オリシューとISヒロイン(ry 作:user
1年2組に転入生があった。
凰鈴音。
中国の代表候補生である彼女は、転入初日に1組へ挨拶に訪れた。
篠ノ之箒が織斑一夏へと想いを寄せているのに、一目で気付いたリーシュである。鈴音もまた、一夏へと恋を抱く少女であることに気付いた。
このままでは鈴音は、叶わぬ恋を抱き続けることになる。そうと危惧したリーシュは、早速鈴音を呼び寄せて打ち明けた。
織斑一夏には心を通じた婚約者がいる。
しかし、男性ながらIS適合者として知られてしまった以上、諦めざるを得なかった。
不憫に思った両者の保護者が、内々に二人の婚約を決めてしまう。
だが、一夏は貴重な男性IS適合者である。大々的に知らしめるわけに行かない。万が一にも知られてしまえば、先方の身柄が危うくなる可能性もある。
国家機密にも匹敵しうる重大な情報であるが、鈴音が儚い恋を抱くのを見ていられなかった、と。
鈴音の恋に、国家機密と、一夏の保護者であるブリュンヒルデ織斑千冬が立ち塞がった。
更には婚約者の身の安全すら関わっている。
個人が砕くには大きすぎる障害だった。
少し考えれば、あの一夏が、と訝しく思ったろうが、思い込む癖がある鈴音には衝撃が強すぎたようだ。
鈴音の知る一夏と違って、女性への気遣いを見せる一夏も信憑性を増す要因になった。
なによりも、如何にも心苦しい風で、こんなことを話したくないのだが、と訴えるリーシュの話術が強かった。
もちろんリーシュの嘘である。
悪い男だった。
そうしてクラス対抗戦を迎えた。
それぞれのクラス代表がISに搭乗し現時点での実力を示す、IS学園ならではの一大イベントの一つだ。
1組代表セシリア・オルコットは、2組代表の凰鈴音と一回戦で当たった。
悲恋を抱くことになってしまった鈴音は、消沈するどころかセシリアを仇と言わんばかりに猛威を振るった。鈴音は可愛らしいパンダではなく、猛るドラゴンであったらしい。
リーシュからの激励を受け、気力に満ち溢れていたセシリアは、危ういところを見せつつも辛勝。
しかし、一回戦で体力と気力を消耗しすぎたのか、続く二回戦で敗北。
悔し涙を見せた。
セシリアが人目を忘れ、唇を噛んで涙を流す様は、見るものの胸を打った。
青い血を引くセシリアは自らの血を誇りに思い、自らが成してきた努力も合わさって非常に自尊心が強い。
時として高慢にも思えるそれが、気高い、に転じた瞬間だった。
敗北したセシリアを、1組の生徒達は盛大な拍手で迎えた。
健闘したセシリアを称えたリーシュは、細やかながらプライズとして、1組の生徒全員へ三日間の学食デザートのフリーパスを贈った。
リーシュのポケットマネーなら三日と言わず、クラス対抗戦の一位賞品である半年とも言わず、三年間であっても全く問題ない。あえて三日にしたのは、半年以上にしてしまえば参加者への侮辱になるし、長くすればするほど甘い環境が当たり前と思われる恐れがある。
三日間であれば健闘したセシリアへ感謝を忘れない。リーシュの心象もより良くなる。
考えて行動すれば、一手で二つ以上の効果を得るのは難しくないのだ。
腕に包帯を巻いたリーシュは、IS整備室を目指して歩いている。
包帯は邪龍を封じ込めているわけではない。痣隠し、だ。
如何にも不自然な円形の痣は、15歳の少女達に見せるには刺激が過ぎるものだった。転んでぶつけたと誤魔化し、包帯で隠している。
その際に一夏が、
『酒瓶でも踏んづけたんだろ』
と、あり難くもないフォローをしてくれたおかげで、織斑先生から非常に厳しい目で見られたのは冷や汗を流すエピソードである。
IS整備室を目指しているのは、更識簪に会うためだ。
簪は大抵そこにいると、本音から聞いていた。
放課後も遅くなり、窓の外はとうに暗い。簪は一人でそこにいる。
更識簪。
