オリシューとISヒロイン(ry 作:user
本話は我ながら良く書いたと思う。
IS学園の学園寮。
いつものように、箒はリーシュと本音の部屋を訪れていた。
胸には期待と不安がある。
リーシュから解決策を用意したと言われても、不安が拭えない。今になってリーシュを不信に思う箒ではないが、未知への恐怖が拭いきれないのだ。
「おそらく、一般的なものよりも小さなサイズだ。痛みは、感じるかも知れない。入りきれば、気になるほどのものじゃないだろうが…………」
「これが……」
「おもちゃのおちんちん?」
「おち……! 恥ずかしいことを言うな!!」
シリコン製のディルドは、実物と比べればややデフォルメされた形をしている。それでも特徴はしっかりと捉えられ、やや反っているところとか、亀頭から茎部へ続く鋭い鋭角、俗に言うカリの部分が生々しい。
これが自分の中に、と。
箒は緊張と不安と羞恥と期待と、思わず唾を飲み込んだ。
「箒さんにはすまないが、手伝えない」
「う、うん……」
リーシュの顔が見れなかった。見てしまえば、手の中にあるディルドと、あの日咥えてしまったものが重なってしまう。
「わたしが手伝うよー」
「いや……。本音の気持ちはありがたいんだが、さすがにそれは…………」
当然である。
色々と講習を受けはしたものの、実技を見てもらうのは抵抗が激しすぎた。
「使い方はわかる?」
「な、なんとなく……」
「…………大切なのはリラックスすること。箒さん自身が十分に濡れるのだったら問題ないが、不足を感じたらローションをディルドに塗りこんで使って欲しい。向きはどうでも構わない。入りやすい向きを自分で試してみてくれ」
「…………はい」
「入れる場所がわからない、ってことはないだろう?」
「はい……、大丈夫、です」
「…………焦らずにやってほしい。時間はあるんだ。大丈夫、一夏は逃げない」
「はい……」
「準備が出来たら教えてくれ。翌日に、最後の手を打つ」
「はい…………」
箒はその場に正座し、深々と頭を下げた。
「今まで大変お世話になりました。篠ノ之箒は、女になります」
リーシュは笑った。
「その言葉はまだ少し早いけどね」
本音は微笑んだ。
「箒ちゃん、がんばれー」
箒も柔らかく微笑んだ。
いつもの鋭さは鳴りを潜め、一切の険が消えた優しい笑顔。
「二人ともありがとう!」
そして終わりが始まった。
一夏は家事に関してなら万能人間である。
幼少時に両親を失い、姉の千冬が外で稼ぎ、弟の一夏が家事をこなす。役割分担なのであって、千冬がずぼらなわけではない。互いに一人暮らしとなり、千冬が片付けられない女になってしまったのは、一夏に甘やかされたためである。生来のずぼらではないのだ。おそらく。
だから、と言うわけでもないのだが、一夏と箒の部屋は、一夏が掃除することが多い。
箒は部活や、最近仲良くなったらしい本音といることが多く、休日を除けば留守にすることが多いのだ。
その日も、一夏はいつものように掃除を始めた。
目立って汚れたり散らかったりはしていないのだが、掃除は定期的にするもの、との信念があるらしい。
ゴミを片付け、デスクや床を拭いていく。
当然ベッドも目に留まり、自分のベッドを整えていく。
皺の寄った箒のベッドも、と行きたいところを理性で抑えた。
そのあたりは、リーシュから徹底的に教育された。
女性への配慮やデリカシーは当然だが、それ以前のマナーである。
他人は自分とは違う。良かれと思ったことが悪になることもある。その境界を迂闊に踏み荒らさないため、マナーがあるのだ、と。
リーシュの紳士教育により、素直な一夏はぐんぐんと紳士力を伸ばしていた。
見えるところが終われば見えないところ。
棚の隙間やベッドの下に移っていく。
