魔王軍立志伝―仕事を辞めたら魔物になりました― ハーメルン版 作:ヨシMAX
「元の世界でこそ魔王様は世界的な実力者で他から抜きん出とりましたが、こん世界では何より非力な雑魚モンスターなんばい。時間遡及魔法の発動は分かるもんやったら、ばり異質な魔力の動きやけん気づくとよ。感づいたものが必ずしも魔王様の味方とは限りませんけん」
俺の思っている事がわかったのか、アルシーが説明してくれた。
なるほど、異世界転生ものの目立ってはいけないってやつか。
まあ、目立ってはいけない理由が雑魚だからだけどな。
低身長なアルシーだけどゴブリンの俺が掴まると顔が近く良い香りもして少しドキドキする。
ゴブリンが顔を赤らめているのを他所にアルシーが転移呪文らしきものを詠唱すると目の前が一瞬、白くなり次の瞬間には転移は終わっていた。
転移先は後方に森が広がっている小高い丘だった。
方向感覚が完全に狂ってしまったので辺りを見回してみるが、先ほどの場所からそれほど遠くは離れていない様だ。後方には鬱蒼とした森が広がり前方の丘から見下ろしてみると遠くに豆粒位の大きさの城壁に囲まれた建物が見えた。
遠いな……、身を隠すなら都市に潜む方が良いと勝手に想像していたんだが。
見るからに平和な風景を眺め、一息ついているとアルシーの方を向くと……向くと……。
――なんか、その……縮んだ。
もともと小さかったアルシーが更に縮んで……会った時が小5とすると今は小1。
小学生低学年位に縮んでしまった。
「もう少しウェルニーまで近づける思うたんやけんが……。魔王様、魔力切れで近付けきれんかった。身体もこんな状況やけん」
「あ、ああ、だ……大丈夫なのか」
「大丈夫、私は大気中の魔素ば吸収して魔力回復ば増加させる事が出来るけん。直に治るっちゃ」
どうやらアルシーは魔力を酷使する度に都度、身体が縮んでしまうらしい。
そして驚く事に大気中に漂う魔素を体内に吸収し魔力回復を促進させる事が出来るようだ。
「魔王様、元々はウェルニーまで行ってから魔王軍ギルドに所属して訓練ば始めようて考えとったんやが、もうここら辺でも良かたいね。そもそもギルドに入るとに試合形式ん試験もあるし、ここである程度まで鍛えてから行くばい。幸い街も近かけん万一ん場合は身ば隠しやすかやろうし。今から私達の訓練中に滞在する拠点ば設営するけん。ちぃとばかしスペースが欲しかっちゃが……」
そう言うと彼女は目の前の草深い空地に向け右手を前にかざして魔力を集中し火の玉……ファイヤーボールだろうか、それを撃ち出した。そして右手を振りかぶって地面に叩きつける様な動きをするとファイヤーボールも急に軌道を変えて一度上空に上がり地面に着弾した。轟音と共に爆風が俺達を襲い服がはためくが彼女は平気な顔で見つめている。
爆風が収まった後に目を凝らすと草原が地肌を晒した広大なスペースに変化していた。
「クレーターが出来ん様に威力ば調節して燃焼能力だけ上げたけん、一気に草刈が終わったと」
アルシーは自分が切り開いたスペースへ歩いていくと満足そうに頷いてから空間魔法でミニチュアの小屋を取り出した。
前の世界で言う箱庭風ジオラマの山小屋バージョンと言えそうだ。
そして何やらブツブツと呟くと小屋が巨大化し見る見る一端《いっぱし》の拠点になった。
「はぁ――っ、これでもう完全に魔力切れやね。一滴も残っとらーせん。意識ば失うばい」
アルシーはその場で尻もちを付いてそう言うと俺に向けて手を伸ばしてきた。
なんだぃ?