更識楯無の妹。日本の国家代表候補生。
代表候補生は、候補であるのだから年齢制限がある。だが、ISに関わる同年代の少女達は一体どれほどの数になるものか。代表候補生とは、彼女達の中で最も優れた者。少なくとも、五本の指に入るのは間違いない。
代表候補生とは、国家が認めた非凡の証なのだ。
簪に会うのはスカウトのため、ではない。
自社に来てくれるのならば最上だが、IS学園最優秀者を手に入れてしまった以上、強引なスカウトは周囲との軋轢を生みかねない。
姉の楯無がいずれスイスに行くことと、『楯無』の後継についてを話すためだ。
楯無の未来の雇用主として、すぐ傍にいる家族へ話を通すのは当然と言えた。
本音がついて来たがったが、私的な用件もあるために断った。
本音がいれば終始和やかな雰囲気のまま話が進むだろうが、和やかになりすぎて話が進み難い、と言う弊害もある。
すれ違う人がいなくなり、人気がなくなっていく。
静かなIS整備室で、キーボードをタイプする音だけが響いていた。
未完成のISを前に、少女が一人、ディスプレイに向かっている。
「こんばんは、更識簪さん。君の時間を少し分けてもらえるかな?」
「は、はい?」
楯無の妹だけあって、顔の造りは良く似ている。姉と違うのは、どこか儚げな、深窓の令嬢を思わせる雰囲気にあった。
見た目通りに受け取るリーシュではない。聞いた話と、ここでこうしていることと。相当に癖の強い人物と見ていた。
先ずは挨拶と、軽い雑談。
学食のメニューでは何が美味しいか、季節が過ぎ夜が短くなった、もっと砕けて今日の天気。
突然に男が訪ねて来た警戒と緊張が解れたのを感じ、リーシュは切り出した。
「え? …………お姉ちゃん、スイスに行くんですか?」
「卒業後すぐ、と言うわけじゃないよ。卒業してから三年以内に、と約束し了承をもらっている。……急に決まったばかりの話だから、楯無さんが簪さんに話をする時間がなかったのかも知れないね」
「そう、ですか……。………………、更識はどうなるんですか?」
「その事もあって、簪さんと話したいと思ってたんだ。楯無さんは『楯無』であることを辞め、刀奈として来てもらう。更識家を絶えさせるわけにいかないから、『楯無』には後継を立てることになる」
「……わたし、ですか?」
「いや。決定ではないが、更識の分家筋から適任者を選ぶことになると思う。誤解しないでもらいたいんだが、簪さんの能力を疑問に思うわけじゃないんだ。楯無さんは当主の苦労を知っているから、可愛い妹にそんな苦労をして欲しくないんだろう」
日本の家制度は、血筋よりも『家』を重視する。
日本の歴史上において。生まれた男子が愚鈍であれば表に出さず、家臣が家を盛り立てる。女子であれば、これ幸いと婿養子をとる。そうでなくても、優秀な人間を養子にとることは珍しいことではなかった。
血を絶やさぬよう、宗家から分家が分かれたとしても、最大の目的は『家』を存続させることにある。
「もしも現更識家の血統に拘るなら、楯無さんか簪さんの子供をその時の当主の養子にすることも出来る」
「こ、子供ですか!?」
「簪さんも楯無さんも、いずれは母になるんじゃないかな?」
「そ……、そうかも知れませんけど………………。子供を道具のように扱うなんて、わたし、嫌いです」
「……簪さんは優しいんだね。簪さんが辛い思いをしないよう、俺も力を尽くすよ」
「…………………………」
簪は、リーシュのことを見て、聞いて、知っていた。ISの男性適合者である以上に、人の耳目をひく人物だ。仮にも更識に生まれたのだから、知らないわけがなかった。最近になって親しくなりつつある、自分の従者である本音からリーシュの名前を聞くことも多い。
とは言えクラスが違うので接点はなく、会うのは初めてだ。
間近で見るリーシュは噂以上に美麗で、暗がりに立てば燐光を放つのでは、とすら思えた。