箒のデスクや私物に触れないようになったあたり、一夏の成長は目覚しいものがあった。
だけども、ベッドの下は別である。そこは私的な空間ではなく、床の上なのだ。
もしも、箒がデスクの中や、あるいは箱に入れて仕舞っていたのならば、一夏は中を確かめるようなことはしなかっただろう。
「なんだこれ?」
床に丸まったタオルが落ちていれば、まめな一夏だ。
躊躇なく拾い上げて、洗物に回そうと思ってしまった。開いてしまった。見てしまった。
聞いたことも見たこともないものだった。
全く知らない薄いピンク色。だが、形には見覚えがある。
用途が想像もできない、ならば救いはあった。
リーシュの教育が裏目に出た。
はっきりと、言葉で説明できるほど知っているわけではない。だが、ある形を模したこれが何に使われるか。
男女の仲が深まればどうなるのか。
似ているこれがなんなのか。
箒がこれを持っていた。
「戻ったぞ、い…………ち、か………………」
空間が凍りついた。
部屋に戻ってきた箒と、ディルドを手にしている一夏。
表情は互いに驚愕のまま。
「あ、あはは、ははははは……」
一夏は、笑った。
手にしたそれを箒のベッドに置いて、引きつったように笑い始めた。
「ちょっとびっくりして、箒がこういうの使ってるとは思わなかったって言うか、俺が知らなかっただけで箒も大人なんだよな。俺にはやっぱよくわかんないんだけど、リーシュが言ってたんだ。女は生まれた時から女だって。聞いたときは、こいつ何言ってんだって思ったけど、やっぱそうなんだな。いや、おかしいとは思ってないけど、やっぱ俺にはまだ早いって言うかよくわかんないって言うか、箒もいつの間にか大人なんだよなって思ったらなんかびっくりしちゃって、いや! おかしくないおかしくない、全然変に思ってないから」
一夏は今更ながらに思い出した。
自分がいるのはIS学園なのだ、と。
リーシュに頼ってばかりいたので、忘れてしまった。入学初日はあれだけ緊張したと言うのに。
ここは魔窟なのだ。
飢えた虎が住まう虎の穴。
そこで自分は、とって食われるだけの子ウサギに過ぎないのだ、と。
リーシュならば豊かな海、と評したろうが、一夏には右も左もわからない暗黒の世界だった。
自分で自分が何を言っているのかわからなかった。
わかっているのは、自分がどうしたいのか。
食われたくはない。
生き延びようと、生存本能が働いた。
即ち、刺激してはいけない。逃げなければならない。
「そ、それは……、だな…………」
「大丈夫! 俺は全然気にしないから! それじゃ俺はあれの予定がこれなんで、ちょっと行ってくるわ」
固まる箒の横をすり抜け、走り去っていった。
呆然と固まる箒だけが取り残された。
見たくないものは見ない。
箒もそうであれば良かった。
剣道で培った目が、精神が、はっきりと捉えてしまった。
一夏の目に、怯えがあったことを。
『見られた逃げられた』
箒はそれだけ言って、部屋の隅で両膝を抱いていた。
本音が心配そうに、箒の背中を撫でている。
リーシュは頭を抱えていた。
「あ、あれほど見つかるなと言ったのに………………」
しくしくと、すすり泣きの声だけが流れている。
泣きたいのはリーシュも同じだった。
篠ノ之博士に繋がるか否かなどどうでもよかった。
入学初日から、今日まで少しずつ仕掛けてきたものが、一瞬で、しかもバカらしいほどの理由で無に帰そうとしているのだ。
せっせと水を撒き、丁寧に肥料を施し、さぁみんなで収穫しよう! と言う段階で、せっかちな北風が土も葉っぱも、文字通り根こそぎ吹き飛ばしてしまった。
ショックでないわけがなかった。
「お前のせいだ…………」
ゆらり、と。
幽鬼のように箒が立ち上がった。
「お前があんな作戦を立てるからだ!」
