魔王軍立志伝―仕事を辞めたら魔物になりました― ハーメルン版 作:ヨシMAX
そんな訳で今俺は露天風呂の扉の前にいる。
曇りガラスの向こう、浴室の中からは4人の女子がキャッキャはしゃぐ声が聞こえてくる。
ちょっと待ってくれ。
こんな中にゴブリンが入っていく図を思い浮かべてくれないか。
そんなのもう事件じゃないか。
そうだ!
このまま可及的速やかに部屋に戻り眠くなったので先に寝てしまった事にしよう。
少し衛生的にキツいが風呂は明日の朝に入るという事でここは戦略的撤退だ!
と、そんな事を考えている内に「ガラッ」と扉が開くとそこにはアルシーが仁王立ちしていた。
もちろん一糸纏わぬ姿なのだが……。
「ちょっと! アル……」
「イナバ様! 何をモタモタしとるけんね! はよ、くるばい!」
「あ、待って、待って、心の準備が……、あーっ!!」
「お、ようやく来たのか。いつまで待たせる気なんだい、君は」
「ギニャー!! イナバさん! 見たらコ○スにゃー!!」
「見てないっ! いや、目には入ったけど意識的に見てない事に出来るから……」
「何を訳の分からない事をいってるんだ、君は」
「いやぁー! ヒルベルダ様ぁ、抱きかかえるのはアカァーン」
「……騒々しいですね」
セレル様は距離をとって温泉に浸かっていた。
一番年少であるが一番年長者の様な慈愛の微笑みで皆を見てたようである。
その後、俺の部屋に苦情が入った。
それはそうである。
部屋に注意に来た女の子が顔を真っ赤にしていたらしい、可哀想に。
旅先で浮かれるのも良いが要らぬ誤解を招かぬ為にも最低限のマナーは大切だね。
☆★☆★☆★
―― 食後(部屋の広間)――
「いやぁー、お風呂も良かけん、ご飯とお酒も一級品っちゃねー」
「それはそうさ、ここは既にエルンヘイムのお膝元といっても過言ではないよ。出てくる品物は選りすぐりの物ばかりだよ」
「これまでまともな食事が出来る方が珍しかったにゃんね」
露天風呂でひとしきり暴れまわった女性陣は部屋に戻ってきて更に酒盛りの準備を始めている、逞しすぎてちょっとひくわ。
そして唯一の男である俺は今何をしているかというと……。
セレル様の膝枕に頭をのせて休ませて頂いている。
実の所、お風呂の騒動で逆上せたのだ。
しかしこの王女様、救い出した当初は散々な事が起きた直後なので動揺しまくりであったが街までの道中から宿についてからの落ち着き様は流石一国の王女の気品にあふれていた。
それと共に、これは俺の自惚れではないとは思うのだが……彼女の好意が凄い。
この街に向かう途中ぐらいからか……、彼女を見ると目が合う事が多くその時には当初の彼女からは想像もできないのだがにっこりと可愛く笑ってくれるのだ。
そして結果的に御者台に座る俺のすぐ後ろに位置するようになった。
「……あれ? セレル様は酒盛りには参加されないのですか?」
「私はまだ12歳なので……」
えっ? あ、そうか。
すっかり忘れていたけど生前?の俺と一回り以上も年の差があるのか。
毎度の事ながら実の所、俺はセレル様の年齢は忘れていたがその存在は一目見た時から知っていた。
……なぜならゲームの中の魔王である俺の嫁が彼女だからだ。
ゲームの頃と違う出来事が色々と起こるものだからここら辺の話も違ってくるのかなと思っていたが思いのほか早く出会ってしまった。
全く12歳の女の子が積極的に懐いてきてくれるのは嬉しい限りだけどこの子には妙に大人っぽいので何かドキドキしてしまう。
「そ、そうでしたか。それは失礼いたしました。とはいえ一国の王女様にこんな事をさせてしまって……申し訳ありません」
「構いませんよ……、そもそも私はあのまま敵国にさらわれて人生が実質終わる所だったのです。命を助けて頂いた上に今後の人生すら守ってもらったのです。これ位で恩が返せるなんて思っておりませんよ」
「そ、そうですか。……恐縮です」
「イナバ様、一つお願いがあります」
「あ、はい。何でしょう?」
セレル様の畏まった態度に思わず身体を起こして姿勢を正そうとする。
「……それです」
「えっ?」
「完全に止めてくださいとは言えませんが……過度な敬語や改まった態度は止めていただきたいのです。私は確かにサンダルファンの王女ではありますが現在は逃亡の身です。ウェルニー解放や敵魔王の撃退など活躍に暇がないイナバ様の方が世の為になっていると言う事です」
「は、はぁ、わかりました」
俺が思わずそう返すとセレル様は頬をぷーっと膨らませて敬語はやめてくださいと改めて訴えるのだ、ちょっと可愛すぎんかね。
「これは、これは……、可愛いにゃんねぇー」
いつの間にか現れたリリアが俺の肩に手をまわしニヨニヨして笑いかけてきた。
言い忘れたが湯上りなのでみんな浴衣姿だ、リリア、それ当たってるよ。
「あ! ダメッ、リリアさん!」
セレル様がグイっと俺の身体を引いて自分の方に引き寄せた。
おおっ、意外に力が強いな、セレル様も魔族なんだなと感じる。
そんな様子を見てリリアはふにゃあと猫っぽく笑った。
俺とセレル様は酒も飲んでいないのに顔が真っ赤になってしまった。
「イナバさん、礼儀正しいのも良いけど女の子の好意には素直に答えるのも大事にゃんね」
うるさいぞ、リリア。
そんな事は十分わかっているよ。
愛想を尽かされる前には何とかするつもりさ。
リリアはそんな俺の気持ちを表情から読み取ったのかニヤニヤしながらではあるが離れていった。
その夜はセレル様が一緒に寝たがったのでそうした。
言っておくが決して同衾ではない、まだだ、まだ焦る時間じゃない。
そしてなぜかアルシーも近くに転がって寝ていた。
風邪をひかない様に布団をかけておいた。
そんな感じで夜は更けていくのであった。
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