そんな人がこんな自分に、と。緊張を隠せないでいたが、思った以上に気さくな人で、初対面なのに会話が苦痛でなかった。
銀髪の美青年が、讃岐うどんを賛美しているのにはお腹を抱えて笑うところだった。
姉の話題になり、華やいだ空気は一瞬で固まった。
スイスへ行く。
自分は何も聞いていない。
決まって間もないことだから、とリーシュは庇っていたが、簪は姉から何も聞いていない。
頼りになる姉、頭の良い姉、素敵な姉、憧れの姉、ずっと遠くから見てきた姉、越えられない姉、比べられてきた自分。
劣等感から、憧れの姉と距離を置き続けてきた。
IS学園に入学し、不思議と空いた距離が詰まってきた。
今となっては、自分から見ても仲が良い姉妹だと思う。
その姉が、遠くへ行ってしまう。自分には何も言わずに。
自分には話す価値がないのだろうか。やはり頼りにはされないのだろうか。どうしてこんな大切な話を、他の人から聞くのだろう。
簪は、自分の心が急激に冷えていくのを感じていた。
実のところ、楯無が簪にスイス行きの件を話せなかったのは、リーシュの行動が迅速であったことも上げられるが、単に恥ずかしかったからだ。
事の経緯が余りにも間が抜けているし、聞きようによっては、この人のところへお嫁に行きます、と受け取れなくもない。
楯無も乙女だ。
心の準備には時間が必要なのである。
「簪さんには迷惑を掛けてしまうことになる。出来るだけ負担にならないよう行動するよ。何か気に掛かることがあったら何でも言って欲しい」
「いえ…………。お話はわかりました。それだけですか?」
「実はもう一つある。簪さんが専用機を一人で組み上げていると聞いて――」
「わたしが一人で組み上げます。手伝いは結構です」
冷えていった心が、凍りついた。
簪は国家代表候補であり、専用機を与えられるはずだったが、いまだ完成していなかった。織斑一夏が男性適合者として現われ、開発陣が一夏の専用機へと傾注してしまったからだ。
以降、製作途中だった専用機を引き取り、自分自身の手で完成させようと、今日まで我を張ってきた。
姉の楯無は自分の手で専用機を完成させている。
姉へのつまらない対抗心が発端だった。手伝おうか、と言われても意地を張ってきた。
確かにうまくいっていない。
だけども、他人を使ってまで手を差し伸べようとされるなんて、自分はそんなにも頼りなく見られてたなんて。
どうしようもなく惨めに思えて、奥歯を噛み締めて涙を堪えるしかなかった。
言葉を遮られ、ピシリとやられたリーシュは、予想以上の手応えの良さに口笛を吹きたくなる思いだった。
専用機の開発が頓挫したからと言って、普通は自身で完成させようと思わない。
何人ものスペシャリストがチームを組んで行うものだ。優れていようと、自負があろうと、普通なら思わないし、そもそも思いつきもしない。恨み言を吐くのが精一杯だ。
だが、簪はそれをしようとしている。
姉の例があるとは言え、人を頼りにせず、自分の手で為そうとしている。
素晴らしいほどの頑固者で、素晴らしいほどの意地の張り方だ。
何かを為す人物とは、簪のようなタイプが少なくない。間違いなく、超がつくほどの一流になる逸材だ。
口説いてしまおうか、との誘惑を振り払い、表情を凍りつかせた簪へ、
「手伝えと言われたって困るよ。俺にそんな知識は全くないんだからね」
「…………………………え?」
簪は、数拍遅れて問い返した。
「お姉ちゃんから何か言われたんじゃないんですか?」
「いや、楯無さんからは何も聞いてないよ。簪さんが専用機を組み上げてることは、本音さんから聞いたんだ。誤解させてしまった様だけど、俺にはISを組み上げる知識も技術も全くない」
「…………リーシュさんなら何でも出来るような気がするんですけど」