人は往々にして自分の間違いを認められない生き物だ。
間違いとは敗北であり、敗北すれば死が待っている。死を免れたにせよ、糧が得られない。やはり死が待っている。
間違いから伸びる細い糸は、遠い死に繋がっているのだ。
恋の死が迫っている。
認められない箒は、リーシュに押し付けることしか出来なかった。
「…………あぁ。俺のミスだったよ」
「お前があんな破廉恥な作戦を考えたからだ!」
「あぁ。俺の考えが甘かった。箒さんがそんなに破廉恥だってのを計算に入れてなかったんだ」
「わ、私が破廉恥だと!? 訂正しろ!」
「うるせえ! ビッチの妹はやっぱりビッチなんだな!」
「私を姉さんと一緒にするな!!」
篠ノ之束。哀れにも妹にビッチ認定された瞬間だった。
「泣きたい……。もう本当、お前ら姉妹は一体なんなんだ…………。どうしてそんなに俺の邪魔ばかりしたがるんだ? 何か恨みでもあるのか?」
「泣きたいのは私の方だ…………。一夏に見られたんだぞ、逃げられたんだぞ。どうすればいいんだ…………」
「…………もう泣いてるじゃないか」
「泣いてない! これは……、汗だ!」
本音はいつの間にか姿を消していた。
巻き込まれたくなかったのか、リーシュに任せておけば全て解決すると思ったのか。
どちらであるかは本音しか知らない。
やがて、再びすすり泣きの声が漏れ始めた。
「触るな!」
「………………」
「離れろ! 私に触るな!」
「………………」
「触るな…………」
「………………」
「………………」
「………………」
「一夏が好きなんだ……」
「よく知ってるよ」
「離れ離れになっても、ずっと好きだったんだ……」
「箒さんがどれだけ強く思ってるか、よく知ってるよ」
「うぅ…………」
六年間も心を暖めてきた想いが、あんな馬鹿な事で壊れようとしている。
箒の精神は耐えられなかった。
このままでは自壊するしかなかった。
まだ、死にたくなかった。
足掻いてもがいて、必死に手を伸ばした。
手が届く場所にこの男がいた。
ただそれだけなんだ、と自分に言い聞かせて。
箒の腕がおずおずと、自分を抱きしめているリーシュの背に回った。
「……傷心の女だぞ」
「そうと決まったわけじゃないよ」
「うるさい……、慰めろ…………」
「……箒さんはとても素敵な女性だよ。ひたむきで、目的のために一生懸命になれて。後姿でいいから目に焼き付けたいと、誰もが振り返るとても綺麗で魅力的な女性だよ」
「……口の上手いやつは信用できん…………」
「想いは口にしなければ伝わらないだろ?」
「ふん…………。どうせ私なんか、姉さんへの手がかりくらいにしか思っていないんだろう……」
「それは心外だね。こんな素敵な女の子を、そんな風にしか見えないのは男じゃない」
「…………だったら許してやる」
「ありがとう、箒さん」
箒は、ついとリーシュの胸を押して、体を離した。
泣いてる姿を見せたくない。
だから目を閉じた。
リーシュは箒よりも背が高い。
だから、上を向くのは当然だ。
自棄になっているのか、すがりたいのか、こんな浮気な男が気になるのか、自分で自分がわからなかった。
わからないけれど、自分はここにいて、リーシュもここにいる。
それだけが全てだった。
箒が瞳を閉じて、こちらを見上げている。
頬には涙の跡。
何を求めているのかは一目瞭然だ。
どうしてそうなってしまったかもよくわかる。
慰めて、篭絡するのは容易い。
箒を手元に置けば、篠ノ之束へ繋がる糸となる。
それを差し引いても、IS学園の生徒だ。重要人物保護プログラムにより、一般入学の生徒とは毛色が違うものの、授業には難なくついていき、更には部活をこなす余裕もある。
文句なしに、優れた原石の一人だ。
