魔王軍立志伝―仕事を辞めたら魔物になりました― ハーメルン版 作:ヨシMAX
俺達はエルンヘイムに向かう最中に大きな問題にぶち当たった。
かつての魔王軍四天王クラインの妹、クラリスを保護したのだ。
なぜ、この娘が俺達の行軍行程の道中の道に倒れていた理由は全くの不明であるが見つけてしまったからには救助しなければならない。
今は面識はないが未来で重要な仲間になるのだからな。
ちょっと事情は複雑であるが有益になる事象を見逃す手はない。
ただ問題なのはクラインが常軌を逸する程の妹信仰者だからだ。
妹に何かあれば俺は地の果てまでも追われる羽目になるだろう。
そう言う意味で俺達は大問題を抱える羽目になったのだ。
そんな訳で俺は細心の注意を払い――クラリスに1つのテントをあてがい見張りも立てた――彼女が気がつくのを待った。
部隊の皆はいくら何でもどうしてそこまで……と思うだろうな。
それはクラインを知らないから思える事なんだよ。
日も暮れ、俺は出来る手は全て打ったと確信はあったもののそれでも心配でクラリスのテントの近くで焚火をして一休みしていた。
食事も済んで割かし緩やかな空気が部隊を包んでいた。
聊か、過敏ではないかとの視線も感じたが気にしない事にする。
「クライン様……と仰いましたか。いらっしゃいますでしょうか……」
「彼は来るよ。何しろ妹がここにいるのだから。……間違いない」
セレル様が俺の事を心配して毛布を持ってきてくれた。
人の心配が出来る優しい人だが彼女自身も酷く疲れている様に見えた為、俺は隣に来て少し眠る様に促した。
少し、遠慮していたセレル様であったが辺りがどんどん薄暗くなるにつれ彼女の方向から静かな寝息が聞こえてきた。
無理もない、兄の反乱からここまでの間、いままで味わった事のない毎日を過ごしたはずだ。
「セレル様は眠ってしまいましたの?」
「リーザと……ガンダルフか。隊の方は大丈夫か?」
「イツハとクインシーに任せてまいりました。私は戦いの時だけ働ける様に人事については普段から気を使ってましてよ」
「我も部下に任せた。損耗チェックは既に済んだ」
「そうか。2人ともエルンヘイムに急ぎたいだろうに……済まないな」
「私は隊を任せた時からお二人と一緒に未来を歩むと決めてましたわ」
「我もイナバ殿と合流出来た。後は共に歩むのみ」
「2人とも物好きなんだな」
俺は同じ様な返答を返す2人に少し笑ってしまった。
――と、俺の探索スキルの範囲に何かが侵入した。
「イナバさん……何か来たにゃ」
木の上で警戒してくれていたリリアが俺に囁いた。
彼女の特殊スキルだろうか?
俺には彼女の声は良く聞こえるが周りには呟き声位の音量でしか聞こえない。
主として隠密行動をとる彼女には必須のスキルなのだろう。
「ああ、リリアも気付いたね。こちらに来るぞ。とんでもない手練れだ」
「イナバさん。これにゃ、人間じゃにゃい?」
「……まさか、勇者か!?」
「いや……そこまでにょ圧力は感じにゃいよ。あくまで強い人だにゃ」
「そうか、それならまだ手の打ち様はあるか」
良かった。
いまだに魔族でこんなにイザコザを起こしているってのに今、人間の勇者が攻めて来たら魔族は間違いなく滅ぶぞ。
果たして護るものが前世並みに増えていく俺に勝つ事は可能なのだろうか。
……いや、勝たなきゃ未来は無いのだ、やるしかない。
「イナバさん、大丈夫にゃ?」
「ああ、すまん。少し考え事をしていた。……で奴らは?」
「一直線にここに向かってるにゃよ。大胆不敵にゃんね」
「狙いは……クラリス……か」
「間違いにゃいにゃんね。ダークエルフの長の妹にゃんね。高く売れるにゃ」
「リリア、間違ってもクラインに出会ったらそんな風に話すなよ」
「にゃんで?」
「怒りの矛先が俺達に来るからだ」
リリアが木から降りてきて俺に耳打ちした。
「元魔王のイナバさんをしてもそんにゃに恐ろしい男にゃん?」
「当時の能力なら負ける事はない。だが勝つにはなかなか厄介な相手だな」
「……充分気を付けるにゃん」
是非、そうしてくれ。
さて……。
そろそろテントに忍び込むか。
入口に見張りが居るのにどうやって入る気なのだろうか。
俺がなるべく自然な形でテントを凝視しない様に入口の辺りを警戒していると風もないのに不自然に入口の垂れ幕が揺れた。
来たなっ!
――と、テントの中から激しい殴打音が聞こえてきた。
「ぐわっ!? な、なんで!?」
中から聞きなれない男の声が聞こえてきた。
とても狼狽している様に声から聞き取れる。
恐らくはリリアの気付いた通り、相当な手練れなはずだが自分の状況を驕り油断しきっていたらしい。
奴は目に見えないマジックアイテムを使用してクラリスのいるテントに侵入しようとしていた。
そして俺達が彼女を見つけ保護する前に彼女が喰らっていた麻酔の矢がまだ効いている事も知っていた。
なぜなら恐らくだが……こいつが撃ったからだ。
しばらくしてテントの入口から吹き飛ばされて飛んでくる男の姿が見えた。
ガンダルフがその男を片手で受け止めた。
「しかし……セレル様。こんな作戦は2度と賛成できませんよ」
「あら、セレル様ならこれ位の密偵なら負けるはずありませんわ」
リーザ、お前は賛成してくれると思ってたが……そこまで脳筋だったか。
入口のテントの垂れ幕を開けて出てきたのはクラリス……ではなく戦闘服を身に纏った臨戦態勢状態のセレル様だった。
「まあ、幻影魔法にこんなに奇麗に引っかかるとは思いませんでした。イナバ様、ご心配有難うございました」
そうなのだ。
セレル様が俺の隣で眠った様に見えたのは幻影魔法だった。
「幻影魔法は正直、不得手でしたので上手く行って良かったです」
「さて、これでクラリスがこんな所で倒れてた理由が分かったな。あとはどうにかしてクラインに妹の無事を伝えなければ……」
「イナバ様、兄には私から伝えます。お任せください」
「ああ、クラリス。気が付いたんだね」
「はい、命を救っていただき有難うございました」
クラリスは俺の隣で眠っていたのだ。
セレル様の戦闘音がうるさかったので目が覚めた様だ。
クラリスが直々に話せば大丈夫だと思うけど……。
失敗すればイナバ隊は……壊滅だ。
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