「それは買いかぶりだよ。俺はビジネスマンではあるけれど、技術者や科学者じゃないんだ。もしも俺に手伝わせたら、完成が一日毎に三日は遠ざかるね」
「……それじゃ永遠に完成しないじゃないですか」
「そういうこと。だから手伝えないんだよ」
わかってもらえたかな、と笑いかけるリーシュに、簪は、はあ……、と間が抜けた返事しか出来なかった。
凍てついた、と思った心が滑って転んだようだ。
「それじゃ、どうしてわたしのところに来たんですか? 見ての通りまだ完成していませんし……」
「見てもわからないんだけどね……。簪さんに訊きたいのは、専用機の開発にどれだけ時間を掛けて来たか。開発のためにどれだけ学んできたか。そして現在の進捗状況を教えて欲しいんだ」
「…………どうしてですか?」
「ISの生産コストを知りたいんだよ。仕事に関わるものではなく、俺の趣味のようなものだから大雑把なもので構わない」
リーシュの会社はIS産業へ出資していない。
出資先の会社が、ポートフォリオの一環として組み込んでいることはあっても、直接投資はゼロだ。ISに関わっているのは、せいぜいがメディア展開、グッズ販売だ。それらも、各々の会社の収益の柱、と言うわけではない。
けれども、折角IS学園にいるのだから、知ることが出来るものならば得よう、と考えるのは自然だった。
鉄や鋼材、各種加工に要するコストは計算すれば簡単に算出できる。
しかし、最終的に仕上げるのは人間なのだ。
どれだけのトレーニングを積んだ人間が、どれだけの時間を掛ければ完成できるのか。
チームではなく個人で。
他とは違う特殊な条件であっても、直に触れ、肌で知ることは重要だ。
「……お姉ちゃんも自分で組み上げてるんですけど」
「訊いてはみたんだけどね。楯無さんはそういうことを記録するのに気を回せないようで…………」
自然と苦笑が込み上げてきた。
空いた時間に勢いで、と言われても何がなんだかわからない。
楯無の目が泳いでいたのを思い出す。
「もちろんお礼はさせてもらうよ。キャッシュのやり取りは出来ないけど、夜景の綺麗なレストランで食事はどうかな?」
その場合、階下のホテルにスイートルームを取っておくのは女性へのマナーである。
「い、いえ! そんな……、ダメです!」
脊髄反射の勢いで却下された。
リーシュの下心を嗅ぎ取ったわけではなく、自分なんかと、と気後れしてしまっただけであるが。
「話はわかりましたけど…………。見ての通りまだ未完成なんです。リーシュさんの参考になるかわからないですし」
「いや、見てもわからないんだが……。簪さんからの情報で新たにIS企業を立ち上げるわけじゃなく、投資の参考にするわけでもない。完全に俺の趣味の領域だ。気負わなくてもいいよ。何か話せない事情があるなら構わないさ。忘れてくれていい」
「そういうわけじゃないんですけど…………。一人でやっているから大して進んでないし、期待外れになると思います」
「努力の過程に、期待通りも期待外れもないよ。そのままの経過を教えて欲しい。どれほど知りたいと思っているか、レポートにして提出したほうがいいかな?」
「そ、そこまでしてくれなくていいです! …………わかりました。ISを引き取った日から今日までで、大体の時間はわかると思います。後でまとめますから…………。それでいいですか?」
「もちろんだよ! ありがとう、簪さん」
難攻不落の砦が落ちれば嬉しいもの。
リーシュは簪の手を両手で包み、上下に振った。
顔を赤くして、目を白黒させる簪は、とても可愛らしかった。
本話執筆後チアノーゼを起こした。
顔面から血の気が引いて唇が冷たかったのを10年以上経った今でも覚えてます。
それだけ執筆にエネルギーを費やしたのだろうが、どこに費やす要素があったのかまではわからない。
そんなのは後にも先にも本話だけだった。