リーシュは、傷心の女性に取り入り、または寂しがり屋の女性に食いつき、金と体を吸い上げる男達を否定しない。
倫理的にけして褒められないことは知っている。
だが、薬物・暴力を伴わない限り、犯罪ではないのだ。
なによりも、彼女達は救われている。
寂しい心を慰められ、傷ついた心を癒されている。
放置して、一人朽ち果てさせるのに比べたら万倍も善い。
リーシュは箒の頬を両手で挟み、一切の抵抗をなさない箒へ、額に唇を落とした。
「一夏と話してくるよ。箒さんは、今夜はここに泊まって行くといい」
強かな計算などしなかった。そう言えば嘘になる。
箒へ告げた言葉はリップサービスではなく、本当に魅力的な少女だと思っている。
暴走癖も慣れれば可愛らしいし、傍にいてくれれば、きっと退屈しないだろう。
だが、それよりも我慢ならない。
こんな馬鹿馬鹿しい事で、苦労とは呼べない苦労であっても、自分の立てた計画が不意になるなんて許せない。
まだ、目はある。
静かな部屋にドアが閉まる音が響き、箒は一人取り残された。
同時にその場へ崩れ落ちる。
両手を床につき、力なく項垂れた。
燃えるように頬が熱い。
一人になり、自分が一体何をしていたのか認識してしまった。
自分は一体何をしていたのか。
抱きしめられて、心地よかった。
リーシュの胸は、広かった。
包まれるとはこう言う事かと、心で感じてしまった。
怒りも悲しみも、一瞬ごとに溶け落ちていった。
だからと言って。
自分は一体何をした。
二人きりで。あんなムードで。
涸れたと思った涙が、再び流れてくる。
悲しみではなく、自分への不甲斐なさと恥ずかしさと。
「違う……。あんなのは気の迷いだ気の迷いに決まってる。あんなあんな破廉恥でふしだらで多情で色狂いであんな浮気な男に私がく……唇を許そうだなんて気の迷いに決まってる。そうだ。そうに違いない。だからあんなの何かの間違いだ。私には一夏が、一夏がいるんだから――」
「あれ? オリシューは?」
「うわああぁぁあ!!!!!」
跳ね起きて逃げ場を探すと、バスタオルを巻いた本音が立っていた。
肌が上気し、髪がしっとりと濡れている。
二人の話が長引くと判断した本音は、一人で先に風呂を使っていた。
「ほ、本音!? いったいいつから?」
「今からだよ。オリシューいないの?」
「……一夏のところへ、行くと言っていた…………。本音は、何も聞かなかった、な?」
「んー? 箒ちゃんはどうするの?」
「あ、ああ……、今夜はここに泊まっていくつもりだ」
「わーい、お泊まり会だー」
「あ、あはは……。そうだな。お泊まり会だ」
本音は無邪気に喜んでいる。
箒は力なく笑った。
笑うしかなかった。
女の子同士のお泊まり会なら、灯りを落としてからのお話は必須である。
元気のない箒へ、本音は慰めの言葉を送った。
「箒ちゃんは何も悪くないよ。おりむーもオリシューも悪くないよ。だからこれで良かったんだよ」
「あはは、はははは………………」
笑うしかなかった。
一夏は屋上でたそがれていた。
たそがれる場所はいつでもどこでも屋上と決まっているのだ。
俺はどうしてこんなところにいるんだろう。そんな根本的な思いがよぎってくる。
どうしてISを動かしてしまったんだろう。どうして藍越学園にいないんだろう。どうして一人でこんなところにいるんだろう。
一つ思えば、次から次へと疑問が湧いてくる。
どれもこれも理不尽だ。
寂しいと思ったことはない。大変であっても辛いと思ったとはない。ただ、一夏は一人なのだ。
辛いのか寂しいのか苦しいのか。それでも涙は流さない。一夏は男の子なのだから。
「一夏」
一人だと思ったけど、一人じゃなかった。
IS学園には、たった一人だけの同士がいる。
「……リーシュか」
「こんなところにいても面白くないぞ。部屋に戻るからついてこいよ」