「鈍感やね、魔王様。こげな場合は抱っこやろう。もしくはおんぶでもよろしかとや」
……だそうな。
仕方がないのでアルシーを肩車して建物の中に入っていった。
「何か違う気がするばってん、まあよかやろう」
建物の中は、まあまあ広く綺麗だった。
1階が生活圏となり、2階にそれぞれの個室兼寝室。
全体的に樹齢の高い木材の自然な色合いを大切にした建物に白を基調とした家具が配置されよく映えている。
夕焼けで強い西日が差し込む窓を黄緑色のカーテンが柔らかく遮ってくれていた。
辛い訓練に明け暮れる為に作られた建物は、その疲れを癒す様々なこだわりが随所に見られた。
……だが寝室が1つしかなくダブルベットが自己主張激しく設置されている事にビビった。
アルシーは、何で一緒じゃいけないのかという顔をしていた。
気が短くアグレッシブで……意外に幼い。
しかも会った時より更に幼児化してるし。
無謀な采配のせいで俺は恨まれてるのかと思ったが意外と懐いてくれたようだ。
とにかくダブルベットでゴブリンと美幼女が一緒に眠るとかマニアックすぎだ。
せめてもう少し人型に近い種族に進化してから――、
ゲフンゲフン……、一応、説得してベットをもう一つ出してもらったけど本当に状況を理解しているかは不明だ……。
建物の最上階には、まさかの檜風呂があった。
さすがに魔物の棲みつく森で露天風呂は危ないので屋内なのだが、この状況で汗が流せるのは非常に幸運だろう。
ログハウスの様なこの建物でどうやったら最上階に風呂を作れるのか不思議だが水漏れの類は一切なかった。
ちなみに元々この世界にはお湯の張られた風呂に入るという文化は無くサウナの様な蒸し風呂が長らく主流だったそうだ。
だがある時、俺と同じ様に転移してきた過去の魔王様が所謂、風呂を発案し、それが瞬く間に広がっていったそうだ。
先人の努力に感謝しなければならないな。
「ふーっ、ゴブリンの姿になっても風呂の気持ちよさは変わらないな」
明日からは厳しい訓練が始まるという事で俺が一番風呂の栄誉をいただいた。
ゆっくりと湯船につかり手ぬぐいを目元に置いて寛いでいると徐ろに風呂の扉が開いた。
「魔王様! 一緒に入るっちゃ! 背中でも流すけん」
なんと、そこに居たのは一糸纏わぬアルシーだった。
「な、な、な、何で入ってきてんだ、アルシー! 入浴中の札が見えなかったのか!」
「そげん事はどげんでんよかやろう。私と魔王様ん仲やなかと」
「いや、俺とアルシーは伝説の量産ゴブリンとアシスタントだろがぃ……」
俺はそう訴えるが、アルシーは無視してズカズカと風呂場に入ってきた。
動揺する俺を横目に彼女は掛け湯をしてお湯に入ると俺の隣に来て腰を下ろした。
現状、ツルペタなアルシーではあるが、なぜか所作の所々が妙に艶かしい。
まるで中身は年上のお姉さんであるかのようだ。
そもそも、彼女の実年齢は幾つなのだろうか。
どういうつもりなのかは分からないが女性が気にしてないのに俺がギャーギャー喚くのもそれはそれで少し恥ずかしい。
「……まあ、いいか。それよりもアルシー、これからこの世界で生きていく上でゴブリンの俺を魔王様と呼ぶのは不要な注目を引いてしまいかねない、本名のイナバと呼んでくれないか?」
「そげなとやろうか。直に魔王様になるんやけん構わんて思うんやが……確かに目立つのも良くないけんね、イナバ様、よろしゅうお願いします」
今後、街に行っても魔王呼びのままならヤバイので素直に従ってくれて良かった。
その後はアルシーの言う通りに背中を流してもらったりした。
やましい事はない、無いのだが……少し逆上せてしまった。
何を考えているのかも分からないけど、年の離れた妹と思って仲良くしていくか。
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