に転移させられた。
そして今の俺は吹けば飛ぶような非力な子鬼だ
周りは背の高い木々が立ち並ぶ深い森で俺は武器もなくTシャツと短パンだ。
転移させられたのが必ずしもゲームの頃に序盤であった場所とは限らないが……これだけの森が広がっているのはエルロア島屈指の貿易都市ウェルニーの北東に広がる名無しの森だ。
この推測が正しいとすれば俺にもまだ多少の運はあるという事だ。
名無しの森というのは名前を持つ者がいないという事、つまりは超初級のステージで敵もゴブリン、もしくはそれに相当するモンスターしか出てこない……まあ、俺も今となっては同じ弱小モンスターのゴブリンだけどな。
そして更に重要なのはウェルニーという都市の特徴だ。
エルロア島――ゲームの舞台となるこの島だが――で3本指に入る優秀な貿易都市で金さえあれば様々な装備やアイテム、そして上質な情報を手に入れる事ができるだろう。
そして何より魔王軍直轄の支城がある。
当然、俺の前にも魔王は存在する訳で過去に戻ったのならこの世界にも魔王は存在する。
うまく利用して魔王軍のサポートも引き出せれば生き延びる確率も上げられるだろう。
実の所、序盤で大きな街が拠点に出来るのは都合が良いのだが、それだけではゲームバランスの悪さは然程解消されない。
名無しの森から始まり近くに大都市ウェルニーがあるこの状況は一見、恵まれたスタートに見えるがそれでもゴブリンは死ぬ程弱いから楽ではない。
敵モンスターとしてのゴブリンも同じく弱いが群れた場合の奴らはそれはそれは地獄の様なタチの悪さを発揮するのだ。
まあ、現状より最悪なスタートは他に幾らでも思い浮かぶ。
ここは定石に従いウェルニーを目指す事にしよう。
「うーん」
辺りの地面を見回して程よい大きさの木の枝を見つける。
数度、振ってみるが重さ長さ共に丁度良い感じで非力なゴブリンでも負担なく扱えそうだ。
「カスみたいなもんだけど何も無いよりかはマシだろう」
貧相な棒を右手に握り、さて、どちらに進むべきか……と思案するが、既に目星はついている。
実はウェルニーは貿易都市ということもあり近くに大きな港もある。
つまり海の方向、潮の匂いがする方向に向かえばいい、ゴブリンの五感は人間のそれより鋭い。
おまけに言えばここが都市の北東なら日の沈む方向に歩けば良い。
……まあ、弱々しい根拠だが今はそれに縋るしかない。
嗅覚を集中して潮風の匂いを感じ、日の傾きを確認した後、俺は歩き始めた。
「はぁ、前途多難な1歩だぜ」
それは森の中の道なき道に踏み出したとても小さな1歩だったが、この世界で俺自身が決めた重要な1歩だった。
✩★✩★✩★
しばらく森の中を歩いていると不意に風がやんだ。
潮風を頼りに歩を進めていた俺は少なからず動揺したが直ぐにそれは吹き飛んだ。
元の世界では体験した事のない感覚――濃厚な殺気が俺に向けられたのだ。
重たい空気が辺りを包み俺は目の動きだけで敵を探すが見つけられない。
だが、既に囲まれている事はわかった。
せめて死角を無くしたいと考えて近くの大木に背を預ける。
木の棒片手のゴブリンに何ができる!
やはりこのゲーム難易度がいかれてるな!
……いや、ゲームじゃない!
リアルだ、
俺にとってはリアルなんだ。
怪我をすれば血が出て痛いんだ。
多分……死んだら終わりの世界だ。
ちくしょうっ! こんな所で死んでたまるか!絶対に生き残ってやる!
どんなに汚い手を使っても、どんなに屈辱にまみれても生き延びれば俺の勝ちだ。
ゴブリンが木の棒を装備して身構えている。
ゲームならばそう表現されるだろう状況で物凄い弱そうだが負ける訳にいかない。
「来るなら来てみろ! 殺ってやるぞ!」
そう叫んだ瞬間、頭上の枝がガサガサ音を立てその脇から何かが俺めがけて降ってきた。
なんと俺と同じゴブリンが短剣を向けて落ちてきたのだ。
その刃は濃い緑色で明らかに毒が塗りたくってある。
だが俺は冷静に対処できた。
なぜならギャーギャー喚きながら落ちてきたからだ。
「アホが! それじゃあいい的だろうが!」
俺は射線上から半歩避けて木の棒を大きく振りかぶり落ちてくるゴブの脇腹目掛けてフルスイングで叩き込も……うとしたが、何分リーチが短いので盛大に空振った。
お互いに無様に転がりお互いに体制を立て直し目の動きだけで辺りを注視する。
落ちてきた個体を含めて6匹のゴブリンに完全に囲まれていた。
無様な俺の姿を見てゴブゴブと笑っている、……ムカつくぜ。
くそっ! 自分の体が小さくなったのは理解した。
俺は気を取り直して木の棒を正眼に構え直しゴブリンの群れを睨みつける。
そんな俺の姿がそこそこ強そうに見えたのかゴブリン共は顔色を真っ青にして大量の汗をかきながら固まっている。
……いや、違う、奴らの目線は俺を捉えておらずまるで明後日の方向を見ている。
罠かも知れないので奴らの動きに注意を払いつつ奴らの視線の先を追ってみた。
どうやら丸い物体が段々とこちらに近づいて来ている。
光っているのか? ……燃えてるのか!
上空からあのスピードで自由落下してきているとしたらかなりの摩擦熱で燃えているという事だ。
どんどん、どんどん、近づいてくる。
だんだん、だんだん、……大きくなってくる。
やばい!
あっという間に大きくなる火の玉だ、あれが着弾したらここら辺は大惨事だ!
逃げなきゃ! と思って視線を戻すと既にゴブリン共は逃げ出した後だった。
おいおいおい、速くね!?
「おい! まてや、コラッ!!」
襲われてたはずの俺はゴブリン共の後を全速力で追いかけた。
そしてゴブリン共と一緒に火の玉から逃げ回るハメになったのだ。
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