「いや、俺は…………」
「なんだ? ……実はお前に内密の用件がある。今夜は箒さんが場所を譲ってくれた。朝まで付き合ってもらうぞ」
「内密ってなんだよ…………」
「内密は内密だ。織斑先生に知られたらまずい類の話さ」
一夏と箒の部屋へ戻ると、リーシュはグラスを二つ用意した。
琥珀色の液体を湛えた素敵な壜からグラスへ注ぎ、ミネラルウォーターできっちり1:4で割る。最後に冷蔵庫から準備した氷を一欠け放って完成。
「って酒じゃねえか! 千冬姉にばれたらぶっ飛ばされるぞ!」
先日、弾と街を歩いた際に購入した素敵アイテムが、アルコール一式だったのだ。
「スイスじゃ14歳から飲んでいいことになってるんだよ」
「すぐにばれる嘘をつくんじゃねぇ!」
「いいからいいから。本音さんに付き合わせるわけにいかないし、一緒に飲めるのは一夏くらいしかいないんだよ」
「ちっ…………しゃーねーなー」
口ではそう言いながら、一夏の目はグラスへ注がれている。
お年頃であることだし、姉の千冬が酒豪であることからも、興味はあるのだろう。
刺激的なものを見てしまったため、何かで紛らわせたいのかも知れない。
「それじゃかんぱーい」
「……乾杯」
飲み干す一夏を見て、リーシュはグラスで笑みを隠した。
笑みにタイトルをつけるなら『計画通り』。
一夏を酔わせ、あることないこと吹き込んで、箒が隠し持っていたものは特別でもなんでもないと刷り込む。あわよくば箒をけしかけ、そのまま行けるところまで行かせてしまってもいい。
リーシュ自身は、酒に強いとも弱いとも言えない。
しかし、酔いつぶれたことはない。己の限界を、17歳にして認識している。
一方、一夏は初めて飲むようだ。
アルコールの分解能力は、人種の差もあってリーシュに軍配が上がるだろう。
酔わせてしまえばこちらの勝ち。
いっそのこと、酩酊した一夏のベッドに、箒を放り込むのもいいだろう。
何が起こっても起こらなくても、一夏なら責任をとる、と言い出す、はず。
卑劣にして姑息な計画ではあったが、瞬時に立てた計画にしては十分すぎる勝算がある。
このときリーシュは誤算に気付かなかった。
「それでな。誰とは言えないんだけどすごいの持ってるの見ちゃって。なんか生きてる世界が違うなって思ったんだよ」
「どこの世界もみんな一緒だ。そんな区分けは不毛なだけだぞ。ほら、それよりも飲もうぜ」
「おう、サンキュ。酒って初めて飲むんだけど、けっこう美味いのな」
酒豪千冬の弟は、15歳にしてその片鱗を見せていた。
「お前、箒さんのおっぱい見ても何も思わないのかよ!?」
「いきなり何言ってんだよ……。思うも思わないも、箒は箒だろ?」
「このぶゎかめ! 揉みたいとか舐めたいとか挟みたいとか思え! 俺は思う!」
「はぁ? お前大丈夫か? 大体、のほほんさんはどうするんだよ。お前らって、その、あれだろ?」
「本音のおっぱいは俺のだ!」
「あーあー、わかったからペース落とせ。飲みすぎだぞ」
一瞬にして灰燼間近に陥った計画は、リーシュの精神に予想外の動揺を与えていた。
それに加えて久々のアルコール。
無意識に。本人は認めたがらないだろうが、酒に逃げた。
日本産のウィスキーが思ったよりも美味だったこともある。
結果、飲みすぎてしまい、ミイラ取りがミイラ状態になっていた。
アルコールとは、理性を失わせるのではない。感情を増幅させるのだ。
リーシュは、箒の素晴らしさを語った。
リーシュ独自の洞察力で見抜いた美しさを語った。
そこまで見ていたのか、と一夏は感心しきりだ。
どうして一夏は一夏なんだ、とわけがわからないことを喚く。
酔ってるぞ、と言えば酔ってない、と返す。
お手上げだった。
好きなようにさせた。
やがて箒のベッドに倒れこみ、時折唸り声の混じる寝息を立て始めた。
「…………リーシュもリーシュで、疲れが溜まってたんだな」
一夏はやはり優しかった。
グラスを片付け、空になったボトルは、少し考えてから水ですすぎ、燃えないゴミへ。
テーブル周辺を片付け終わり、さぁ寝ようとしたところで、箒のベッドに潜り込んでいるリーシュが目に入った。
リーシュの教育は、きちんと生きていた。
箒のベッドであっても、女性のベッドを使うのはどうなんだ、と疑問を感じ、その瞬間、様々なピースが一つにつながった。
口では誤魔化すが、どうにも大人な関係らしいリーシュと本音。
本音と親しくなった箒。
箒が持っていた大人なアイテム。
箒の素晴らしさを声高に語るリーシュ。
箒のベッドに潜りこむリーシュ。事前に箒と話したらしいから、ベッドを使うことを箒が了承したのは間違いないだろう。
結論は一つしかなかった。
(そうか…………。箒のやつ、そうだったのか………………。リーシュも二人のことで悩んでるから、こんなになるまで飲んじまったんだな………………)
翌朝。
一夏の顔は吹っ切れたように明るい。反面、リーシュの顔はいつも以上に白い。
彼ら彼女ら四人は、申し合わせたように顔を合わせた。
「箒! 昨日はびっくりして逃げたりしてごめんな。俺、箒の気持ちがわかったよ」
「い、一夏……!」
一夏の顔は、箒の目から見ても晴れやかだ。
リーシュが上手くやってくれたに違いない。
慰めにもならない本音の慰めで、心が乾いていた箒には、一夏の言葉が清水のように沁みこんで来た。
「ライバルはきっと多いと思うけど、俺は箒を応援するよ。なんてったって、幼馴染だもんな」
「………………え?」
「でも、安心しろよ。リーシュのやつ、箒のことで結構悩んでるみたいだったぞ。箒のことをよく見てるし、俺、リーシュだったら箒のことを任せられると思うんだ。……おい、俺がここまで言ってやったんだから、お前もなんか言えよ」
一夏の顔には一点の曇りもない。
箒は一夏の言葉が理解できない。
どういうことだ、とリーシュへ問いただそうとしたところ、
「箒さん……」
リーシュの顔は白い。ふらふらと箒に近づき、そのまま抱きついた。
「気持ち悪い…………」
「こ、このバカ! 酒臭いぞ! 学園の寮で一体何をやってるんだ!! それにもう、こんなところで抱きつくな!」
「うわーい。オリシューいい匂いするー」
リーシュに抱きつく本音の顔は、うっすらと赤くなっている。
極度にアルコールに耐性がないのか、リーシュから漂う酒精に中てられたようだ。
「本音はオリオールに近づくな! 一夏と一緒に食堂へ行っていろ。私はこのバカを風呂に入れてくる。こんなに酒の匂いをさせて、……教室に連れて行けるわけないだろう。千冬さんに知られたら一体どうなることか…………」
「あぁ、頼んだぜ」
「頼んだぜ、じゃない! 一夏も一夏だ。どうしてこんなになるまで飲ませた!」
「俺が飲ませたわけじゃないって。酒持って来たのはリーシュだし。それにな、ちょっとのほほんさんの前じゃ言いにくいんだけど、リーシュの奴、箒に気があるみたいで、それで悩んで飲んだんじゃないかな」
「は、はぁ!?」
「それより時間がなくなるぞ。早くどうにかしてやってくれ」
「う~~~……。オリオール! 立て! 歩け! 私に抱きつくな!」
「箒さん……、止めて、…………頭いたい」
「そんなこと私が知るか! ほら、肩を貸してやるからとっとと歩け!」
ふらつくリーシュに肩を貸し、罵りながらも世話をする箒を、一夏と本音は温かい目で見守っていた。
その日は朝から騒がしかった。
「箒ちゃんのいじわるーーー。わたしもオリシューの傍がいいのに」
「本音はダメだ。…………言わなくてもわかるだろう?」
「でも~」
「でもも何もない。近づくな」
「うぅ……」
篠ノ之箒がリーシュ=オリオールの傍から離れない。
誰かが近づこうとすれば、一夏や本音を盾にして、けして近づけようとしない。
どことなく精彩が欠けるリーシュに、甲斐甲斐しく世話をしている。
まるでダメな夫と、しっかりものの妻のようだった。
内情を知れば単純なことで、学生の身でありながら酒の匂いをさせ、さらには二日酔で受け答えもろくにできないリーシュを庇っているだけだ。
庇うのはリーシュに対して思うことが少なからずあるのだが、箒の中では友人の一人だから、と言うことで完結している。
内情を知らないクラスメイト達は、そうは思えない。
篠ノ之箒と言えば、織斑一夏に好意を抱いているのが周知の事だったのだ。
それが突然こうなった。
リーシュへ内心の思いを秘めている生徒も多く、自然と視線がきつくなるところへ一夏が囁いた。
実は箒の奴、前からリーシュのことが…………。
リーシュの奴も、のほほんさんと箒の間で…………。
渦中の一人である一夏から、そうと言われてしまえば納得するしかなかった。
あれは一体なんなんですの!? と憤る留学生へ、日本生まれで日本育ちの生徒がとある故事を語った。
『将を射んと欲すれば先ず馬を射よ』
大将首をとりたいなら、先ずは馬を射なければならない。転じて、目的達成のためには、先ずその周辺から取り掛かるべし、という意味だ。
一夏はリーシュと同じくIS学園の男子生徒で、ある意味ではリーシュに最も近しい存在だ。
その一夏に近づき、リーシュとの繋がりを得る。
まさに、先に挙げた故事どおりのことを、箒はやってみせたのだ。
その留学生が、箒のことを策士篠ノ之、と呼んだかどうかは定かではない。
昼食に美味しいうどんを用意される頃になって、リーシュの二日酔はようやく治まり、なんとか人並みの思考を取り戻せるようになった。
もうどうにもならないところに来ていた。
いかにリーシュが知恵を振り絞っても、時間を巻き戻す以外に解決する方法を見出せない事態になっていた。
「ははは、はははは……」
箒は笑うしかなかった。
篠ノ之箒は、リーシュ=オリオールにずっと想いを抱いていた。
本音に近づき、幼馴染の一夏すら利用して、リーシュに近づいた。
リーシュは健気な箒にほだされて、本音と箒の間で揺れている。
何がどうしてそうなったのか。こうなってしまっていた。
その夜、リーシュはバングルを起動させ、先日知り合った五反田弾に通話した。
バングルの通信機能は、スイスにある本社とリンクするのみである。そこから社のネットワークを経由して、外部と通信するのだ。
社長であるリーシュが使用するのだから、盗聴対策は絶対のものになっている。
通信機能にはEPRトランスミッサーが利用されている。
EPRとはアインシュタイン、ポドルスキー、ローゼンらのイニシャルで、電子スピンを利用して超光速通信を可能にさせるのだ。
原理的に盗聴は不可能の技術である。
かつて、社のネットワークがサイバーテロにあった際、紆余曲折を経て開発された技術だった。
万が一にも盗聴されたくない。
これから語るのは敗者の弁なのだから。
映像は送らない。負け犬の惨めな顔を見せたくないのだから。
「弾か? 俺だ、……いや、そんなこと気にするな。それでな、俺が応援してた子なんだが、難しいことになった。…………はっきり言うな。そうだよ、ダメになっちまったよ。だから、と言ったら失礼だが、蘭ちゃんを応援するよ。…………お前の妹なんだ、良い子なんだろ? …………あぁ、任せておけ。一夏には誰も近づけないよ」
この日この時、一夏へ思いを寄せる全ての女性にとって、世界の果てよりも高い壁が現れた瞬間だった。
前に投稿してた時は各エピソードが終わったら「○○完」と書いてました。